第91話 勇者一行、怖い顔に立ち向かう!?
読んでくれてありがとうございます。
このお話は、「顔はこわいけど中身は超いい人」な侯爵ライと、勘違い全開の勇者たちが出会ってしまうコメディです。執事の毒舌、侍女の暴走、小竜モフドラの“ぷしゅー”──ぜんぶまとめて、にぎやかな日常が始まります。
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それでは、ライの“誠実”が今日も胃に来る物語、どうぞ。
その日のグランツ侯爵邸は、朝からやけに静かだった。
いつもならミーナの「ライ様ー! 朝ごはん焦げてます!」の声が響くのだが、今日はやけに落ち着いている。
使用人たちは掃除に励み、モフドラは窓辺で湯気をぷしゅー。
そして当のライオネルは、机の上に三冊の帳簿を広げていた。
「……ふむ。港湾倉庫の税率は二%下げ、代わりに鉱山利権の回収率を上げる。これで均衡だな」
ライはさらさらと三行で書きつけ、書簡をまとめた。
彼にとって、三行で街の財政が変わるのは日常茶飯事である。
「若様、いつもながら経済の神でございますな。顔がもう少し穏やかなら“商売の女神”も微笑むでしょうに」
執事のバルドが紅茶を置きながら、いつもの調子で毒を添える。
ライは軽くため息をついた。
「僕は完璧だ。……恋以外はね」
「ええ、恋腹以外は非の打ちどころがございません」
そんな静かなやり取りの最中、扉が軽くノックされた。
「ライ様ー! 手紙が届いてます! しかも封蝋が金色です!」
「金色……? どこの貴族だ?」
ミーナが胸を張って答えた。
「“ロイス様”って書いてあります!」
ロイス。
金髪碧眼、王都一の美男子であり、ライの良きライバル。
彼が書いてくる手紙はたいてい――面倒事の始まりだった。
封を切ると、整った筆跡でこう記されていた。
> 『隣国で勇者召喚が行われた。召喚されたのは三人――勇者レオン、僧侶ミリア、魔法使いティナ。
だが彼らは王命を受けず、独断で旅をしている。
噂では、“悪の侯爵”を退治するため王都に向かったとか。
その侯爵の名が――君だ、ライ。』
ライは眉をひそめ、手紙を机に置いた。
「……僕、悪の侯爵になっていたらしい」
「おめでとうございます、若様。肩書が増えましたな」
バルドの声は穏やかだが、口元が笑っている。
ミーナが慌てて首を振った。
「えっ!? そんなわけないです! ライ様は正義の塊です!」
「でも、顔がこわいから誤解されがちなんですよね……」
「やめなさい、ミーナ」
「すみません!」
モフドラが机の上でぷしゅーと湯気を吐いた。
それがちょうどため息みたいで、妙にぴったりだった。
「まあいい。放っておけば――」
ライが言いかけたそのとき、屋敷の外から大きな声が響いた。
「――悪の侯爵ライオネル! 出てこい!!」
全員、固まる。
「えっ……もう来た!?」
「対応が早いですな。正義のフットワーク、恐るべし」
「どうするんですか!? 武器とか爆弾とか持ってたら!」
「落ち着け。僕は悪ではない。説明すれば済む話だ」
そう言って立ち上がるライ。
ただ、その姿――背が高く、表情が真剣すぎる――が、
どう見ても「悪のボスの登場」にしか見えなかった。
門の外では、三人の若者が待ち構えていた。
「出たな、悪の侯爵!!」
先頭で剣を構えるのは、金髪に赤いマントをなびかせた青年。
彼こそが、勇者レオン。
正義感が強く、曲がったことが大嫌い――ただし、よく曲がるのは自分の判断だった。
「レオン様! 立派です!」
後ろで両手を合わせて祈るのは僧侶ミリア。
いつも明るく、勇者にぞっこん。
まるで恋心が信仰になってしまっているタイプだ。
「……あの、たぶん人違いだと思うんだけど……」
控えめに言うのは魔法使いティナ。
栗色の髪を後ろでまとめ、手には魔法杖。
どこか流されやすく、いつも二人の間で苦労しているようだ。
ライがゆっくりと門の前に立つと、三人が一斉に身構えた。
「貴様が悪の侯爵ライオネルか!」
「……違うとは言わないが、“悪の”は余計だ」
静かな声。
だが、低音で響くその調子が逆に怖かったらしい。
レオンがビクッと一歩下がる。
「や、やはり悪のオーラが……!」
バルドが小声でつぶやいた。
「若様、ただの朝の挨拶で敵が一歩下がるとは……顔面、戦略兵器でございますな」
「それ褒めてないだろう」
ミーナは物陰から小さな旗を取り出した。
『ようこそ決闘へ!』と書かれたそれを振ろうとして、バルドに止められる。
「今は祭りではありませんぞ」
「す、すみません!」
レオンが剣を構え、真剣な顔で叫ぶ。
「罪状は三つ! ひとつ、“笑顔がない”! 二つ、“目が鋭い”! 三つ、“背が高い”!」
「それ全部、見た目の話だろう」
「見た目は心を映す鏡だ!」
「鏡が歪んでるのは君のほうじゃないか?」
その瞬間、ティナがこっそり呟いた。
「……ほんと、それな」
ミリアが横からレオンを応援する。
「がんばってくださいレオン様! 正義は負けません!」
「ありがとうミリア! 今こそ、悪を斬る!」
――そして、彼は突撃した。
剣を振り上げ、勢いよく駆け出すレオン。
しかし、ライはまったく動かない。
すれ違う一瞬、ライはただ足を半歩ずらしただけ。
レオンの剣は空を切り、そのまま――
「うわあああっ!?」
見事につんのめって転んだ。
ライの仕込んだ滑り止め強化魔法が床の摩擦を変えたせいだ。
「ふむ、やはり制御に甘さがある」
「ちょ、ちょっと! 地面が裏切りましたーっ!」
ミリアが慌てて回復魔法を唱える。
光がレオンを包み――元気に立ち上がった。
「うおお! 力がみなぎる!」
再突撃。
……そしてまた滑って転んだ。
「うおおおぉぉ……!? 地面がぁぁっ!」
「レオン様ぁぁぁぁぁぁ!!」
ティナが慌てて小さな魔法陣を描き、暴走する光を抑える。
それを見たライが、ふと声をかけた。
「君、魔力の制御が上手いな」
「えっ? あ、ありがとう……ございます」
その一言にティナは少し頬を赤らめた。
懐中時計の針が“チチッ”と鳴る。
ミーナが双眼鏡をのぞきこみながら叫ぶ。
「針が上がったー! ライ様、恋腹メーター1メモリ上昇です!」
「実況するな、ミーナ!」
そんな中、レオンは剣を杖にしながら立ち上がった。
「今日はこのくらいにしておいてやる! だが明日は本気だ!」
「今日も本気でしたけどね!」とミリア。
レオンたちは夕暮れの街へ去っていった。
ティナだけが一度振り返り、ライに頭を下げた。
「……ご迷惑をおかけしました」
「気にするな。怪我をしないように」
短い言葉。
でも、ティナはほんの少し笑った。
バルドが肩をすくめる。
「若様、また一日で“悪人”から“誤解された人”にランクアップしましたな」
「望んでない称号だ」
モフドラが「ぷしゅ〜」とため息。
屋敷には、なんとも言えない静けさと焦げ臭さが戻ってきた。
――次の日、もっと面倒なことが起きるとも知らずに。
夜。
グランツ侯爵邸は、月明かりに包まれていた。
昼間あれだけ騒がしかったのが嘘のように、静まり返っている。
ライは書斎で蝋燭の灯を眺めていた。
机の上には、勇者が残していった“罪状メモ”が置かれている。
「一、“笑顔がない”。二、“目が鋭い”。三、“背が高い”……」
彼は小さくため息をついた。
「この国、裁判が外見採点制になったのか?」
バルドが紅茶を注ぎながら言う。
「若様、世の中の“誤解税”は顔で支払う時代でございます」
「不本意な納税だな……」
窓の外ではモフドラが月を見上げ、ぷしゅーと湯気を吐いている。
その蒸気がまるで“ため息の翻訳”のように、静かに立ちのぼった。
「しかし若様、あの勇者殿……本気で信じておられましたな」
「顔が怖い=悪、というやつか」
「はい。“正義”が目に見えるものと思っておられるご様子で」
「なら、せめて視力を鍛えてもらいたいな」
バルドがふっと笑う。
そんなやり取りのあと、廊下の方から――コツ、コツ、と小さな足音が聞こえた。
ミーナがドアを少し開けて、そっと覗き込む。
「ライ様ぁ……外に誰かいます!」
「また物売りか?」
「いえ……勇者っぽい影が三つ……!」
「まさか、夜襲か?」
「はいっ、たぶん『二度目の正義』です!」
「何だその必殺技みたいな名前は」
ライは立ち上がり、マントを羽織った。
外を覗くと、確かに門の前に三つの影。
月明かりに照らされ、剣と杖がキラリと光る。
「……懲りないな。昼間のあれで学ばなかったのか」
「若様、誠実な悪役はつらいものでございます」
「誠実な悪役ってなんだ」
ミーナは慌てて玄関に飛び出そうとするが、ライが止める。
「ミーナは中にいろ。僕が行く」
「えっ、でもまた顔が怖いって言われますよ!」
「それはもう慣れた」
彼が外に出ると、勇者パーティーの三人が構えていた。
レオンは剣を握りしめ、やたらキリッとした顔で言う。
「夜に動く悪は、本物だと聞いた!」
「ただの睡眠不足だ」
「その冷静な返しが逆に怖い!」
ミリアが祈りながら叫ぶ。
「レオン様っ! 月光に負けないでください! 闇の気配が濃いです!」
「いや、ただの夜だから!」
ティナは少し離れたところでため息をついていた。
どうやら彼女だけは、事の無茶さを分かっているらしい。
「レオン、もうやめようよ。昼間の人、悪い人じゃなかったと思う」
「ティナ、君は優しすぎる! 悪はいつだって“いい人のふり”をするんだ!」
「それ、君のほうが怪しい発言だぞ」とライが口を挟む。
バルドが後ろからひょいと出てきた。
「若様、ここは一つ、“誠実外交”を試してみてはいかがです」
「つまり?」
「紅茶で会談ですな。温度で心は解けます」
ライは苦笑しながらうなずいた。
門を開け、彼らを庭に招き入れる。
ミリアが震えながら小声で言う。
「わ、罠じゃないですよね……? 毒入り紅茶とか……?」
「安心しろ。僕の紅茶は人生相談にも効く」
勇者たちは恐る恐る椅子に座った。
ティナだけは、どこか興味深そうにカップを見つめている。
「……おいしい。香草の香りがする」
「それは夜明花。眠れぬ者の心を静める花だ」
ティナの瞳が少し柔らかくなった。
レオンとミリアはというと、まだ落ち着かず、カップを持つ手が震えている。
「勇者殿」
ライが穏やかに口を開いた。
「僕が悪の侯爵だという噂、どこで聞いた?」
「町の噂です! “顔が怖くて経済に強い男=裏で悪を操る天才”って!」
「その連想ゲームで冤罪作れるのか……」
「でも、民は噂を信じます! 俺はそれを正す使命を!」
「じゃあまず、信じる力の使い方を正すんだな」
レオンが言葉に詰まる。
横でティナが小さく笑った。
「レオン、今日は帰ろう。明日また……ちゃんと話そう」
ミリアが「えぇ~!?」と不満を漏らすが、ティナが目で制した。
ライは軽く頷いた。
「門は開けておく。次は剣じゃなく、会話で来てくれ」
レオンは少し顔を赤らめながら、剣を納めた。
「……わかった。正義は、時々休憩も大事だからな!」
「いい心がけだ。勇者にも睡眠は必要だ」
ミリアが慌てて後を追い、ティナが最後に一度だけ振り返った。
「……その、お茶。ごちそうさまでした」
「またいつでも飲みに来い。悪の館は夜も営業中だ」
ティナは吹き出した。
「ふふっ……やっぱり、悪人には見えないな」
その言葉に、ライの懐中時計が“チリッ”と鳴った。
針が少しだけ上がる。
バルドが小声でつぶやく。
「若様、誠実にも副作用が出始めましたな」
「……静かにしろ、バルド」
勇者たちが帰ったあと、庭に静寂が戻る。
モフドラが足元にすり寄り、ぷしゅーと湯気を吐いた。
ミーナが玄関から顔を出す。
「ライ様ぁ~! 今の子たち、けっこう可愛かったですね!」
「そういう感想をいきなり言うな」
「で、どの子がタイプでした?」
「職務質問か?」
「勇者除外なら魔法使いさんでしょ! 当たりですよね!?」
「……黙秘権を使う」
バルドが静かに紅茶を飲み干しながら言った。
「若様。正義も悪も、恋も腹痛も。すべては夜に一度、静まるものでございますな」
「そして朝になればまた面倒が増える」
「はい、明日も正義が押しかけてくるでしょう」
「……予言か?」
「経験則でございます」
その夜、ライの懐中時計は小さく光ったまま、
針を一ミリだけ――上に、動かしていた。
――翌朝、さらに大きな勘違いが待っているとも知らずに。
最後まで読んでくれてありがとう!
悪の侯爵と呼ばれつつも、紅茶を出して話し合おうとするライ。すぐ滑る勇者。実況する侍女。湯気でフォローするモフドラ。にぎやかな初対面、楽しんでもらえたなら嬉しいです。
次回以降は、誤解が誤解を呼び、でもちょっぴり心が近づく……そんな展開をテンポよく描いていきます。よければ評価(☆)で応援を、感想で「ここが面白かった」「このキャラもっと見たい」など教えてください。ひと言でも、めちゃくちゃ力になります。
それではまた次回。
ライの誠実、明日も健在(そして胃にくる)。




