表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

-17- 断絶

「……よく来てくれたね。」


玄関先で藤井の父はそう言った。

声は低く、落ち着いていて、怒りは含まれていなかった。


四十九日の法要はすでに終わっていた。

家の中には線香の匂いが残り、居間は静まり返っている。


佐々木は通された座布団に座ったが、正面にいる藤井夫妻の顔を、うまく見ることができなかった。


しばらく沈黙が続いた。


やがて、藤井の父が口を開いた。


「……佐々木くん」


その呼び方に、佐々木はわずかに息を詰めた。

以前と同じ声のはずなのに、そこにはもう、かつての距離の近さはなかった。


「今日は君にひとつ頼みがある」


藤井の父は、淡々と続けた。


「娘の日記を、返してくれ」


責める調子ではなかった。

問い詰める響きもなかった。

ただ、それが“決まったこと”であるような言い方だった。


佐々木は何も言えず、鞄から日記を取り出した。

それを受け取る藤井の父の手つきは、ひどく慎重だった。


「……ありがとう」


短く、そう言ったきり、藤井の父は日記を脇に置いた。


また沈黙が落ちる。



藤井の父は、佐々木を見ないままこう言った。


「これから先、ここには来ないでくれ」


その言葉は、柔らかくも強かった。

拒絶だったが、怒りではなかった。


「墓参りもだ。

 心の中で思ってくれるだけでいい」


藤井の母は、何も言わなかった。

ただ、膝の上で組んだ手に、少しだけ力が入った。


佐々木は俯いたまま、動けずにいた。


「……最後にな」


藤井の父は立ち上がり、仏壇の方を見た。


「一本だけ、線香をあげていきなさい」


佐々木は黙って立ち、仏壇の前に座った。

線香に火をつけ、手を合わせる。


目を閉じると、言葉にならない感情が胸に溢れた。

だが、何も口には出なかった。


「……失礼します」


それだけ言って、頭を下げる。


返事はなかった。


佐々木は家を出た。

玄関の扉が閉まる音が、やけに重く響いた。


外に出た瞬間、堪えていたものが溢れ出した。

涙が止まらなかったが、拭おうとは思わなかった。


もう、戻る場所はない。

その事実だけが、静かに、確かに残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ