第89話 ドジかわ天使、焦げ付いた屋敷!?
焦げた屋敷に笑いが戻る――そんな朝から始まる今回のお話。
ルチアの“爆発事件”の後始末に追われるグランツ家一同、そしてセラの輪がついに完全復活……?と思いきや、最後はまたライの恋腹が炸裂です。
今回はコメディの中に少しだけ切なさが混じる回になっています。
もし読んで「焦げたけど温かいな」と感じていただけたら、ぜひブックマークで応援してもらえると嬉しいです!
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グランツ侯爵邸の廊下には、まだうっすらと焦げた匂いが残っていた。
窓を全開にしても、ススのにおいは簡単には抜けない。
黒くなった床板を見つめながら、ライオネルは静かに息をついた。
「……火事にはならなかった。それだけで十分だな」
その声に、すぐ背後から穏やかな低音が返る。
「屋敷の三分の一がスス色でございますが、“誠実な焦げ”と考えれば上等ですな」
執事バルドはいつもの調子で淡々とモップを動かしていた。
「誠実な焦げ……そんな分類があるのか」
「ございますとも。姫様の好奇心が絡む場合に限ります」
モフドラは窓辺でぷしゅーと湯気を吐き、腹の熱を外に逃している。
ミーナは雑巾を持って右往左往し、床の黒い跡をゴシゴシ磨きながら半泣き顔だった。
「ひぃ〜! 拭いても拭いても取れません! これ、もう“芸術作品”ってことでどうですか!?」
「それは“現代魔災アート”だな」
「響きだけはオシャレですけど!」
そんな中、部屋の中心では――
金色の輪がふわりと宙に浮かんでいた。
セラの天使の輪だ。光はやわらかく戻ったが、表面にはうっすらと焦げの線が入っている。
セラはそれを両手で包みこみ、じっと見つめていた。
「大丈夫……少し焦げただけ。ちゃんと、戻ってきてくれたんだね」
ライは頷き、そっと手を差し出した。
「共鳴が少し乱れている。魔力の温度を整えれば安定するはずだ」
指先で軽く輪に触れ、短い詠唱を唱える。
淡い青の光が走り、焦げた部分がゆっくりと消えていった。
温度が下がるにつれ、輪の音が「キィン……」と澄んだ音に変わる。
モフドラが近づいて、お腹からぬるい湯気を吹きかけた。
まるで「これでホカホカだぞ」とでも言うように。
セラは思わず笑ってしまう。
「ありがと、モフドラ。あったかいね」
「ぷぴゅい!」
横ではミーナが鼻をすすりながら、まだ焦げた壁を拭いている。
「ライ様ぁ、もうこの壁の焦げぜんぜん落ちません! いっそ模様にしましょう、“ルチア爆心地”って札立てて!」
「却下だ」
「ひどい!」
バルドはというと、床に座りこんで焦げ跡を観察していた。
「若様、面白いことに“焦げの形”が姫様のトングの形をしております」
「つまり証拠品だな」
「はい、証拠品です」
その“本人”――ルチアは机の下で体育座りをしていた。
顔も髪もススだらけ、トングを握りしめてうなだれている。
「……兄様、ごめんなさい。輝いてたから、つい」
ライはため息をつきながらも、声を荒らげなかった。
「次からは必ず確認してくれ。輝いていても、触っていいとは限らない」
「うぅ……はい」
少しの間、沈黙。
だがルチアはやっぱりルチアだった。顔を上げると、ぱっと笑顔を見せる。
「じゃあ、そのお詫びに――兄様、今度お買い物に付き合ってください!」
ミーナが盛大にこけた。
「え、謝罪からデートの誘いに!?」
「だって兄様、最近まったく一緒に外出してくれないんだもの」
「領地運営で忙しいんだ」
「たまには私のワガママも領地に含めてください!」
バルドがすかさずメモを取りながらつぶやく。
「“姫様のワガママ=領地拡張”……記録しておきます」
「バルド、それ書かないで!」
笑いが小さく広がった。
屋敷中に残っていた焦げた匂いが、いつのまにか少しだけ甘く感じられる。
セラは輪を頭上に戻し、ぽつりとつぶやいた。
「……ねえ、ライ。私、本当にありがとうって言いたいの。助けてくれて」
「礼はいい。君の輪が戻ってきたなら、それで十分だ」
「でもね、路地裏で出会ったあのとき、誰よりも早く手を差し伸べてくれたのはあなたでしょ?」
「僕は……ああいう時、考えるより先に動く癖があるだけだ」
ライは照れたようにマントの襟を直した。
セラはその姿を見て、小さく笑った。
「あなたのそういうところ、すき――」
そこまで言って、はっと口をつぐむ。
空気が一瞬止まった。
そしてライの腹が、ぐぐぐっ……! と音を立てた。
「っ……またか……!」
「恋腹スイッチ入っちゃったぁぁぁぁ!」とミーナが絶叫。
モフドラが慌ててライのお腹に飛び乗り、ぷしゅーと温かい湯気を吐く。
バルドは頭を抱えながら言った。
「若様、誠実も命がけでございますな」
ライは片膝をつきながら、なんとか笑って返した。
「誠実は……痛みを伴うんだ……!」
セラは慌てて近づき、輪を両手で押さえた。
「ごめんなさい! 今のは、その……うっかりで!」
「いや……いい。うっかりでも、嬉しいから……余計痛い」
バルドが静かにメモを閉じて言った。
「若様の胃痛は、世界でいちばん誠実な負傷でございます」
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焦げた屋敷に、ようやく笑い声が戻ってきた。
光を取り戻した輪が、天井近くでゆらゆらと揺れ、やさしい金色を落とす。
ルチアはその光を見上げながら、こっそりつぶやいた。
「……でも次の実験、もうちょっと“光る系”やってみたいな」
「聞こえてるぞ、ルチア」
「ひゃっ!?」
笑いと叱責が交じり合う中、焦げた部屋に残ったのは――
いつも通り、ちょっとドタバタで、でも不思議と温かい朝の空気だった。
爆発騒ぎが収まったあと、屋敷の空気はようやく落ち着きを取り戻した。
黒こげになった床の上では、モフドラが丸まって寝息を立てている。
湯気がふわりと立ち上り、焦げ臭い匂いの中にほんのりとした甘い香りが混じった。
「……やっぱり、焦げパンの匂いに似てますね」
ミーナが鼻をくんくん鳴らしながら、バケツを持ってうろうろしていた。
「妹様の実験、ついに“食べられる爆発”の領域に……!」
「食うな」
ライのツッコミが一閃する。
だがミーナは懲りずに、こげ跡の中からなぜか丸い焦げクッキーのようなものを拾い上げていた。
「ね、ライ様。これ、たぶん安全ですよ! だって、ちょっと甘い匂いしますもん!」
「それ、魔法薬の副産物だ。食べたらお腹の中で花が咲くぞ」
「えっ! 咲くんですか!? 食べてみたい!」
「今すぐ捨てろ」
ミーナが泣きながら焦げクッキーをゴミ箱に投げ入れる。
その後ろで、ルチアはケロッとした顔で手帳を開いていた。
「……“反省ノート”に書いておくね。“天使素材は鍋に入れない”っと」
「常識だ」
「じゃあついでに、“兄様はすぐ怒る”も書いとこう」
「怒って当然だ」
「うー、理屈屋~!」
ルチアが頬をふくらませて机をドンと叩いた瞬間、机の端からもうもうと灰が舞い上がる。
「ひゃあっ!? また爆発の残り粉ーっ!」
ミーナが悲鳴を上げ、バルドが黙ってモップで抑えた。
静寂。
次の瞬間、バルドの落ち着いた声が響く。
「……姫様の実験後の後片付け、それ自体がもはや“修行”でございますな」
「修行っていうか拷問ですよ!」
「いや、人生の訓練だ」
ライの淡々とした声に、ミーナが半泣きで「そんな人生いやぁぁぁ!」と叫んだ。
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しばらく後。
ようやく掃除も終わり、ライたちはダイニングに移動して遅い昼食を取っていた。
焦げた屋敷を背景にして食べる焼きたてパンは、なぜかいつもより香ばしい。
「……皮がカリカリしてるな」
「焦げた空気を吸いすぎたからですよ、きっと」
ミーナの適当な推測に、ルチアは頷きながらジャムを塗っている。
「兄様、この味、実験の副作用で“成功の味”って気がします」
「失敗の味にしか思えん」
セラはというと、いつもの席でおとなしくパンをちぎっていた。
彼女の頭上では、天使の輪がやさしく光り、焦げ跡もほとんど消えている。
まるで何事もなかったように輝くその輪を、彼女は時おりそっと撫でた。
「……なんだか、あったかいんだ。前よりも」
その言葉にライは少しだけ笑った。
「それはきっと、君を助けた皆の温度が残っているんだ」
セラは目を瞬かせる。
「皆の……温度?」
「ルチアの好奇心、ミーナの慌てっぷり、バルドの冷静さ、そして……僕の焦げたマントの匂いだ」
「最後だけいらないですっ!」とミーナが全力で突っ込む。
笑いが広がる。
その笑い声を、ルチアが不意に遮った。
「ねぇ兄様、約束、覚えてますよね?」
「……約束?」
「お買い物、付き合ってくれるって言ったじゃないですか~!」
「……あれは謝罪の文脈であって――」
「約束は約束ですっ!」
ルチアは立ち上がり、両手を腰に当てて仁王立ちになった。
「明日、一緒に街へ行きます。ついでにセラさんの輪のお手入れ用の飾りも見ましょう!」
「わ、私も……?」とセラが驚く。
「もちろんです! 焦げた記念にキラキラの飾りをつけましょう!」
「そんな発想ある!?」とミーナがまた叫んだ。
バルドは静かにお茶を注ぎながら、ぽつりと言った。
「若様。“誠実”という言葉には、“付き合いの良さ”も含まれるものでございます」
「……どうやら断る自由はないようだな」
「“自由”より“妹”の方が強いんですよ!」
「僕の家系、民主主義が成立してないな……」
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午後の陽が傾きはじめ、食卓を金色に染めていく。
セラは光を透かすように輪を見つめていた。
どこか切なげな笑みを浮かべながら、小さくつぶやく。
「……もうすぐ、帰らなきゃいけない気がするの」
その言葉に、場の空気が静まった。
ライは一瞬だけ言葉を失う。
輪の輝きは、まるで空の彼方を指すように強く光っていた。
「天界の呼びかけ、でしょうな」
バルドの声はいつもより静かだった。
「若様。天使が帰るときは、光の道が開く。名残惜しさも、そこに置いていくものです」
セラは少し俯いて、両手で輪を抱きしめる。
「ここに来て、みんなに出会えて、本当によかった。怖い顔のライも、好奇心旺盛な妹も、ドジな侍女も、みんな優しくて……」
「“怖い顔”と“ドジ”が一緒に並ぶの、すごい破壊力ですよねぇ!?」とミーナが涙目で突っ込む。
ライはゆっくりと席を立った。
夕陽の光を背に、まっすぐセラを見つめる。
「セラ。もし……明日、君が天に帰るとしても、僕はきっと後悔しない」
「え……?」
「君が笑っていられるなら、それでいい。僕の誠実は、君の自由の味方だ」
バルドはそっとつぶやいた。
「……若様、また名言の後に胃痛コースですな」
その通りだった。
次の瞬間――ライの腹が、ぐぎゅるるる…… と鳴った。
「っ……今のは、誠実の……副作用だ……!」
「副作用って言わないでくださいっ!!」
セラが涙目で笑い、モフドラが慌ててライの腹に乗って温める。
ミーナは叫びながら笑い、ルチアは机を叩いて転げ回った。
屋敷の中は、また笑い声で満たされる。
その中で、セラの輪は静かに、穏やかに光を増していった。
まるで――別れの準備を始めているかのように。
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バルドはその光を見上げ、そっとつぶやいた。
「若様。恋とは、別れを恐れて焦げるもの……それでも誠実を貫く貴方は、やはり“完璧未満”でございますな」
ライは苦笑して答えた。
「……完璧でなくていいさ。焦げても、守りたいものがあるなら、それで十分だ」
窓の外では、夕陽が沈み、天使の輪の光がそれに重なるようにきらめいていた。
今回もお読みいただきありがとうございました!
焦げた床、焦げた輪、そして焦げた誠実――とにかく“焦げ尽くした回”でしたね。笑
ライの腹痛はますます悪化中ですが、セラの言葉で少しずつ“恋”が形になっていくのを感じてもらえたら嬉しいです。
次回はついに「別れの気配」が近づいてきます。
コメディと切なさのバランスを楽しんでいただけたら最高です。
もし「焦げライ頑張れ!」「ルチアもっと爆発して!」と思っていただけたら、評価や感想をぜひお願いします!
みなさんの反応が、作者にとっての“誠実エネルギー”です。
――では、次回も焦げた心でお会いしましょう。




