第77話 おばあちゃん、ほろ苦味のアメ!?
侯爵家の台所に響くのは、剣戟ではなく砂糖を煮詰める音。
今回のエピソードは、ライとフローラが挑んだ“飴作りバトル”です。理論派のライが全力で挑むも、焦げる・固まる・床はベタベタ……とドタバタの連続。でもその中に、不思議な甘さとほろ苦さが混ざり、キャラクターたちの距離感も少しずつ変化していきます。
読んでいて「お腹が痛くなるほど笑った!」とか「この味、気になる!」と思っていただけたら、ぜひブックマークをぽちっとお願いします。次回以降も、この“誠実すぎる侯爵様”と仲間たちのドタバタを一緒に楽しんでいただけると嬉しいです。
侯爵邸の台所は、今日も朝から湯気でもうもうとしていた。
使用人たちがせわしなく行き交い、大鍋の中ではスープがぐつぐつと音を立てている。香ばしいパンの匂いと、炒められた肉の香りが混じり、思わず腹が鳴りそうになる空気だ。
その隅で、やたらと真剣な顔をした二人が、なぜか鍋の前に並んで立っていた。
ライオネル・フォン・グランツと――フローラ。
侯爵家の跡取りと、新しく屋敷に入った“孫娘”の少女。
だが二人の目の前にあるのは豪華な料理ではなく、小さな鍋に入った――砂糖水。
そう、二人は今、「飴作り」に挑んでいた。
「……温度はいい具合。ここからが勝負だ」
ライは額に汗を浮かべながら、真剣に温度計を見つめている。
一見すると立派な研究か戦術会議のようだが、実際はただの砂糖煮。
緊張感だけが無駄に高い。
「兄様、そんな顔をしてるけど……結局は“お菓子作り”なんですけどね」
後ろで腕を組んでいるのは妹のルチアだ。冷ややかな視線を隠そうともしない。
「バルド様、これ……失敗する予感しかしないんですけど……」
侍女のミーナも、半分呆れたように見ていた。
そんな中、フローラがにこりと笑って、ライに声をかけた。
「ライ殿、普通の甘い飴もええけど……少し変わった味にしてみんかの?」
「変わった味?」
ライが顔を上げると、フローラは手元の小瓶を取り出した。
「わしが昔、いや……昔、祖母から習ったんじゃが。ミントにハチミツ、そこにちぃと薬草を混ぜると、妙に苦くて癖になるんじゃよ」
「……苦い飴!? そんなの子どもが泣きますって!」
ミーナがすぐさま大声をあげた。
「兄様、やめてくださいませ。お祭りで配るのに、誰も食べてくれませんわ」
ルチアも渋い顔で反対する。
だが、ライの目はきらりと光った。
「挑戦こそ誠実だ。――やろう、フローラ」
その言葉に、フローラは思わず目を丸くする。
(この子……いや、この若者、変なところで頑固じゃな)
こうして、怪しい“変わり種飴作り”が始まった。
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だが、現実は甘くなかった。
「……っ、なぜだ。焦げてしまう」
ライが慌てて鍋をかき混ぜると、底から黒い煙が上がる。
「兄様、煙が! これもう飴じゃなくて炭ですわ!」
ルチアが鼻をつまみながら叫ぶ。
「うわぁ! 兄様、止めて! このままじゃ台所の人に怒られます!」
ミーナが慌てて水を持って走り回る。
そんな中、フローラがすっと鍋を引き取った。
「ほれ、火は強すぎるんじゃ。弱めて……あとは焦らず、ゆっくり混ぜるんよ」
ライの大きな手の上に、フローラの手が重なる。
「こうやって……な」
年季の入ったしなやかな動きに導かれ、焦げかけた鍋の中身が落ち着きを取り戻していく。
ライは驚いたようにフローラを見た。
「すごいな……まるで熟練の……」
「ふふ、少しばかり慣れてるだけじゃ」
フローラは咳払いしてごまかすが、頬がほんのり赤い。
「……ほほう。若様の飴作りは“戦”ですな。敵は温度計。結果は胃痛」
後ろでバルドが腕を組んでうなる。
「バルド様、それ皮肉になってますよ!?」
ミーナが突っ込んだところで――。
鍋の中から、ふわりした香りが立ちのぼった。
「……できたかもしれん」
ライとフローラが顔を見合わせ、同時に小さくうなずいた。
鍋の中で黄金色に光る液体は、湯気を立てながら艶やかに揺れていた。
砂糖の甘い香りに、ミントの爽やかさ、そしてほんのり薬草の苦みが混じっている。
「……できたな」
ライは深呼吸をして、慎重に液体を型に流し込む。
冷めて固まるまでの時間が、妙に長く感じられた。
待っている間も、ライの心臓の音がやけに大きく響く。
(ただの飴作りなのに……なぜだ。僕はまるで戦の前夜のように緊張している……!)
やがて、小さな粒が固まりとなり、つやつやとした飴玉が出来上がった。
「……では、いただいてみようか」
ライが一粒をつまみ上げ、フローラに手渡す。
フローラもおそるおそる口に入れた。
カリッ、と噛まずに転がすと、ほんのり甘さが広がり、すぐにミントの涼しさが追いかけてくる。
そして最後に、不思議なほろ苦さがじんわり残った。
「……ああ、これじゃ」
フローラは目を細めて微笑んだ。
「甘いだけじゃなくて、ちぃと苦い。けど、その苦さが後からもう一粒食べたくなるんじゃ」
ライも飴を口に含み、眉を上げる。
「……本当に、不思議な味だな。甘いのに、胸の奥に少ししみるような……」
「人生と同じよ。甘いだけじゃ、飽きるんじゃ」
フローラは、まるで長い歳月を見てきたかのように、さらりとそう言った。
ライは思わず見とれてしまう。
年下の少女のはずなのに、その言葉には大人の重みがあった。
――次の瞬間。
「……ッぐ……!」
ライの腹に鋭い痛みが走る。懐中時計の針がぐぐっと跳ね上がり、彼はうずくまった。
「兄様、またですの!? さっきまで普通だったのに!」
ルチアが慌てて駆け寄る。
「わ、若様! やっぱり薬草を入れたから毒に……!」
ミーナが大声をあげる。
「違う、これは……これは……!」
ライは苦しげに腹を押さえるが、心のどこかでは分かっていた。
――これは毒ではなく、“恋腹”だ。
フローラに視線を向けると、彼女が心配そうに手を伸ばしてきた。
だが、その指先を見て、ライは一瞬まばたきをした。
白く透き通るような若い手に、わずかな皺が浮かんでいたのだ。
(……今のは……?)
「ライ様! しっかりなさい!」
フローラはすぐに手袋を引き直し、笑顔を取り戻す。
「これは……熱でただれただけじゃ。いや、わたし、少し火傷しただけで!」
「そ、そうですわ兄様!」
ルチアがすぐさま割り込んでごまかす。
「料理のときに熱で……そう、そういうことですの!」
「……そうか。ならよかった」
ライはまだ痛みに顔を歪めながらも、疑うことなくうなずいた。
そして、苦しい笑みを浮かべながら言った。
「フローラ……君の言葉は、なぜか心に残る。飴もそうだ。甘さの中に、ほろ苦さがあるから……僕は忘れられない」
フローラは一瞬だけ黙り、やがて穏やかな笑顔を浮かべた。
「……そりゃあ、ええことじゃ」
バルドが腕を組み、ぼそりとつぶやく。
「若様、甘いものは腹に残り、恋は胃に残りますな」
「バルド様、それ胃薬のCMみたいです!」
ミーナが突っ込み、ルチアがため息をついた。
こうして、妙に大人びた味の飴は完成し、侯爵邸の一同に強烈な印象を残すこととなった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回の飴作りシーンは、作者自身が実際に砂糖を焦がして黒煙を出した経験がベースになっています……(台所がしばらく甘苦い匂いで大変でした)。ライが理屈で挑み、フローラが“感覚”で支える対比は、この二人の関係性を象徴的に描きたいと思って入れました。
もし少しでも「面白かった」「この二人の掛け合いが好きだ」と感じていただけたら、評価(★)や感想で応援してもらえると本当に励みになります。特に「ミント飴食べてみたい!」「恋腹の痛みってどんな味?」など、自由な一言でも嬉しいです。
次回も侯爵家の面々が、甘くて苦い騒動を巻き起こしますので、お楽しみに!
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