第27話 ギャル、透けて危機一髪!
おはようございます!
侯爵家の朝はいつもなら優雅で整然……のはずが、今日はなぜか「透けギャル」現象で大騒ぎ。
パンは宙を舞い、粉糖は指にふりかかり、モフドラは湯気で大忙し。
シリアスになるかと思いきや、やっぱり笑いに持っていかれるのがこの作品らしさです。
今回もぜひ、肩の力を抜いて楽しんでください!
侯爵家の朝は、いつもは規則正しく、そして静かだった。
大きな窓から射し込む光が、白いクロスを敷いた長いテーブルを照らし、銀の食器はそれを受けてきらりと輝く。
焼き立てのパンからは香ばしい匂いが漂い、スープの湯気はふわりと立ち上り、ゆるやかな朝の空気を作っていた。
——普段なら。
「いただきまーす!」
その静けさを打ち破ったのは、元気すぎるギャル声だった。
カレンがパンを豪快にちぎり、遠慮なく口に押し込む。
「んまっ! これ、優勝!」と、いつもの調子で親指を立てる。
だが次の瞬間、その親指が……すっと透けた。
まるで光を取り込んだガラスのように、輪郭がぼやけ、パンの影が向こうに見えてしまう。
「……あれ?」
カレンは目を瞬かせ、自分の手を振って確かめる。振るたびに残像のような透明感が揺れる。
「ちょ、ちょっと! あーし、透けてんだけど!?」
彼女の叫びが響くと同時に、落としたパンが床に転がった。
ルチアは椅子を倒さんばかりに立ち上がり、顔から血の気が引く。
「……やっぱり……」
ルチアの声はかすれていた。
「陽キャ召喚は、呼び出された者の“ノリ”を燃料に維持される術式なんです。
長くこちらに留めておけば、燃料切れで存在そのものが薄れて……やがて……」
言葉の先は飲み込まれた。
説明はいらなかった。カレンの指先は確かに、少しずつ消えかけている。
「大丈夫大丈夫! スケルトンってことでしょ! 流行りじゃん!」
カレンは無理やり笑顔を作り、軽口でごまかす。
けれど、その指は小さく震えていた。
「痛みは? 寒気や眩暈はないか?」
ライは即座に問いかけた。声は冷静だが、瞳は鋭く彼女を見ている。
「んー、ゼロ! ただ……なんかWi-Fi弱めって感じ?」
カレンは軽い調子で答える。
意味不明な比喩に、ルチアもミーナも「?」を浮かべたまま固まった。
そんな中、老執事バルドがひと呼吸置いて口を開く。
「……冗談を薄めるより、今はお心を濃くなさいますように」
穏やかな声が場を落ち着ける。彼なりのユーモアを含ませながらも、そこに滲むのは確かな重みだった。
---
重くなりかけた空気をぶち壊したのは、やっぱりこの人だった。
「見えにくいなら縁取りしましょう!」
ミーナが台所から勢いよく飛び出してきた。両手には粉糖。
「ほらっ!」
カレンの透けた指先に粉をぱらぱらとふりかける。
すると——。
「ドーナツシュガーかーい!」
指先は確かにくっきり見えたが、完全にお菓子化。
「やめて!? あーし、ティータイムのおやつじゃないんだけど!」
全員が思わず吹き出し、張りつめた空気が少し緩んだ。
「次は赤糸です!」ミーナは裁縫箱から赤い糸を取り出すと、指に巻きつけ始める。
「これで輪郭がはっきり!」
「いや、病院プレイ!?」
カレンの全力ツッコミが炸裂する。
笑いと騒ぎの隙間から、小さな竜モフドラがひょいと顔を出す。
「プシュー」
彼はカレンの手の上で小さく湯気を吐き出した。
すると、不思議なことに透けた輪郭がほんの少し濃くなり、全員が「おっ!」と声を上げた。
嬉しくなったカレンは、至近距離でライにサムズアップ。
その瞬間、ライの懐中時計の針がぐぐっと跳ね上がった。
「……ぐっ、キリ……!」
ライが腹を押さえ、苦悶の声をもらす。
「ちょっと! そこで恋腹!? ノっていいとこじゃん!」
カレンのツッコミが再び響く。モフドラは慌ててもう一度「プシュー」と湯気を吐き、ライのお腹を温めた。
すっかりお腹ホッカホカ作戦である。
---
そんなドタバタの最中。
カレンのスマホ画面に、一瞬だけアンテナがピッと立った。
たった1本。すぐに消える。通知音は鳴らなかった。
「今、電波ワンチャンした!?」
カレンが目を丸くする。
「……反射だろう」
ライは短く答え、窓の外に視線を投げた。
普段ならもっと説明を添える彼が、それ以上言葉を重ねなかったことが逆に胸をざわつかせた。
ルチアは小さく口を開くが、何も言えずに唇を噛む。
バルドは場を読むように、静かに言葉を落とした。
「アンテナも、人の心も、揺れるもの。……ただ、火加減さえ誤らなければ、焦げつくこともありますまい」
その一言に、全員の肩の力が少し抜けた。笑いは消えていない。だが、そこにわずかな重さが加わっていた。
---
「記録を始める」
ライが早口にならないように区切って指示を出す。
「透けの変化を時間ごとに。ルチアは術式の再点検。ミーナは安全な補助策だけ選べ。バルド、記録と観察を」
「了解!」
ミーナは粉糖と赤糸をそっと片づけ、メモ帳に「安全」の欄を二重丸で囲む。
ルチアは頷き、術式の図面を広げる。
バルドはペンを走らせながら、ひげを指で整えた。
カレンは指を握って開いて、もう一度、笑う。
「オッケー隊長。あーし、全力でノるからね。燃料は……気合で増やそ?」
「……頼もしい」
ライの口元が、わずかにゆるむ。が、外から見るとやっぱり怖い顔なので、ミーナがあわててサインを出す。
「ライ様、優しい顔! 眉、もうちょい下!」
ライ、がんばって眉を下げる。たしかに下がる。
しかし怖い。
「若様」
バルドが小さく添えた。
「怖い顔であれ、頼れる顔でございます。本日はそれで十分に」
カレンが吹き出す。
「それ、名言。スクショしたい……」
笑いがこぼれ、朝の空気が少し温かくなる。
テーブルには粉糖の白い指跡、赤糸の小さな輪っか、そしてモフドラの湯気のあと。
どれもただのドタバタに見えるのに、なぜか目が離せない。
スマホの黒い画面が、窓の光を一瞬だけきらりと返した。
誰も何も言わない。次の作業へ動き出す音だけが、広間に広がった。
侯爵家の温室は、いつもよりにぎやかだった。
陽の光がガラス窓から差し込み、緑の葉がキラキラ揺れている。噴水の水音が心地よく響き、まるで王都の中に作られた小さな森だ。
だが、その穏やかな空間の真ん中で――
「……やば、手首が透けてきたっぽ?」
カレンが自分の腕を振って見せると、指先どころか、手首のあたりまで輪郭が曖昧になっていた。袖がちょっと浮いて見えるのが不気味だ。
「指輪サイズ無限対応、世界初ギャル降臨〜ってね!」
カレンは大げさに笑ったが、声が少しだけ震えていた。
ルチアは顔を青くして、ぶつぶつと呟く。
「やはり……“陽キャ召喚”は長時間持続しません。追加の調律が必要ですわ」
---
「なら実験です!」
ルチアはポン、と手を打つと、侍女のミーナに手鏡を数枚持たせた。
「兄様、カウントお願いします」
「……ワン、ツー、スリー、フォー」
ライが真顔でカウントすると、全員で手拍子。
パチン! パチン! パチン! パチン!
肩の上のモフドラまでノリノリで「ぷしゅっ、ぷしゅっ」と湯気をリズムに合わせて噴き出す。
次の瞬間、カレンの輪郭が七色に輝いた。まるでステンドグラス。
「なにこれ、フェス!? あたし今、アイドルデビュー!?」
キラキラは一瞬で消えた。ルチアが眉をひそめる。
「……持続が弱い。素材の格が足りませんわ」
---
「見た目は大事っすよ!」
ミーナは勢いよくオレンジ色のスカーフを取り出す。
「元気色! ビタミンカラー! 陽キャ爆上げアイテムです!」
首に巻かれた様子は、確かに一気にギャル感が増した。
「お、盛れてる! 盛れてる!」
しかし透け具合は変わらず。
「……中身が盛れてない」
ミーナががくっと肩を落とす。
温室に微妙な沈黙が広がる。空気がちょっと重くなりかけた、その時だった。
「焦りは光を曇らせます。ここは“笑って吸って吐く”、深呼吸でございましょう」
執事バルドの落ち着いた声が響いた。
全員で「すーっ、はーっ」。
「ヨガか!」
カレンが即座にツッコミ、場の空気がまた明るくなる。
---
温室から石の回廊へ出ると、夕方の光が差し込み、古いガラス窓に反射していた。
そこで、事件は起きた。
カレンのスマホ画面に、アンテナが――ピコッ。
一本だけ、立ったのだ。
「圏内」
……と思った瞬間、すぐ消える。通知音もなし。
「え、今たった!? 今立ったよね!?」
カレンはスマホをぶんぶん振るが、画面は無反応。
ルチアは慌てて手帳に書き込む。
「ガラス反射 × 陽キャ残響 × 距離……条件が複雑すぎますわ」
---
検証のため、もう一度ガラスに小さな光を作る術式を描く。
ミーナは手鏡を持って角度を調整。
ライは真顔で床をコツコツ歩きながら距離を測る。
「来い、電波ぁぁ!」
カレンがスマホを掲げるが――
……沈黙。
「ガセかーい!」
思いきり振り回すカレンに、ライが冷静に言った。
「機械を乱暴に扱うのは、推奨できない」
「ノリツッコミ無いんかい!」
カレンが叫び、場に笑いが広がる。
その直後、窓の外の街灯がふっと点いた。
スマホが――「ピコッ」。
一瞬だけ、アンテナが立った。
「……」
カレンは大はしゃぎするどころか、一瞬固まった。
ルチアは顔をこわばらせ、「……やっぱり繋がってる」と小さく呟く。
「……日暮れでございますな」
バルドが静かに時計を見上げる。
その声音は、あえてそれ以上を語らない優しさだった。
---
回廊の端の石の腰かけで一息つくと、カレンが膝にスマホを乗せて、力なく笑った。
「……透けてくの、正直ちょっと怖いけどさ。あーし、最後まで笑顔でいたいわけよ」
ライは短く、しかし強く言った。
「必ず、残す方法を見つける」
「……ッ!」
カレンの耳まで赤くなる。モフドラは「ぷしゅ〜」と湯気をいつもより多めに噴き出した。
役割も決まる。
ルチアは術式の見直し。ライは学園図書室へ。ミーナはカレンのサポート。バルドは胃薬補充。
「……笑顔は、最高の保温でございます」
バルドの言葉に、みんながふっと笑った。
その時、スマホがまた「ピッ」。
0.5秒だけ“圏内”。
「……」
全員が無言。誰も突っ込まない。
ただ、ルチアだけが手帳にそっと「夕刻帯で三回」と書き込んだ。
カレンは空元気を出すようにスマホを掲げて、
「次こそスクショ撮るから!」と声を張る。
その横でライは腹を押さえ、深呼吸。
笑い声の奥に、不安を抱えたまま――夜は静かに更けていった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
笑いの中にちらりと顔を出す不安、そして「必ず残す」というライの誠実な言葉。
ギャル・カレンの賑やかさと、消えそうな儚さ。
このギャップこそが次回に繋がる大きなポイントです。
さて、果たして「透け問題」はどう解決するのか? モフドラの湯気でなんとかなるのか!?
気になった方は、ぜひ次話もチェックしていただけると嬉しいです。




