-19- 狂宴
誰か一人が死んだところで、社会は変わらない。
悲しみに暮れる個人は確かに存在する。
だが、群衆の大半はすぐにそれを忘れ、翌朝には目の前の現実と向き合わされる。
電車は走り、仕事は始まり、請求書は届く。
世界は、何事もなかったかのように続いていく。
河合教の信者たちは、その当たり前の事実を受け入れられなかった。
一人が死ねば、何かが変わる。
悪いものが倒れれば、正しい社会が始まる。
そう信じなければ、自分たちがここまでやってきたことが、ただの空虚な暴力になってしまうからだ。
だが現実は、容赦なく彼らを裏切った。
「税金は高いままだし、俺たちの賃金も上がらない。どうなってんだ?」
不満は、次第に苛立ちへと変わる。
「やっぱり一人や二人じゃ足りなかったんだよ」
「こうなったら、例の革命計画を実行するしかないな」
誰かがそう書き込むと、空気が一気に傾いた。
「このサイト、爆弾の作り方載ってる」
「作れる人、作ってほしい」
「計画は一ヶ月後だ。通常国会の初日」
「みんなで国会議事堂に殴り込みだ」
「おいおい、爆弾で国会議事堂に殴り込みなんでバカじゃないか?」
「日本を良くするためにはこのままじゃダメなんだよ、そんな腰抜け野郎はだまってろ」言葉は軽く、指先は熱かった。
誰も、自分が何を口にしているのかを考えようとしなかった。
考えること自体が、裏切りのように感じられたからだ。
彼らは警察の目を避けるため、最初に作った会員制コミュニティを捨てた。
新しいコミュニティを作り、さらに捨て、直接の連絡に切り替えた。
逃げているという自覚すら、彼らの中では「迫害される正義」へと変換されていった。
準備は、水面下で静かに進んだ。
そして一ヶ月後。
計画は、ついに実行段階に入った。
朝山太陽は、その準備をしながら胸を躍らせていた。
これまでの自分は、ただ欲望のままに生きてきた。
女と遊び、金に困り、また危ない仕事に手を出す。
空っぽで、どうしようもない人間だった。
——でも今は違う。
自分は、正義の側にいる。
腐った社会を変えるために動いている。
強きを挫き、弱きを救う側に立っている。
そう思うと、たまらなく誇らしかった。
過去の自分と決別した気がした。
いや、決別したと信じたかった。
朝山は知らなかった。
その高揚感こそが、最も危険なものだということを。
そして、自分が何かを救う人間ではなく、
ただ次の暴力に身を委ねようとしているだけだということを。
彼はその夜、久しぶりに深く息を吸った。
世界が、少しだけ綺麗に見えた気がした。
それが、破滅の前触れだとも知らずに。




