第90話 ドジかわ天使、金色の別れ!?
お読みいただきありがとうございます!
ついにセラ編、クライマックスです。
ドタバタなグランツ家の毎日にも、少し切ない朝が訪れます。
笑いながら、でも胸の奥がじんと温かくなる――そんな回にできたら嬉しいです。
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この物語の“焦げても誠実”な行方を、ぜひ見届けてください✨
グランツ侯爵邸の朝は、やけにまぶしかった。
まるで昨日の黒煙が嘘みたいに、窓からの光が廊下を金色に染めている。
焦げ跡の残る実験室の前を、ミーナがほうきを手に通りかかった。
「ううっ……焦げた匂い、まだ残ってますね……。でも、なんか“成功した感じ”もします!」
「姫様の実験で“成功”という単語を使うのは、非常に勇気が要りますな」
バルドがいつもの調子で返す。
彼は手帳をめくりながら、屋敷の修繕費を冷静に見積もっていた。
一方のルチアは、廊下の隅で腕を組んでいた。
「ふふん。結果オーライですわ。だって天使の輪、ちゃんと直ったんですもの!」
その言葉どおり、部屋の奥ではセラが窓辺に立ち、金色の輪を両手で包んでいた。
輪はゆっくりと光を放ち、部屋の空気ごと、柔らかく照らしている。
セラの頭上で、輪が静かにふわりと浮かび上がる。
「見て……戻ったんだよ。ちゃんと、元の場所に」
その声は小さいけれど、嬉しさがにじんでいた。
ライはその様子を、少し離れた机のそばで見ていた。
顔にも、マントにも、まだ焦げ跡が残っている。
けれどその表情は、どこか安心していた。
「よかったな。ようやく落ち着いた」
「うん。でもね、変なの。胸があったかいのに、ちょっとだけ苦しいの」
「……それは、たぶん“お別れのサイン”だ」
「お別れ……?」
セラが瞬きをする。輪が一度だけ、強く光った。
その光が、彼女の背の羽に反射し、細い金の粉がふわりと舞う。
まるで空が、呼んでいるみたいだった。
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その後、みんなで食堂へ集まった。
テーブルの上には、温かいスープと焼きたてのパン。
焦げた屋敷の匂いと、スープの香りが混じり合って、不思議と心が落ち着く。
「いただきまーす!」
ミーナの元気な声で朝食が始まる。
ルチアは相変わらず、パンの焼き目にうるさい。
「兄様、今日の焼き加減は“焦げ3割”ですわ。芸術的再現ですね」
「偶然だ」
ライが淡々と答える。だが口元は少しだけ笑っていた。
セラはスープをすくいながら、小さく言った。
「ねぇ、ルチア。昨日“買い物に付き合って”って言ってたよね」
「ええ。忘れておりません。兄様、約束どおり今日は市場ですわ!」
「えっ、今から?」とミーナが驚く。
「当然ですわ。焦げた床板に合う香草オイルを探しに行くのです。それに——」
ルチアは、ちらりとセラの輪を見上げて微笑んだ。
「天使様にお似合いの“飾り”も、ね」
セラは一瞬、きょとんとしたあと、頬をほんのり赤くした。
「……うれしい。でも、そんなのいいよ」
「いいえ、駄目ですわ。お別れ前の記念ですもの!」
ルチアが勝手に決定した。
ミーナは財布を抱えて、「うわー出費の予感がします!」と嘆いた。
その横で、バルドが静かにメモを取りながら言う。
「若様、誠実とは約束を守ること。たとえ買い物が地獄巡りでも、でございます」
「言い方に悪意があるな、バルド」
「いえ、誠実の定義を申し上げただけで」
小さな笑い声がテーブルに広がった。
その明るさの中で、セラはそっと輪を撫でた。
光は静かに脈打ち、まるで“ありがとう”と囁いているように見えた。
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昼下がり。街の市場は活気に満ちていた。
屋台の香辛料、甘い焼き菓子、布商の掛け声。
いつもならただの賑やかな光景――でも、今日の空気は少し違った。
セラはモフドラを肩に乗せ、あちこちの店を見て回る。
「わぁ……どの店もキラキラしてる」
「天界より眩しいでしょ?」とミーナが冗談めかして笑う。
ルチアは次々と店をはしごしては、「兄様、これ似合いません?」と手に取る。
「それは鍋蓋だ。しかも鉄製だ」
「爆発対策ですもの!」
「二度としないと言っただろう」
「“たぶん”ですわ」
「“たぶん”を信じるには僕の命が惜しい」
「じゃあ確率50%で!」
「やめろ!」
そんなやりとりに、セラは思わず笑った。
けれどその笑顔の奥で、輪の光が少し強くなる。
空の上から、ほんのかすかな鐘のような音が聞こえた。
セラの指先がぴくりと動く。
彼女はふと立ち止まり、空を見上げた。
青空に、細い金の筋が浮かんでいる。
それはまるで——帰り道のように見えた。
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ライはその様子に気づき、そっと彼女の隣に立つ。
「……感じるか?」
「うん。呼ばれてるの。もうすぐ、帰る時間かも」
「そうか」
ライは少しだけ目を細めた。
風が二人の間を抜けていく。
セラの髪が揺れ、輪の光がそのたびにきらりと瞬く。
ミーナが後ろから声をかけた。
「セラさん! このお店のアクセサリー、見てください!」
小さな屋台に並ぶ、透明なビーズの細輪。
セラはゆっくり近づき、ひとつを手に取る。
それは光を反射して、まるで小さな星みたいに輝いた。
「……これ、きれい」
彼女は思わず呟く。
「天使の輪の下につけても、邪魔にならないね」
ライは頷いた。
「魔力の干渉も弱い。装飾品としてなら安全だ」
「そうなんだ……じゃあ、これにする」
セラは迷わず選んだ。
ルチアが満足げにうなずく。
「良いお買い物ですわ。兄様、支払いを」
「はいはい。……まったく、誠実にも限度があるな」
バルドが横でつぶやく。
「現金が必要な誠実は、もはや“現実”でございますな」
ルチア「うまいこと言いましたわね!」
ミーナ「すごい! 座布団3枚です!」
「遠慮します」とバルド。
皆が笑う中、セラは買ったばかりの小さな細輪を胸に当てた。
「ありがとう。みんなと過ごせて……本当によかった」
その瞬間、輪がひときわ強く光った。
光は屋根を越えて、空へと吸い込まれていく。
セラの羽がふるりと震え、白い光の粉が散った。
——天界が、呼んでいる。
空が、少しずつ金色に染まりはじめていた。
市場の喧騒も遠のき、風の音だけが残る。
セラの輪はゆっくりと輝きを増し、まるで“帰り道”を示す灯のように天へと伸びていく。
ライは、その光の中で立ち止まった。
「……もう、行くんだな」
セラは小さく頷く。
「うん。天界の声が聞こえるの。『帰っておいで』って」
「そうか」
ライは少しだけ目を伏せた。
光の粉が舞い落ち、二人の影を柔らかく照らす。
ミーナは涙をこらえながらも笑顔をつくる。
「セラさん……また遊びに来てくださいね!」
「うん。約束する!」
ルチアは腕を組み、むすっとした顔で言った。
「実験台が減るのは寂しいですわ。でも……今度は天界の素材をくださいませ」
「もう爆発しないでね?」
「“しない方向で”努力します」
「方向で!?」とミーナが突っ込んだ。
その賑やかなやり取りに、セラは少し笑ってからライを見つめた。
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風が、やさしく吹いた。
金の髪が揺れ、羽がひらりと広がる。
ライは一歩前へ出る。懐中時計の針が、静かに揺れた。
「……セラ。君に伝えたいことがある」
セラの瞳がまっすぐに向けられる。
「なに?」
ライは息を整えた。
「僕は完璧だ。——恋以外はね」
セラが少しだけ目を丸くする。
「え?」
「君と過ごした日々が、僕の心をずっと変えた。笑い方も、待つことも、人の温かさも。全部、君が教えてくれた」
懐中時計の針がググッと跳ねる。
ライは腹を押さえながらも、真っすぐに言葉を続けた。
「……だから、好きだ。セラ。君が、好きだ」
セラの目がゆっくりと潤む。
そして、小さく息を吸い込んだ。
「ライ……ありがとう」
その声は、やさしくて、でも少し震えていた。
「でもね、私……もう、帰らなきゃ」
光が彼女の足元から広がり始める。
輪の輝きが強まり、風がまるで天へ引っ張るように吹き上がった。
ミーナが慌てて叫ぶ。
「えっ!? もう!? 早すぎません!?」
ルチアは目を細め、淡々と言った。
「天界の転送魔法は時間厳守ですわ。まるで王都のバスみたいに」
「バス!?」
「乗り遅れると、次は千年後らしいですわ」
「千年待てませんー!!」
バルドが咳払いし、静かに言った。
「若様、誠実とは“見送る勇気”でございます」
ライは小さく頷いた。
「分かっているよ」
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セラの体が、光に包まれていく。
風に乗って、彼女の声が届く。
「ねぇ、ライ。……私ね、ルチアみたいに“おねだり”してみたかった」
「おねだり?」
「うん。たとえば、“一緒に買い物行こう”とか、“手をつないで”とか……。でも、勇気が出なかった」
「セラ……」
「だから、最後に言うね。——ありがとう。私に、居場所をくれて」
涙がひと粒、ライの頬に落ちた。
同時に、光がぱっと広がり、眩い金色の羽が空へと舞い上がる。
セラの姿は、その光の中に溶けていった。
残されたのは、ふわりと漂う光の粉と、空に響く小さな音。
まるで鐘の音のような、優しい響きだった。
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やがて静けさが戻る。
ミーナは鼻をすすりながら「セラさん、いい人でしたねぇ……」と涙声。
ルチアは腕を組んで「兄様、次の恋敗も頑張ってくださいまし」と笑う。
「“恋敗”って言うな」
「でも百敗目指してるんですもの、途中でやめたらもったいないですわ!」
「スポーツ大会じゃない」
ミーナは苦笑いしながら、モフドラを抱き上げた。
「でも、ライ様の恋腹……大丈夫ですか?」
「……ああ、今日は不思議と痛くない」
ライはお腹に手を当てて、小さく息を吐いた。
どこか、温かいものが残っている。
それはきっと、セラの笑顔の余韻だ。
夕陽の光が差し込み、焦げた屋根の上をオレンジに染めていた。
風に乗って、金色の粉が一筋だけ空へ昇っていく。
ライはそれを見上げ、静かに微笑んだ。
「——誠実でよかった」
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その後ろで、バルドがひとこと。
「若様。恋の痛みとは、まこと“誠実の副作用”でございますな」
ライは肩をすくめる。
「副作用が強すぎるけどな」
「効能は絶大でございます。見送る者も、見送られる者も……お心、温まっておられましょう」
モフドラがぷしゅーっと湯気を吐いた。
まるで「そうだそうだ」と言っているみたいに。
ライは空を見上げ、そっと呟いた。
「……きっと、また誰かの笑顔を守れるように。僕は今日も、焦げ臭い誠実で生きるよ」
その言葉に、屋敷の煙突から小さな白い煙が上がった。
焦げた屋根の上で、風がやさしく鳴る。
グランツ侯爵家の朝は、今日も平和だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
セラとの別れのシーン、書きながら作者も少しうるっとしてしまいました。
コメディと感動の狭間で揺れるこの作品らしく、笑いと涙がちゃんと混ざっていたら嬉しいです。
もし「良かった!」「セラが可愛かった!」「ライ頑張れ!」と少しでも感じていただけたら、
ぜひ評価や感想で教えてください!
みなさんの言葉が、この作品の次の“誠実な一歩”を動かす力になります。




