第37話 雪女、雪獣との対峙 誠実なる一歩
雪山はいよいよ最深部へ。今回からは、物語初の大きなバトルシーンに突入します。
これまで積み重ねてきた仲間同士の信頼、そしてユキノの勇気が試される舞台です。
ですが、ただのシリアスでは終わりません。ロイスの優雅な壁刺さり芸(?)や、ミーナの全力おもしろ実況、そしてバルドの相変わらず冷たい毒舌が、極寒の戦場にもしっかり笑いを添えてくれます。
「完璧侯爵」の物語らしく、真剣さとコメディが入り混じる戦いを楽しんでもらえたら嬉しいです。もし続きを読んでみたいと思っていただけたら、ぜひブックマークで応援をよろしくお願いします!
雪山の奥から、ゴゴゴ……と大地が鳴った。
空は群青から水色に変わりつつあり、雪面はうっすら青く光る。息を吐けば、白い糸のように空気に溶けていく。
ライは手袋越しに雪へ線を引き、簡単な作戦図を描いた。
「真正面はロイス、左から僕、右からユキノ。後方はミーナ。全体を見てくれ、バルド」
低い声で短く伝える。
ユキノは二重の手袋をぎゅっと握りしめ、肩がこわばっていた。
ライは呼吸を合わせるように「吸って、吐いて」と小さく声をかける。
その背中が、まるで壁みたいに安心をくれる。
ロイスは剣を抜き、雪を蹴って前に出る前に振り返った。
「怖くなったら俺の背中も使って。盾は二つあった方が強いよ」
優雅に笑う金髪の騎士に、ユキノの表情が少し緩む。
ミーナは背中のカバンから、自作の応援旗を取り出した。棒にくくりつけたのは……手袋。
「準備よーし! 必殺、旗ふり応援で勝利確定です!」
「……今は小声で……」ロイスが人差し指を唇に当て、やんわり注意。
バルドは杖で雪面をコツコツ突きながら、
「若様、お顔の圧で氷が割れませぬよう、笑顔の練習を……いえ、やはり無理でございますな」
と毒をさらり。
ライは無視を決め込む。
その時だった。雪の丘がぐんと盛り上がり、表面の雪がサラサラと流れ落ちた。
――ドン。
丘がぱっくり割れ、中から白銀の毛並みを持つ巨獣が姿を現した。体長十数メートル。
胸には氷の結晶が鎧のように固まり、頭には青白い氷の角が二本。
鼻息は白い霧となり、吐き出すたびに雪が舞った。
ミーナが小声で叫ぶ。
「ボス戦のBGM入りましたー……(小声トランペット)」
「気持ちは受け取ったよ……」ロイスは苦笑いを返す。
空気がピンと張り詰める。
ライの銀の懐中時計の針が少しだけ上を指し、モフドラが腹の上で「ぷしゅ〜」と湯気を吐いた。
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「開幕。ロイス前へ、僕は左、ユキノ右だ。ミーナ、一拍遅れろ」
ライの号令と同時に、雪の粉がふわっと舞い、三人がくの字に広がる。
ロイスは氷の上をスケートのようにすべり、剣をかざした。狙いは雪獣の前脚の付け根。
しかし巨体が肩をひねり、ぶつかってきた。
衝撃でロイスの体は宙を舞い、後ろの雪壁にドカンと突き刺さる。
白い壁には、人型のへこみがくっきり。
「新作壁画《金髪の化石・冬》爆誕!」ミーナが両手をあげて大喜び。
「保存状態、極めて良好」バルドも冷静に評価する。
壁に埋まったままのロイスは、雪まみれで親指を立てた。
「平気だ。今ので距離が測れたよ」
その余裕に、ユキノの緊張が少しやわらぐ。
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ライは雪獣の胸前に滑り込み、風魔法で足場を作る。ユキノの方を振り返らずに言う。
「肩の結晶を、狙え」
短い声に、ユキノの胸がどくんと高鳴った。怖い顔なのに、なぜか安心する。
ユキノは両手を前にかざし、氷の矢を形づくる。
矢先は六角の雪の結晶。
だが雪獣が前脚で雪を蹴ると、視界が真っ白に。
「やばい! 味方コース!?」ミーナが叫ぶ。
「大丈夫、最悪俺がクッションになる!」壁に刺さったままのロイスが声を張る。
「人生、誤射に始まり誤射に終わる……合掌」バルドが帽子を胸に当てる。
氷矢がヒューンと音を立て、ライの肩口へ一直線。
ユキノの顔が真っ青になる。
「ご、ごめんなさ——」
その瞬間、ライの声が低く響いた。
「謝るな。君は必死に戦っている」
彼は振り向かず、胸の前に透明な障壁を張った。
氷矢はキンと高い音を立てて弾かれ、粉雪のように砕け散る。
光の粒がユキノの頬にやさしく舞い落ちた。
ユキノの胸の奥で、温かい何かが灯る。
怖い顔が、今だけ頼れる顔に見えた。
同時にライの懐中時計の針がグンと跳ね上がる。
「ぐっ……!」腹を押さえるライ。
モフドラが慌てて「ぷしゅーっ!」と湯気を多めに吐いて温める。
その時、雪獣が再びドオォン!と咆哮した。
冷気の波が押し寄せ、視界は白一色。
ユキノは唇を噛んで一歩踏み出す。さっきより強い足取り。
ライは短くうなずき、並び立つ構えをとる。
ロイスも雪壁からぬぽんと抜け出し、剣を構え直した。
「次は俺も合わせる」
バルドが静かにまとめる。
「本番はここから。若様、誤射も恋も受け流して参りましょう」
雪煙の中、三人の影が並び立つ……。
雪山の空気はさらに重くなっていた。
巨大な雪獣は鼻息ひとつで雪を巻き上げ、まるで地面そのものが怒っているみたいだ。氷の角が光を反射し、刃のように鋭くきらめく。
「うわあああ! 尻尾ブンブンきたー! 攻撃パターン変わりましたー!」
ミーナが手袋を振り回しながら叫んだ。
だが次の瞬間、自分の足を雪に取られて盛大に転倒する。
「ぎゃあ! すべらない床とか欲しいです!」
「床は固めましたぞ。問題はそなたの頭でございます」
バルドのツッコミが、今日も雪より冷たく刺さった。
雪獣が尾で薙ぐ。氷のトゲが並んだ尻尾が地面を叩きつけ、波のような雪煙が迫ってくる。
ライはすぐに杖を構え、魔力で雪面に符を描いた。
足場がじんわりと光り、靴底が雪に吸いつくように安定する。
「足元は固定した。下がるな!」
「おお! ほんとにすべらない!これでスケートごっこも——」
ミーナが片足でポーズを決めかけ、すぐに横倒しになった。
「……勇気ある滑走。評価はゼロ点でございますな」
バルドが小さく拍手して締める。
ユキノが氷壁を立ち上げる。
だが焦りで高さが足りず、雪獣の角が壁を突き破り、ライの肩に迫る。
「——っ!」
ライは即座に魔力を流し込み、斜めの障壁を立てて角を滑らせた。氷が弾け、白い粉が宙に舞う。粉雪がユキノの頬に降りかかり、彼女ははっと目を見開いた。
「わ、私……!」
「呼吸だ。今は次の一手」
ライの声は短く、けれど揺るがなかった。
その瞬間だった。
胸ポケットの懐中時計がガクンと針を跳ね上げる。
「……ッぐぅ……!」
腹の奥が締めつけられる。
ライは思わず膝を雪に突いた。
すかさずモフドラが腹に乗り、「ぷしゅーーーー!」と大量の湯気を噴き出す。
「過剰給湯! サービスしすぎぃ!」
ミーナが実況し、周囲に一瞬だけ笑いが生まれる。
吹雪で声が届きにくい。
ライはユキノへ視線と顎の角度だけで指示を出した。
目線を上に——「高所狙い」。
顎を左に——「左回り」。
片目の瞬き——「一拍タメろ」。
ユキノはその合図を理解し、矢を放つ。矢は左肩、右肩、胸の結晶へと続けざまに突き刺さった。
氷の装甲に大きなヒビが走る。
「割れてきたね」
後方でロイスが短くつぶやき、剣を構え直す。
余計な言葉はなく、それだけで十分だった。
雪獣が怒りをあらわにし、氷の息を吐いた。
ユキノの足首が氷にとらわれる。
「ひゃっ……!」
ミーナが慌ててロープを投げるが、結んだのは自分の腰と後ろの岩。
「固定完了!」
「自己固定は安全策ではなく凡ミスでございます」
バルドがきっぱり言い放つ。
ライは風の刃で氷を削り、ユキノの足を解放した。
指先が一瞬だけ彼女の手袋に触れる。
「冷たい。でも、安定してきた」
その言葉に、ユキノの耳まで赤く染まる。吐く息が白く途切れ、心臓がやけにうるさい。
時計の針がぶるっと震え、モフドラが「ぷしゅ、ぷしゅ」と二回息を吐いた。
「連続ストーブ! ぬくぬくコンボだぁ!」
ミーナが叫んで場を和ませる。
雪獣が低くうなり、前脚を構える。
雪面が裂け、筋が走る。突進の予兆だ。
ライはユキノの前に一歩進み出て、短く言った。
「ユキノ。次は——僕に合わせて」
ユキノは迷わずうなずいた。
頬は冷えているのに熱く、目にははっきりした強さが宿っている。
「誤射も不安も、誠実の前ではただの前菜。……握手の本番は、次でございますな」
バルドがぼそりとつぶやいた。
いかがでしたでしょうか。今回はユキノが仲間として一歩を踏み出し、ライの誠実さが彼女の背中を押す場面を描きました。吹雪の中でも信じられる合図が交わされる——そうした小さな積み重ねが、大きな信頼につながっていきます。
それにしても、ライの“恋腹”はやはり容赦なく発動してしまいますね。どんなに完璧に戦術を練っても、お腹の痛みは誤魔化せない。だからこそ、笑いとシリアスが同居するこの戦いが、彼らしいのだと思います。
次回はいよいよ雪獣との本格的な攻防戦! 物語はさらに盛り上がっていきます。
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