第44話 看板娘、焦げたパンと揺れる心
パン屋の工房は、今日も粉と笑い声に包まれます。
……ただし、マリエの挑戦は爆発したり、石ころになったり、黒焦げになったりと前途多難。
そんなドタバタの中で、ライの胸の奥ではまた別の“火種”が燃え始めていました。
不格好でも温かい、そんな物語をどうぞ。
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パン屋の工房は、朝の光で明るく満たされていた。
窓から差しこむ光に粉の粒が舞い、木の大きな作業台の上には袋から出した小麦粉やバター、卵が並んでいる。香ばしい匂いがほんのり漂うが、その中心でマリエは深刻そうに眉を寄せていた。
「エミルさんに……特別なパンを渡したいんです」
マリエは両手を胸の前でぎゅっと握りしめて言った。
いつもは明るく元気な彼女が、今日は真剣な顔をしている。その横顔を見て、ライは思わず背筋を伸ばした。
「……なるほど。ならば僕も協力しよう」
侯爵家の嫡男であるライがパン作りを手伝うなど、普通ならありえない。だが彼は本気で応援しようとしていた。誠実に向き合うのが彼のやり方だからだ。
ただ、ひとつ問題があった。
「……マリエ、もしかして手が震えてないか?」
ライが横からのぞきこむと、マリエは慌てて粉だらけの手を隠した。
「そ、そんなこと……ないです!」
けれど、生地に落ちた塩の量は明らかに多すぎた。
マリエは視線を泳がせながら、ぽつりとつぶやいた。
「……あたし、パン屋の娘なのに、実は作るの苦手で」
「えっ?」とミーナが目を丸くする。
「小さいころから、お父さんに『お前は看板娘だから、にっこり笑ってお客さんを呼べばいい』って言われて……」
マリエは苦笑いを浮かべた。
「だから売り場に立つのは慣れてるんですけど、生地をこねるのはずっと下手っぴのままで……。しかも、好きな人のこと考えると緊張して、手が震えて分量もめちゃくちゃに」
そう言って、マリエは赤くなった顔を両手で隠した。
「よし、まずはきちんと量を量ろう」
「は、はいっ……!」
やる気いっぱいの返事をしたマリエだったが、最初の挑戦から大失敗。
発酵時間を間違えてしまい、生地は膨らみすぎて窯の中で大爆発。
ドンッ、と鈍い音が響き、焼き窯の小窓から煙がもくもく。
次の瞬間、パンの破片が四方に飛び散り、工房中に「焼きたて爆弾」が炸裂した。
「ぎゃあっ!? パン爆弾!?」
ミーナが悲鳴を上げながら粉まみれになり、モフドラは「ぷしゅー!」と湯気吹いて煙を追い払う。
マリエは真っ白な粉をかぶり、しょんぼり肩を落とした。
「ご、ごめんなさい……」
ライは眉ひとつ動かさず、落ちてきたパン片をそっと払ってやった。
「失敗は過程の一部だ。気にするな」
「……!」
怒られると思っていたマリエは目を見開き、少しだけ表情を和らげた。
二度目の挑戦は「ハート型のパン」。
マリエは必死に形を整え、窯に入れて期待のまなざしを向けた。
だが、焼き上がったのはどう見ても「歪んだ石」のような塊だった。
「……これは」
「ハート……です……」
ライは真顔でパンを持ち上げ、しばし黙考したあと、「……独創的だ」と真剣に評価した。
ちょうど通りがかったバルドが目を細め、容赦なく一言。
「若様、これは兵士の訓練で投げる石ころパンでございますな」
ミーナが吹き出し、マリエは両手で顔を覆って赤くなった。
三度目の挑戦はさらに悲惨。火加減を間違え、パンは真っ黒に焦げてしまった。
マリエは焦げた塊を両手で抱え、「こんなの、とても渡せない……」としょんぼり。
その姿を見たライの胸に、なぜかチクリと痛みが走った。
パン作りの練習なのに、まるで恋の練習をしているみたいだ——そんな考えが頭をよぎり、ライは慌てて首を振る。
「諦めるな。努力は必ず形になる」
彼は低い声で静かに告げた。
「誠実は、最短の近道じゃない。でも唯一の道だ」
マリエは顔を上げ、恥ずかしそうに笑った。
「ライ様がそう言ってくれると……また頑張れる気がします」
その一言に、ライの懐中時計の針がぐっと跳ね上がる。
「……ッ!」
腹にムズムズとした痛みが走り、モフドラが慌てて彼の腹に飛び乗った。
「ぷしゅ〜!」
マリエはそれに気づかず、焦げたパンを大事そうに包み直した。
「次こそ、きっと成功させます」
ライは痛みに耐えながらも、その横顔を見つめた。
どうして応援するだけのはずなのに、こんなに心が揺れるのだろう。
マリエの額に光る汗を、ライは横目で見た。真剣そのものの顔つき。しかし彼女の指先はまだ震えている。
「分量を測るときは、落ち着いて。深呼吸だ」
ライは短く言い、粉の袋を持ち上げた。動きは一切ぶれず、量りの針がピタリと止まる。
「……ライ様って、本当に何でもできるんですね」
感心混じりの声を聞いて、ライは思わず咳払いで誤魔化す。
(僕は完璧だ。——恋以外はね)
心の中でいつもの言葉をつぶやきながら、手を動かす。
マリエも同じように真似をしてみるが、また小さく粉をこぼす。
「あっ……」
「大丈夫だ、慣れるのが肝心だ」
ライが微笑もうとした瞬間、怖い顔になってしまい、マリエはびくりと肩を跳ねさせた。
「い、いまのは怒ってませんよね!?」
「もちろんだ」
(やはり僕の顔は……訓練が必要だな)
そう考えているうちに、生地をこねる時間になった。マリエは一生懸命こねたが、力を入れすぎて――
べちゃっ。
見事に生地がライの黒マントに張り付いた。
「ご、ごめんなさい!」
「……気にすることではない」
淡々と答えるライに、マリエはぷっと笑ってしまう。
二人で生地を整え直すと、今度は順調に発酵し、焼き上がりは黄金色に輝くパンになった。香ばしい匂いが厨房に広がり、マリエの顔がパッと明るくなる。
「やった……! ちゃんとできました!」
彼女は手を合わせ、子どものように喜んだ。
その笑顔を見ていると、ライの胸が不思議と熱くなる。
「……ライ様と一緒だと、不思議と落ち着くんです。……それに、なんだかドキドキして……」
ぽろりと零れたマリエの言葉に、ライの腹が――キリキリッ!
「……っ!」
思わずテーブルに手をつき、膝が揺れる。懐中時計の針が暴れるように回転し、モフドラが「ぷしゅー!」と飛び出してお腹に貼りついた。
「き、きたあああ! 恋の腹痛キターーーッ!」
突然厨房の扉を開け、ミーナが絶叫した。
続いて入ってきたバルドが冷静に一言。
「若様、パンより先に心が焦げ付いておりますぞ」
「え? 腹痛……? わたし、何か変なこと言いました?」
マリエはきょとんと首をかしげる。
「いや……ただの……持病だ……」
ライは汗をにじませながらも誤魔化すが、胸の奥には、彼女の「ドキドキ」がいつまでも残っていた。
パンの焼ける香りと、モフドラの湯気に包まれながら、練習会は終わりを迎えるのだった。
——きっと、誰かの夢を支えるたびに、僕の胸はこうして痛むのだろう。
工房の窓から差しこむ光が、焼き上がったパンを照らしていた。
丸くて、少し不格好だけれど温かみのあるその姿は、どこかマリエ自身のようでもあった。
「次こそ、エミルさんに……」
マリエがパンを胸に抱いてつぶやく。
ライは黙ってうなずいた。
けれど胸の奥では、懐中時計の針がまた小さく震えている。
——支えるつもりでいたのに。
気づけば、自分の心も揺れている。
痛みと温かさが混ざり合うその感覚を、ライはただ静かに受け止めていた。
いや〜、パン爆弾が炸裂したときのライの無表情、個人的にめちゃくちゃ好きです。絶対笑っちゃいけない場面なのに、読者の皆さんは吹き出してくれてるんじゃないかなと勝手に期待してます。
そして、ようやく焼き上がった黄金色のパン。
不格好だけれど温かい姿は、マリエそのもの。そして支えながら揺れてしまうライの心も、少しずつ形を変えてきました。
物語もだんだん祭りの核心に近づいていきます。
「ライは最後まで応援だけでいられるのか?」――そのあたり、ぜひ見届けてください!
次回も楽しみにしていただけたら幸いです。
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