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完璧侯爵様、恋するとお腹が痛いんです —恋すると腹がキリキリする侯爵様の100連敗—  作者: ヨーヨー
第4章 氷花雪女 ユキノ

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第40話 雪女、触れられない手 ほどけない想い

吹雪が止み、夜と朝のあいだで世界が息をひそめる――そんな一瞬に、ライは自分の言葉でまっすぐに想いを届けます。

ユキノは「触れれば溶ける」という優しくも残酷な運命を抱えたまま、消えずにここに在り続けることを選ぶ。二人は“恋人”ではなく“尊ぶ者どうし”として、きれいに別れます。

雪の花は儚いけれど、胸に残る一輪は消えない。誠実であることがどれだけ痛く、どれだけ強いか――その答えが、静かな朝の光に浮かび上がります。

もし「心に残った」と思っていただけたら、ブックマークでそっと背中を押してください。次の物語へ進む、大きな力になります。?

吹雪は、ようやく息を止めた。


夜の帳が静かに薄れ、群青の空を金色がかすかに染めはじめる。雪の大地は、まだ眠る星々の残光を抱いていて、踏みしめるたびに「きゅっ」と鳴く雪音が、世界の心臓の鼓動みたいに響いていた。


戦いを終えた雪山は、音がなかった。ただ白と青と、そして淡い朝の兆し。

ライは膝をつき、腹を押さえる。銀の懐中時計は、心を測る魔具。針が高く跳ね、小刻みに揺れ続けていた。


「ぷしゅ〜」

モフドラが、ライのお腹にちょこんと乗る。小さな竜の背からあがる湯気は、朝の光を受けて金色に透けた。冷たい雪の世界で、ひとすじの温もりが浮かびあがる。


「若様っ、あったかいお湯と毛布です!」

ミーナが雪に足を取られ、豪快にすべって「ずさーっ」と転倒。けれどすぐに立ち上がり、毛布を差し出す。余計な大声は出さない。息を切らせながら、それでも笑顔だ。


ユキノは少し離れた場所に立っていた。彼女は雪女。触れれば溶ける運命を抱き、これまで誰かと近づくことを避けてきた。その足が、今は一歩、また一歩と前に出る。けれど三歩目で止まる。記憶が、彼女の足を縛る。

ライは手袋越しに軽く手をあげた。低く落ち着いた声で言う。


「大丈夫だ。……ゆっくりでいい」


その顔は怖い。だが、その目だけは不思議にやさしかった。


ロイスが後ろで短くつぶやく。

 「……空が明るい。今が、いちばん綺麗だ」

それきり黙り、視線を空に預ける。


執事バルドが、静かな声で雪面を見つめた。

「夜明けには“雪の花”が目を覚まします。勇気と、冷たい心で咲く花。伝承どおりなら――そろそろ」


その言葉にユキノがはっと顔を上げた。

「……見せたい場所があるの」


声は小さいけれど、迷いはなかった。



---


ライは立ち上がる。背の高い影が雪に長くのびる。

「案内してくれ」

表情は相変わらず厳ついが、瞳には迷いがなかった。懐中時計の針がコトリと上がるが、彼は深く息を吸って抑えた。


一行は斜面を登る。ライは風の魔法で雪を固め、転ばないように“道”を作る。足裏から伝わる雪の鳴き声が、仲間の歩調をそろえていった。


やがてたどり着いたのは、風の当たらない小さなくぼ地だった。雪の底からは冷気がやさしく立ちのぼり、霧が白いヴェールのように揺れている。中心には氷の結晶が群れをなし、まるで白い花壇のような舞台が広がっていた。


ユキノは小さな声で説明する。

「“雪の花”はね……雪と魔力と、少しの勇気で咲くの。人の心があたたかいほど、花びらは透きとおる。……でも、欲ばるとすぐ砕けてしまうの」


彼女は両手を胸の前で重ねた。

「ここには、昔……ひとりで来てた。誰にも近づけなくて。けど今日は……みんなと来られて、うれしい」


ライは横顔を向け、淡々と告げる。

「一人で耐えた場所に、二人で立つと、景色は変わる」


顔は怖いまま。けれど言葉がまっすぐすぎて、ユキノの頬は静かに赤く染まった。


ライは手袋を外し、雪面の温度を魔法で整える。指先に淡い光をまとわせ、彼女の手に薄い障壁をかけた。

「これで、花びらを傷つけにくくなる」


間近で見つめる横顔は、職人のように真剣だった。怖いはずなのに、頼もしさに変わる。ユキノの胸は、静かに波を打った。


「感動の鼻水用に、どうぞ」

ミーナがそっとハンカチを差し出す。ユキノは苦笑しながら「……ありがとう。でも鼻水は出てないわ」と答える。

モフドラは「ぷしゅー」と控えめな湯気。空気は壊れなかった。



---


ユキノは雪面に両手をそっと置いた。

「こつん」と、低い音が響く。雪の底で氷が目を覚ます。細かな光が雪粒の中で明滅しはじめた。


ライは静かに囁く。

「急がなくていい。花は、焦りを嫌う」


懐中時計の針がまた上がる。モフドラが重さを増し、湯気を強めた。ライはお腹を押さえつつ、小声で「助かる」とだけ言う。


やがて六角の光が集まり、雪の上にひとつの輪郭が浮かんだ。透明な花の、まだ脆い“蕾”だった。

ユキノは息をのむ。

「ライさん……あなたの顔、最初は……ちょっと怖かった。でも今は――」


言葉の続きを、風がさらっていく。残されたのは彼女の赤い頬と、明滅する蕾だけだった。


ライは静かに目を伏せる。

「僕の心も、もう隠せない」

その瞬間、腹がきゅっと鳴り、時計の針がガクンと揺れた。

彼は深呼吸して押しとどめる。

「……だが、言葉は正しい時に」


ユキノの掌に、透明な花びらがひとひら生まれる。朝日の入口を待つ合図のように。


「……咲いてる」ミーナは息を呑む。

ロイスは小さく頷き、「綺麗だな」と呟く。

バルドは目を細める。「花も誠実に咲きますな。欲ばらず、ひとひらずつ」


だが花びらの縁は、かすかに解けて光の霧になっていた。ユキノは気づく。自分の魔力は、もう長くは持たない。

それでも彼女は笑った。

「もうすぐ、朝日が来る」


その笑顔はやさしいのに、遠い。ライはほんの少しだけ眉を寄せた。怖い顔は、その時だけ悲しそうに見えた。


地平が金色に破れ、光の最初のひとすじが花壇に差し込む。雪の花は、次の花びらを開こうとしている。


ライは一歩、ユキノの前に出た。

「ユキノ。朝日が来たら――僕は、君に伝える」


風が止まった。時間が薄くなった。



雪原の静けさは、まるで世界が一度止まったかのようだった。

吹雪はやみ、朝の光が紫から金色に変わっていく。雪はその光を受け、淡くきらめいた。冷たいはずの空気なのに、不思議とやわらかい。


ライオネル・フォン・グランツは黒マントの前を開き、胸の奥で燃える熱を深く吸いこんだ。銀の懐中時計の針は、暴れる鳥のように震えている。

腹の奥がきりきりと痛む。それでも彼は顔を上げる。


「ユキノ」


彼の呼び声に、雪の中の少女が顔を上げた。

白い衣をまとい、透きとおる髪を肩に流すユキノ。雪の精のような存在。朝日に照らされるその姿は、あまりに儚げで、それでいて強く見えた。


ライは雪を踏みしめて一歩前に出る。



「僕は——君が好きだ」



言葉に合わせて腹痛が走る。それでもライは逃げずに続けた。

「僕は完璧だ。……恋以外はね。でも、だからこそ誠実に言う。君が好きだ。君の強さも、雪が鳴るみたいな笑い声も、全部」


ユキノは瞳を揺らし、一歩近づく。だが距離をつめすぎず、彼女は立ち止まった。

そして、そっとライの手に手を当てる。

雪の模様がふっと揺れ、水滴のように溶けかける。

「ね、見て。私、触れられないの。あたたかいものに包まれると、こうやって少しずつ溶けちゃう。……だから、好きだって返すことはできないの」


ライの胸に痛みが広がる。けれど彼女の声は冷たくない。

「もし恋人になったら、きっと触れたいって思う。そのたびに私は削れてしまう。……そんな私を、あなたに見せたくない」


ライは静かに頷き、深い呼吸で痛みをこらえながら答えた。

「あなたの決断を尊重します。僕の好意は、あなたの自由の敵ではない」


ユキノは涙を浮かべ、でも笑った。

「ライ。あなたに会えてよかった。怖がらずに私を“普通の人”みたいに扱ってくれたこと、忘れない」


彼女は両手を広げ、冷気を散らす。白い指先から無数の結晶が舞い、朝日に照らされて雪の花となる。

ライは風を操り、その花を受け止めた。二人の力が重なり、一輪の雪の花が光の中に咲く。


「これが私の気持ち。……たとえ恋人にはなれなくても、あなたと過ごした時間は消えない」


ライはその花を両手で受け取り、胸に抱いた。

「ありがとう。痛いのに、気持ちは温かい。不思議だな……」


ユキノは小さく笑みを返す。

「ねえ、ライ。お願い。私がいなくても……誰かの手を、怖がらないで。あなたの手は、あたたかいから」


ライは深くうなずき、頭を下げた。

「今日、あなたが前を向けたなら、僕の恋はもう役割を果たした」


ユキノは答えず、ただ雪の花々の中に立ち尽くした。光に包まれながらも、消えずにそこにいた。二人の間には触れられない距離が残る。その距離こそが、彼らの答えだった。


ミーナは泣きながら袖で目をこすり、ロイスは目を閉じて静かに一礼した。モフドラはライの腹に乗り、ぷしゅーと湯気を吐いた。


ライは雪の花を胸に抱き、目を閉じる。懐中時計の針はまだ速く揺れていたが、その鼓動はどこか穏やかだった。


老執事バルドが近づき、低くつぶやいた。

「若様。触れられぬ花も、胸に抱けば香ります。……その香りを忘れなければ、別れも贈り物となりましょう」


雪原を包む風がやみ、空は青く澄んでいった。




白い雪は朝日にとけていった。けれど胸に残した一輪の花は、消えずに、永く、永くあたたかかった。



雪原を歩くたび、靴音がしずかに響いた。

その音はすぐに雪に吸いこまれ、跡だけを白に刻んでいく。


ライは一度、足を止めて振り返った。

そこにユキノがいた。

風にほどける白衣、髪に宿る氷のきらめき。

彼女は雪景色と一体となりながらも、確かにそこに立っていた。


触れれば溶けてしまう。

近づけば消えてしまう。

それでも彼女は、消えずに在り続けていた。


ライは胸の奥で言葉を結ぶ。

――愛している。

それは声にならず、息となって空に溶けていった。


雪が舞う。

ひとひら、またひとひら。

彼の肩に落ちた花びらのような雪片は、すぐに溶けるはずなのに、不思議と形を保ったまま残っていた。

それは彼女からの返事のようで、胸に強く抱きしめた。


 ミーナは涙声で問う。

「若様……ユキノさんと、それで本当に……」


ライは青白い空を仰ぎ、ゆっくりと答えた。

「彼女の決断を、僕は誇りに思う。触れられなくても、消えなくても――その選択を尊ぶのが、僕の恋だから」


言葉のあとに訪れる沈黙は、痛みではなく、やさしさだった。


モフドラが小さく「ぷしゅ」と鳴き、温かな湯気を吐き出す。

冷えきった胸の奥に、そのぬくもりが灯をともす。


そして、バルドが静かに口を開いた。

「若様。雪の花は散るために咲くのではございません。

咲いたことそのものが、春を待つ者の心を強くいたします」


ライは目を閉じ、深く息を吸った。

吐き出した白い息が、朝の光に透けて揺れた。


――雪は解ける。

けれど胸に落ちた花は、いつまでも残る。


彼は再び歩き出す。

背に雪原を、胸に花を、未来に誠実を抱いて。


「君を好きになれたこの痛みが、僕の春をつれてくる。」




ライは「あなたの決断を尊重します」と言い切り、恋を“相手の自由の味方”にしました。勝ち負けではなく、奪うでも諦めるでもない、誠実の形。痛みは残るのに、どこかあたたかい――そんな別れに立ち会ってくださり、ありがとうございます。

ユキノは消えません。触れられない距離を守りながら、彼女は彼女の場所に咲き続けます。胸に抱いた一輪の雪の花は、次の季節を連れてくるはず。ライの「恋腹」も、ただのギャグではなく、誰かを想う強さの証として響いたなら嬉しいです。

ここまで読んでくださったあなたへ。よければブックマークや感想で、二人の朝に小さな灯りを足してください。次章からは、新しい出会いと、雪の花が残した“香り”の続きへ。これからも一緒に歩いてもらえたら、物語はもっと遠くへ行けます。


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楽しんでいただけましたか?

ぜひ☆評価で作者のやる気が上がります!

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まとめサイトはこちら!

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