第38話 雪女、氷壁は揺れて 心は結ばれる
吹雪の夜、巨大な雪獣と向き合うことになったライたち。震えるユキノの手に、ライはためらわず手袋越しの“握手”を差し出します。
合図を合わせ、呼吸を合わせ、魔力を合わせる。氷と風が重なって生まれたのは、割れない“しなる氷壁”。
怖い顔の奥にある誠実さ、そして「君は戦っている」というひと言が、ユキノの氷をそっと解かします。
一方で、懐中時計の針はギュンギュン跳ね、恋腹は限界寸前。モフドラの“ぷしゅ〜”が今日も大活躍。
笑いと緊張が交差する中、次は“氷槍”の合体技へ——戦いも、心の距離も、ここから一気に加速します。
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雪山の夜は息をするだけで肺が凍るようだった。
白い吐息がすぐに凍りつき、顔に当たって細かな氷の粒になる。視界はほとんど真っ白。
その中で、巨大な影が動く。雪獣だ。氷の角を光らせ、こちらを睨み据えている。
「はぁ……はぁ……」
ユキノの肩は小刻みに震えていた。
彼女の指先は弓を握っているのに、まるでそこから力が抜け落ちそうだった。
氷の矢をつがえるが、狙いはブレ、雪獣どころか横で構えている仲間の頭へと向かいかける。
「わ、私のせいで……!」
ユキノは自分を責めるように声を震わせた。
雪の精霊として生まれついたその身は、幼いころから「触れたら溶ける」と避けられてきた。
笑いかけても、手を伸ばしても、返ってくるのは冷たい視線。——その記憶が胸を締め付ける。
雪獣の咆哮が、心の奥の恐怖をさらに増幅させた。
「また……迷惑をかけてる……」
ユキノの足が、雪の中で後ずさる。
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「ユキノさん!」
場の空気をぶった切るような声が響いた。飛び出してきたのは、頭に紙で作った兜をかぶったミーナだった。
「ここで逃げたらイベント消滅ですから! はい、熱血展開スタートー!」
……その瞬間、雪獣の目がギロリとミーナに向いた。
「ひえっ」
次の瞬間、巨大な尻尾が振り抜かれ、ミーナの体は雪ごとホームラン。
「ぎゃああああ! セーブポイントからやり直しィィィィ!」
雪煙をあげて転がりながら消えていく。
ロイスが剣を構えつつ小さく「……大丈夫かな……!?」と呟いた。
バルドは冷静に腕を組み、「騒音は吹雪よりタチが悪い。しかし、励ましの効果はゼロではありませんな」と真顔で評価した。
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ユキノは涙で視界がにじんでいた。
矢は放てず、体は動かない。
雪獣が足を踏み出すたび、胸の奥の孤独の記憶が膨らんでいく。
そのとき——。
「ユキノ」
ライが一歩踏み出した。
吹雪の中で彼の背は大きく、影が雪を裂くように伸びる。
彼はためらいもなく、彼女の前に立ち、手袋越しにその手を握った。
「君は誠実に戦っている。失敗した矢も、逃げなかった証だ」
ただそれだけの言葉。
だが、胸の奥をふるわせるには十分すぎた。
氷のように冷たかったユキノの手は、ライの掌でわずかに温もりを取り戻していく。
「……っ」
ユキノの頬がみるみる赤く染まった。今まで“怖い”としか思えなかったライの顔が、雪煙の中では不思議と“頼もしい”に見える。
その瞬間、ライの懐中時計が「ギュンッ」と針を跳ね上げた。
「ぐっ……!」
腹を押さえてライが雪に片膝をつく。
モフドラが慌てて彼のお腹に飛び乗り、「ぷしゅ〜!」と温風を吹きかける。
雪まみれで戻ってきたミーナが、腕を突き上げて叫んだ。
「来たぁぁぁ! 恋心クリティカルヒットおおお!」
吹雪の中、ユキノは初めて声をあげて笑った。
ほんのわずかな笑み。それでも確かに、氷の心を溶かす温かさを持っていた。
雪山の空気は、冷たさを通り越して痛いほどだった。
雪獣が鼻息を鳴らすたびに、空気は荒れ狂う吹雪となり、世界を白で塗りつぶしていく。
その中で、ライとユキノは手袋越しに手を握っていた。
指先から、じんわりと温かさが伝わる。まるで冷え切った心に、小さな焚き火が灯ったみたいだった。
「僕の合図で、同じタイミングで息を吸って。——怖くない。僕が隣にいる」
低い声が雪壁に反響し、氷柱のあいだから何度も跳ね返って耳に届く。
その響きは重くも安心感があり、ユキノの胸にずしんと落ちてきた。
(……なんでこんなに落ち着くの?)
ユキノは自分でもわからない感覚に戸惑いながらも、目の前の“怖い顔”を見上げる。
そこにいるのは、ただ威圧的な人ではなく、自分のために立ってくれる誰か。
「君の氷は綺麗だ。だけど速すぎる。僕の風で“拍”を作る。三拍子だ——吸う、ためる、放つ」
ライの説明はまるで楽器の演奏みたいだった。
雪山がコンサートホールになったかのように、ふたりは息を合わせる。
吸う、ためる、放つ。——三度目の呼吸で、掌の間に淡い光がきらめいた。
銀の懐中時計がカチリと鳴り、針がググッと跳ねる。
ライのお腹がズキンと痛み、思わず眉がひそむ。
だが、すぐにモフドラがピョンと飛び乗り、「ぷしゅ〜」と湯気を出した。
小さなドラゴンのホカホカで、針はギリギリで止まる。
「おっと! 空気がイチャつき始めましたよー!」
雪の山に埋まりかけていたミーナが、頭だけ出して叫ぶ。
ユキノが両手を前に伸ばすと、指先から霜が踊り出し、雪面に細い糸を描いた。
その糸はやがて蜂の巣のような六角形をつくり、光る骨組みになっていく。
そこへライの風が吹き込まれると、六角形一つひとつに空気のクッションが生まれた。
氷の壁はたわみ、しなり、そして——割れない。
雪獣がドンッとぶつかると、鼻先が「むにっ」とつぶれ、間の抜けた音とともにクシャミが爆発。
雪煙がもくもくと舞い上がり、辺りが真っ白に。
「今の! 鼻ポイントに会心の一撃ー!」
またもやミーナの実況が飛ぶ。
バルドは落ち着いた声でメモを取った。
「弱点:鼻先。モフ感あり。……後学のために」
ユキノは壁越しに影を見ながら、ふと横のライを見上げる。
眉も目も鋭い、あの“怖い顔”がすぐそばにある。けれど今は違う。
その表情は、誰かを守るために刻まれた形に見えた。
「……怖い顔って、言ってごめんなさい。今は、その……安心します」
ユキノが小さな声でそう呟くと、ライはほんの少しだけ口元をゆるめた。
だが“怖い顔”は健在で、笑顔も結局コワモテ仕様。
「僕は完璧だ。——恋以外はね」
その瞬間、懐中時計が「ギュイーン!」と鳴り響き、ライは膝をつく。
「ぐっ……!」
即座にモフドラが二度目の「ぷしゅ〜」。雪煙のなかでドラゴンの湯気だけがやけに目立つ。
「若様、恋は重力。踏ん張る筋肉を鍛えましょう」
バルドの冷静なまとめに、ミーナが
「名言っぽいけど恋愛筋肉って何!?」と騒ぐ。
雪獣が再び咆哮を上げる。大地が震え、白い世界が揺れる。だが氷壁は揺れに合わせてしなり、ひび割れることはなかった。
ユキノの胸に、かすかな自信が芽生えていた。
「壁は持つ。次は『槍』だ。君の氷で形を、僕の風で芯を作る」
ライの声が短く響く。
そして、一瞬だけ声の温度が変わる。
「ユキノ。——君と組むのが、嬉しい」
ユキノの頬が、桜色に染まった。
吹雪の中でも、その色ははっきり見えた。
(……溶けるのが怖かった。でも今は、それよりも、この温かさのほうが怖い)
彼女の指先から流れる魔力は、もう震えていない。
氷壁の端に、小さな雪の花がひとつ咲いた。
ライが指を鳴らす。風が細く尖り、氷壁の内側で渦を作る。それは、これから形成される“氷槍”の芯だった。
「よしっ! 恋愛合体準備オッケー!!」
ミーナがいつの間にか旗を立てる。
が、次の瞬間、風にあおられてバサァと自分の顔に直撃。
「むぎゃっ!?」
ロイスが雪の陰からぼそっとつぶやく。
「……その旗、しまえ」
懐中時計の針がまたピクリと揺れた。だがライは腹を押さえ、ぐっと踏みとどまる。
氷の壁を背に、真っ直ぐに言葉を放つ。
「誠実は、最短の近道じゃない。でも——唯一の道だ」
その声に、雪山の空気が一瞬だけ澄んだように思えた。
「氷壁は完成。あとは心の壁を、どう崩すかでございますな」
バルドの言葉が静かに締め、雪獣の吠え声が次の戦いを告げた。
今回は“逃げないための一歩”を描きました。失敗も誤射も、前に出た証拠。ライの誠実がユキノの勇気と重なって、しなる氷壁に変わりました。
雪獣の咆哮より強いのは、「君は大丈夫だ」というたった一言。怖い顔でも、言葉はまっすぐ届く。
次回は三人の合力で“氷槍”を形にします。鼻先への会心、そして星空へ突き抜ける一撃へ——クライマックス前夜です。
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