第70話 悪役令嬢、断罪か?告白か!?
みなさま、本日もお読みいただきありがとうございます!
いよいよ舞踏会の夜――そしてクラウディアの「断罪イベント」が最大の山場を迎えます。
はたして彼女は破滅を避けられるのか、それとも……?
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会場の空気は、まるで嵐の後の静けさだった。
さきほどまでユリウス王子が高らかに「断罪」を告げ、取り巻き令嬢たちがわめき散らしていたのに。いまは、誰も声を出さない。ただ、あちこちで息を呑む音と、重たいドレスの裾が擦れる音だけが響いていた。
(……わ、わたくし……生き残った!?)
胸を押さえたまま、心臓の鼓動がドンドンうるさい。
断罪イベントの大爆発でゲームオーバー――そんな未来を覚悟していたけれど、ライ様の介入で流れは逆転。王子も引き下がり、取り巻きたちはしょんぼりしている。
これって、完全に「助かったルート」じゃありませんの!?まさかの分岐成功!?もしかして裏ルート突入!?
「クラウディア様ぁ〜! お菓子食べ放題はまだやってますかね!?」
緊張をぶち壊すように、ミーナが隅のテーブルを指さして大声を出した。
そこには、まだ手をつけられていないチョコレートフォンデュやパイの山。観客席の一部から「くすっ」と笑いがもれ、重苦しい空気が一気にゆるむ。
そしてテーブルの下からひょこっと顔を出す白い影。
モフドラだ。
ちいさな体をぶるんと震わせると、「ぷしゅー」と湯気を吐き、溶けかけたマシュマロをくわえている。
「わ、わたしの分ー!」とミーナが走って追いかけ、会場はざわめきと笑いに包まれた。
(……え、なにこの場違いな平和感。断罪エンドのはずが、ただの文化祭イベントみたいになってません!?)
私がぐるぐると混乱していると、黒いマントの影がすっと近づいてきた。
ライ様だ。怖い顔のまま、しかし声は低く落ち着いていて――。
「クラウディア。……君に話したいことがある」
その言葉に、私の脳内で効果音が鳴り響いた。
(き、来たーー!! これは間違いなく“裏ルート専用イベント”! 絶対に恋愛CGが入るやつですわ!!)
私は頭の中でゲーム画面を想像してしまう。月明かりの下で差し込まれる特別立ち絵。テキストウィンドウに「クラウディア、君は――」とか出ちゃうやつ!
……けれど目の前のライ様は、いつもどおり怖い顔で私をじっと見つめている。これはこれで迫力満点。心臓に悪い。
「クラウディア様ぁ!チョコレートフォンデュいきます?それともケーキ派ですか?」
タイミング最悪なミーナの声。
私は「ちょ、今は黙りなさい!」と目で訴えたが、彼女は首をかしげている。どうやら通じていない。
「ご歓談中に失礼を。……若様、ここからが真の戦場でございますぞ」
後ろから低く響いたのは、執事バルドの声。
戦場!? え、ここで!?心臓がもう爆発寸前なんですけど!?
しかも、あの人、私の正体(転生者)に気づいている疑惑がある。こっちの戦場はもっと危ない。
気づけばライ様が私の前に手を差し伸べていた。
「少し外の空気を吸おう」
その言葉に会場の視線が集まる。
私はしどろもどろで手を取られ、エスコートされる形で歩き出した。
裾を持ち上げながら必死で取り繕うけれど、内心は叫びっぱなしだ。
(や、やっぱりこれは告白イベントですわ!月夜の庭園で二人きりとか、どう考えてもそういうシチュエーションですわー!!)
胸のドキドキを必死で抑えながら、私はライ様と共に会場を後にした。
ドアが閉まる瞬間、モフドラが「ぷしゅー」と湯気を吐いて見送ってくれる。その姿が、なんだか「行ってこい」と言っているように見えてしまった。
夜の庭園は、舞踏会の華やかな光とはまるで別の世界のようだった。
石畳の小道に沿ってランタンがいくつか置かれているが、光は弱く、月明かりが頼りになる。夜露を含んだ草花の匂いが風に乗って漂い、少しひんやりした空気が肌を撫でた。
私はライ様に導かれるように歩き、やがて噴水の前で足を止めた。
静寂。水の滴る音だけが響いている。
その静けさが、逆に心臓の鼓動を大きく感じさせる。
(な、なんですの、このイベント感……。完全に“恋愛スチル差分・夜の庭園Ver.”じゃありませんか!)
しかし隣のライ様は、いつもの“怖い顔”のまま。
口を開く前から、睨まれているような気がして心臓に悪い。
けれど、目を逸らすこともできなかった。
「クラウディア」
低く落ち着いた声が、月夜に溶ける。
私の背筋は勝手にピンと伸びた。
「僕は……完璧だと思われている。剣も、学問も、政務も。しかし、それでも僕には足りないものがある」
そこで彼は、まっすぐに私を見つめる。
「君だ。君を守りたい。僕は完璧ではないが、君のそばにいたい」
(き……来ましたわぁぁぁーー!!フルボイスで脳内再生されるやつ!絶対ここでCG入る!画面の端に花びらが舞うやつ!!)
頭の中では完全にゲーム脳が爆走していた。けれど現実の私は、喉が詰まって言葉が出ない。
胸の奥がぎゅっと締めつけられて、呼吸まで苦しくなる。
ああ、これが「恋腹」ってやつですのね。人ごとのように思っていたのに、いざ自分がその渦中にいると――。
私はゆっくりと首を振った。
「……ありがとう、ございます。けれど……わたくしは、この想いを受け取るわけには参りません」
ライ様の瞳がわずかに揺れる。
それでも彼は怒らなかった。
ただ、真剣なまなざしのまま、黙って聞いてくれている。
私は唇を噛み、言葉を続けた。
「私は“悪役令嬢”として、この学園に存在しています。ゲームのシナリオに組み込まれた存在……。そして――」
心の中でだけ、言葉を付け足す。
(転生者だから。この世界に恋してしまえば、元の自分が消えてしまう気がするのです)
すると、横の茂みから「ぷしゅー」と音がして、湯気がもわっと漂った。
モフドラだ。
どうやら後をつけてきて、タイミングよく効果音を入れてくれている。
まるで「泣くなよ」と言っているみたいで、思わず苦笑してしまった。
「クラウディア……」
ライ様はしばらく沈黙したあと、ゆっくりとうなずいた。
「そうか。……ならば、君の選択を尊重しよう」
その声は、静かで、それでいて誠実だった。
胸にずしんと響く。
(……や、やだ。断ったのに好感度が上がっている気がしますわ!? どういうことなのこのフラグ管理!?)
背後から「やれやれ」と低い声がした。振り返ると、木陰に立っていたバルドが、月明かりに眼鏡を光らせている。
「若様、幕は下りましたな。――悪役令嬢役を演じ続けるのも骨が折れるでしょうに」
その言葉に、私は心臓が跳ねた。
(やっぱりこの人、気づいてますわよね!? わたくしが“転生者”だってことに!!)
けれどバルドはそれ以上なにも言わず、一礼して闇に消えていった。
ライ様はそんな彼を追わず、ただ私の方を向いていた。
沈黙の中、庭園を抜ける風が、まるで幕引きを告げる合図のように吹き抜ける。
モフドラが私の足元に寄ってきて、ふわりとお腹に乗った。湯気がほんのり温かくて、胸の痛みを少しやわらげてくれる。
「……ありがとう」
小さくつぶやいた声は、夜空に溶けて消えていった。
クラウディアの背中がゆっくりと夜の回廊に消えていく。
ライはその場に立ち尽くしたまま、指先に残るわずかな温もりを思い出していた。
握手の一瞬。ほんの一瞬だったのに、胸の奥には重たい余韻が広がっている。
守りたいと告げたのに、届かなかった。
だが、不思議と悔しさよりも静かな痛みだけが残った。
ふと気づけば、傍らに影が立っていた。
バルドだ。
長年仕えてきた執事は、ライと同じ月を仰ぎ、眼鏡の奥の瞳を細めている。
「……若様。恋の刃は、剣よりも深く刺さるものでございますな」
穏やかな声だった。
皮肉を含んでいるようで、実は慰めに近い。
「また……深く刺さったものだ……」
声に出すと、驚くほど静かに響いた。
「彼女は強い。自分の道を選んだ。……だからこそ、なおさら守りたいと思ってしまう」
バルドはしばし黙し、それから軽く肩をすくめた。
「若様の誠実は、もはや病でございますな。己の痛みを抱えたまま、なお人を守ろうとする。……ですが、悪くない病かと」
淡々とした言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
この男は昔からそうだ。
冷徹なように見えて、誰よりもライを理解している。
「バルド。……僕は間違っていただろうか」
問いかけると、彼は静かに首を振った。
「間違いなどございません。人を想うことに正解はなく、ただ若様が選んだ形が残るだけ。……それを受け止められるなら、十分でございましょう」
その言葉を聞いて、ライは夜空を仰いだ。
星は散りばめられたように瞬き、風鈴が遠くでかすかに鳴っている。
痛みは消えない。
だが、それすらも自分が背負うべきものなのだと、少しだけ素直に受け入れられた。
バルドがゆっくりと一歩下がり、静かに告げる。
「若様。夜は長うございます。……ですが、必ず朝は参ります」
ライは小さく息を吐き、歩き出した。
胸の痛みと共に、確かに前へ進むために。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
断罪イベントのシーンは、ゲーム的にいえば「最大のバッドエンドフラグ」ですが……今回は少し予想外の方向に流れていきました。ライの誠実さやバルドの鋭さ、そしてクラウディアの葛藤――みなさまはどう感じられたでしょうか?
もし楽しんでいただけましたら、ぜひ「評価」と「感想」をいただけると嬉しいです!
どんなご意見でも、物語を進める大きな力になります。
次回もどうぞお楽しみに!
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