第86話 ドジかわ天使、風輪通りで探し物!!
朝の食堂から川沿い、そして「風鈴通り」へ――セラの“天界メモリー”を手がかりに、一行が少しずつ輪へ近づいていく回です。
ドジ全開のセラ、胃痛と誠実が比例するライ、全力ツッコミのミーナ、そして静かに全部拾っていくバルドとモフドラ。にぎやかだけど、最後はちょっと胸があたたかくなるはず。
「続きも追いかけたいな」と思っていただけたら、ブックマークで見守ってもらえると嬉しいです。あなたの一押しが、セラのやる気とライの胃薬になります。
朝の光が屋敷の食堂にやさしく差しこんでいた。
焼きたてのパンの香りと、スープの湯気。
窓の外では小鳥の声がにぎやかだ。
セラは、パンを手にしながらじっと遠くを見ていた。
その顔は、何かを思い出そうとしているようでもあり、寝ぼけているようでもあった。
「セラ?」
向かいの席のライが声をかけると、
彼女はハッとしてパンを握りしめた。
「ライ!思い出したかもしれない!」
その言葉に、ミーナが椅子ごとガタンと前のめりになった。
「出た! ついに来ました“天界メモリー”!」
「川がキラキラしてて……パンのいい匂いがして……そのあとに輪を落とした気がするの!」
セラは身ぶり手ぶりを交えながら必死に説明する。
羽をバサバサさせるたびに、テーブルクロスがめくれ上がった。
「川とパン……」ライが考え込む。
「東市場の裏の川筋かもしれません。あの辺りはパン屋が多いですし」
「川+パン=小麦粉! つまり犯人は炭水化物です!」
ミーナが勢いよく指を立てて宣言。
「いや、犯人はいない……」とライが即ツッコミ。
そのやり取りに、セラはきょとんとしていたが、
次の瞬間、ぱあっと笑った。
「じゃあ、そこを探そう!」
バルドがすっと立ち上がり、手帳を開く。
「若様は現場判断。ミーナは安全確保とタオル係。
わたくしは交渉と支払い。モフドラ殿は温め担当。
セラ様は……記憶の案内人、ということで」
「は、はいっ!」セラが胸を張る。
その手には、小さな丸石が握られていた。
「それは?」ライが尋ねると、
「“輪のイメトレ用”です!」とセラ。
ミーナが即座に突っ込む。
「石は食べられませんよ!」
「……食べません!」
セラのほっぺがぷくっとふくらんだ。
ライは小さく笑って立ち上がる。
「よし、出発しよう。誠実は遠回りでも、唯一の道だ」
その一言に、ミーナとバルドが同時にうなずく。
モフドラだけが「ピュイ」と鳴いて湯気を吐いた。
――そして一行は、東市場の裏の川へ向かった。
***
川辺は、午前の日差しにきらめいていた。
水面の光が揺れ、石畳の上に反射している。
パン屋の煙突からは、香ばしい小麦の匂い。
「この匂い……絶対ここです!」
セラが鼻をひくひくさせ、川岸へ駆け寄る。
「ちょっとセラ様! 足元すべりますよ!」
ミーナが追いかけるが、もう遅い。
ツルッ。
「きゃああっ!」
ライが反射的にマントを広げ、セラを支えた。
ドサッと尻もちをついたのはライの方だった。
セラは無傷――。
「だ、大丈夫?」セラが焦ってのぞきこむ。
「……問題ない。少し、冷たいだけだ」
ライのマントの裾から、水がぽたぽたと落ちた。
「若様、やはり恋は水ものですな」
「黙っててくれ、バルド」
セラは足元を見て「あっ」と声をあげた。
水辺に、丸い何かが光っている。
「これ、輪っかじゃない!?」
ライが手を伸ばし、拾い上げる。
だがそれは、ただの錆びた桶の留め金だった。
「……これは、魔力反応ゼロだな」
「ゼロかぁぁ……」セラの肩がしゅんと落ちる。
その横で、モフドラがプシューと湯気を吐き、
セラの足をぬくぬくと温めていた。
「ありがとう、モフドラ……」
「ピュイッ!」
川の管理人らしきおじさんに聞き込みをしていたバルドが戻ってくる。
「三日前に“光る輪っか”を見た子どもがいたそうです。ただし、拾う前に流されてしまったとのこと」
「流された……!」
セラが空を見上げ、ぐっと拳を握る。
「でも、それってつまり――近くにあったってことですよね!」
ライはうなずいた。
「希望が残っているなら、それを信じよう」
風が川面を渡り、セラの羽をそっと揺らした。
少し濡れた髪が、光を受けてきらりと光る。
その横顔を見たライの懐中時計が、
“チクッ”と小さく針を跳ねさせた。
モフドラがすかさずお腹に乗って「ピュイッ」。
「……心配するな。これはただの風だ」
「顔が真っ赤ですよ、若様」
「気のせいだ」
***
その後、川の捜索を終えた一行は、
川沿いのパン屋の前で立ち止まった。
店先には、輪っかの形をしたパンが山のように並んでいる。
焼きたての香りが風にのって、まるでセラを誘うようだった。
「これ……私の輪じゃ……!」
セラが両手を伸ばしかけると、
「違います、それは食べるやつです!」ミーナが即ツッコミ。
店主のおばさんが笑って試食をくれた。
セラは一口かじり、目を丸くする。
「おいしい! ……あ、そうだ、思い出した!」
全員が一斉に身を乗り出す。
「どこで!?」
「パンの匂いのあと……風鈴の音がして……橋の下で、ひと休みした気がするの!」
ライはすぐに地図を開き、橋と屋台の位置をマークする。
「橋と風鈴。手がかりがつながった」
セラはパンをぎゅっと抱え、笑顔になった。
「やっぱり、思い出の匂いってあるんだね」
ライは小さくうなずく。
「遠回りでも、地図は育つ。……さあ、次は橋だ」
その言葉に、セラは小さく拳を握り、モフドラは胸を張るように「ピュイ」。
ミーナがパンくずをほっぺにつけたまま笑っていた。
昼下がりの風が、ゆるやかに通りを抜けていった。
屋敷の一行がたどり着いたのは、「風鈴通り」と呼ばれる小さな橋のそばだった。
道の両側には、色とりどりの風鈴が吊るされている。
透明なガラスの中で光が跳ね、チリンチリンと音が重なりあう。
まるで風そのものが歌っているようだった。
「わあぁ……!」
セラが目を丸くした。羽が小さく震える。
「この音……間違いない! ここです! ここで休んだんです!」
ミーナがうなずく。
「よし! じゃあ探しますか、“奇跡の輪っか”!」
「頼もしいな」ライが微笑んだ。
だが次の瞬間。
「ほっ!」
セラが屋台の上にひょいっと飛び乗った。
屋台には風鈴や飾り物がずらりと並んでいる。
バランスを崩した彼女の羽が、棚をバサッとあおった。
チリンチリンチリンッ!
嵐のように鳴り響く音の中、屋台の店主のおじさんが叫ぶ。
「お、おい! 天使さん!? 商品が全部“飛んでる”よ!!」
「すみませんっ! つい……風と一体化してしまいました!!」
「一体化しなくていいです!」ミーナの鋭いツッコミが入る。
ライは慌てて屋台の柱を押さえながら言った。
「すみません、弁償は後ほどこちらで!」
「若様、また“天使災害”の補償ですな」
「言い方を選んでください、バルド」
そんな騒ぎの中でも、セラは真剣な顔で地面をのぞき込んでいた。
「……ここで、光る何かを見た気がするんです」
その声は、さっきまでのドジ天使とは違い、どこか切なげだった。
彼女はそっとしゃがみこみ、砂を指で払う。
そこに、小さな金色の輪――かと思えば、ただの屋台の飾り紐だった。
「これじゃない……けど、なんか懐かしいです」
セラの声が、少しだけ揺れた。
ライは黙ってその隣に立ち、空を見上げた。
頭上の風鈴が陽を受けてきらめく。
その一つひとつが、まるで空からの手紙のように音を立てていた。
「セラ」
ライが静かに口を開く。
「君が“どこで”落としたかは、きっと誰にもわからない。
でも、“誰と”探したかは、君が一番覚えているはずだ」
「……ライ」
セラが顔を上げた。その瞳は、風鈴の光を映して揺れていた。
「大丈夫。君が天使であることに、輪は関係ない。
君の言葉や笑顔が、十分、天使だ」
その瞬間、懐中時計の針がピクッと跳ねた。
針が“恋腹ゾーン”に突入する。
「……ぐぅっ」ライがうずくまる。
「えっ!? またですか!? やっぱり呪いですよ!」
「ちがっ……これは、……愛の重量オーバーだ」
「何その病名!?」ミーナが思わず叫ぶ。
モフドラがピュイッと鳴いて、ライの腹の上にポスンと落ちる。
湯気がふわり。
「……ありがとう、モフドラ。君は医療ドラゴンだ」
セラは笑いながらも、両手を胸に当てた。
「ライ……ありがとう。私、もう少し頑張って思い出してみます」
「焦らなくていい。記憶は、無理に掘り起こすより、風に任せたほうが出てくる」
ライの声は穏やかだった。
風鈴がそれに答えるように、またチリンと鳴った。
――その時だった。
「わああっ!? あれ、あれ見て!!」
ミーナが橋の欄干を指さした。
セラがそちらを見ると、
川の向こうに、小さな金の光が一瞬だけきらめいた。
「輪……?!」
セラが駆け出す。羽を広げ、ふわりと宙に浮く。
ライもすぐに後を追った。
しかし、風が強く吹き、光はすぐに消えてしまった。
「……消えた」
セラの声がかすかに震える。
ミーナが駆け寄り、肩を抱いた。
「大丈夫! ほら、もうここまで近づけたんです! きっと次は見つかりますよ!」
セラは少しだけ笑ってうなずいた。
その笑顔を見て、ライはふと口元をゆるめた。
「そうだな。奇跡は、誠実な人の上に落ちる」
そう言って、空を見上げる。
風鈴の音が、まるで小さな祈りのように鳴り続けていた。
***
その日の帰り道。
夕暮れの街を歩きながら、セラはパン屋で買ったドーナツを抱えていた。
「次は、この丸いのに負けません!」
「食べ物と勝負しないでください!」ミーナが突っ込む。
バルドは咳払いを一つして言った。
「若様。本日の成果は“誠実な胃痛”でございますな」
「……それを成果と呼ぶな、バルド」
モフドラがピュイピュイと鳴きながら、セラの肩でまるまる。
穏やかな夕風が吹く。
ライはふと足を止めて、川の方を見た。
水面が光を反射して、どこまでも優しく揺れている。
――きっと、輪はまだ近くにある。
彼はそう信じながら、ゆっくりと歩き出した。
読了ありがとうございます!
パンの匂い、風鈴の音、きらりと光る川面――小さな手がかりを積み上げる“遠回りの誠実”を描きました。もう少しで届きそうで届かない輪。次回、いよいよ一歩踏み込んでいきます。
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それでは、次回もよろしくお願いします。誠実は遠回りでも、唯一の道。




