第49話 看板娘、紙灯の夜背中に届く灯り
花祭り前夜。
侯爵家の一室は“布とリボンの戦場”に、庭は“願いを乗せる紙灯”の川に。
からかわれ、照れ、でも前を向くマリエ。
影で腹痛を抱えつつも、灯りで道を照らすライ。
にぎやかさと静けさが交互に来る一夜の物語です。笑って、最後だけ少しだけしんみりしてください。
※この先も読んでみたいと思っていただけたら、ぜひブックマークで応援してもらえると嬉しいです!
侯爵家の一室は、今や戦場だった。
敵は布とリボン、そして大量の花飾り。
仕掛け人は、妹ルチアと侍女ミーナである。
「マリエさん、これを羽織ってください!」
「待ちなさい、ミーナ。肩のラインが甘いわ。ここはもっと――ふわりと!」
二人は息ぴったりなのか、ぐちゃぐちゃなのか、とにかく賑やかにマリエを中央へ立たせ、ドレス風の衣装を仕立て上げていった。
祭り用に簡易に作られたドレスは、本物ほど豪華ではない。けれど色とりどりの布が重なり、花の髪飾りが光を反射するだけで、マリエの姿はまるで別人のように見えた。
マリエは鏡の前に立ち、自分の姿をまじまじと見つめる。
胸の奥が、妙にざわざわする。
「……ドキドキする……」
思わずこぼれた小さな声。
しかし、それを聞き逃す二人ではなかった。
「き、き、きましたーっ!」
「フラグですわ! これは明らかに恋の前触れですわ!」
ミーナとルチアが両側から飛び跳ねる。
マリエは真っ赤になって両手を振った。
「ち、ちがうんです! ただ、初めてだから緊張して――!」
「初めてだから、ですって! うわぁぁぁ!」
「落ち着きなさいミーナ! ……でも、まあ、青春ですわね」
二人にからかわれながら、マリエの耳まで赤く染まっていく。
ふとマリエは鏡に映る自分に問いかけるように、ぽつりと呟いた。
「……でも、誰かに見てもらいたいって思うの、変かな?」
その言葉に、ルチアは妙に大人ぶった顔でうなずいた。
「それが青春ですわ。兄上よりはマシな顔ですし」
「ライ様に見てもらうのもアリじゃないですか!?」
「な、な、なにを言ってるんですか!」
マリエが慌てふためき、ルチアはあきれ顔、ミーナは満面の笑み。
三人の声は、部屋中を明るく揺らした。
――そんな騒ぎを、廊下の暗がりから静かに聞いている影があった。
ライオネル。
懐中時計の針は、今にも飛び出しそうなくらい大きく揺れている。
腹の奥はきりきりと締めつけられ、モフドラを抱えて「ぷしゅ〜」と湯気を浴びながら、彼は深呼吸した。
「……いや、もういい。僕は応援するだけだ」
声は誰にも届かない。
ただ、廊下に一人残った大きな影が、かすかに揺れただけだった。
部屋の中から「告白フラグMAXです!」というミーナの叫びが響き渡る。
ライは目を閉じ、わずかに口元を引き結んだ。
「フラグか……なら、折らずに守ってみせよう」
そう呟いた彼の顔は、誇らしげであり、そして少しだけ寂しかった。
夕暮れの庭に、小さな灯りが点されていく。
花祭りの前夜には、紙で作られた灯り――紙灯を家族ごとに並べるのが習わしだ。中には一つだけ願いを書き入れる。それは、どんなに小さな願いでもいい。
ライは剣を軽く振っていた。
稽古というより、心を落ち着けるための動きだ。鋭い斬撃音が夜風に混ざるたび、銀の懐中時計がわずかに揺れる。針は落ち着かず、時おり「グッ」と跳ねた。
剣は真っすぐ。けれど、心は曲がる。曲がった先が、どうしても彼女の方角に向かってしまうのを、ライ自身が一番よく知っていた。
そこへ、バルドが湯気の立つ薄荷茶を盆に載せてやってきた。
「お顔は鍛えられませんが、胸の内は磨けます。――ですが今夜は、磨くより置く時でございましょうな」
ライは小さく笑い、剣を下ろす。
「置く、か。……そうだな。僕は、応援するだけだ」
バルドは深く頭を下げた。
「見守るのも、立派なお役目です。殿の“誠実”は、時に背中の働きとなりますゆえ」
モフドラがライの腹にちょこんと乗り、「ぷしゅ〜」と湯気を吐いた。時計の針はほんの少し下がる。温かさは痛みを消さない。けれど、その輪郭を丸くしてくれる。今夜は、それで十分だった。
――一方そのころ。
客用台所では、マリエがパンを包んでいた。薄い布には花模様のスタンプが押されている。ミーナが「告白パン包み」と名付けたそれは、明日エミルに渡すためのものだ。
マリエは布を結びながら、胸に手を当てた。
心臓の音は、怖さと楽しみを同じリズムで鳴らす。どっちの音なのか、自分でも聞き分けられない。
「……明日、渡せるかな」
小さく漏らした声に、ルチアがすぐ返す。
「告白って“正解をもらう”ことじゃないわ。自分の気持ちを、きれいに並べることよ」
「並べる……わたし、いつも分量を間違えるから」
「大丈夫。心は焦げないわ」
マリエは少し笑った。怖さは消えない。でも、怖さに持ち手がついたような気がした。
その横で、ミーナが「三角関係退散リボン!」と書かれた謎のリボンを量産していた。
「これで恋の交通整理は完璧です!」
ルチアが冷ややかに言う。
「標識を立てすぎると、道は見えなくなるものよ」
「えっ!? じゃあ私はどっちに行けば……」
「――黙って見守ればいいのです」
マリエは思わず吹き出し、肩の力が抜けた。
包みを結ぶ手は震えていたけれど、その結び目は固く、ほどけそうにない。
――夜。
廊下を歩くマリエはふと立ち止まった。外から、剣の音が聞こえる。
まっすぐで強いのに、どこか優しい音。パンを焼くときの“膨らむ音”に似ている気がした。
扉越しに声をかける。
「……ライ様、夜風、冷たいですよ」
低い声がすぐ返ってきた。
「ありがとう。君も、無理はしないで」
顔は見えない。けれど、言葉だけがやさしく行き来した。見えないから言えることがある。見えないのに、分かることもある。
マリエの足音が遠ざかると、ライの腹に再び痛みが走る。懐中時計の針が大きく跳ね、息を止めそうになる。
「……大丈夫。僕は完璧だ。――恋以外はね」
モフドラが「ぷしゅ〜」と最大出力で湯気を吐いた。
バルドが紙灯の火を強め、静かに告げる。
「殿。灯りは道を照らすだけでなく、人の背中も温めるものです」
ライは目を細める。
「なら、僕の灯りは……彼女の背中に」
「ええ。殿の灯りは、まっすぐでございます」
そのころ、マリエはベッドの上でパン包みを胸に抱いていた。
「エミルさん……明日、ちゃんと言えるかな。わたしのパン、あなたに似合うといいな」
窓の外では、花祭りの準備の灯りが一つ、また一つ増えていく。
ライは自分の紙灯をそっと水際に置いた。
「どうか、彼女の勇気が実りますように」――墨の跡はもう乾いている。指先から離れた灯りは、静かに、他の光の列へと溶け込んだ。
「……あれ?」
背後で小さな声。振り向くと、マリエが両手で紙灯を抱えて立っていた。花模様の包みは胸の前、頬は少し赤い。
「今、隣に置いてもいいですか」
「もちろんだ」
マリエは膝をつき、火を移した。炎がゆらりと生まれ、薄い紙にやさしい色をまとわせる。彼女は迷い、そして小さく笑ってから、池にそっと滑らせた。
「願いごと、上手くできたか?」
ライの問いに、マリエはうなずく。
「はい。……“うまく言えますように”って。パンのことも、気持ちのことも」
それ以上、彼は聞かなかった。
聞けないのではなく、聞かないと決めたからだ。池の光だけが、二人の横顔を同じ色に染める。
「ライ様」
「ん」
「いつも、ありがとうございます。……明日、背中を押してくれた人のこと、ちゃんと覚えていられるように、私、うまく笑います」
懐中時計が胸の内で“コツ”と一度だけ跳ね、すぐ静まった。
モフドラが気を利かせたのか、腹の上で小さく丸くなり、今度は控えめな湯気だけを吐く。――空気は読めるらしい。
「それで十分だ」
ライは短く答え、池へ目を戻した。灯りは列になり、細い道のように夜の中へ伸びている。
しばらく並んで見つめ、それから二人は同時に立ち上がった。
廊下へ戻る角で、マリエがふいに振り返る。
「……ライ様の願い、叶いますように」
「君の願いが先だ」
マリエはくすっと笑い、花模様の包みを抱き直して小走りに去っていった。足音が遠のくたび、池の灯りだけが近くなる。
バルドがいつの間にか背後に立ち、低く囁いた。
「殿、良い灯りでしたな」
「……ああ。道が、見えた」
ルチアが門のところで手を振る。「兄様、寝坊は厳禁ですわよ。明日は“並走”ですから」
ミーナは袖の陰で親指を立て、「紙灯の数だけ幸せ来ます!」と小声で盛大にフラグを立て、すぐにルチアに扇子で小突かれていた。
夜気は少し冷たい。だが池の橙は、背中まであたためる。
ライはマントの襟を整え、ゆっくり歩き出した。
――明日、彼女が前を向くなら。
僕の名前は、やっぱり余白に残らないだろう。
それでもいい。余白がきれいなら、読みやすいから。
胸の奥で、針は静かに黄へ。
モフドラが「ぷしゅ」と一度だけ鳴き、星のない空に、紙灯の道が長く長く続いていった。
今日は「告白前夜」の支度回。ミーナの暴走、ルチアのブレーキ、そしてライの“腹痛と誠実”。
紙灯は、願いを空に投げるんじゃなくて「背中を温める道具」なんだな、とライが気づく回でもありました。
次回はいよいよ花祭り当日。パンは焼けるのか、言葉は出るのか、そしてライの腹は持つのか――続きも見守ってください。
もし気に入っていただけたら、ブックマークや感想で応援していただけると作者の灯りになります✨
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
楽しんでいただけましたか?
ぜひ☆評価で作者のやる気が上がります!
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
まとめサイトはこちら!
https://lit.link/yoyo_hpcom
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆




