第76話 おばあちゃん、アメちゃん作る!?
王都の名門・侯爵家に届いたのは、やたらフレンドリーな「子ども祭り」のお知らせ。そこから、剣のようにオタマを握るライの“理論全振りアメ作り”が始まります。
砂糖は理屈だけじゃ言うことを聞かない。焦げる、固まりすぎる、床が飴田になる――そしてフローラの手の温もりと、小さな“秘密”の気配。笑いと甘さの奥で、彼らの関係も少しずつ溶けて形を変えていきます。
今回の見どころは、ライの「完璧宣言」とミーナ&ルチアの全力ツッコミ、そしてフローラのさりげない導き。ラストの「恋腹」まで、軽やかに味わっていただければ嬉しいです。
物語が「ちょっとおいしい」と感じていただけたら、続き読み忘れ防止にブックマークをそっと置いていってください。次回の子ども祭り本番、黄金色の“奇跡の味”がどんな騒ぎを呼ぶか、一緒に見届けてもらえたら心強いです。
王都の侯爵家に、ちょっとしたお知らせが届いた。
それは町内会の回覧板みたいな紙で、しかし侯爵家の当主に対しても容赦なく「今年もよろしく!」と書かれている。
内容は——「子ども祭り」。
王都の子どもたちが楽しみにしている、毎年恒例のお祭りだ。
屋台や遊びの出し物が立ち並び、最後には花火まで上がる、わくわくが詰まった一大イベントである。
そして今年も、侯爵家に出店の要請が来ていた。
注文はずばり——「手作りのアメを出してほしい」。
「……アメ、か」
紙を読み上げたライは、静かに考え込む。
「はい! ライ様が作りましょう!」
間髪入れずにミーナが声をあげた。
目がキラキラしている。
「僕が……?」
ライは眉をひそめる。
「確かに兄様の“誠実な味”をみんなに広めるチャンスですね!」
ルチアは胸を張った。
「……誠実な味、か」
ライは腕を組み、うなずく。
彼の頭の中では「アメ=砂糖を煮詰めて固めるだけの簡単なお菓子」という数式が成立していた。
(僕にできぬはずがない。火加減も時間も理論で割り出せば、すぐ完成するだろう)
その自信たっぷりの横顔を見て、フローラは目を細めた。
若い娘の姿をしているが、中身はおばあちゃんなのだから口調も落ち着いている。
「アメはな、思うよりむずかしいんじゃ。火の強さひとつで、味も固さも、全部変わってしまうんよ。わし……いや、わたしが、手ほどきしてやろうかの」
ライは真剣に答える。
「心配いらない。僕は完璧だ」
胸を張り、堂々と言い切った。
「兄様! 今のは完全にフラグです!」
ミーナが慌ててツッコミを入れる。
だが誰も止められないまま、挑戦は始まった。
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侯爵家の厨房に、大きな鍋と砂糖の袋が並べられる。
いつもは肉の煮込みやスープの香りが漂う場所だが、今日はやけに甘い匂いが充満していた。
ライは剣を構えるときと同じ顔でオタマを握る。
「まずは砂糖を水に溶かして……温度は九十度前後か。理論的にはこれでいいはずだ」
ぐつぐつと沸き立つ鍋を前に、ライは真剣そのものだった。
しかし数分後——。
「……む? 黒い?」
鍋の中の砂糖液が、みるみるうちに黒焦げになっていった。
煙まで出て、鼻をつんと刺す。
「兄様! それアメじゃなくて炭ですよ!」
ミーナが悲鳴をあげる。
「いや、もはやコーヒーじゃな……」
フローラがぼそりと言い、厨房はどっと笑いに包まれた。
二度目の挑戦。
ライはさらに慎重になり、温度計まで持ち込んで計測した。
だが結果は——。
「……固い。いや、固すぎる」
できあがったのは石のようなアメ。
木の台に叩きつけてもビクともしない。まるで武器である。
「兄様! これじゃ武器庫に並べるしかありません!」
ルチアが頭を抱え、ミーナが大爆笑。
三度目。
今度は焦らず慎重に……と思ったライだったが、鍋を持ち上げた拍子に液体を盛大に床へこぼしてしまう。
床は一瞬でベタベタの飴地獄に変わった。
「うわっ! すべる!」
ミーナがツルンと滑って尻もちをつく。
侍女たちが悲鳴をあげ、バルドはため息をついた。
ライは深々と息を吐き、オタマを見つめる。
「……簡単に見えたのに、なんと難しい菓子だ。かくも繊細なものなのか」
するとフローラが、すっとライの隣に立った。
そして、そっと彼の手に自分の手を重ねる。
「力を入れすぎじゃ。アメはな、ゆっくり練ってこそ光るんじゃよ」
ライは驚いて振り返る。
「……ゆっくり、か」
フローラの手は不思議なほどあたたかかった。
まるで彼女の指先から、安心が伝わってくるかのようだ。
その瞬間、ライの懐中時計がチチ、と音を立てて針を跳ねた。
胸の奥で、いつものようにキリキリとした痛みが走る。
「……ぐっ」
ライは腹を押さえて顔をゆがめる。
「ライ様!? またお腹が!」
ミーナが慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫だ……これは……修行の一環だ……!」
ライは必死に顔を保とうとするが、声が震えていた。
そんな様子を見て、フローラは口元をほころばせる。
「真面目すぎるんじゃ、おぬしは。アメも心も、余白を作らんと割れてしまうぞ」
その言葉に、ライはなぜか胸が熱くなった。
そして痛みに顔を歪めながらも、ほんの少しだけ笑った。
フローラの助けを借りて、ライの手つきはようやく落ち着いてきた。
今までは剣を振るうように力強く混ぜていたが、フローラの言葉を思い出し、そっと手首を返す。
「……こうか?」
「そうじゃ、その調子じゃ。ほら、泡がきめ細かくなってきたじゃろ?」
鍋の中で、透き通る黄金色の液体が、まるで宝石みたいに揺れていた。
甘い匂いが立ちのぼり、厨房の空気が一気にやわらぐ。
ミーナが覗き込んで声を上げた。
「わっ、きれい! 兄様、今度こそ本物のアメっぽいです!」
「“っぽい”とは何だ、ミーナ」
ライが渋い顔をすると、フローラがくすっと笑う。
「本物になるかどうかは、ここからじゃ。火から下ろすタイミング、気を抜くでないぞ」
ライは真剣に鍋を見つめ、そして慎重に火を止めた。
その瞬間、黄金色の液体はとろりとした糸を引き、冷えた台の上に落ちて広がっていく。
しばらくして、飴が固まった。
つやつやした表面は、まるでガラス細工のよう。
「……できた」
ライが静かに言った。
フローラは割って一つをつまみ、口に入れる。
「ん……甘い。ちぃと香ばしいが、それもよい。よくやったの」
ミーナもおそるおそるかじってみて、目を丸くした。
「わ、ほんとにおいしい! 最初は甘いけど、後からほんのり……何だろう、焼き芋みたいな味がします!」
「焼き芋味……?」
ライは眉をひそめた。
「僕はそんなつもりでは……」
「ふふ、アメ作りはな、失敗も混ざってこそ味になるんじゃよ」
フローラは楽しそうに笑った。
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そのとき、ライはふとフローラの手元に目をとめた。
いつも白い手袋をしていたはずの指先が、今日は熱さのせいで外されていた。
そこには、ほんのかすかだが、皺が刻まれていた。
若い娘の姿をしているのに、不思議と年輪のような線が浮かんでいる。
「……フローラ、その手……」
思わず口にしかけたライを、フローラは慌てて遮った。
「こ、これはな……砂糖で火傷しただけじゃ! じゃなくて、しました! だから手袋を戻せば問題ないんよ!」
慌てて手袋をはめ直すフローラ。
ライはじっと見つめたが、それ以上追及はしなかった。
「そうか……なら、気をつけてくれ」
その誠実すぎる一言に、フローラは胸をつかれる。
(ああ……この子はほんに……)
そのとき、ライが懐中時計を取り出した。
針はぐん、と大きく跳ねていた。
「う……」
ライは腹を押さえて苦しむ。
「兄様!? アメでお腹こわしたんですか!?」
ミーナが慌てて叫ぶ。
「違う……これは……恋腹だ」
ライは苦しみながらも真剣な顔で答えた。
「まさか……アメにまで嫉妬してるんじゃないでしょうね」
ルチアが冷ややかに突っ込み、厨房はまた笑いに包まれた。
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飴作りは一応の成功をおさめ、侯爵家は子ども祭りに出す準備を整えた。
そして黄金色のアメは、ほんのり焼き芋の風味がする「奇跡の味」として、次の舞台へ持ち越されることになる。
その横でフローラは、手袋をぎゅっと握りしめていた。
魔法の切れ目が、確実に近づいているのを知っているのは、彼女だけだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
アメ作りの描写は、作者の台所実体験(数回焦がして床をベタベタにした黒歴史)をもとにしました。砂糖って、ほんの少しの火加減で「香ばしさ」と「炭」の境界線を軽々と跨いできますよね……。ライが理論で挑み、フローラが“手の感覚”で支える対比は、二人の距離感を書きたくて入れた要素です。チラッと見えたフローラの“年輪”も、今後の伏線。彼女の時間と魔法、そしてライの“誠実な味”がどこで交わるのか、次回以降で深めていきます。
もし少しでも「甘かった」「笑った」「気になる」があれば、**評価(★)**を一つでもいただけると、とても励みになります。
そして、あなたのお気に入りのシーンや気づいた点、フローラの手袋についての予想など、感想で教えてください。読者さんの一言が、次の話の火加減をちょうどよくしてくれます。
それでは、次回「子ども祭り・屋台編」でお会いしましょう。黄金色のアメが、花火の夜にどんな約束を照らすのか――お楽しみに。
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