-11- 包囲
日曜日の夜だった。
佐々木はバイトを終え、そのまま真っ直ぐ家に帰った。
同僚からの飲みの誘いも、大学の友人からのメッセージも、すべて短い返事で断った。誰かと話す気力がなかった。
部屋の電気をつけず、カーテンも閉めたまま、椅子に腰を落とす。
何となく避けていたはずのパソコンを、気づけば立ち上げていた。
――見るつもりはなかった。
そう思いながら、指は自然に例のスレッドを開いていた。
画面を見た瞬間、胸がざわついた。
空気が、変わっていた。
昨日までの感情的な書き込みとは違う。
怒鳴り合いでも、罵倒でもない。
妙に落ち着いた、しかし確信めいた言葉が並んでいた。
「もう流れは決まってるよな」
「ここまで来たら、やるかやらないかだけだ」
「被害者家族のこと考えたら、曖昧に終わらせるのが一番残酷だろ」
佐々木はスクロールを止め、画面を見つめた。
誰が言い出したのか分からない。
だが、話はいつの間にか「どうするか」から「いつか」「どこか」という段階に移っていた。
「この辺、夜は人少ないらしい」
「最近は警察も別の件で忙しい」
「前に似たような話あったけど、問題にならなかった」
事実かどうかは分からない。
根拠も、証拠もない。
それなのに、誰も疑問を挟まない。
佐々木は喉の奥に、嫌な渇きを覚えた。
(……こんな話、誰が分かるんだ)
自分は、ただ書き込んだだけだ。
日記を読んで、怒りに耐えられなくなって、言葉を投げただけだ。
それなのに。
「スレ立てしたヤツは絶対参加だろ」
「もう特定されてるんじゃね?」
「逃げたら、それこそ被害者を二度殺すことになる」
心臓が跳ねた。
視線が、その一文に縫い止められる。
冗談か、本気かも分からない。
だが、その曖昧さが、逆に現実味を帯びていた。
(特定……?)
そんなはずはない。
名前も、住所も、何一つ書いていない。
そう思おうとするのに、画面に流れる言葉は容赦なく続く。
「最初に火をつけたヤツが、最後まで責任持てよ」
「みんな、覚悟はできてる」
「中途半端が一番迷惑なんだよ」
佐々木はキーボードに手を置いた。
何か言わなければと思った。
――違う。
――そんなつもりじゃなかった。
――こんなことを望んでいたわけじゃない。
だが、指は動かなかった。
次々に重なる書き込み。
肯定。
前提。
合意。
佐々木には、もう追いつけなかった。
画面の向こうでは、話が勝手に進んでいく。
自分が知らない場所で、自分の名前を使って、何かが形を持ち始めている。
「決まったな」
「じゃあ、あとは——」
その先を、佐々木は読めなかった。
視界が滲み、息が浅くなる。
椅子の背にもたれ、天井を仰ぐ。
逃げたいと思った。
だが、どこへ?
スレを閉じることはできた。
パソコンの電源を落とすこともできた。
それでも、分かっていた。
もう、自分は無関係ではいられない。
佐々木には、ついていけないほどのやり取りが、
今この瞬間も、目の前で行われていた。
画面の光だけが、暗い部屋を照らしていた。




