第52話 シスター、と守護神ライ様
今回は修道院の鐘楼探検編です。
鐘の合鍵を取りに行くライと子どもたち。けれど出てくるのは“巨大化モフドラの影”や“おならの鐘”など、とんでもないハプニングばかり!
そして最後には、鐘の音に包まれるちょっと心が温まる瞬間も……?
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朝の修道院は、まだ鐘の音が鳴っていないのに、すでに大騒ぎだった。
昨日の夜にセラフィーナが頼んだ「鐘楼に合鍵」を取りに行く日だ。
鐘楼――それは修道院の片隅にそびえる石造りの塔だ。
てっぺんには大きな鐘が吊られていて、本来なら朝に「ゴーン」と響かせる役割がある。
だが今は扉の錠前が壊れてしまい、鐘が鳴らせない状態になっていた。
「鐘が鳴らないと、ご飯もまずく感じるんだよ!」
「うん!朝の始まりって感じしない!」
子どもたちが口々に文句を言いながら、塔の周りに群がる。
そして黒マントを羽織った長身の男――ライオネル・フォン・グランツを見上げた瞬間、ざわめきは一転して静まり返る。
「……ライ様」
「僕がなんとかしよう」
怖い顔なのに、不思議と安心する。
子どもたちは一斉に背筋を伸ばし、まるで軍隊の行進みたいにきちんと並んだ。
セラフィーナが両手を胸に重ね、ほわんと笑う。
「まあ……鐘の神様のお家に行くのですわね」
「お化け屋敷の間違いだろ!」
「神様よりおばけの方がいそう!」
子どもたちは大はしゃぎ。
セラフィーナの言葉を信じている子もいれば、半分怖がっている子もいる。
バルドが咳払いをして低い声を落とす。
「神様も迷惑でしょうな。殿のお顔と同居させられるのは」
「……」
ライは無言で石段を登り始めた。
鐘楼の中は、外観以上に古びていた。
階段は急で、木の板はギシギシ鳴り、長年のホコリがたっぷり積もっている。
子どもたちは「うわー!」と騒ぎながらも、好奇心に負けて先へ先へと駆けていく。
そのとき――。
「きゃあっ!でっかい影ー!」
壁に映る黒い怪物のような影に、子どもたちが一斉に悲鳴を上げた。
影の正体は……モフドラだった。
手のひらサイズの小さな竜なのに、ちょうど光に照らされて、壁に巨大なシルエットが浮かび上がっていたのだ。
「モフドラが巨大化したー!」
「暗くなるとドラゴンになるんだ!」
セラフィーナが「まあ……暗いと大きくなるのですね」とにこにこ言ったせいで、子どもたちは完全に信じ込んでしまった。
「違う。ただの影だ」
ライのツッコミは、見事に子どもたちの歓声にかき消される。
さらに、ミーナが息を切らしながら旗を持って駆け上がってきた。
「鐘の鍵捜索チーム、出動です!」
だがその旗が梁にひっかかり、積もったホコリを「ボフッ」と散らしてしまう。
子どもたち全員が咳き込み、鐘楼は一瞬で白い煙幕の戦場と化した。
「ごほっ……ライ様、敵は埃です!」
「……敵じゃない」
ライは淡々と階段を登り切り、梁を見上げた。
そこに古びた鍵束がひっかかっているのを、鋭い目で見つける。
ライは縄とフックを取り出し、器用に投げて梁へ引っかけた。
正確に巻き取り、見事に鍵を回収する。
その一連の動きに、子どもたちは目を丸くした。
「すっげー!ライ様、忍者だ!」
「違う、忍侯だ!」
「なにそれ!」
鐘楼の中は笑い声でいっぱいになった。
鍵を受け取ったセラフィーナは、胸に当ててほっと微笑む。
「やっぱり……神様のお弟子様ですわ」
その笑顔に、ライの胸がきりきりと締め付けられる。
懐中時計の針が「カチ」と跳ね上がり、モフドラが「ぷしゅ〜」と小さく湯気を吐いた。
鐘楼の窓から差し込む朝日が、王都の街並みを照らす。
子どもたちは歓声を上げて「宝物みたい!」とはしゃぐ。
その横で、バルドが静かに一言落とした。
「若様。鐘楼の景色は輝いておりますが……殿のお顔は逆光でもなお陰影が深い」
「……はあ、、口が減らないな、バルドは……」
ライは小さくため息をついたが、その横顔は少しだけ柔らかく見えた。
修道院の鐘楼は、見上げるほど高かった。
レンガ造りの古い塔で、上まで伸びるらせん階段は薄暗くてきしむ音を立てている。
「よし、鍵は開いたな」
ライは古びた鉄の扉を押し開ける。
子どもたちがわらわらと後ろからついてきた。
「鐘を鳴らすと、お腹がすくんだって!」
「ちがうよ、頭がよくなるんだ!」
「いや、結婚できるんだぞ!」
妙な迷信合戦が始まる。
セラフィーナは相変わらず穏やかな笑顔で答えた。
「鐘の音は心を澄ませてくれるのですわ」
「えー! お菓子は出ないの!?」
子どもたちはがっかりして肩を落とす。
バルドが咳払いをして言った。
「子ども達には、ありがたい鐘の音より、お菓子でございますな」
塔の最上階には、巨大な青銅の鐘がぶら下がっていた。
長年の埃をかぶり、ロープはよじれて固くなっている。
「これを鳴らすのか」
ライがロープを確かめようと近づいた、その時――。
「任せてくださいっ!」
ミーナが勢いよくロープを引いた。
ゴォ……ン。
……と鳴るはずが、半分しか音が出ず、間の抜けた「ぼふっ」という音だけが塔の中に響いた。
「ぶはっ! 屁の音だ!」
子どもたちが大爆笑。
「鐘じゃなくて、おならの鐘だー!」
ライは額を押さえた。
「ロープがねじれている。直せば――」
だが説明を最後まで言う前に、子どもたちが我先にロープへ飛びついた。
「せーのっ!」
ゴォォォォォン!!!
鐘が大きく鳴り響き、塔全体が震えた。
次の瞬間、天井から溜まっていたホコリがドサッと落ちてきて、全員真っ白。
「わぁぁ! 雪だ!」
「粉雪祭りだー!」
セラフィーナだけはうっとりと鐘を見上げ、
「まあ……雪みたいで綺麗ですわ」と微笑んだ。
ライの顔にもホコリがべったり。
その鋭い顔立ちに白が重なり、さらに迫力が増した。
「鐘の守護霊だー!」
子どもが叫ぶと、笑い声が塔の外まで響いた。
やがて笑いが落ち着き、セラフィーナは鐘を見上げたまま、静かに言った。
「鐘の音が心を洗ってくれますわね。……ライ様が鳴らしてくださったから、きっと特別ですわ」
その一言に、ライの腹が「きゅるるる」と鳴る。
懐中時計の針がピクッと跳ねた。
「……いや、正しくは子どもたちが鳴らした」
彼は苦くごまかすが、子どもたちは一斉に叫んだ。
「ライ様が神様の弟子だー!」
ライは無言で柱にもたれた。
腹の奥がじわじわ痛む。
その横で、バルドが淡々と毒を落とす。
「若様。鐘の音は澄んでおりますが、殿の恋腹はまだ濁っておりますな」
「……ぐっ」
ライは小さくうめき、腹を押さえる。
しかし子どもたちの目には、その姿すら「鐘の守護神が休んでいる!」と映ったらしい。
「守護神が休んでるぞ!」
「おやすみなさーい!」
笑いながら鐘楼を駆け下りていく子どもたち。
塔の中には、ライとセラフィーナとバルドだけが残った。
鐘の余韻が静かに響いていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
鐘を鳴らすだけなのに、どうしてこう毎回コメディになるのか……ライ様の顔と運命のせいかもしれませんね。
それでも子どもたちには「守護神」に見えるところが、彼らしいところです。
今回の見どころは、
・影で“巨大化モフドラ”と勘違いされるシーン
・「おならの鐘」で全員爆笑する場面
・セラフィーナの一言で腹がキリキリするライ
ドタバタと、少しの余韻を楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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