第51話 シスター、風鈴の庭と井戸の神様
読んでいただき、ありがとうございます!
今回のお話は、朝の井戸トラブルからスタート。詰まった井戸、のんびりシスター・セラフィーナ、そして怖い顔だけど頼れるライが大活躍する一日です。
途中で幕の大穴をマントで修理したり、粉が爆発して“雪の王さま”誕生したり、眠れない少年トマのための即席風鈴や、献金箱で遊ぶ子猫まで登場。最後は、風鈴の音と一緒に、ちょっとだけ心があたたかくなるはず。
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あなたの一押しが、ライの“誠実”をさらに輝かせます。
朝の修道院は、いつもよりにぎやかだった。
小さな子どもたちが井戸の周りに集まり、覗き込んでは「でない!」「水がない!」と騒いでいる。
バケツを下ろしても、縄はするすると空を切り、からんと音を立てるだけ。
どうやら何かが詰まって水が出ないらしい。
そこへ、白い修道服に身を包んだ一人の女性が現れた。
セラフィーナ――この修道院で子どもたちの世話をしているシスターだ。
長い金髪を後ろでまとめ、いつもにこにこと柔らかい笑顔を浮かべている。
その雰囲気はまるで“おっとり”の化身のようで、子どもたちはすぐに集まってくる。
「まあ……井戸の神様が休憩しているのですわ」
セラフィーナは井戸を覗き込み、両手を胸の前で合わせた。
子どもたちは目を丸くし、「神様が寝てるの!?」とざわつく。
「ええ、きっと昼寝ですわ」
にこにこ顔で答えるシスターに、子どもたちは「へぇー」と納得したり、「起きてくれなきゃ!」と泣き出したり、反応はてんでバラバラ。
そんな混乱の中、黒マントを肩にかけた大きな影が現れた。
ライオネル・フォン・グランツ。
侯爵家の嫡男であり、王都でも知らぬ者はいない完璧超人……ただし、顔が怖い。
「井戸が詰まっていると聞いた」
低い声と鋭い目に、子どもたちは一瞬で黙り込む。
「ひぃっ……」と後ずさる子も出たが、ライが淡々と「直そう」と言った瞬間、ざわつきは安心の声に変わった。
「ライ様だ!」
「これで水が出る!」
彼は井戸に近づき、縄を手に取りながら冷静に観察する。
セラフィーナはきらきらした瞳で見上げ、ぽつりと口にした。
「井戸の神様を起こしてくださるのですね?」
「いや。落ち葉を取り除くだけだ」
真面目なツッコミに、近くの子どもたちが「ぶっ」と吹き出した。
セラフィーナは首をかしげ、「まあ……頼もしいですわ」とにこやかにうなずく。
ロープを井戸に結び、ライは中を覗き込む。
深い穴の中には、確かに枯れ葉や小石が溜まり、水をせき止めているのが見えた。
その瞬間、子どもが叫んだ。
「ライ様の顔が映ってる! こわっ!」
「……」
井戸の水面に逆さに映るライの鋭い顔は、確かに怪談話の怪物に見えなくもない。
バルドがすかさず口を開いた。
「若様のお顔は水面に脅威を与えますな」
ライはぐっと言葉を飲み込み、ただ深呼吸した。
懐中時計の針がほんの少し跳ねる。――まだ大丈夫だ。
一方のミーナはというと、なぜか旗を持ち出してきていた。
「ライ様井戸掃除応援フラッグ!」と叫び、全力で振り回す。
次の瞬間、勢い余って旗が井戸の中へひゅるると落下。
「わぁぁぁ!」
「……」
ライは眉をひそめ、ただロープを握り直した。
セラフィーナは「井戸に捧げ物ですの?」と無邪気に首をかしげる。
井戸の中へロープを伝って降りていくライ。
狭い空間の中で小石や枯れ葉を取り除いていく。
その上でセラフィーナは井戸の縁に手を当て、真剣な顔で祈りを捧げていた。
「まるで、神様へのお祈りの舞をしているみたいですわ」
「……掃除だ」
ライは小さく返すが、祈りの声が子どもたちを静かにさせる。
それは儀式めいた、不思議な空気を生んでいた。
井戸の上ではモフドラが縁にちょこんと座り、「ぷしゅ〜」と湯気を吐いた。
子どもたちは「スチーム魔法だ!」「井戸の神様に煙のお供え!」と大はしゃぎ。
「違う。ただの湯気だ」
ライはため息をついたが、その声は子どもの歓声にかき消された。
やがて詰まりを取り除いた瞬間、井戸の底から冷たい水が勢いよくあふれ出した。
バケツに水がじゃばっと溜まり、子どもたちが一斉に拍手する。
「井戸が目を覚ましたー!」
セラフィーナは両手を胸に当て、にっこりと微笑んだ。
「ライ様は神様のお弟子様になられたのですわ」
「……僕はただ掃除をしただけだ」
そう言いつつも、胸の奥がわずかにきりきりする。
銀の懐中時計の針が小さく揺れ、モフドラが「ぷしゅ」と控えめに湯気を吐いた。
子どもたちが「ライ様ばんざーい!」と取り囲む。
だが次の瞬間、彼の顔を見上げて「やっぱちょっとこわい!」と散り散りに逃げていった。
修道院の庭に小さな笑い声が広がる。
セラフィーナはそんな子どもたちを見守りながら、ゆっくりと口を開いた。
「でも……怖いものって、慣れると安心になるのですわ」
その言葉に、ライの胸はちくりと痛み、同時にほんのり温かさが広がった。
バルドが隣に立ち、低い声で囁く。
「若様。井戸の水は澄みましたが、殿の恋腹はまだ濁っておりますな」
「ぐっ……」
ライは小さくうめき、腹を押さえた。
庭にはまだ笑い声が響いていたが、その中心に立つ彼の顔は、ほんの少しだけ柔らかく見えた。
修道院の夕暮れは、パンの香りと子どもたちの声でにぎやかだった。
昼の間に片づけた小さな問題たち――粉の在庫整理やオーブンの調整――で、みんなの顔にも少しずつ笑顔が戻っている。けれど、まだやることは山ほどあった。
講堂の奥では、大きな布が広げられていた。
明日の発表会で使う舞台幕だ。けれど、中央に大きな破れ目が走っている。まるで巨人が引き裂いたみたいに。
「困ったわぁ……」とシスター・セラフィーナが肩を落とす。
彼女は優しいけれど、こういう段取りはあまり得意じゃない。
ライは黙って黒マントを外した。裏地は深紅。舞台幕と同じ色に近い。
「これを使おう」
彼はあっさりと言い切った。
「若様、マントを脱いで助けるなんてまるでヒーローです!」
とミーナが目を輝かせる。
すかさずバルドが毒舌を落とす。
「顔はアレでございますがな」
幕の修理はライが考えた“縫い方レーン”方式で進んだ。
子どもたちは役割分担され、縫う子、糸を渡す子、仕上げを確認する子と、まるで冒険パーティーのよう。失敗しても「×印スタンプ」を押されるだけで、逆に“苦労賞バッジ”がもらえる。
「いっぱい失敗したほうがカッコいいじゃん!」と子どもたちは大はしゃぎ。修道院は笑い声でいっぱいになった。
次はパン作りだ。明日配る“祈りのパン”を大量に焼かねばならない。
ライは生地の分割をカードゲームみたいにした。ぴったりの重さに分けると「ピンポン!」と木片が鳴る。
子どもたちは夢中になって分け始め、パンはどんどん整っていった。
そのとき――。
「どふっ!」
袋をかついできた商人が、粉糖(さらさらの砂糖)と小麦粉の袋をドカッと乱暴に置いていった。
セラフィーナが袋をに取った瞬間、白い煙が「ボフッ!」と広がる。
修道院中が一瞬で真っ白。子どもも大人も雪男みたいになった。
ライだけは、怖い顔に真っ白な髪。
「雪の王さま来たー!」
子どもたちの声に、場が笑いに包まれる。
ライは怒らず、商人の名前を静かにメモしただけだった。
「次からは、必ず優しく置くようにさせよう」
その落ち着いた声に、セラフィーナはふっと安心して笑った。
片づけが終わると、子どもたちは眠る時間になった。
その中で、一人だけ布団に入れずに外を見ていた少年がいた。名前はトマ。無口で、少し影のある子だ。
「夜、音がないと眠れないんです……」
彼が小さな声で打ち明ける。
ライは庭に出て、枝と糸で即席の風鈴を作った。カランと優しい音が夜風に混ざる。
トマは安心したように布団に潜りこみ、すぐに寝息を立てた。
セラフィーナはその光景を見て、胸に手を当てた。
「……ありがとうございますわ」
彼女の笑顔は、ろうそくの火のようにやわらかかった。
ライの懐中時計の針が少しだけ跳ねる。
腹に乗ったモフドラが「ぷしゅ〜」と控えめな湯気を吐き、まるで「落ち着け」と言っているみたいだった。
夜も更け、修道院は静まり返った。
だが献金箱の近くで、カラカラと小銭の音がする。
「怪しいやつ!」ミーナが張り込みに挑む。犯人を捜したが三分で寝落ちした。
ライとバルドが探してみると――。
「にゃっ」
出てきたのは、かわいい子猫だった。箱の中の鈴にじゃれて、小銭が転がっていただけだったのだ。
セラフィーナは胸をなで下ろす。
「よかったわ……悪い人がいたわけじゃなくて」
ライは箱に薄布を敷き、鈴はおもちゃとして子猫に渡す。
「これで安心だ」
静かな解決に、修道院は再び平和を取り戻した。
そのとき、セラフィーナが少し恥ずかしそうに切り出した。
「……あの、最後にもうひとつだけ。鐘楼の鐘を鳴らしたいのですが、扉が古くて、開かなくて……」
ライは深くうなずく。
「分かった。僕が対応しよう」
セラフィーナはまっすぐに礼を言った。その笑顔に、ライの胸はまたわずかに熱を帯びた。
夜は静かだった。
子どもたちの寝息、風鈴の音、遠くの鐘。
ライは庭のベンチに座り、モフドラを腹に乗せて空を見上げた。
「きっと、今日も誰かの幸せの余白に、僕の名前は残らない」
そうつぶやいた顔には、ほんの少し笑みがあった。
バルドが月明かりの中で小声を落とす。
「殿。恋は段取りどおりには参りませぬが、段取りできる男は必ず好かれます。……顔面以外で」
「最後の一言はいらん」
ライの返事に、風鈴がコロンと鳴った。
その音に包まれて、修道院の夜はゆっくりと更けていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回のキーワードは「怖い=安心のはじまり」。最初は怖がられるライの顔も、やることはいつも丁寧で誠実。井戸の詰まりを外すみたいに、みんなの不安も少しずつ取り除いていく——そんな一話でした。
小ネタを振り返ると、
ミーナの応援フラッグは今日も事故寸前。
バルドの毒舌&神速お直しは相変わらず冴えてます。
モフドラの**「ぷしゅ〜」**は癒やしポイント。
セラフィーナのおっとり発言は場をほんわかさせてくれました。
そして、トマの風鈴が鳴るたびに、庭の空気がやさしくなるのが印象的でした。
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