-13- 報道
朝のニュース番組は、いつもと変わらない調子で始まっていた。
天気予報、交通情報、その合間に挟まれる短い事件報告。
「続いて、きのう深夜、市内の飲食店で従業員の女性が何者かに襲われ、病院に搬送されました」
淡々としたアナウンサーの声。
画面には、規制線の張られたファミリーレストランの外観が映し出される。
「被害に遭ったのは、店でパートとして働いていた女性従業員で、重傷ですが命に別状はないとの事です。警察は複数人による犯行の可能性も視野に入れ、捜査を進めています」
名前は出なかった。
年齢も、顔も、経歴も。
ただ「パート従業員」という言葉だけが、事実として流れた。
細谷は、リビングのソファに座ったままその画面を見ていた。
コーヒーはすでに冷めている。
ニュースが次の話題に切り替わっても、リモコンには手を伸ばさなかった。
——うまく、いった。
そう思った瞬間、胸の奥に小さな引っかかりが生まれたが、すぐに押し潰した。
考える必要はない。
これは事故だ。暴走した世間が起こした、不幸な事件だ。
昨日の朝、警察は店に来た。
事情聴取は短かった。
「その日は休日でした。信頼しているパート従業員に任せていました」
それだけを伝えた。
嘘ではなかった。
警察は頷き、何かを書き留めただけで、それ以上踏み込んではこなかった。
細谷の名前も、画面には出ない。
——俺は、関係ない。
そう言い聞かせるように、細谷は息を吐いた。
スマートフォンを手に取り、通話履歴から名前を選ぶ。
小松。
数回の呼び出し音の後、相手が出た。
「……例の件、終わったみたいだな」
細谷は声を落として言った。
小松は一瞬だけ沈黙し、すぐに答える。
「ニュース見た。大事になったわね」
そこに驚きはなかった。
罪悪感も、動揺も。
細谷は本題に入った。
「海外の仕事、前に言ってたよな。あれ、手配できるか」
電話の向こうで、小松が小さく笑った。
「逃げるの?」
「違う」
即答したが、言葉は続かなかった。
逃げる、という表現があまりにも的確だったからだ。
「身の振り方を考えてるだけだ」
小松はそれ以上追及しなかった。
「分かった。動いてみる。時間はかかるけど」
「頼む」
通話が切れた後、細谷はしばらくスマートフォンを見つめていた。
画面には、ニュースアプリの速報が表示されている。
〈飲食店従業員襲撃事件 警察が捜査〉
それを閉じ、細谷は立ち上がった。
これでいい。
藤井家の怒りは、きっとここで止まる。
世間も、満足する。
そうでなければ困る。
細谷はカーテンを閉め、部屋を暗くした。
外の光を遮断するように。
自分の人生を守るために、必要な手続きを進めるだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
——そう、思うことにした。




