表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完璧侯爵様、恋するとお腹が痛いんです —恋すると腹がキリキリする侯爵様の100連敗—  作者: ヨーヨー
第5章 恋看板娘 マリエ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/100

第42話 看板娘、恋愛指南ノートとパン束特訓

パンの香りに包まれる王都の人気店「麦のひかり」。

そこで動き回る娘・マリエの笑顔は町の人たちを明るくしていました。

けれど胸の奥には小さな悩み――「エミルと、ただ普通に話したい」。

そんなささやかな願いを、なぜか侯爵家の若様ライと、暴走侍女ミーナ、そして冷静沈着な執事バルドが全力サポート!?

登場するのは怪しい冊子《恋愛指南ノート》。

赤ペンと理屈とツッコミで改造され、ついに「実用版」へ……!


物語の続きを一緒に歩んでいただけたら嬉しいです。

よろしければブックマークで応援していただけると、若様もきっとお腹を押さえながら喜びます。


パン屋の扉を開けた瞬間、焼きたての香りが鼻をくすぐった。


香ばしい小麦とバターの匂いに、思わず客たちが幸せそうに目を細める。

王都でも人気のパン屋「麦のひかり」は今日も大繁盛で、棚には次々とパンが並び、すぐに売れていく。


その奥で、髪を後ろでまとめた娘――マリエがせわしなく動き回っていた。

頬に粉をつけたまま、彼女は元気よく客に笑顔を向けている。庶民からすれば「気さくで親しみやすいパン屋の娘」だが、ライからすれば「ただの庶民」以上の存在になりつつあった。もちろん、本人はまだ気づいていない。


「ライ様……ちょっと、いいですか」


忙しさの合間に、マリエが声をかけてきた。

その顔は、いつもの元気さよりも少し真剣だ。


「どうしたんだ?」


「その……エミルさんと普通に話したいのに、緊張しちゃって。好きとかそういうのじゃなくて……ただ、普通におしゃべりしたいだけなんです」


言葉の最後が小さくなっていく。耳まで赤くなっているのが分かる。

ライは思わず背筋を伸ばした。恋愛相談など、自分には一番向いていない分野だ。だが目の前のマリエが困っているなら、逃げるわけにはいかない。


「なるほど……誠実は、最短の近道じゃない。でも唯一の道だ」


「……え?」


マリエはきょとんと目を瞬かせる。

ライは真剣に続けた。


「声のトーンを下げると安心感が生まれる。視線を合わせる時間は三秒以内。長すぎると威圧感になる。短すぎても心が伝わらない」


「えっと……」


「さらに、姿勢を正すことで信頼度が増す。これは兵士の訓練でも同じ理屈だ」


「えぇ……?」


マリエの表情はますます困惑に染まる。

しかしライは止まらない。まるで戦場の講義のように理屈を並べ立てていく。


そこへ、パンを買いに来た子どもが無邪気に叫んだ。

「ライ様!顔がこわいから、パンが二割増しでおいしそうに見えるよ!」


「……それは褒めているのか?」


マリエは慌てて子どもの頭を押さえ、「こらっ!」とたしなめた。だが店の中にはクスクスと笑い声が広がる。

結果として、場が和んでしまったのだから皮肉だ。


「ライ様って……ほんとに真面目ですよね」


マリエが少し笑って言った。

その笑顔は疲れを吹き飛ばすように明るい。

ライは咄嗟に視線を逸らした。胸の奥に不思議な熱がこもり、次の瞬間、腹のあたりにチクリとした痛みが走った。


――またか。

懐中時計の針がピクリと跳ね、モフドラが足元で「ぷしゅ〜」と蒸気を吹き出す。温めてくれているらしい。ありがたいが、絵面は完全にコントだ。


「エミルさんと、笑い合えるようになりたいです」

マリエの声が再び耳に届く。


その言葉に、さらに痛みが増した。だがライは顔色ひとつ変えずに答える。


「君なら、大丈夫だ」


「……はい。なんだか、少し勇気が出ました」


マリエはほっとしたように微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、ライの腹は再び重く締めつけられる。だが彼は必死に平静を装った。


その姿を横目に、通りすがりのミーナが指を突きつける。

「ライ様!今のは完全に恋です!恋腹痛です!確定です!」


「変な断定するな!」


ライのツッコミが響き、パン屋の店先はまた笑いに包まれるのだった。



パン屋の裏手は、昼の喧騒が過ぎて粉っぽい静けさに包まれていた。

ライは配達用の袋を整えながら、マリエに相談された「どうすれば普通に話せるか」という悩みを反芻していた。懐中時計の針は落ち着いたまま。モフドラは袋の上で丸くなり、すやすや寝息を立てている。


「ライ様、朗報です!」

ドンッと勢いよく置かれた箱に、粉の静けさは一瞬で吹き飛んだ。

侍女のミーナが両腕で抱えてきたのは、やけに派手な冊子の束。表紙には大きな字でこう書かれている。


《恋愛指南ノート 〜これ一冊で誰でもモテる!〜》


サブタイトルの小さな字には「※当社比」「※返金不可」「※使いすぎ注意」と、意味不明な注意書きまで添えられていた。


「これさえあれば、マリエさんとエミルさんの恋は百戦百勝です!」

ミーナは胸を張る。


マリエは目を瞬かせ、ライは眉をひそめて表紙を見つめた。

「……これは、いったい?」

「恋愛必勝マニュアルです!実践型、読み物型、応援団型、すべて兼ね備えたスーパー本!」


ライは無言で一ページ目をめくる。そこには大きな字でこう書かれていた。


《第一章:目はハートにしない》

イラストは目からハートを飛ばすミーナ自身の似顔絵。


次のページにはこうある。

《第二章:距離感はメロンパン一個分》


そして三ページ目。

《第三章:沈黙がきたら焼きたての話》


「……沈黙が来たらパンの話?」

マリエが首をかしげる。

ライは真顔で答えた。

「メロンパンの直径は一定ではない。距離感の単位としては……不安定だ」


「そこですか!?」とマリエが思わず突っ込み、ミーナは「理屈っぽい!」と口を尖らせた。


そこへ背後から咳払い。

「添削いたしましょう」


執事のバルドが静かに登場した。

手には赤ペン。長い。

「第一章、語尾が曖昧です。“しない”ではなく“避けましょう”のほうが丁寧」

「第二章、“メロンパン一個分”は不適切。“手のひら一枚分”と修正」

「第三章、“焼きたての話”は相手の興味から外れます。“花の世話について”と差し替え」


一瞬で赤ペンが踊り、ノートは赤字だらけに。

「おおお、真っ赤だ!」とミーナは絶望の声を上げた。


「ご安心を。これで実用性は五割増しです」

バルドはきっぱり言い切る。

ライは小さくうなずいた。「……的確だ」


マリエは笑っていた。変なマニュアルが、バルドの赤とライの真面目さで、少しずつ「使えるノート」に変わっていく。それがなんだか面白くて、同時にありがたかった。



---


「では、実習です!」

ミーナは勝手に仕切りを始める。パン束をマリエに持たせ、店の前に立たせた。


「エミルさんに渡すつもりで!」


マリエは緊張で背筋が固まる。相手役のライは、あえて“こわい顔”を強調して受け取る側に立った。

「……お、おつかれさまです!」

声がわずかに上ずる。


「声量合格。語尾が上ずりましたので、一拍置いてから話しましょう」

バルドが赤ペンを走らせる。


「パン束は流行る!」とミーナは妙なことをメモし、ライは無言でため息をついた。


つづいて話題転換の練習。

「花より団子って言っちゃえばいいんです!」とミーナが叫ぶ。

「相手の仕事を下げるのは最低です」バルドが一刀両断。


ライが口を開いた。

「花の水やり時間を聞けばいい。その上で『その時間に差し入れを持っていきたい』と言えば自然だ」


「なるほど……それなら私にもできそう」

マリエが小さくうなずく。その顔を見て、ライの懐中時計の針がコトリと跳ねた。

モフドラが腹の上で「ぷしゅ」と小さく蒸気を吐く。

だがミーナは珍しく黙っていた。彼女はノートに「恋腹注意」とだけ書き込んでいる。



---


夕暮れが迫るころ、最後の実習。

マリエがパンを花に見立てて差し出し、ライが受け取る角度を直す。


「受け取る人が上になりすぎないほうがいい。対等の位置で渡すこと」

「なるほど……」


マリエは何度も繰り返し、自然な動きを身につけていった。

気づけば、ノートの表紙はこう変わっていた。


《恋愛指南ノート(実用版)

パン屋さんが花屋さんに笑って話しかける方法》


赤と青の字、そしてミーナの星マーク。カラフルだけれど妙に説得力がある。


「ありがとう……これ、家で練習します」

マリエは笑顔でノートを胸に抱いた。


その笑顔を見た瞬間、ライの懐中時計はふたたび小さく跳ねる。

腹の奥がきゅっと締めつけられたが、彼は気づかれないように背筋を伸ばした。


「明日、試してみるといい」

そう告げた声は、あくまで誠実な応援者のものだった。


チリン――。

店の前の鐘が鳴り、影が通りを横切る。

花束を抱えた若い男の後ろ姿。

ミーナがごくりとつぶやいた。

「……チャンス、来るかも」


バルドはノートをトントンと閉じ、「焦らぬことです」と一言。


「バルド、ミーナ、時間がある時にパン屋を手伝ってやれないか」

ライはパン屋の様子が気になる様子である。


夕焼けに染まるパン屋の窓を背に、次の幕が静かに上がろうとしていた。



今回のテーマは「マニュアル恋愛」。

出てきた《恋愛指南ノート》は、最初は完全にネタ本。けれどバルドとライの“誠実”が入ることで、ただのギャグから「使えるノート」へと化けていきました。

マリエが「やってみよう」と笑ったとき、ライのお腹がまた反応したのは……まあ、お約束ですね。

けれどこの痛みすら、きっと誰かの恋を応援する力になる。

そうやって彼は「100連敗」を重ねていくのです。


次回もどうぞお楽しみに。

もし「ライ頑張れ」と少しでも思っていただけたら、ブックマークで応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ