第99話 勇者一行、最後の対戦!?
雨上がりの光の下、“正義 vs 誠実”の決戦が幕を開けます。
ライが守り、レオンが迷い、ティナが選ぶ。ドーナツは売れ、誤解はまだ売れ残り。
ラストはライのまっすぐな告白と、「誠実勝ち」の余韻まで。
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朝のグランツ侯爵邸は、雨上がりの光でキラキラしていた。
庭の芝にはまだ小さな水たまりが残っていて、そこに空が映る。
屋敷の前には、町の人々と見物客がずらりと並んでいた。
「今日が決戦か……!」
子どもが興奮気味に叫ぶと、バルドがその肩を軽く押さえる。
「静かに、坊や。若様の決戦は“誤解”との戦いでございます」
「ごかい? それって、魔物の仲間?」
「似たようなものですな。姿は見えず、倒しても復活する厄介な敵です」
朝からバルドの口は絶好調だった。
その少し先では、ライオネルが黙々と準備をしていた。
長身の体をゆっくりと動かし、両手で魔法陣を描いていく。
地面の上には淡い光の円――障壁陣がいくつも展開されていた。
「防御陣、完了。出力は第三段階に固定……」
呟く声はいつも通り冷静だが、その横顔は少しだけ引き締まっている。
今日、彼は――勇者レオンたちと「正義と誠実」の決着をつけるのだ。
「若様、ドーナツ屋台の配置はいかがいたします?」
背後からミーナが、黒いエプロン姿でひょっこり顔を出した。
手には“特製タスキ”を抱えている。
白地に太い文字で【誠実】と書かれ、その裏には【正義】の文字。
「両方応援できる仕様にしてみました!」
「ねじると“誠義”になります!」
「……発音に罪悪感があるね」
ライは思わずため息をつくが、口元だけはゆるんでいた。
この空気が少しでも穏やかなら、それでいい――そう思った。
やがて屋敷の門の向こう、勇者パーティが姿を見せた。
先頭のレオンは鎧の上にマントを羽織り、胸を張っている。
その後ろにはティナとミリアの姿もあった。
「ライ・グランツ! 今日こそ、俺はお前の正体を――!」
「おはよう。今日も早いな。朝食は済ませか?」
「なっ……!? バトル前に“朝の挨拶”するなっ!!」
レオンは頭を抱えた。
横のミリアがこっそり囁く。
「レオンさん、昨日より落ち着いてますね」
「……お、おう。いや、俺は常に冷静だ!」
後ろでティナが小さくため息をついた。
もう、彼女の目には迷いはない。
誤解も、怒りも――全部、雨と一緒に流れた。
彼女はただ、ライの誠実さを信じている。
「ライさん、危ないことはしませんよね?」
「もちろん。僕は“防御専門”だから。人を守る方が得意だ」
「……そういうところ、好きです」
その一言で、懐中時計の針がピクリと上がった。
針が動く。心拍が跳ねる。
腹の奥で「キリッ」と痛みが走る――恋腹の予兆。
(……落ち着け、僕。誠実に、誠実にだ)
ライは深呼吸をして立ち上がる。
観客の前に出て、穏やかな声で宣言した。
「本日の決戦、目的は“理解”です。
出力制限第三段階、攻撃魔法は禁止。
この地に被害を出すことは、誠実ではない」
その一言で、町の人々が「おおっ」とどよめいた。
彼の声は澄んでいて、堂々としていた。
だが、レオンの耳には違って聞こえたらしい。
「なるほど……出力制限だと!? つまり“本気を出すまでもない”という宣言だな!」
「いや違う。安全の――」
「言い訳は無用!! 勇者、いざ参る!!」
レオンが剣を抜き、金色の光が走る。
ミーナが悲鳴を上げ、ミリアが慌てて回復魔法の準備をする。
ティナは両手を前に出し、風の結界を張った。
「もう……二人とも……!」
叫ぶティナの声が、戦場に響いた。
次の瞬間、ライの障壁とレオンの光撃が正面でぶつかる。
眩しい閃光――しかし爆風は起こらない。
障壁が光を吸い込み、拡散せずに消えていった。
「……威力、想定通り」
ライは淡々と呟く。
だがレオンの方は違った。
汗をにじませながら、叫ぶ。
「くっ……防いだだと!? この俺の“閃光斬”を……!」
「危ないので、少し角度を調整した。観客席に火花が飛ぶと困るからな」
「貴様っ……手加減までしてるのか!?」
「安全対策だよ」
「もうやめて!」
ティナが風を巻いて声を響かせる。
観客からも笑いが起きた。
「若様の戦い、今日も平和ですな!」
「防御が光ってるー!」
「ミーナちゃんのドーナツ、何個目ー!?」
屋台のドーナツが次々売れていく。
バルドはその様子を見ながら、ひとり頷いた。
「……経済まで潤す誠実。まことに侯爵業の鑑でございますな」
その頃、戦場ではレオンが苛立ちを隠せなくなっていた。
「ちょこまかと……防御ばかりで何が正義だ!」
「誤解だ。これは“誠実の構え”だ」
「はあ!? 何だそれっ!」
「――誠実とは、攻めない覚悟だ」
「くっそォォおお!」
レオンが地面を蹴り、再び突進する。
だが滑り止め魔法が効きすぎて、足が思うように動かない。
「うわっ!? 地面が吸い付く!?」
「……誠実な魔法だ」
「誠実すぎるだろ!!」
その光景を見ながら、ティナは小さく微笑んだ。
ほんの数日前まで“敵”だと思っていた人が、今は――
こんなにも、人を笑顔にしている。
だが、その笑顔を見ていたライの懐中時計が、ふたたびチリ、と鳴った。
針が、また少しだけ上へ。
(……やめろ、今じゃない。今は誠実でいろ……!)
ライは次の障壁を構築した。空気が、少しずつ変わっていく。確かな“熱”が混ざってきた。
――そして、その熱が、ゆっくりとクライマックスへと向かっていく。
レオンの剣が何度も光を描いた。
それをすべて、ライの障壁が受け止める。
派手な爆発も、炎も起きない。
ただ静かに、光が弾かれては、消えていく。
「くっ……! 防御しかしないとは卑怯だぞ!」
「攻撃しないのは、卑怯ではなく“誠実”だ」
「誠実、誠実うるせぇぇぇぇっ!!」
レオンが叫びながら剣を振る。
しかしその姿はどこか、焦っていた。
ティナが見守る視線の先で、ライはただ、穏やかに立っている。
その顔に怒りも、勝負欲もなかった。
あるのは――“痛みを引き受ける”覚悟だけ。
次の瞬間、レオンが足を止めた。
息が荒い。剣を支える手が震えている。
障壁の光が、ふっと消えた。
「……もう、やめよう」
ティナが前に出た。
彼女の手には杖ではなく、ただの風除けの布だけ。
「これ以上は、無意味だよ。
彼は……あなたの敵じゃない」
その言葉に、レオンの肩がびくりと震えた。
彼は悔しそうに歯を食いしばる。
「でも……でも、俺は――」
「勇者だから? 正義の味方だから?
だったら……誤解したまま戦う方が、不正義だよ」
静かな声だった。
けれど、その声には確かな力があった。
ミリアがそっと祈りを唱える。
レオンの足元から淡い光が広がり、空気がやわらぐ。
それはまるで、戦いを包み込むような“和解の魔法”だった。
バルドがため息をつきながらつぶやく。
「……正義の終戦、でございますな」
「うまいこと言うね」ミーナが拍手。
「もうライ様の勝ちでいいですよね!」
「勝負ではなく、理解の勝利でございます」
レオンはゆっくりと剣を下ろした。
そして、ぽつりと呟く。
「……俺は、間違ってたのか」
「いや、間違っていたわけじゃない」
ライの声はやさしかった。
「君が守りたかった“正義”は本物だ。
ただ、方向が少し違っていただけだよ」
「……そうか」
レオンは苦笑いを浮かべ、地面に腰を下ろした。
剣がカランと音を立てて倒れる。
ティナがゆっくりとライのもとへ歩み寄った。
風が通り抜け、彼女の髪が揺れる。
夕日が、二人の間をやわらかく照らした。
「ライさん」
「……なんだい」
「ありがとう。ずっと、あなたの言葉に救われてました」
「それは……僕の方こそ、だよ。
君の笑顔に、何度も痛みを忘れさせてもらった」
懐中時計の針がチチッと音を立てた。
恋腹の発作――でも、今回は違った。
痛みの中に、静かな温かさがあった。
「僕はね、ティナ。
誤解される顔でも、誠実でいたいと思ってる。
どんなに怖がられても、誰かを守りたいと思う。
でも……君にだけは、笑っていてほしい」
ティナの瞳が揺れた。
彼の言葉が、胸の奥にやさしく刺さる。
「……ライ様、それって……」
「君を好きだ。
初めて会った時から、ずっと。
皆が僕を悪人扱いしても、
それでも、君の真っ直ぐさに惹かれてしまった」
ティナの口が小さく開いた。
でも、すぐにぎゅっと結ばれる。
何かを言おうとして、言葉を飲み込んだ。
「でも……私は勇者パーティの一員です。
これからもレオンたちと旅を続ける。
だから――」
その先は、言わなくても伝わった。
ライは静かに微笑む。
その顔には、ほんの少しの痛みと、誇りが混ざっていた。
「わかってる。
僕の恋は、君の未来を縛るためのものじゃない。
――だから、応援するよ。
君が進む道が、光でありますように」
ティナの目から、ひとすじ涙がこぼれた。
彼女はそのまま、ライに向かって深く頭を下げる。
「ありがとう。
本当に、ありがとう――」
風が吹いた。
空の雲が流れ、光が差し込む。
まるで、彼女の涙を照らすための光のようだった。
モフドラが、そっとライの腹の上に乗る。
「ぷしゅ〜」と小さく湯気を吐く。
痛みをやわらげる、いつもの音。
でも今日は――それが少しだけ、優しく聞こえた。
レオンが立ち上がり、剣を肩に担ぐ。
その顔はもう、敵を見る顔ではなかった。
「……悪かったな、ライオネル。
正義が一人きりだと思ってた」
「気づけたなら、それが正義の証拠だよ」
「……なんかムカつくけど、ありがとな!」
レオンが笑った。
ティナも、少し泣き笑いの顔でうなずいた。
その光景を見ながら、ミーナがぼそり。
「……ライ様、また負けましたね」
「そうだな。でも、いい負け方だった」
「次こそ勝ちましょう! 恋に!」
「胃がもたないな……」
バルドがゆっくりと前に出て、静かに締める。
「若様。
恋は敗北しても、人格は勝利でございます。
今日の敗北は、“誠実勝ち”でございますな」
「……誠実勝ち、か。悪くない響きだ」
ライは空を見上げた。
夕陽の色が、まるで彼の黒マントの裏地のように赤く染まっていた。
その中で、懐中時計の針が静かに下がっていく。
“恋腹”の痛みが、ようやく静まった。
(痛いのに、温かい。
……ああ、やっぱりこれが恋なんだな)
バルドが軽く一礼して、最後の一言を残した。
「若様。恋の痛みとは、領民の税のようなものでございます」
「……どういう意味だ」
「払うほど、心が豊かになります」
「……返す言葉もないな」
その夜、屋敷の灯がひとつ、静かにともった。
恋の痛みは消えない。けれど、それを抱ける自分が――少し誇らしかった。
攻めない強さ、引き受ける痛み、笑って負ける誇り——ライの“誠実勝ち”、届いたでしょうか。
ティナの一歩、レオンの苦笑、ミーナとバルドの名(迷)援護、そしてモフドラの“ぷしゅ〜”。
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「ここで泣いた/笑った」「この比喩が好き」「レオン、ついに成長!」など一言でも嬉しいです。
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