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完璧侯爵様、恋するとお腹が痛いんです —恋すると腹がキリキリする侯爵様の100連敗—  作者: ヨーヨー
第5章 恋看板娘 マリエ

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第43話 看板娘、パン屋に訪れる温かな朝

パンの香りに包まれる朝。

マリエの一日が始まると同時に、そこにはいつも騒がしくも温かな仲間たちが集まります。

今日のお客様は、ライの妹ルチア様――天真爛漫すぎて、パンを食べては「大優勝!」と叫び、店を全力で応援してくれる存在。おいしいパンを食べると我を忘れてしまうルチアです。

そしてライ自身もまた、ふとした瞬間に店を助ける“完璧ムーブ”を見せていきます。


笑いと温もり、そして少しの胸の痛み。

物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

よろしければブックマークで応援していただけると、パンの焼き色のように作者の心もこんがり色づきます。

パン屋の朝は早い。


まだ外の空気が冷たい時間帯、店の中はもう小麦とバターの香りでむせかえるほどだった。


マリエは焼きたてのパンを次々にオーブンから出しては、棚に並べる。ふわふわに膨らんだ食パン、こんがり色のクロワッサン、小ぶりの丸パン。どれも形は少し不揃いだが、焼きたて特有の輝きがある。

その横でミーナは配達リストを書き出していた……のだが、どうも落書きが多い。


「メロンパン三つ、よし……花屋さん向け試作品?あとハートマークと猫耳って何ですか!」

「イメージです!」

「いらないです!」


慌てて赤ペンでぐりぐり消すマリエ。バルドはほうき片手に、黙々と掃除しながら視線だけで二人の様子を見守っている。まるで黙っているだけで空気を整えているようだ。


そんな中、チリンとドアベルが鳴った。

まだ開店前なのに?と顔を上げると、黒いマントを羽織った小柄な少女が、ひょいっと店に顔を出した。


「……!?」


少女はショーケースをじっと見つめたまま固まり、次の瞬間、両手を広げて叫んだ。


「これ、天才の匂い!!」


あまりに唐突で、マリエはポカンとしてしまう。


「え、えっと……開店はまだ準備中なんですけど……」

「えっ、そうなの?ごめんね。

でも、お姉さん大好き!このお店、大優勝!」


満面の笑顔。勢いに押され、マリエは思わず笑ってしまった。

そして気がつけば、焼きたての小さな丸パンを差し出していた。端っこパンと呼ばれる、不揃いの試し焼き。


「よかったら、どうぞ」

「やった! 一番美味しいやつだ!」


少女はひと口かじり、目を輝かせる。


「外カリッ、中ふわっ! これを愛さない人類いる?」


その妙な例えに、マリエはまた笑ってしまった。

ミーナが横から小声で囁く。


「あの子、ライ様の妹さんですよ。ルチア様です」


マリエは目を丸くした。

侯爵家のご令嬢?とんでもないお客様だ。

しかしルチアはそんな堅苦しさを一切感じさせず、パンに夢中でかじりついている。

パンに興奮したのかテンションアゲアゲ状態だ。


「妹様はたまに興奮が止まらなくなりますな。でも……良い笑顔は最強の宣伝ですな」


バルドが小さくうなずいて、ぽつりと呟く。


代金を払おうとしたルチアは、財布から黒い石ころを取り出した。店内が一瞬ざわっとする。

ミーナが慌てて回収。


「それは魔術の石です! お金じゃないです!」


「じゃあ……これで!」


今度は兄ライの名が書かれた「お抱え店割引カード」を差し出す。もちろんそんな物は存在しない。


「存在しません」


バルドの即答に、全員が吹き出した。

結局、普通に支払いをしてパンを受け取ったルチアは、満面の笑みでドアを出る。だが外で“もう一回入店する練習”を始めていて、窓越しに二度見されるオチ付きだった。



---


翌朝。

開店と同時に、ルチアがまた駆け込んできた。今日は魔術科の同級生まで引き連れている。


「昨日のパン、友だちにも自慢したの!お姉さん大好き、拡散中!」


手に持っていたのは、手描きの「おすすめパン地図」。店の前で配る気らしい。


「な、なにこれ……」

「字が下手です。わたしが清書します!」


ミーナはすぐに書き直し、レジ横に貼り付ける。横に描いたモフドラの落書きが意外と可愛くて、マリエはちょっと照れた。


お客との会話も、昨日より自然にできるようになってきた。

「今日はどのパンが人気ですか?」と聞かれても、落ち着いて「バター多めが人気です」と答えられる。

ルチアはそのたびに大げさに反応してくれるので、マリエの緊張も和らぐ。


「お姉さんの“ありがとう”は、砂糖ふり多めって感じ!」


謎めいた褒め言葉に、お客たちまで笑顔になる。


そんな中、事件が起きた。

ルチアがパン袋を抱えたまま振り返った瞬間、腕がぶつかって袋が宙を舞う。


「きゃっ!」


その時、レジ横でひなたぼっこしていたモフドラが「ぷしゅ〜」と温風を吐いた。ふわっと袋が浮かび、無事にマリエの手に収まる。


「おお〜!」


店内に拍手が起こる。

バルドが真顔で付け加えた。


「竜の温風は、パンの保温にも良いのです」


ちゃっかり宣伝までしてしまうあたり、さすが執事。マリエは思わず吹き出した。


ふと、会計の列の後ろに、黒マントをまとった長身の影が映った。

マリエは気づかないが、ミーナが小声で呟く。


「ライ様……?」


けれど姿はすぐに消えた。

ただの気配。それだけで十分だった。ライも、自然に店へ足を向け始めている——その予感を残して。



---


帰り際、ルチアは立ち止まり、マリエを見上げた。


「今日も美味しかった。お姉さん、だいすき!」


マリエは少し考え、しゃがんでルチアを抱きしめた。ほんの一瞬の、温かいハグ。

その光景に、店内の空気が和んだ。小さな子ども客が真似して母親に抱きつく。笑い声が広がっていく。


「これ、もらってくれる?」


ルチアが差し出したのは、手作りの丸いステッカー。湯気の出るパンとハートの絵が描かれている。

マリエは少し照れながら受け取り、レジ横に貼った。


「ありがとう。明日も、がんばるね」


ルチアは嬉しそうにうなずき手を振って出て行った。

バルドはそのステッカーを見つめ、静かにまとめる。


「良い評判は、張り紙より、抱きしめた温度で広がります」


「名言っぽいです!でも字にすると長いです!」


ミーナの突っ込みで、店内はまた笑いに包まれた。



翌日の昼下がり。

パン屋のドアベルが軽やかに鳴った。

背の高い黒マント姿の青年――ライオネル・フォン・グランツが、また「偶然」を装って入ってきた。


……が、どう見ても偶然ではない。昨日に続き、開店時間きっかり。しかも手には「配達の袋点検用」と称する紙袋を持参している。


客たちは一瞬ざわついた。

「あれ?ライ様また来てる……」という視線。

マリエは慌てて笑顔を作り「いらっしゃいませ」と声を出した。ミーナが後ろで手を振る。「ライ様チェックイン!」と小声で盛り上がる。



---


店内は昼前で混雑していた。棚には焼き立ての丸パンが山のように並び、客が次々とトレイに取っていく。


そのとき、マリエが困ったように袋の口を押さえた。中身の重さで裂けそうになっている。

ライは一歩近づき、紙袋を手に取り、指で折り目を三重に折り直す。さらに蝋を指先で軽く温め、縁に塗った。


「これで湿気にも強くなる。重さにも耐えられるはずだ」


彼が差し出した袋にパンを入れると、破れる気配はない。

周りの客が「おおっ」と感心の声を上げ、マリエは思わず拍手をした。


「すごいです、ライさん! 本当に助かります」


ライはわずかに口角を上げただけだったが、マリエはその小さな仕草に安堵の笑みを返す。



---


次の問題は行列だった。

入口まで伸びた客の列が、会計前で詰まり気味になっていたのだ。


ライは迷わずチョークを手に取り、床に矢印と足型を描き出した。レジ前を蛇行する形にし、動線を整える。さらに紙片を配って番号札にした。


「これで順番がはっきりする」


客たちは「わかりやすい!」と喜び、子どもまで楽しそうに番号札を眺める。


一方ミーナは自分の胸に“1番”を誇らしげに貼りつけていた。

「やっぱり私がトップです!」

「……お買い物する気はあるんですか」とバルドがため息をつく。



---


子どもの客がライの鋭い顔にびくりと固まった瞬間、モフドラが肩から顔を出して「ぷしゅ〜」と湯気を吐いた。

子どもが「かわいい!」と笑い、場の空気が和む。


その笑顔を見たマリエが、小声で「ありがとうございます」と言った。

その横顔にライの懐中時計の針がぴくりと揺れ、腹に軽いムズムズ感。だが彼は表情を崩さず、紙袋の山を整えるふりでごまかした。



---


昼の忙しさの中で、小さなトラブルは続く。


小銭袋を落とした子どもの銅貨が床をコロコロと転がった。

ライは風魔法を使い、床に弱い向かい風を起こして一列に集める。

「すげー!」と子どもが歓声。だがミーナだけが足を滑らせ、尻もちをつく。

「ちょ、なんで私だけ!?」

「向かい風ではなく、足運びの問題でしょう」とバルドは冷静だった。


さらにオーブンの焼きムラ。奥だけ温度が上がらず片面が白いパン。

ライは煤の詰まりを見抜き、モフドラの小さな炎であぶって掃除した。すると焼き色が均一になり、パンは見事にそろう。


「ずっと悩んでたんです。すごい……」

マリエは素直に感嘆した。ライは「よかった」と短く答える。

その一言にマリエはふっと笑みを浮かべ、二人の距離が少し縮まったように感じられた。



---


やがて閉店時間。

粉だらけの床を掃き、余りパンを「まかない」に並べる。ミーナは角パンを積み上げてタワーを作り、見事に崩して粉まみれ。

「お掃除が増えましたね」とバルドがぼそり。


片付けの合間、マリエがライに言った。

「今日、本当に助かりました。袋も、焼き上がりも……おかげでお客さんが笑顔で帰ってくれて」


ライは一拍置き、「店がよくなるのは、店主の力だ」とだけ答えた。


ふと見ると、ライの眉や髪に粉が残って白くなっている。

マリエはくすっと笑って、「雪だるまみたいです」と呟いた。

ライも思わず、口角を上げた。懐中時計の針が再びぴくり。モフドラが小さく「ぷしゅ」と吐息。



---


帰り際、風で店の看板が倒れかけた。ライが素早く支える。

看板にはルチアが描いて貼った“パンとハート”の絵。マリエが直しながら、「また明日もがんばれそうです」と笑顔を見せる。


ライはただ小さくうなずいた。心の中で、“それならもう大丈夫だ”と呟きながら。



---


店を出ると、ミーナが背後から「ライ様、今日も完璧ムーブ!」と親指を立てる。

ライはわざとらしくため息をつき、ぼそっと一言。

「……完璧だ。恋以外はな」


「え? 今なんて言いました?」とミーナが首を傾げる。


そこでバルドが締めた。

「若様、応援とは“隣で笑う練習”でございます。距離を縮めるのに、恋腹は不要です」


ライは「心得た」とだけ答え、懐中時計を胸ポケットにしまった。

針は静かに、だが確かに少し上を指していた。

今回はパン屋での「いつもの一日」を描きました。

ルチアの明るさ、ミーナの暴走、バルドの静かな一言、そしてライの誠実な働き。

どれもお店を形づくる大切な要素で、マリエの笑顔を少しずつ支えていきます。


「抱きしめた温度で評判が広がる」という言葉が象徴するように、

人と人との温かさが積み重なって、少しずつ信頼や想いが育っていく……そんな場面を書きたかった回です。


これから花祭り本番に向けて、物語はさらに進んでいきます。

ライの胸の時計がどこへ針を向けていくのか、見守っていただけたら嬉しいです。

ぜひ次回もお楽しみに。もし「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークで応援いただけると励みになります。


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楽しんでいただけましたか?

ぜひ☆評価で作者のやる気が上がります!

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まとめサイトはこちら!

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