第53話 シスター、と腹痛の文字授業
修道院の講堂での授業回。
子どもたちに文字を教えるはずが、なぜか恋と腹痛の実技授業になってしまいます。
いつもどおり笑いあり、ほんのりドキドキありの回になっていますので、最後まで楽しんでいただけると嬉しいです!
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修道院の講堂は、朝からざわざわしていた。
いつもは祈りや歌声が響く場所だが、今日は黒板と机が並べられ、まるで学校の教室みたいだ。
「静かにしてくださいね。今日はライ様が文字を教えてくださいますわ」
白い修道服をまとったシスター・セラフィーナが、にこやかにそう告げる。
彼女はこの修道院で子どもたちの世話をしている女性で、長い金髪を後ろにまとめている。
そのやわらかい雰囲気は、子どもたちから“おっとりシスター”と呼ばれて慕われている。
けれど、その隣に立つ人物を見た瞬間、子どもたちは一斉に口を閉ざした。
黒いマントを肩にかけた長身の青年――ライオネル・フォン・グランツ。
侯爵家の嫡男であり、戦も学問も経済もすべて首席級の完璧超人……ただし、顔だけが怖い。
「……よろしく頼む」
低い声と鋭い目に、子どもたちは一瞬ひるんだが、「でもライ様なら安心だ!」と小声で盛り上がる。
ライはチョークを手に取り、黒板にさらさらと字を書いた。
姿勢は完璧。動きも滑らか。
だが、板書された文字は――美しすぎて逆に読めない。
「……なんて書いてあるの?」
「魔法の呪文?」
子どもたちは首をかしげ、ざわざわと騒ぎ出す。
そのとき、侍女のミーナが飛び出してきた。
「じゃーん!今日のお題は“恋”です!」
黒板に大きく「恋」と殴り書き。
子どもたちから「キャー!」と黄色い声が上がる。
「ラブラブの字だ!」
「告白のやつだ!」
ライは一瞬固まり、腹の奥がきゅるると痛む。
銀の懐中時計の針が小刻みに震え始めた。――これは“恋腹”。彼が恋や愛に触れると必ず起こる、謎の腹痛だ。
「……なぜ“恋”なんだ」
「だって楽しいじゃないですか!」
とミーナは悪びれない。
子どもたちの一人が手を挙げた。
「ライ様、“恋”ってどういう意味ですか?」
その瞬間、ライの表情がピクリと動いた。
「……恋とは、人を思いやる心……だ」
必死に答えるが、腹を押さえる手が震えている。
「殿、恋を語るよりも腹痛を語る授業になっておりますぞ」
背後から執事バルドの毒舌が飛ぶ。
「ち、違う……」
そんな中、セラフィーナが微笑みながら前に出た。
「恋とは、神様がくださるご褒美のようなものですわ」
その言葉に子どもたちが一斉に目を丸くする。
「ご褒美!?」
「じゃあ祈ったらモテる!?」
ざわざわと広がる誤解。
「ち、違う。祈っても……」とライが訂正しようとしたその時、ミーナがさらに追い打ち。
「ライ様、今ここで“好きです”って言ったら実演になります!」
「なっ……!」
ライの顔が一気に赤くなり、恋腹が「ズキュン!」と炸裂。
お腹に鋭い痛みが走り、思わず前のめりになる。
その瞬間、モフドラがぴょこんと飛び出してライのお腹に着地。
「ぷしゅ〜」と湯気を吐き出す。
「わぁ!煙が出た!」
「恋って爆発するんだ!」
子どもたちは大混乱。
机を叩いて笑う子、真剣に祈り出す子まで現れた。
やっとのことで場を落ち着けたのは、やっぱりセラフィーナだった。
彼女は黒板に「祈り」と文字を書き、優しい声で言う。
「文字は神様へのお手紙にもなりますの。だから大切に覚えてくださいね」
子どもたちはしんと静まり返り、真剣に板書を見つめた。
ライは腹を押さえながら、その光景を眺める。
(知識も、信仰も……人を守る力になる)
子どもたちは「ライ様、かっこいい……でも顔こわい!」と小声で笑ったが、セラフィーナがふんわり笑って一言。
「怖い顔でも、言葉は優しいのですわ」
その瞬間、場が柔らかい空気に包まれた。
ライの胸にまたズキリと痛みが走る。
だが、ほんの少しだけ温かい気持ちも広がっていた。
「若様、字も教え、腹痛も教え……これぞ“恋の実技授業”でございますな」
バルドの締めの一言に、ライは小さくため息をついた。
「……黙っててくれ」
修道院の教室は、まだ子どもたちの笑い声でにぎやかだった。
午前中の文字の授業はどうにか終わったものの、「字はむずかしい!」という不満が空気に残っている。
黒板の前に立つライオネルは、背筋をぴんと伸ばしたまま、子どもたちを見渡した。
そして、見事な書体で「剣」という文字を書き上げる。
鋭い筆の動きに、子どもたちは一瞬「おおー」と声をあげるが……すぐに「呪文みたい!」「怪物の名前かも!」と口々に笑い出した。
「……これは武器の剣だ」
真面目な声で説明しても、笑いは止まらない。ライはほんの少し肩を落とした。
そこでミーナが手をあげた。
「だったら! お絵描きにしちゃいましょう!」
言うが早いか、黒板に落書きを始める。ハートに剣、そして大きなパンの絵。
「これが恋! これが戦い! これが食料!」
あまりに雑な線に、子どもたちは腹を抱えて笑った。
「なにそれ!ハートが石ころに見える!」
「パンっていうよりレンガ!」
セラフィーナは苦笑しながらも、柔らかい声で言った。
「絵と文字を一緒に覚えれば、楽しいですわ」
ライも小さくうなずき、絵と文字を組み合わせて説明を始める。
短く、わかりやすく。すると子どもたちも、ふむふむと頷き出した。
「やっぱりライ様ってすごい!でも顔はこわい!」
――結局そこに落ち着くのか、とライは深呼吸した。
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授業の終わりに、セラフィーナが提案した。
「今日覚えた文字を使って、“祈りの手紙”を書いてみましょう。小さな願いを文字にして、お祈りするのです」
子どもたちは小さな紙と筆を受け取り、思い思いに書き始める。
けれど、文字はぐちゃぐちゃだ。
「先生!これ“神”って書いたつもりだけど、“カニ”になった!」
「オレの“夢”が“栗”に見える!」
大笑いする教室。セラフィーナは「ふふ」と笑いながら見守り、ライは静かに手を添えて書き直しを助けていく。
そこへ、ミーナが自慢げに紙を持ってきた。
「ほら見てください!“恋”って書けました!」
だが、紙にはどう見ても“変”と書かれていた。
「侍女殿の恋は変質しておりますな」
バルドの毒舌に、またもや大爆笑。
ミーナが「違います!」と抗議しても、笑いは止まらない。
やがてセラフィーナが、そっとライに声をかけた。
「ライ様も、一枚書いてみませんか?」
一瞬、ライはためらった。
だが自分に言い聞かせる。
「誠実は、最短の近道じゃない。でも唯一の道だ」
彼は筆を取り、紙に一文字を記した。
――「誠」。
子どもたちはそれを覗き込み、目を丸くした。
「かっこいい!」
「でも顔はやっぱりこわい!」
三度目のツッコミに、ライは小さく眉をひそめた。
そのとき、腹がムズリと痛む。懐中時計の針が小さく跳ねる。
「……ぐ」
すぐさまモフドラが腹に飛び乗り、「ぷしゅ〜」と湯気を吐いた。
子どもたちは目を輝かせる。
「神の煙だー!」
場はまたもや爆笑の渦に包まれた。
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授業が終わり、子どもたちは外へ駆け出していった。
教室に残ったのはライとセラフィーナ。机を片づけながら、彼女はふと笑みをこぼした。
「……ライ様がいてくださると、子どもたちが安心するのですわ」
その言葉に、ライの胸がドクンと跳ねた。懐中時計の針がピシリと動く。
彼は腹を押さえ、じっとこらえた。
そして口が勝手に動いていた。
「……僕にとって、あなたの笑顔が安心だ」
セラフィーナは一瞬驚き、それから頬をほんのり染めた。
――と、その瞬間。
「先生が恋に落ちる授業、最高ですね!」
ミーナが飛び込んできて爆弾発言。
ライは盛大に腹を押さえ、机に突っ伏した。
子どもたちが再び戻ってきて、
「ライ様のお腹が授業参観だー!」
と叫びながら走り回る。
バルドが静かにまとめる。
「殿、文字を教えても恋は未修得でございますな」
「……ううう…」
ライの小さな返事とともに、教室は今日も笑いでいっぱいになった。
ライ様の“文字授業”はいかがでしたでしょうか。
真剣に教えているのにコメディになるのは、もう彼の宿命ですね……。
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