ゾンビ女VS爆弾娘
※昭和アウトローガールズ【犀角】より抜粋、山間討鬼伝に繋がるエピソード。
◆ ◆ ◆
あの日までは…
あの【爆弾娘】伊藤美咲の噂を聞いても、所詮は真面目ちゃんのお遊びと気にも止めなかった。
自分の学校の者がカツアゲに会ったと、取巻き達があれこれ言っていたところで、優等生同士の揉め事でしょ?
と…雅は我関せすの態度で興味も起きなかった。
それは仏女の形態によるものかも知れない、殆どの一般生徒にしてみれば寮住まいの不良娘達は校風を穢す異物であり、感覚としては近くに何かやらかした囚人がいるような感覚の者達も多い。
反面その不良達の親による多額の寄付のお陰で、私立とは言え宗派の檀家家庭の一般生徒達は他の私立高に比べ比較的割安な学費で入学出来ている。
と言った側面もあり、寮生に対しては一般生徒も少々複雑な感情を持っている。
また不良達にしても怯えた視線で、いつまでも余所余所しい態度の一般生徒に対して、仲間意識を感じられないのだ。
夏休みと言えど寮に居続ける者はいる、それは雅の様な状況の者、家に帰る事を禁じられている者も数名おり、残りは補修が終わるまでの居残り組と言った所。
とはいえ補修も比較的涼しい時間帯に限られ、雅の様な者達に課せられた精神修養のカリキュラムも担当の講師も、それぞれが近隣の宗派の寺の住職であり、彼、尼僧もいるので彼女らにした所で夏は施餓鬼などの行事で忙しい。
一部を除いて自分の寺と檀家の事で手一杯、本山の自分の寺を持たぬ僧侶もこの季節は忙しく中々時間が取れない、精々週に三日と言った所だろうか?
その為、午後は比較的何も予定が無い事が多い、そして寮にはクーラーなど無く、一部屋に一つづつ扇風機が有るだけ…
夏休みで残っている者も少ないとはいえ暑いことには変わりない、我慢など出来よう筈も無く…
この地域は山間市の中心部から一駅外れた山間東部地区、住宅地ばかりではあるが、住宅地が多いが為に市民が使う為の市の施設も多い。
運動場に併設されている市営のスケートリンクに、市営プールである、十五歳までの者と市内の学生は学生証を提示すれば私立公立関係なく二百円程度で利用出来る。
寮に残留している娘は八人、午前中補習で学校に来ていた通いの仲間二人と、午後に市営プールで待ち合わせして遊ぶ事になった。
通いの仲間は水着を用意する為に一度家に戻り、時間を合わせる為に学生寮のメンバーはのんびりと寮を出た。
雅を始めととする寮生八人が駅前を通り過ぎ、人気が無い市営グラウンドや球場などの建造物が並ぶ辺りに差し掛かると、丁度通いの仲間二人と睨み合う娘達がいた。
恐らくは他校の生徒と思われる不良娘が三人…
雅はそれを見てこれ以上拗れない様に、また舐められない様に威圧感を漂わせ…喧嘩を回避する方針で声を掛ける。
「よぉ…アンタ達早いじゃん?もっとゆっくり来るかと思ってたよ、つかさぁ…その三人誰さ?ウチラの縄張りで揉め事とか、何処の誰かしんないケド、ウチのモンに何か用なの?それとも…ウチラに喧嘩売ってる?クソ暑いのに喧嘩とか勘弁だからサァ〜、イジメねーでやるからさぁ、とっととどっか行っちまいなよ…」
三人の不良娘に動揺が走り…いや、正確にはそのうち二人に動揺が走り、黒髪ショートの娘が不安顔で茶髪のソバージュの娘の服の裾を引っ張る。
「ちょ…美咲…この数はヤバいって…帰ろうよ…」
「悦子!アンタってばすぐにビビんだから!良いから離して!」
美咲と呼ばれた娘はシャツを引っ張る悦子の手をピシャリと叩き挑発する様に雅に向き直る。
隣にいた、取り巻きの理香が悦子と呼ばれた娘を指差し、雅に告げる。
「あの黒髪は!…この前の!…浜ちゃん!コイツ等だよ!最近チョロチョロしてる進学校のタカリ女!夏休み初日に純子と一緒に出くわした奴!」
「あ〜アレね、アタシあんまキョーミ無いんだけど、真面目ちゃん達の揉め事っしょ〜?でもコイツがね、コッチの方が仲間の数も多いし…数でイジメんのもねぇ…ハァ、アンタもサァ〜学校まで乗り込まれたくネェっしょ?ここでやっても良いんだけどさぁ〜乗り込まれたく無きゃカツアゲなんて止めて…」
だが、雅の威圧感を漂わせた説得も虚しく…いや、最初から引くつもりなど無かったのだ。
ニヤつきながらソバージュの娘、伊藤美咲が口を開く…
「アンタさぁ?いきなり現れて大物ぶって貫禄カマしてくれてっけど、あれぇ?アンタ…浜野でしょ♪知ってるよぉ〜昔は名前も聞いたけど…確か【ゾンビ女】だっけ?今は全く聞こえて来ないんだけど?……まさか良い子ちゃんになってたとは知らなかったぁ〜♪」
見る見るうちに雅の眉間に皺がより、口が歪み怒気をはらんだ唸り声が迸る。
「アァッ?ッだコラッ!進学校の真面目ちゃん如きに、浜野呼びされる謂れなんざねーんだよ!人が優しく諭してやってりゃ調子コキやがって…死んだぞテメェ…」
ドスの効いた声で恫喝するが、美咲は全く意に返さない…それどころか更に雅を煽る。
「あーハイハイ、そーゆーのいーから、ミッション系の学校はいーよねぇ〜こんなバカっポイ♪クソヤンキーでも親が金持ちなら卒業出来ちゃうんだからサァ♪良いよねぇ〜」
雅の取り巻き達からも怒声が飛ぶ、美咲のその言葉は寮生全員に喧嘩を売っているのと同義である。
「ゴルァ!そりゃウチ等に言ってんの?!今からフクロにしてくれっから!良いよね?浜やん!」
だが、美咲は雅の取り巻きに対して全く興味を示さず…更に雅を集中的に煽る。
「あ〜雑魚に話掛けて無いから喋ん無いでくれる?、アタシは浜野フーズの社長令嬢様に喧嘩売ってるんでるんですけとぉ〜、で…どうするぅ?ミヤビお嬢様ぁ〜?アタシらの事フクロにするならするで良いけどさ、まぁ…どうせアタシには勝てないだろうからね♪、それが一番安全かもね♪昔は西中の雅と香菜ったら結構有名だったのにね〜、蓋を開けて見ればこんなもんかぁ〜進学校の真面目ちゃん相手にタイマンから逃げちゃうんだ〜へぇ〜♪」
◆ ◆ ◆
これは…伊藤美咲が仕掛けた罠だ。
他の学校の有名人を引きずり出す為の…
四月に山間第一高校を仕切っていた【粘着吉野】【チョーパン絵美】が卒業してからスグに不良生徒に喧嘩を売り、一般生徒にカツアゲをしたり…不良っぽい格好の娘に絡んでみたり…仲の悪い男子達に【爆弾娘】などと嫌味な二つ名で呼ばれ始めたが気にもしなかった。
喧嘩を売っても、大抵は不発に終わっていたが、乗って来た相手と数度タイマンして、今の所は無敗…だがどの娘も有名人では無く、名前が売れていたとは言い難い、小規模のレディースや無名の…気ばかり強い雑魚でしか無かった。
そして今…やっとネームドが一人、彼女の張った網に引っ掛かろうとしている。
スポーツ特待生の枠を逃し、無理をして勉学に励み、入学して一学期が終わる前に学校のレベルに付いて行く事が出来なくなった。
美咲の学力レベルでは国立は既に無理…素行も良くはない。
この先は既に決まっている、地元尾形市近郊の東女子短大辺りに進み、三流企業に就職してお茶汲みやコピー取り、多分そんな未来が待ち受けているのだろう。
ミッション系のこの娘達は、素行はどうあれ…家は富裕層の娘達、この浜野にした所で卒業したら家事手伝いか何かで適当に過ごした後、将来有望な青年実業家辺りと見合いでもして一生安泰に過ごすのだろう。
現実は違う、雅の父親はそんな事を許す様な親でも無いし、そんな絵に描いた様な富裕層でも無いのだが、サラリーマン家庭で育った美咲はそんなステレオタイプなフィルターを通した視点しか持ってはいない。
だから今は…今くらいは…
彼女に最後に残された目標、せめて後輩達が、他の学校の不良達に舐められない様に出来たなら、自分がこの学校に入った意味もあるのでは無いか?
表向きにはゲーム感覚ではあっても根っこの部分には、そういった感情も確かにあるのだ。
事実…昨年野球部のヒーローだった柴崎が暴力事件で野球部をクビになり、その事件の詳細が喧伝され、山川達の仲間となった。
男子生徒に関しては他校の不良に絡まれる事案が極端に減っていた、それでも女子はまた別の話で有る。
浜野雅にはそんな美咲の事情など知った事では無い、現在進行系で特に理由も無く自分達の縄張りで他校の生徒に喧嘩を売られている状況。
進学校のシャバい、小ヤンキー如きに家の事までを持ち出され、小馬鹿にされ、それとなくタイマンじゃ勝てないなどとのたまう、この美咲の挑発に乗ってしまった。
当然タイマンであっても負けるつもりなど微塵も無い、雅は良くも悪くも昔ながらのスケバンであった。
勿論…過去には香菜達と多人数で一人を制裁した事だってあったし、逆に複数人から狙われボコボコにされた挙句入院した事も有れば、悪さも散々した。
だが中学時代から今迄、勝った時も負けた時もタイマンを挑まれてコチラから複数人で相手した事など一度も無い、これは不良の矜持である。
「…テメェ……言ってくれるじゃ無いさ、お前…名前は?名乗りも出来無い女とタイマンするつもりはこっちも無いからサァ…」
美咲は唇をぺろりと舐め、挑発的に名乗りを上げる、こんなに上手く事が運ぶのは珍しい。
…大抵は…
【な、なによ…頭オカシイんじゃ無いの?も、もう良いから…行こ〜…こ、こんなのそのうちどっかで痛い目見るんだから、相手にするだけ無駄だしぃ…】
なんだコイツ?と言った捨て台詞を残して退散してしまうケースが殆どだった。
普通科の三年と思われる女子の集団に喧嘩を売った時もそんな反応で相手にもされなかった。
だが…それも仕方無いのだ、普通科や女子商、男子で有れば、工業科などでは実力者とされるヤバい不良は大抵三年を待たず学校をクビになるケースが多い、残っているのは実力はあっても既に落ち着いてしまった者や格好ばかりの小ヤンキーであるケースが殆どなのだ、喧嘩を売ったところで逃げられるのがオチだろう。
「アハっ♪お嬢様がやっとその気になってくれたぁ〜アタシは三年の伊藤美咲♪一応進学校の女達はアタシが仕切ってる、今からブチのめしてあげるから宣伝ヨロシクね♪」
◆ ◆ ◆
「は、浜ちゃん…もう無理だって…こんなのみんなでフクロにしちゃえば……」
そう言って…荒い息を吐いて膝を付く雅の肩に手を置く理香の手を跳ね除ける。
「ぐっ…そ、そんなダセェ…マネ…させるつもり無い…よ…そんなみっともないマネしたら…アンタら後で…」
そう吐き捨て…筋肉の痛み…打撲の痛みに耐えて、震える足で立ち上がる。
美咲はと言えば…左右に警戒にステップを踏みながら息を整え雅に向かって余裕の態度を見せている。
「アタシは…後三十分くらいはこのまま続けられるけど…アンタはもう限界じゃないの?だってさぁ、それ…もう目も殆ど見えて無いんでしょ?まぁ見えてても捕まらないけどね♪攻撃ってのはさぁ、こう!小さく小刻みに!素早くやんないと……ねっ!」
ヨロヨロと立ち上がる雅の…既に青痣の有る脹脛にローキック、腫れ上がった目にジャブがヒットする。
そして…汗を飛び散らせながら大振りな回し蹴りが雅の頭部を狙い、当たる寸前で止め、再び足を下ろしてステップを踏む
「ねぇ〜!そんなボロボロでさぁ!アタシも流石に心が痛いよ〜!根性?あるのは分かったし、弱い者イジメするつもり無いからさぁ、とっとと敗北宣言してくれ無いかなぁ!」
どこまでもスポーティな美咲の喧嘩、これは従来の泥臭い不良の喧嘩とは全く違う、どちらかと言えば男子達にはこう言ったスタイルの喧嘩をする者もチラホラ見かける、例えば進学校の【軟派師】山川がこのスタイルに近いかも知れない、美咲がこのスタイルなのは一年生の一時期、山川と付き合っていた為に影響を受けたのが切っ掛けである。
女子に人気のある山川と付き合っていた時は皆から羨望や嫉妬の眼差しで見られたものだが、そこはあの二つ名で呼ばれる程の女好きである、すぐに他の女に色目を使い最終的には山川は美咲からのビンタの跡を顔面に付けながら、学校中を追いかけ回され、ほうほうの体で逃げ帰ったらしい。
未だに山川に対しては美咲も当たりが強く、その為三年になった現在は進学校の不良達は男女であまり仲がよろしく無い、美咲にしてみれば初めての相手にやり逃げされた様なものであるので仕方無いだろう。
雅の方と言えば、それはこの時代にあって些かオールドスタイルな不良娘であり、未だに鞄には持ち手に赤テープなどを巻いている様な所謂スケバンで会った。
今は夏休み中であり皆ホットパンツやミニスカなどを着用しているが、普段の制服は勿論全員ロンスカである。
そんなわけであるので、喧嘩のやり口も元々の身体能力や腕力にモノを言わせるタイプであった。
当然中学時代は部活動などしておらず。今現在も半強制的に入らされている部活さえも茶道部の幽霊部員と言った所。
普通の学生は例え身体能力があり腕力に勝っていようと、胆力や気の強さが無ければ不良の相手にすらならない、勝負と言うのは始まる前に大抵は終わっているのだ。
だが…元々真面目だった娘に、それだけの胆力や気の強さがあった場合は…
…今この場で雅は既にボロボロ、鼻血を垂らし唇は切れて腫れ上がり…ムチの様なケリを脇腹や太腿に数十発受け。
目に見える部分を始め体中はアチコチ痣だらけになりつつある。
瞼も頬も膨れ上がり既に目も殆ど見えない。
それでもまだ腕を上げヨロヨロと右ストレートで殴りかかる雅のみぞおちに美咲は容赦の無い前蹴りを加える。
夏の日差しで焼け付いたアスファルトを舐め…それでもまだ立ち上がる雅を見て美咲は溜息を着く。
「はぁ…不良のプライド?みたいな?…それじゃ…」
今度は振りかぶる腕を中心に的確にパンチとケリを当てて行く。
何発の蹴りとパンチを食らったのだろう?とうとう腕も腫れ上がり、構えすら取れなくなった雅の髪を強引に掴む、雅の顔面は腫れ上がり化粧もドロドロに落ち汗と涙で酷い有り様だった。
「ねぇ…もうアタシの勝ち…一言負けを宣言するだけで楽になれるのよ?アンタも良く分かったでしょ?ホラアンタの取り巻きに良いなよ…一言で良いの、美咲には勝て無い…って」
既に闘志の残り火は消えかけており…意識は夏の暑さと打撲の熱で朦朧としている…美咲の言葉は甘美な誘惑にも似ていた。
「ぁ…ぁ…アンタには…勝てない…もう…アタシの負けで良い…」
そして雅は意識を手放した。
その後、他の取り巻き達の話では…
「アタシの実力分かったよねぇ…これに懲りたら二度とうちの学校舐めない事…じゃあね♪タイマンでアタシに勝てる自信があるならいつでも勝負受けるからさ♪じゃあね♪」
などと放言して…悠々とその場を後にしたのだとか…
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その美咲も今では反省してる筈だと森は言った。
山間連合に参加を決めたのは森が佐藤から預かった伝言に思う所があった為だ。
【昔ながらの不良のルールなんか守らない奴らも増えた、名前が通った不良も減って小粒な連中ばかり、数の力でやべぇ奴らの牽制してかないとな、俺達はもうすぐ卒業だから関係ねぇ、ってわけにもいかねぇと思う。そっちは女子校で女ばっかりだし、後輩達の事を考えるなら名前だけでも参加しとくのも悪い手じゃ無いぜ】
射道や裸撫汁巣の事を言っているのは間違いない、確かに言われて見ればそうだとも思う。
美咲との一件もお互いに知らないから舐めたりバカにしてみたりの積み重なった結果であるとも言える。
だがそれよりも…佐藤の言葉に少し感銘を受けた。
名前の通った人間と言うのはこうやって周りの人間の事を考えるのか、そんな男だからあんな武勇伝を築くに至ったのかも知れない。
自分も後輩達の為を思うなら参加するべきなのかも知れない…
それに…なんだか不良漫画っぽい展開にもそそられる。
名前だけしか知らなかったが、こんな考え方をする男だったのかと…会ってみたいと僅かばかりの興味も湧いた。
座禅とお釈迦様の説話ばかりの高校生活だったが、最後にそんなイベントに参加してもバチは当たらないだろう。
こうして浜野雅は連合への参加を表明したのである。
十八歳以上の方は是非、昭和アウトローガールズ☆犀角も宜しくお願いしますm(_ _)m




