-17- 断絶
「……よく来てくれたね。」
玄関先で藤井の父はそう言った。
声は低く、落ち着いていて、怒りは含まれていなかった。
四十九日の法要はすでに終わっていた。
家の中には線香の匂いが残り、居間は静まり返っている。
佐々木は通された座布団に座ったが、正面にいる藤井夫妻の顔を、うまく見ることができなかった。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、藤井の父が口を開いた。
「……佐々木くん」
その呼び方に、佐々木はわずかに息を詰めた。
以前と同じ声のはずなのに、そこにはもう、かつての距離の近さはなかった。
「今日は君にひとつ頼みがある」
藤井の父は、淡々と続けた。
「娘の日記を、返してくれ」
責める調子ではなかった。
問い詰める響きもなかった。
ただ、それが“決まったこと”であるような言い方だった。
佐々木は何も言えず、鞄から日記を取り出した。
それを受け取る藤井の父の手つきは、ひどく慎重だった。
「……ありがとう」
短く、そう言ったきり、藤井の父は日記を脇に置いた。
また沈黙が落ちる。
藤井の父は、佐々木を見ないままこう言った。
「これから先、ここには来ないでくれ」
その言葉は、柔らかくも強かった。
拒絶だったが、怒りではなかった。
「墓参りもだ。
心の中で思ってくれるだけでいい」
藤井の母は、何も言わなかった。
ただ、膝の上で組んだ手に、少しだけ力が入った。
佐々木は俯いたまま、動けずにいた。
「……最後にな」
藤井の父は立ち上がり、仏壇の方を見た。
「一本だけ、線香をあげていきなさい」
佐々木は黙って立ち、仏壇の前に座った。
線香に火をつけ、手を合わせる。
目を閉じると、言葉にならない感情が胸に溢れた。
だが、何も口には出なかった。
「……失礼します」
それだけ言って、頭を下げる。
返事はなかった。
佐々木は家を出た。
玄関の扉が閉まる音が、やけに重く響いた。
外に出た瞬間、堪えていたものが溢れ出した。
涙が止まらなかったが、拭おうとは思わなかった。
もう、戻る場所はない。
その事実だけが、静かに、確かに残った。




