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完璧侯爵様、恋するとお腹が痛いんです —恋すると腹がキリキリする侯爵様の100連敗—  作者: ヨーヨー
第8章 孫娘侍女 フローラ

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79/100

第79話 おばあちゃん、確かな温もり!?

今回のお話は、祭りの後の静かな庭園で起こる、ライとフローラの大切な場面です。

ドタバタの笑いの裏で、胸をぎゅっと締めつけるような真剣な時間が流れます。ライの“恋腹”と誠実さが、どんな形で描かれるのか……ぜひ本編で確かめてみてください。


もし「続きを読んでみたい」「次の恋の行方が気になる」と思っていただけたら、ブックマークしていただけるととても励みになります!

祭りの喧騒が終わり、侯爵家の庭園にはしんとした静けさが降りていた。

木々の枝葉は夜風に揺れ、池の水面には丸い月が浮かんでいる。昼間の賑わいが嘘のようで、今はただ虫の声と葉擦れの音が響くだけだった。


「……フローラ、少し話せるか」


庭園の入り口でライが声をかけた。背の高い彼の姿は、月明かりの中で一層くっきりと浮かび上がる。鋭い目元が光を受け、普段よりさらに迫力が増している。


フローラは一瞬「やめとこかの……」と踵を返したくなった。だが、彼の真剣な眼差しを見て逃げられず、その場に立ち止まった。

月光に照らされた彼の横顔は、やはり怖い……のに、不思議と誠実さが滲んでいる。


「おおごとになりそうな気がするんじゃが……」


心の中で小さくつぶやくフローラ。手袋をはめた両手をぎゅっと握りしめた。


***


その少し離れた木陰。

ルチアとミーナが身を潜め、こそこそと覗き込んでいた。


「兄様、ついに本気ですわ!今夜こそ勝負のときですわ!」

「ドキドキするー!今度こそ兄様の恋、成功するのかな!?」


二人は小声のつもりだが、まるで祭囃子のようにうるさい。さらに後ろではバルドが腕を組み、いつもの調子で解説していた。


「月光に照らされる若様……。顔の鋭さに拍車がかかり、もはや魔物避けの灯籠でございますな」


「しっ! 黙ってください!」

「そんなこと言ったら兄様の顔が気の毒すぎます!」


ルチアとミーナにダブルで突っ込まれ、バルドは肩をすくめて黙った。だがその表情は「まだまだ言いたい」と言っている。


***


ライはゆっくりと歩を進め、フローラの正面に立った。

その顔は真剣そのもの。だけど右手はお腹を押さえ、時おり小さく顔を歪めている。


「フローラ……君に出会って、僕は変わった」


低い声でそう言うと、彼の懐中時計の針がググッと上昇した。これはライの“恋腹”を示す針。恋を意識すると、腹痛が始まるというお約束のサインである。

案の定、ライのお腹はムズムズと悲鳴を上げはじめた。


「(おお……また腹痛タイムが来るんか!)」


フローラは冷や汗を流しつつも、じっと彼を見つめ返すしかない。


 木陰のミーナが「来た! 腹痛モード突入!」と実況する。

 すかさずルチアが「黙りなさいってば!」と肘で小突く。

 それでもバルドは淡々とつぶやいた。


「誠実に痛む男……新しい市場を開拓できるかもしれませんな」


「もう! ほんとに黙って!」

 再びルチアとミーナのダブルツッコミ。庭園は妙な熱気に包まれる。


***


 ライは痛みに額に汗をにじませながらも、一歩近づいた。

 その気迫に、フローラは思わず後ずさりしそうになる。


「僕は……君が好きだ」


 真剣な告白の言葉。

 しかしその直後、ライは腹を押さえて前かがみに――まさに腹痛と恋心の二重攻撃だ。


「(ひええ! ついに言われてしまった! どうすりゃええんじゃ!)」


 フローラの心臓はバクバクと跳ねた。けれど同時に、手袋の下でひそかに皺が浮かび始めている。

 魔法の限界が近づいている証だった。


ライの言葉に、庭園の空気がぴんと張りつめた。

 月明かりの下で、彼の真剣な瞳がまっすぐフローラを射抜いている。


 けれど――その瞬間、フローラの髪の一房が、白く変わった。

 さらに手袋の中の指に、細かな皺がじわじわ浮かびあがる。魔法の効果が切れかけているのだ。


「(やばいやばいやばい! 今ここで解けたら全部バレる!)」


 フローラは慌てて手を後ろに隠し、にっこり笑おうとした。だが頬がひきつっているのは隠せなかった。


「フローラ……」


 ライの声は低く、そして真剣だった。

 その声に胸を打たれながらも、フローラは苦しい決断を口にする。


「……ありがとう。でもな、わしの心は――もう亡き夫と共にあるんじゃ。あんたに応えることはできんのよ」


 “わし”と出かかった言葉に、フローラは慌てて咳払いした。

 だがライは気にした様子もなく、ただ真剣に彼女の言葉を受け止めていた。


 ライは深く息を吸い、ゆっくりと頭を下げる。


「……あなたの決断を尊重します。僕の好意は、あなたの自由の敵ではない」


 その誠実さに、フローラの胸はチクリと痛んだ。

 彼は本当に立派すぎる。だからこそ、余計に答えてやれないのがつらい。


***


 木陰で見ていたルチアとミーナは、思わず目を潤ませた。


「ううっ……兄様、また振られた……」

「フローラ様ぁぁぁ……どうしてですの……!」


 二人は鼻をすすり、ハンカチで目元を押さえる。


 そんな二人の後ろで、バルドが腕を組み、いつもの調子で静かに呟いた。


「若様、甘い飴には必ず包み紙がございます。恋もまた、包みをほどかぬ方が、美しいこともあるのですな」


「バルドさん……」

「でも兄様の恋、包んだまま終わっちゃいましたよぉ……!」


 ミーナが泣きながら抗議すると、バルドは「包み紙は保存に便利でして」とさらりと返す。

 場の空気はしんみりしているのに、どこかコメディの匂いが漂うのは彼らしい。


***


 フローラは背を向け、そっと庭園を去ろうとした。

 彼女の背中に、ライは何も言わなかった。ただ腹を押さえ、懐中時計の針が大きく揺れるのを黙って見ていた。


「「……痛いな。けど、不思議と温かい」


 彼は小さくつぶやいた。

 その声は、誰にも届かないほどかすかだった。


 庭園に再び静寂が訪れる。月は変わらず池に映り、夜風は同じように木々を揺らしている。

 けれどライの胸の中は、昼間の祭りよりも騒がしかった。


(……また、振られた。これで何度目だろう。十回目? 二十回目? いや、数えるのはもうやめた方がいいな)


 苦笑いを浮かべそうになるが、腹の痛みがそれを許さなかった。

 懐中時計の針はまだ大きく跳ねている。胸の奥で残響のように、さっきの「好きだ」という言葉が自分に跳ね返ってきていた。


(本当に、僕は変わった。あの人に出会って、胸の奥にこんな熱を持つなんて思いもしなかった。……でも、答えはいつも同じだ)


 きりきりとした痛みが、彼の未練をかき消そうとする。

 けれど、完全には消えてくれない。

 むしろ痛みの中に、確かな温もりが残っていた。


(フローラの笑顔。短い時間だったけど、その笑顔に触れられただけで、僕は救われたんだ。……恋は叶わなかったけど、出会えたこと自体が報いだったんだろう)


 そう考えようとした。

 だが心の奥底では、「もしも」が何度も顔を出す。


(もし僕が、顔ではなく……心だけで見てもらえる日が来たなら。もしあの魔法が解ける前に、もう少し強く伝えていたら――)


 想像するたび、胃のあたりがぎゅうっと縮む。

 ライは深呼吸し、夜空を仰いだ。

 満ちる月が、まるで「それ以上は言うな」とたしなめるように見下ろしている。


「……誠実は、最短の近道じゃない。でも、唯一の道だ」


 自分の口癖を、誰に言うでもなく繰り返した。

 それは慰めであり、自分を縛る呪文でもあった。


 庭園を渡る風が、少し冷たく感じられる。

 だがライは背筋を伸ばし、顔を上げた。

 その横顔には、敗北の影と、それを飲み込もうとする誠実さが同居していた。


(また一つ、僕の恋は終わった。けれど――誠実であれたなら、それでいい)


 そう心の中で結んだとき、腹の痛みが少しだけ和らいだ気がした。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

ライにとってはまたひとつ“敗北”となる回ですが、彼の真剣さや、フローラが抱える秘密の切なさが伝われば嬉しいです。コメディとシリアスが同居する、この物語らしい場面になったと思います。


もし少しでも「面白かった!」「キャラの気持ちが伝わった」と思っていただけましたら、評価や感想を残していただけると幸いです。みなさんの一言一言が、次の執筆への大きな力になります!

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