第19話 発明少女、前夜の共鳴—締めすぎ注意
明日は王都広場で“新型タービン”の大実験。本番を前に、工房裏では最終テストが始まります。
リボンは燃え、計器は揺れ、配管は「にゃー」と鳴く。ライは聴診棒とチョークで共鳴箇所を特定、アメリアは「パンの耳くらい」の力加減で対処。
ミーナの注意札、ロイスの差し入れ、モフドラの“ぷしゅ〜”、そしてバルドの渋い一言。
締めすぎず、緩めすぎず——機械にも恋にも必要な“遊び”を探す、前夜の物語です。
夜の工房裏は、昼間のにぎやかさとちがってシンと静かだった。
だけど、今夜ばかりは空気がちがう。
明日は王都広場での大実験。
新型タービンをみんなの前で動かす、決戦の日だ。だから今夜はそのための“最終テスト”。
柵が張られ、消火樽がずらりと並び、壁には「火は心だけで!」なんて笑える張り紙まである。
緊張と冗談がごちゃ混ぜの雰囲気に、ライは深呼吸した。
「よし、まずは応援アイテムです!」
元気いっぱいのミーナが抱えてきたのは、派手な色の布リボンだった。
「これを配管に結んだら、絶対映えると思うんです!」
アメリアが目を輝かせる。
「いいじゃん!理屈より実験!」
そう言うと、ほんとに火口から少し離れた管に一本だけ結んでしまった。
そのとき――モフドラが「ぷしゅっ」と小さなくしゃみ。
次の瞬間、リボンがボワッと燃えあがった!
「危ない!」
オレは即座に障壁を張って火を抑える。リボンは黒こげ。
ミーナはガーンとした顔。「燃えちゃった…」
バルドが咳払い。
「燃やすのは闘志だけにしておきましょう」
……この執事、ほんとに口が減らない。
気を取り直し、みんなでテストの確認事項を読み上げる。
ボルトの締め確認
油量と圧の表示
非常ベルと消火樽の位置
振動と音の確認
ライは今回のために、新しい道具を持ち込んでいた。
「これは“聴診棒”。金属の音を聞き分ける器具だ」
ただの棒の先に小さな皿がついただけ。
でも、耳を当てると細かい異常音がよく聞こえる。
こういうシンプルな道具が、一番頼りになる。
そこへ、ロイスがツヤツヤの髪をなびかせて登場した。手には箱。
「集中には甘味が不可欠だ。僕の経験だ」
中には高級そうなドーナツ。みんなで一口ずつ食べ、少し笑顔になる。たしかに甘い物は効く。
たまには役立つ。
そして――テスト開始。
アメリアがレバーをカチンと下ろすと、タービンがゆっくりと回り始めた。魔導灯の試験ランプがぽわっと灯る。順調……かと思ったが。
数分後、振動計の針が黄色ゾーンでチリチリ揺れだした。
「ん?これって……」ミーナが首をかしげる。
オレはすぐ答えた。
「アラートの一歩手前だ。放置はできない」
耳を澄ますと、奥から「にゃー…」みたいな金属音。
「猫?」とミーナが首をかしげる。
バルドが冷静に返す。
「もし猫なら、かなりの機械好きでございます」
オレは聴診棒で配管をコンコン叩き、音を聞き比べる。地面にチョークで配管図を描き、赤丸をつけていく。
「ここだな。長さと回転数が合わさって、共鳴が起きてる」
難しい説明は避けて、
「同じ調子で揺れが乗ると、ちょっとの揺れがドーンと大きくなる」
と言うと、みんなすぐ理解してくれた。
アメリアは「理屈より実験!」と工具を握りしめる。
「革パッキンをここに挟めば、たぶん止まる!」
だが、問題が発生。
配管番号が「B-12」なのか「B-72」なのか、アメリアの字のクセ強すぎて分からない。
「どっちだ!?」
全員で右往左往。
ミーナが鏡を持ってきて反転させて確認。
やっと「B-12」だと判明。場違いな笑いが起きる。
アメリアが梯子を登り、パッキンを差し込み、ボルトを締める。
「締めすぎず、ゆるめすぎず。パンの耳くらいの硬さで」
「その例え、けっこう好き!」とアメリアはにんまり。
モフドラがぷしゅっと温風を送り、金属をほんのり膨張させてなじませる。
バルドはドーナツの箱でリボンの燃えかすをあおぎ、「甘い箱で辛い火消し…これぞ人生のギャップ」
とつぶやいた。
回転数を上げると、さっきの「にゃー音」は「んにっ」くらいに小さくなった。振動計の針も安定してきた。
「よし、場所は特定できた。明日には完全に仕上げる」
オレは全員に言った。
「今日の失敗は成功へのメモだ。読んで次につなげる……。それが大事だ」
ミーナが笑う。「成功の神様、字がきたないですね」
アメリアはレンチをくるくる回し、
「でも読む価値はある!」と胸を張る。
ハイタッチを求められたオレは、つい応じてしまい――恋腹が“ムズ…”。懐中時計の針が少し上がる。
ミントを慌てて口に放り込むと、アメリアはもう次の配管に走っていた。
バルドが耳打ち。
「若、恋も機械も締めすぎは禁物。適度な遊びが命でございます」
床に描かれた配管図の端に、オレはメモを追記した。
「B-12、再確認。革パッキンはパンの耳で」
夜風が油の匂いをさらっていく。まだ課題は残っているけれど、明日へ向かう準備は整った――そう感じながら、オレは深呼吸した。
夜の工房は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。
ランプの灯りに照らされて、巨大な配管とタービンが月光を浴びて光っている。遠くから夜警の笛が聞こえてくる。
ライは床に描いた配管図にチョークで追記をしていた。
「ここだな……ボルト列と配管の長さが“同じリズム”で共鳴している」
低くつぶやくと、振動計が「ぶるる…」と唸った。まるでクマのいびきだ。
アメリアは油で黒光りしたレンチを握り、ニヤッと笑った。
「理屈より実験!砂袋をここに置くよ!」
ドサッと砂袋が乗せられ、モフドラがその横で「ぷしゅ〜」と温風を吹きかける。金属がなじむ音がして、計器の針が少し落ち着いた。
そのとき、ミーナがまたやってきた。手にはリボン。
「安全タグです!」
全員の視線が一斉に冷たく突き刺さる。
「……燃えるだろ、それ」ライがぼそり。
ミーナはしょんぼりして、今度は紙ラベルを差し出した。
『触る前に深呼吸』と手書きで書いてある。
思わず全員で吸って、吐いた。
……なんだか肩の力が抜けて、笑いがこぼれた。
「調子はどうだい?」
ロイスが差し入れの瓶を抱えて現れる。
「集中ドリンクの差し入れだよ。飲みたまえ。」
全員で飲み干した瞬間、ロイスの前髪がバチッと逆立った。静電気、まるでライオンだ。
「……お約束だな」ライが呆れ声を出すと、工房に笑いが広がった。
ライはチョークで配管図に「B-12:対角締めOK」と書き込み、アメリアと目を合わせる。
「よし、これで安定するはずだ」
アメリアは親指を立てた。
「ナイス判断!」
その一言にライの喉がピコッと鳴った。
「ありが……と……」声がやけに高い。
「えっ今の誰!?」
ミーナだけ「新キャラですか!?」と大はしゃぎ。
バルドが眉をひそめて言う。
「若、今夜の敵は振動と声変わりでございますな」
——テスト再起動。タービンの振動は「ぶ」に縮まり、計器は黄色ゾーンの中で安定。
「あと一息。明日、温度が上がればもっと安定するよ!」アメリアは汗を拭いながら言った。
作業をひと区切りして、二人は工房裏のベンチに腰かけた。月明かりが銀色に地面を照らしている。
アメリアはポケットから歯車型のビスケットを取り出した。
「はい、夜食」
ライは受け取ってかじりながら、彼女の横顔を見ていると……
「ライ。明日ね……、成功したら君に言いたいことがあるんだ……。君も準備しといてね」
アメリアはそう言って空を見上げる。
ライは胸に手を当てた。
本気の告白は明日と決めていた。アメリアも同じなのかもしれない……。心を決めて深呼吸。懐中時計の針は限界近くまで上がっていた。
そのとき、バルドが安心顔でつぶやいた。
「恋腹もだいぶ落ち着いて見えますな」
次の瞬間、アメリアの髪がふわりと揺れて、オイルとミントの匂いが漂った。
ライの腹に電撃のような痛み。
「ぐぅっ……!」思わずベンチから立ち上がり、腹を押さえる。腹当ての護符がうっすらと光った。
「……あ。これは失礼。見立て違いでございました」
バルドは平然と頭を下げた。
ライはミントを噛み、温湯を口にし、深呼吸。モフドラがお腹に乗って「ぷしゅ〜」と温める。
「き…君の、改良が……いちばん効く……」
高い声でまた自爆。
アメリアは思わず吹き出し、でも優しく頭をポンと叩いた。
「明日はベルトの留め具を一段ゆるめてね。締めすぎは逆効果」
ライは真剣にうなずく。
「ちなみに、“準備”ってのはね、共同規格会の挨拶原稿のこと」
ライは「……え?」と固まった。
心の中で(告白じゃなかったのか……!?)と叫ぶ。
工房に戻ると、チーム全員で最終役割を確認した。
アメリアは起動、ライは安全、バルドは誘導、ミーナは注意札と深呼吸シール、ロイスは来賓対応。
作業を終えて灯りを落とすと、最後にロイスのドーナツタイマーだけが光っていた。
「夜食の時間だ」ロイスが言い、全員でドーナツを一口ずつかじる。
ライは夜空を見上げ、短くつぶやいた。
「失敗は痛い。でも明日の成功につなげられる。僕は完璧だ。……恋以外はね」
懐中時計の針は高い位置で安定。モフドラはお腹の上であくびをした。
バルドが最後に一言。
「若、機械も恋も“遊び”がないと焼き付きます。明日は余裕という油を、忘れず差して参りましょう」
テーマは「共鳴」と「余裕(遊び)」でした。
少しのズレが大きな揺れになる—だからこそ、力を分散し、呼吸を合わせ、締めすぎない。
ライとアメリアの距離感もまた、明日へ向けて“適正トルク”を探っている最中です。
本番はすぐそこ。油とミントと、ほんの少しの勇気を携えて。




