-3- 不在
それから二日後。
ファミリーレストラン「ファンズ」の事務所で、細谷栄祐は背中に嫌な汗をかいていた。
狭い事務所に、警察官が二人。テーブルを挟んで向かい合っている。
「亡くなった藤井さんとは、どのような勤務関係でしたか」
形式的な質問だった。
細谷は事前に用意していた答えをなぞるように口にする。
「特に問題は……勤務態度も真面目でしたし、トラブルの報告も受けていません」
声がわずかに上ずる。
警察官のペンが、メモ帳の上を滑った。
「人間関係については?」
「ごく普通です。どこの職場にもある程度の相性はありますが……」
“ある程度”という言葉に、細谷は自分で救われた気がした。
警察官はそれ以上踏み込まず、淡々と質問を続ける。
一方その頃、店内ではいつも通りの昼営業が行われていた。
河合春紀はホールを歩き回りながら、客のテーブルを片付けていた。
小松恭子はドリンクバーの補充をしている。
「今日、人足りなくない?」
小松が何気なく言う。
「そう?まあ、なんとかなるでしょ」
河合はそう返し、特に気に留めなかった。
藤井の名前は、誰の口からも出なかった。
客の笑い声、食器の音、注文を呼ぶ声。
店は、何事もなかったかのように回っていた。
―――――
藤井家では、静かな時間が流れていた。
焼香の煙が、ゆっくりと天井へ昇っていく。
祭壇の前には、遺影が置かれている。
佐々木淳平は、少し遅れて会場に入った。
東京からの移動で、通夜には間に合わなかった。
黒い服に身を包み、深く頭を下げる。
線香を手に取ると、指がわずかに震えた。
どうして、連絡をくれなかったんだ。
そう思った瞬間、別の声が胸に浮かぶ。
――連絡しなかったのは、俺のほうだ。
忙しい、今度でいい、落ち着いたら。
そうやって、美咲の存在を後回しにしてきた。
写真の中の美咲は、静かに微笑んでいる。
そこに責める色はなかった。それが、余計に苦しかった。
式が終わり、客が少しずつ帰っていく。
部屋には、藤井夫妻と佐々木だけが残った。
「遠いところ、ありがとう」
父親が短く言った。
母親は何も言わず、ただ深く頭を下げた。
しばらく沈黙が続いたあと、父が一冊のノートを差し出した。
「これ……娘の部屋にあったものだ」
古びた日記だった。
角が擦れ、何度も開かれた跡がある。
「中は……少しだけ読んだ」
父の声は、低く落ち着いていた。
「今は、私達には重すぎる。だが、捨てることも出来ない」
佐々木は、黙って受け取った。
重さはほとんど感じなかった。それなのに、腕が痺れるようだった。
「いつか、向き合う。その時まで……預かっていてほしい」
佐々木は、小さく頷いた。
言葉は出なかった。
出してはいけない気がした。




