-14- 狂言
ニュースは、もう一度だけ消費されて終わるはずだった。
だがネットは、それを手放さなかった。
〈あれで終わり?〉
〈結局、誰も責任取ってなくね〉
〈名前すら出ないとか、闇深すぎ〉
スレッドは生き延び、枝分かれし、別の板へと拡散していった。
もはや藤井美咲の名前を正確に覚えている者は少ない。
河合という個人の顔も、次第に象徴へと変わっていった。
——あれは、個人の問題じゃない。
——社会が殺した。
——放置してきた“構造”が悪い。
そんな言葉が、合言葉のように繰り返される。
いつの間にか、共通の敵が設定された。
「見て見ぬふりをした大人たち」
「責任を取らない上の人間」
「苦しんでいる国民を踏みつけている連中」
誰かが言った。
〈政治家だろ〉
〈結局、あいつらが元凶〉
別の誰かが続ける。
〈でも政治家本人は痛くも痒くもない〉
〈どうせ上級だし〉
ここで、空気が変わった。
〈じゃあ、どこが一番効く?〉
その問いに、すぐ答えが返ってきた。
〈金〉
〈家族〉
〈大事なもの〉
スレは、もはや怒りを共有する場ではなかった。
正義を語る場でもない。
“どうすれば相手が一番苦しむか”を、冷静に検討する場だった。
やがて、具体的な名前が挙がり始める。
政治家に献金している企業。
その企業の社長。
週刊誌の記事、SNSの写真、過去のインタビュー。
そして、ひとつの書き込みが投下される。
〈この社長、孫溺愛してるらしい〉
それは、何気ない一文だった。
だが、その下に付いたレスが、すべてを物語っていた。
〈分かりやすい弱点だな〉
〈本人じゃなくても効く〉
〈むしろ、そっちの方が効く〉
誰も「やめよう」とは言わなかった。
誰も「やりすぎだ」とは書かなかった。
そのことに、誰も違和感を覚えなかった。
正義は、いつの間にか免罪符に変わっていた。
「私たちは間違っていない」
「悪いのは、向こうだ」
その言葉だけが、繰り返し唱えられる。
画面の向こうで、
誰かの人生が、また次の“象徴”に選ばれようとしていた。
それが誰であれ、
もう重要ではなかった。
河合教にとって必要なのは、
怒りを燃やし続けるための“供物”だけだったのだから。




