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完璧侯爵様、恋するとお腹が痛いんです —恋すると腹がキリキリする侯爵様の100連敗—  作者: ヨーヨー
第4章 氷花雪女 ユキノ

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第38話 雪女、氷壁は揺れて 心は結ばれる

吹雪の夜、巨大な雪獣と向き合うことになったライたち。震えるユキノの手に、ライはためらわず手袋越しの“握手”を差し出します。

合図を合わせ、呼吸を合わせ、魔力を合わせる。氷と風が重なって生まれたのは、割れない“しなる氷壁”。

怖い顔の奥にある誠実さ、そして「君は戦っている」というひと言が、ユキノの氷をそっと解かします。

一方で、懐中時計の針はギュンギュン跳ね、恋腹は限界寸前。モフドラの“ぷしゅ〜”が今日も大活躍。

笑いと緊張が交差する中、次は“氷槍”の合体技へ——戦いも、心の距離も、ここから一気に加速します。

もし続きが気になったら、ブックマークで応援してくれると、とても励みになります。


雪山の夜は息をするだけで肺が凍るようだった。


白い吐息がすぐに凍りつき、顔に当たって細かな氷の粒になる。視界はほとんど真っ白。

その中で、巨大な影が動く。雪獣だ。氷の角を光らせ、こちらを睨み据えている。


「はぁ……はぁ……」

ユキノの肩は小刻みに震えていた。

彼女の指先は弓を握っているのに、まるでそこから力が抜け落ちそうだった。

氷の矢をつがえるが、狙いはブレ、雪獣どころか横で構えている仲間の頭へと向かいかける。


「わ、私のせいで……!」

ユキノは自分を責めるように声を震わせた。


雪の精霊として生まれついたその身は、幼いころから「触れたら溶ける」と避けられてきた。

笑いかけても、手を伸ばしても、返ってくるのは冷たい視線。——その記憶が胸を締め付ける。


雪獣の咆哮が、心の奥の恐怖をさらに増幅させた。

「また……迷惑をかけてる……」

ユキノの足が、雪の中で後ずさる。



---


「ユキノさん!」

場の空気をぶった切るような声が響いた。飛び出してきたのは、頭に紙で作った兜をかぶったミーナだった。

「ここで逃げたらイベント消滅ですから! はい、熱血展開スタートー!」


……その瞬間、雪獣の目がギロリとミーナに向いた。

「ひえっ」

次の瞬間、巨大な尻尾が振り抜かれ、ミーナの体は雪ごとホームラン。

「ぎゃああああ! セーブポイントからやり直しィィィィ!」

雪煙をあげて転がりながら消えていく。


ロイスが剣を構えつつ小さく「……大丈夫かな……!?」と呟いた。

バルドは冷静に腕を組み、「騒音は吹雪よりタチが悪い。しかし、励ましの効果はゼロではありませんな」と真顔で評価した。



---


ユキノは涙で視界がにじんでいた。

矢は放てず、体は動かない。

雪獣が足を踏み出すたび、胸の奥の孤独の記憶が膨らんでいく。


そのとき——。

「ユキノ」

ライが一歩踏み出した。

吹雪の中で彼の背は大きく、影が雪を裂くように伸びる。


彼はためらいもなく、彼女の前に立ち、手袋越しにその手を握った。

「君は誠実に戦っている。失敗した矢も、逃げなかった証だ」


ただそれだけの言葉。

だが、胸の奥をふるわせるには十分すぎた。


氷のように冷たかったユキノの手は、ライの掌でわずかに温もりを取り戻していく。


「……っ」

ユキノの頬がみるみる赤く染まった。今まで“怖い”としか思えなかったライの顔が、雪煙の中では不思議と“頼もしい”に見える。


その瞬間、ライの懐中時計が「ギュンッ」と針を跳ね上げた。

「ぐっ……!」

腹を押さえてライが雪に片膝をつく。

モフドラが慌てて彼のお腹に飛び乗り、「ぷしゅ〜!」と温風を吹きかける。


雪まみれで戻ってきたミーナが、腕を突き上げて叫んだ。

「来たぁぁぁ! 恋心クリティカルヒットおおお!」


吹雪の中、ユキノは初めて声をあげて笑った。

ほんのわずかな笑み。それでも確かに、氷の心を溶かす温かさを持っていた。



雪山の空気は、冷たさを通り越して痛いほどだった。

雪獣が鼻息を鳴らすたびに、空気は荒れ狂う吹雪となり、世界を白で塗りつぶしていく。


その中で、ライとユキノは手袋越しに手を握っていた。

指先から、じんわりと温かさが伝わる。まるで冷え切った心に、小さな焚き火が灯ったみたいだった。


 


「僕の合図で、同じタイミングで息を吸って。——怖くない。僕が隣にいる」


低い声が雪壁に反響し、氷柱のあいだから何度も跳ね返って耳に届く。

その響きは重くも安心感があり、ユキノの胸にずしんと落ちてきた。


(……なんでこんなに落ち着くの?)


ユキノは自分でもわからない感覚に戸惑いながらも、目の前の“怖い顔”を見上げる。

そこにいるのは、ただ威圧的な人ではなく、自分のために立ってくれる誰か。



「君の氷は綺麗だ。だけど速すぎる。僕の風で“拍”を作る。三拍子だ——吸う、ためる、放つ」


ライの説明はまるで楽器の演奏みたいだった。

雪山がコンサートホールになったかのように、ふたりは息を合わせる。

吸う、ためる、放つ。——三度目の呼吸で、掌の間に淡い光がきらめいた。


 


銀の懐中時計がカチリと鳴り、針がググッと跳ねる。

ライのお腹がズキンと痛み、思わず眉がひそむ。


だが、すぐにモフドラがピョンと飛び乗り、「ぷしゅ〜」と湯気を出した。

小さなドラゴンのホカホカで、針はギリギリで止まる。


「おっと! 空気がイチャつき始めましたよー!」


雪の山に埋まりかけていたミーナが、頭だけ出して叫ぶ。 


ユキノが両手を前に伸ばすと、指先から霜が踊り出し、雪面に細い糸を描いた。

その糸はやがて蜂の巣のような六角形をつくり、光る骨組みになっていく。

そこへライの風が吹き込まれると、六角形一つひとつに空気のクッションが生まれた。


氷の壁はたわみ、しなり、そして——割れない。


 

雪獣がドンッとぶつかると、鼻先が「むにっ」とつぶれ、間の抜けた音とともにクシャミが爆発。

雪煙がもくもくと舞い上がり、辺りが真っ白に。


「今の! 鼻ポイントに会心の一撃ー!」

またもやミーナの実況が飛ぶ。

バルドは落ち着いた声でメモを取った。

「弱点:鼻先。モフ感あり。……後学のために」



ユキノは壁越しに影を見ながら、ふと横のライを見上げる。

眉も目も鋭い、あの“怖い顔”がすぐそばにある。けれど今は違う。

その表情は、誰かを守るために刻まれた形に見えた。


「……怖い顔って、言ってごめんなさい。今は、その……安心します」


ユキノが小さな声でそう呟くと、ライはほんの少しだけ口元をゆるめた。

だが“怖い顔”は健在で、笑顔も結局コワモテ仕様。


「僕は完璧だ。——恋以外はね」


その瞬間、懐中時計が「ギュイーン!」と鳴り響き、ライは膝をつく。

「ぐっ……!」

即座にモフドラが二度目の「ぷしゅ〜」。雪煙のなかでドラゴンの湯気だけがやけに目立つ。


「若様、恋は重力。踏ん張る筋肉を鍛えましょう」

バルドの冷静なまとめに、ミーナが

「名言っぽいけど恋愛筋肉って何!?」と騒ぐ。



雪獣が再び咆哮を上げる。大地が震え、白い世界が揺れる。だが氷壁は揺れに合わせてしなり、ひび割れることはなかった。

ユキノの胸に、かすかな自信が芽生えていた。


「壁は持つ。次は『槍』だ。君の氷で形を、僕の風で芯を作る」


ライの声が短く響く。

そして、一瞬だけ声の温度が変わる。

「ユキノ。——君と組むのが、嬉しい」



ユキノの頬が、桜色に染まった。

吹雪の中でも、その色ははっきり見えた。

(……溶けるのが怖かった。でも今は、それよりも、この温かさのほうが怖い)


彼女の指先から流れる魔力は、もう震えていない。

氷壁の端に、小さな雪の花がひとつ咲いた。


 

ライが指を鳴らす。風が細く尖り、氷壁の内側で渦を作る。それは、これから形成される“氷槍”の芯だった。


「よしっ! 恋愛合体準備オッケー!!」

ミーナがいつの間にか旗を立てる。

が、次の瞬間、風にあおられてバサァと自分の顔に直撃。

「むぎゃっ!?」

ロイスが雪の陰からぼそっとつぶやく。

「……その旗、しまえ」


懐中時計の針がまたピクリと揺れた。だがライは腹を押さえ、ぐっと踏みとどまる。

氷の壁を背に、真っ直ぐに言葉を放つ。


「誠実は、最短の近道じゃない。でも——唯一の道だ」

その声に、雪山の空気が一瞬だけ澄んだように思えた。


「氷壁は完成。あとは心の壁を、どう崩すかでございますな」

バルドの言葉が静かに締め、雪獣の吠え声が次の戦いを告げた。



今回は“逃げないための一歩”を描きました。失敗も誤射も、前に出た証拠。ライの誠実がユキノの勇気と重なって、しなる氷壁に変わりました。

雪獣の咆哮より強いのは、「君は大丈夫だ」というたった一言。怖い顔でも、言葉はまっすぐ届く。

次回は三人の合力で“氷槍”を形にします。鼻先への会心、そして星空へ突き抜ける一撃へ——クライマックス前夜です。

面白かった、続きが読みたいと思ってもらえたら、ぜひブックマークと感想をお願いします。あなたの一押しが、物語をさらに遠くまで連れていきます。



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