第20話 発明少女、灯りは満ちて、言葉は静かに
王都広場に据えられた新型タービン。
「理屈より実験」のアメリアと、安全を司るライが、街じゅうの魔導灯をともす公開実験に挑む。
ミーナの暴走横断幕、ロイスの“絵になる”援護、バルドの辛口指南――笑いと緊張のなかで、羽根は静かに回り始める。
そして夜、観客が去った屋上で、ライは抑制を外し“痛みごと正直”を選ぶ。
灯りが満ちるほどに、二人の答えもまた、静かに輪郭を帯びていく。
王都広場は朝からざわざわしていた。
中央に据えられたのは、銀色の大きな円盤――新型タービンだ。分厚い金属の羽根がぐるりと並び、横から伸びる太い管に蒸気が通る仕組み。
簡単に言えば「蒸気の力で羽根を回して、街の魔導灯に力を送るでっかい風車」だ。
足場には計器とバルブがずらり。アメリアはゴーグルを額に上げ、作業服の袖をぎゅっと結んでいる。
「成功したら公開プロポーズだ!」
ミーナが両手いっぱいの横断幕を広げた。布にはでかでかと赤い文字。しかもハートが三つ。
「没だ」ライは即答し、バルドがすばやく回収する。
「若、告白は適正ルーメンでございます。過剰照明は網膜に悪影響」
「それ以前に僕の心臓に悪影響だ」
少し離れた場所では、ロイスが木の台――イーゼルという、絵を立て掛ける台――を立て、筆と絵の具を用意していた。「この歴史的瞬間、僕が描こう」とドヤ顔。いつのまにか人だかりはタービンと半々で分かれている。
ロイスのまわりから「かっこいい!」の声。ライはなぜか胸のあたりがちくっとした。恋腹ではない。
多分、嫉妬だ。いや、違う。違うはずだ。
アメリアがライのそばに来て、短く言う。「いくよ」
「任せて。君は計器、僕は外周の安全を見る」
「理屈より実験!」アメリアのいつもの口癖が、今日は頼もしく聞こえる。
鐘が一つ鳴り、広場のざわめきがすっと静まる。アメリアがバルブを半回転。配管の奥で蒸気が鳴き、タービンの羽根がゆっくり動き出す。最初は猫の伸びのように、静かに。次第に回転は速く、でも音は驚くほど静かだ。
「回った!」
子どもが跳ねる。屋台の串焼きのタレがぷるぷる震え、店主が慌てて押さえる。
タービンから伸びる魔力伝導管の先で、街角の魔導灯がひとつ、またひとつ、ぽっと灯った。
琥珀色の小さな火が、広場から通りへ、通りから路地へと走っていく。
昼と夜の狭間が、じわっと押し広げられていく感じ。歓声が波のように広がった。
ライは観衆に向き直る。
「出力は予定値を上回っている。静音、安全。これが、王都の新しい灯りだ」
説明は短く、できるだけやさしい言葉を選んだつもりだ。だが前列の少年が、じっとライの顔を見上げて言った。
「ライ様って、やっぱ顔こわっ」
周りの大人が、慌てて少年の口を手でふさぐ。
バルドが咳払いして耳打ちする。
「若、言葉はやさしく、表情はもっとやさしく」
「これでも最大限やわらげているんだが……」
計器の針がふいに小さく震えた。
金属の軋み音。ライは反射で指を動かし、透明な障壁をタービンの外周へ薄く張る。
アメリアは即座に走り、レンチ――先の四角い工具――で安全弁を“半ノッチだけ”締める。彼女の手首の返しは迷いがない。計器の振れが戻った。
「理屈どおり」
「実験どおり」
二人の声が重なった。すぐ近くで、ロイスの筆が紙を滑る音がした。彼は横目でにやりと笑い、さらりと言う。
「二人の“合いの手”、筆が嫉妬するよ」
「筆に負けないよう努力する」ライは静かに返す。
観衆の緊張がほどけて、笑いと拍手がまざった空気になる。
魔導灯は今や王都の端まで明るい。
広場の上空を、夜の風がゆっくり渡る。アメリアはゴーグルを首に下げ、額の汗を手の甲でぬぐった。
頬には油じみ。けれど、その顔は星より頼もしい。
ライは懐中時計をそっと開く。時刻ではなく、心拍を刻む銀の針が、ほとんど天井に刺さりそうだ。
針の下で、腹の奥が“ムズ……”と細く鳴る。恋腹。まだ第一段階。大丈夫。
祖母の腹当ての刺繍に指先を当て、深呼吸。ミントの葉を唇に含み、そっと噛む。腰のあたりで、手のひらサイズの小竜――モフドラ――がぷしゅっと湯気を吐いた。温かい。
「ありがとう。もうちょっとだけ、耐えさせてくれ」
広場の騒ぎは「祭り」に変わっている。屋台から香ばしい匂い。子どもたちは走り回り、兵士たちは苦笑いを浮かべながら見守る。
ミーナは再び横断幕を出そうとして、バルドに背後から回収された。
「若、第二の横断幕も確保いたしました」
「いつのまに予備を……」
「侍女どのは、戦力の無駄づかいが得意でして」
「ひどっ!」遠くでミーナの声が上がる。笑いが起きた。
ライは視線をアメリアに戻す。彼女は群衆に向かって「ありがとう!」と手を振り、そしてすぐ計器の微妙な針の振れを確認する。嬉しさも、油まみれの現実も、ぜんぶ同時に受け止めて動く人だ。だからこそ、眩しい。
「若」
バルドが横に立つ。声は小さいが、芯がある。
「本当に、言われるのですね」
ライはうなずいた。
「僕は完璧だ。——恋以外はね」
「存じ上げております」
バルドの目尻が少し下がる。
「ですが、本日の灯りの下なら、言葉はきっと見える形になります」
「見えなかったとしても、正直でいようと思う」
指が自然に、抑制ベルトの胸元の留め具へ行く。
まだ外さない。外すのは、夜、すべてが静かになってからだ。今日は“痛みごと、正直でいる”と決めた。
けれど、段取りは守る。僕はそういうやつだ。
そのとき、前列のさっきの少年が、今度は屈託のない笑顔で叫んだ。
「ライ様! こわいけど、かっけー!」
周りの大人が今度は笑ってうなずく。バルドが肩をすくめる。
「若、評価の平均値は上がりましたな。顔面は鍛えられませんが、評判は鍛えられる」
「鍛えよう。誠実さで」
アメリアがこちらを振り返った。視線がぶつかる。
「ライ! 安定、続行! 王都、全部点いたよ!」
「見ている。……君の全力も」
言い終えた瞬間、懐中時計の針が、わずかにさらに上へ“ググッ”。ムズから、きりきりの手前。ライはミントをもう一枚。深く、三回、呼吸。モフドラが腹の上でぬくぬくする。大丈夫。立っていられる。
やがて鐘が三つ鳴り、式は一区切り。
人の群れがわっと動き、広場に歓声の余韻だけが残る。風が、タービンの羽根の上を撫でていく音がする。アメリアは現場の片づけに戻った。彼女の背中に、夜の灯りが柔らかく縁取りをつける。
ライはその光景を、胸に焼きつけた。
今日、正直でいよう。
そのために、ちゃんと立っていよう。
痛みも、怖さも、全部を抱えたまま。
灯りの下で、逃げずに。
「若」
バルドが空を見上げる。
「よい夜になります」
「そうだね。……よい夜にしよう」
広場の魔導灯が、星みたいに瞬いていた。タービンは静かに回り続ける。街のざわめきが遠のき、胸の鼓動だけが、耳の内側で確かな音を立てた。正直でいよう。今度こそ。
王都の広場がしんと静まり返っていた。
人々が帰った後も、新型タービンは静かに、力強く回り続けている。魔導灯は夜空の星みたいに街を照らし、風が油の匂いを運んでいた。
屋上。
そこにライとアメリアが立っていた。柵の外には、まだ明かりの残る街並み。背後には道具箱が山積み。
モフドラ(手のひらサイズの小竜)がちょこんと座り、ぷしゅーっと湯気を吐く。雰囲気を察して、今日はあえて静かだ。
「……街、全部ついたね」
アメリアがぽつりとつぶやいた。ゴーグルは外して首にかけ、ほほには油の跡が残っている。笑顔は、どこか誇らしげで、でも少し照れくさそうだ。
ライは深く息を吸い、胸に手を当てた。
抑制ベルトの留め具を外す。今日は使わない。痛みごと正直でいたいからだ。祖母が縫ってくれた腹当ての護符が、月の光にほんのりと光った。
懐中時計を開くと、針は心拍の高まりを示している。恋腹メーターは限界近く。それでも、足は前に出た。
「……君の実験は、僕に世界の広さを見せてくれた」
ライは一語一語、置くように声を出した。
「好きだ。君という未来を、隣で見たい」
その瞬間、腹の奥が「キリッ」と痛んだ。息が少し詰まる。
けれど背筋はまっすぐ、視線も逸らさない。モフドラが「ぷしゅー」と湯気を吹きかける。応援のつもりなのだろう。
アメリアは目を瞬かせ、少し黙った。やがて、口を開く。
「……嬉しい。ほんとに。でもね、今の私は研究に恋してるんだ」
彼女は両手をぎゅっと握りしめた。
「世界最速の特許を、私の手で走らせたい。誰かと並走できるほど器用じゃない。たぶん、転ぶ」
そう言って、ポケットから小さな歯車を取り出す。
金属の端材で作ったチャーム。穴の端には小さな傷が入っている。
「これは“試作0号”。完成じゃないけど、進む印にはなる」
彼女はそっとライの手のひらに置いた。歯車は冷たいはずなのに、すぐに温かさが広がった。
ライはしっかりとうなずいた。
「あなたの決断を尊重します。僕の好意は、あなたの自由の敵ではない」
アメリアは目尻を指でこすり、笑った。
「完成したら、いちばんに見せに行く。……その時、また聞かせて」
ライは短く答えた。
「約束だ」
手のひらの歯車を、胸の上で握りしめる。
下の階段では、ミーナがこっそり「紙吹雪ブロワー」を試したが、逆噴射して自分に盛大に降り注いでいた。すぐに静かになる。
今夜は演出などいらない。主役は静けさだ。
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「きっと、今日も誰かの幸せの余白に、僕の名前は残らない。
それでも、彼女の歯車の音は、胸の奥で静かに回り続ける」
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そして、屋上の影からバルドの声が届く。
「若、未完成の機械ほど伸びしろが美しい。——恋もまた然り。今夜の痛みは、明日の精度に変わりましょう」
少し間を置いて、毒舌をほんの一滴。
「……ただしお顔は、いかなる改造にも応じません。ですが、言葉はまだ磨けますぞ」
タービンは静かに回り続け、王都の灯りは消えない。
ライは手のひらの歯車をぎゅっと握り、月を見上げた。
笑顔はなくても、その目には確かな光があった。
——物語はここで、しんみりと幕を閉じる。
第2幕完走、ありがとうございました。
この幕の核は「安全と誠実」「段階点灯=段階的な想い」。
アメリアは研究という未来を選び、ライは**「好意は相手の自由の敵ではない」**と手を離さず支える道を選びました。
勝ち取ったのは街の灯りと互いの尊重。恋は“未完成”のまま、しかし確かに前へ。
歯車のチャームが象徴するように、まだ小さいけれど回り続ける音があります。
ここまで読んでくれたあなたの時間に、ささやかな光が灯っていたら嬉しいです。




