第88話 ドジかわ天使、天使の輪が爆発!?
おはようございます!今日もグランツ侯爵家は、朝から波乱の予感です。
――というわけで今回は、あの爆発音から始まる“大事件回”!
ルチアの「実験」がついに炸裂(物理)します。
焦げる、飛ぶ、回る、そして……まさかの“輪っか事件”勃発!?
天使の輪をめぐるドタバタ劇の中で、ライの“誠実”がまたひとつ試されます。
そして、ほんの少しだけ進む「恋腹の針」にも注目です。
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ブックマークの光が、この屋敷の非常ベルを止める唯一の魔法です✨
グランツ侯爵邸の朝は、いつも静かだ。
広い廊下には陽が差し込み、窓辺では白いカーテンがゆるく揺れている。
――の、はずだった。
その朝は、屋敷の奥から「ボンッ!」という鈍い音とともに、黒い煙がもくもくと吹き上がった。
焦げたような、甘ったるいような、なんとも言えない臭いが広がる。
ちょうど帳場で書類を整理していたライは、顔を上げて小さく息を吐いた。
「……バルド」
「はい、若様。あれは間違いなく“姫様案件”でございますな」
バルド――長年仕える執事は、湯気立つお茶を置いたまま、遠くの煙を見ていた。
「黒煙の濃度で分かります。あれは、普通の失敗ではございません」
「失敗に濃度があるのか?」
「ございますとも。姫様の“気合い”が多いほど、黒が深まるのです」
ライは額に手を当てた。
「……つまり最悪ということだな」
ミーナが廊下から駆け込んできた。
「ライ様っ! 焦げた砂糖みたいな匂いしますけど!? あと、なんか鉄っぽいような……!」
すでに目がうるんでいる。どうやら煙が少し染みたらしい。
ライは即座に指示を出した。
「ミーナは消火班。バケツを持ってきてくれ」
「はいっ!」
「モフドラは偵察だ。天井裏から行け」
「ぷぴゅい!」
小さなドラゴン――モフドラが湯気を吐きながら、天井の隙間へと飛び込んだ。
「バルドは交渉役を頼む。今回は穏便に」
「心得ております。“穏便”という言葉が通じれば、の話ですが」
屋敷の奥、書庫を改装したルチアの“実験室”へと向かうと、扉の隙間から紫がかった黒い光がちらちらと漏れていた。
ドアには分厚い板が打ち付けられ、そこにはチョークでこう書かれている。
――立入厳禁/でもおやつ持参なら入室可――
「……条件付き立入禁止か」
ライは小さくつぶやき、ノックした。
「ルチア、いるか」
すぐに中から声が返ってきた。
「兄様? 今、“珍しい輪っか”を魔法素材に混ぜる大事なところ! 邪魔しないで!」
「輪っか?」
ミーナが小首をかしげる。ライとバルドは視線を交わした。
“輪っか”――まさか。セラが探している天使の輪ではないだろうか。
ライは少し声を落とした。
「ルチア、その輪はどこで手に入れた?」
「倉庫の奥! ピカピカ光ってて、すっごくレアな感じだったの!」
「それ、持ち主がいるかもしれない。確認したか?」
「してないけど、輝きが“私を使って”って言ってたから問題ない!」
「……問題しかないな」
バルドが静かに言葉を挟む。
「姫様、火加減というのはですね。弱火でコトコトが王道でございます」
中から返ってきた声は元気いっぱいだった。
「いまは強火でドカンの時間なの!」
ミーナは真っ青になった。
「ドカンって言いました!? 絶対いい予感しないです!」
そのとき、天井の隙間からモフドラが戻ってきた。
「ぷぴゅ、ぷぴゅい!」と鳴きながら、ちいさな前足を丸くして見せる。
「輪っかが見えるって? ……作業台の上?」
「ぷぴゅ!」
「しかも鍋の隣?」
「ぷぴゅ!」
ライの顔が固まった。
「バルド、今すぐ中へ――」
「無理でございます、若様」
執事は指で床を指した。そこにはうっすらと魔法陣の結界が刻まれていた。
「魔法語で“許可無き者立入禁止”とあります。扉を無理やり開けると、悪魔が出てくる仕組みですな」
「……あいつ、なんて結界を張ってやがるんだ」
中からは、トングで何かを持ち上げる音が聞こえた。
「これが“輪っか素材”……形も完璧、重さも最高。さあ、投入カウントダウン!」
「ルチア! 待て!」
ライが叫ぶ。
「それを鍋に入れたら――」
だが声は、扉の結界に吸い込まれて消えた。
ミーナは泣きそうな声で「ルチア様ー! それセラさんの輪かもしれませんー!」と叫ぶが、やはり届かない。
扉の隙間から見える光はどんどん強くなり、まるで夜空の流星のように紫の火花を散らしている。
ライは短く息を吸った。
「……温度と共鳴を下げる。間に合えば……」
手のひらを扉に当て、指先で小さな干渉陣を描く。淡い光が広がり、結界の色が少しだけ薄くなった。
それでも中のルチアはまったく止まる気配がない。
彼女の声が、扉の向こうから響いた。
「兄様の理屈は嫌いじゃないけど、実験は理屈より直感!」
続いて、彼女の高らかな宣言が響く。
「カウント開始――十、九、八!」
ミーナはバケツを抱え、ライの背中を見つめた。
「ライ様、これ……間に合いますか?」
「……ギリギリだ」
屋敷の奥を包む黒い煙は、さらに濃くなっていった。
ライの銀の懐中時計が、微かにチリ、と鳴る。
爆発まで、あと少し――。
屋敷の奥に響くカウントダウンの声。
「七、六、五――!」
その調子のよすぎる声に、ライの眉がぴくりと動いた。
隣ではミーナが半泣きでバケツを抱え、バルドは冷静にメモ帳を取り出していた。
「若様、万が一吹き飛んだ場合に備えて、修繕費の見積りを出しておきます」
「いまはそれどころじゃない!」
黒い煙はさらに濃くなり、廊下まで流れ出してきた。
焦げた砂糖と鉄の匂いが混じり合い、鼻がツンとする。
ミーナが咳き込みながら叫んだ。
「も、もしかしてルチア様、もう輪っかを――!」
その瞬間、屋敷の外から風が吹き抜けた。
空気が変わる。胸の奥が、ふとざわざわと揺れた。
セラだった。
彼女は庭のベンチに腰かけて、空を見上げていた。
いつもはおっとりしているその顔が、今はきゅっと真剣に引き締まっている。
「……なぜだろ。胸の奥が、ドクドクして……」
彼女の背中の羽が、ほのかに光りはじめる。
「この感じ……近くにある。絶対に、私の“輪”だ!」
そう言うと、セラは立ち上がった。
その拍子に、手に持っていたパンがぽとりと落ちる。だが拾っている暇はない。
羽をばさりと広げ、屋敷の廊下へと駆けだした。
---
その頃。
ライたちは結界の前で作戦会議というより“時間稼ぎ”をしていた。
「若様、扉を破壊するのは最終手段でございます。反動で中身ごと吹き飛ぶやもしれません」
「分かっている……だが放っておけない」
ライの手のひらに汗がにじむ。
中からは――「四! 三!」――という明るいカウントが聞こえてきた。
ミーナが叫ぶ。
「もう時間ないですよ! ルチア様、ストップって書いた看板とかないんですか!?」
「そんな器用な看板作る暇があるなら、彼女は爆発を起こす」
「たしかに!」
と、バタバタと足音が近づく。
セラが勢いよく角を曲がって飛び込んできた。
「ライ! この感じ、私の輪があるよ!」
「やはりそうか!」
ライが振り返る。
セラは頷いた。
「間違いないよ。あれは……私の輪。お願い、助けて!」
「任せろ」
そのとき、扉の向こうから最後のカウントが響く。
「二……いーち!」
バルドの声が被さった。
「若様、結界解除、今です!」
ライが両手を合わせ、指先で光の陣を描く。
パチン、と小さな音と共に扉の紋章が砕けた。
---
中は、まるで爆発前の竜の口のようだった。
机の上では鍋がぐつぐつと煮え立ち、紫の液体が泡を立てている。
そしてその鍋の中には――
金色の輪っか。
セラの天使の輪が、ぴかぴかと震えながら沈みかけていた。
「それ入れちゃダメーッ!!」
セラの叫びが部屋を突き抜けた。
ルチアは、鍋の前でトングを持ったまま、ぽかんとしている。
「え? これ、天使の部品?」
「その通りだ!!」
ライが駆け寄る。
だが遅かった。輪の輝きが液体に吸い込まれ、部屋中が一気に光に包まれた。
天井の魔石が割れ、紙束が宙に舞う。
「バルド、下がれっ!」
ライは腕を突き出し、風の魔法で爆風を押し返す。
だが吹き返しが強く、髪が乱れ、マントがめくれ上がった。
バルドが吹き飛び、ミーナがバケツを抱えたまま壁に張り付く。
「わ、若様ぁぁぁ!」
「平気だ!」
その時、モフドラがぷしゅーっと白い湯気を吐いて飛び出した。
体の中の熱を逃がす小型竜の能力で、部屋の温度が一気に下がる。
光が薄れ、ルチアの実験室はようやく落ち着きを取り戻した。
机の上の鍋は黒こげ。床には焦げたパンくずと羽毛が散らばっている。
ルチアは真っ黒になった顔で、トングを持ったまま立ち尽くしていた。
「……兄様、ちょっと強火すぎました」
「強火どころか、地獄火だ」
「でもすごく綺麗な光だったでしょ!」
「その感想はあとだ」
セラは駆け寄り、鍋の中をのぞきこんだ。
「まだ……ある、かも……」
湯気の向こう、金色の輪がゆらりと浮かんでいる。
けれど、表面は少し歪んでいた。
「うわああ! 焦げてる!」
セラは目を潤ませて、輪を両手で抱えた。
「私の……私の大事な輪が……!」
ミーナがタオルを持ってきて包もうとするが、輪はふるふると震えて逃げるように宙に浮かぶ。
まるで「まだ働けるよ」と言っているみたいに、かすかに光を放った。
セラはその光を見つめ、涙をぬぐう。
「よかった……本当に、よかったぁ……」
ミーナはほっと胸をなでおろし、ルチアは舌を出して笑った。
「ふふ、まぁ結果オーライってことで!」
ライは額に手を当てる。
「結果オーライで屋敷が焦げたのは、うちくらいだろうな……」
バルドが静かにメモを取ってつぶやく。
「姫様、実験後の感想欄には“危険”と“笑顔”の両方を記しておきます」
「なにそれ評価高そうでイヤ!」とミーナが突っ込む。
笑いが広がる中、セラの輪はふわりと浮かび、淡い光を放ちながら彼女の頭の上に戻った。
まるで「もう大丈夫」と語るように、静かに輝きを増していく。
セラは小さくつぶやいた。
「みんな、ありがとう……」
そしてその光の中で、ライの懐中時計がチリ、と鳴った。
恋腹の針が、ほんの少しだけ――動いた。
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バルドは深く息をついて言った。
「若様。屋敷は少々焦げましたが……天使は無事。お顔もススで黒くなりましたが、それもまた“誠実の証”でございますな」
ライは肩をすくめて答えた。
「誠実は、毎回なぜこうも焦げ臭いんだろうな……」
屋敷の窓の外では、セラの輪が夕日に反射して、きらりと光った。
読んでくださってありがとうございました!
今回も爆発・焦げ・ツッコミ満載の侯爵邸、いかがでしたか?
ルチアの「強火ドカン理論」は作者的にも止められませんでしたが(笑)、
そんな中で、セラの輪が無事戻るシーンには少しだけ胸が熱くなりました。
ライの恋腹針が“ほんの少し動く”――この微妙な進展こそ、彼ららしいですよね。
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あなたの一言が、作者の創作エネルギー……いや、ライの胃薬になります




