第13話 発明少女、混沌の秩序と一本の間
王立工房学院を見学に行ったら――出迎えは油の匂いと歯車の咆哮、そして「安全第一!」の検査官。
ところが肝心の“安全ネジ”が一本足りない非常事態に。
アメリアの混沌の秩序と、ライの帳簿リーディング+即興設計が噛み合うとき、工房は試験台へ。
ネジも恋も、締めすぎず緩めすぎず。まずは一呼吸、若の恋腹は今日も“ムズ”で耐える――そんな回です。
王立工房学院は、王都でもっとも大きな発明の拠点だ。
高い天井からは太い鎖が垂れ下がり、あちこちに巨大な歯車やパイプが組み込まれている。蒸気の白い雲が時折プシューと噴き出し、油の匂いが鼻をつく。
床には大小の工具が並べられ、職人たちが忙しそうに行き交っていた。
見学に訪れたライたちは、その迫力に思わず足を止めた。整然と並んでいるように見えて、よく見ればあちこちでネジやボルトが転がっている。
初めて見る者ならなら、
「工場ってこんなにスリリングで物が転がってるものなのか?」
と感じるほどだろう。
「ようこそ、王立工房学院へ!」
案内役の検査官が胸を張って出てきた。
つるりと光る頭に分厚い眼鏡。
小柄な体なのに妙に声が大きい。
杖をコンコンと床に打ちつけ、説教くさい調子で言い放つ。
「安全第一! ネジ一本の不足も許しません!」
その言葉に、隣でゴーグルを額に上げていたアメリアがくすっと笑った。
「ネジなんて後で拾えばいいじゃん」
検査官の顔が一瞬で赤くなる。
「だ、駄目です! ネジ一本足りなければ、大惨事ですぞ!」
場内に響くその声に、職人たちも「そうだそうだ」とうなずく。
ライは小さく息をついた。(どうやら、この学院でも秩序と混沌がせめぎ合っているらしいな)
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見学の列が進むと、事件はすぐに起こった。
「大変です! 安全ネジが一本足りません!」
検査官の声が裏返り、作業場はざわついた。
次々に職人たちが声を上げる。
「納品が止まる!」
「祭りの仕掛けが間に合わんぞ!」
状況は一気に緊迫した。
アメリアは慌てるどころか、ニヤリと笑って自分の作業台を指差した。
そこは――とんでもない混沌の山だった。
バネ、レンチ、紙切れ、半分食べかけのパンまで。机の上は工具とガラクタで埋まり、素人目にはゴミ捨て場にしか見えない。
「ここが私の“混沌の秩序”!」
アメリアは胸を張る。
「私は全部場所を覚えてるんだ!」
そう言うと、迷いなく紙袋をめくり、右手でドライバーを、左手でレンチを取り出した。
「ほら、ピンポイント!」
周囲の職人たちから驚きの声があがる。
「おお……!」
「確かに、必要なものがすぐ出てきたぞ!」
ライは腕を組みながら見ていた。
(ただの散らかしに見えるが、本人にとっては立派な秩序らしい……)
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だが問題は解決していない。
安全ネジそのものが足りなければ、機械は動かせない。職人たちは頭を抱え、検査官は今にも卒倒しそうな顔をしていた。
ライは近くの帳簿を手に取り、素早く目を走らせた。
数字の並びと記録を追ううちに、原因が浮かび上がる。
「在庫表と作業ログに差があるな。……計上ミスだ」
彼は床にチョークで簡単な計算式を書き出す。
「代替部品を規格通りに組み合わせれば、安全基準を満たせる」
職人たちの視線が一斉にライに集まった。
「さすが侯爵家の若様!」
「頭が切れる!」
――しかし次の瞬間。
「でも顔が怖い!」
一斉に一歩下がった。
ライは思わず眉をひそめた。
(オレは笑ってるつもりなんだが……)
アメリアはそんな空気を吹き飛ばすように、工具を振りかざした。
「理屈より実験! やってみればいいんだよ!」
ゴーグルを目深に下ろし、油に汚れた指先をきらきらさせる。
その姿にライの心臓がドクンと跳ねた。懐中時計の針がピクリと上がり、腹にムズムズした痛みが走る。
――恋腹、第一段階“ムズ”。
ライはこっそり腹に手を当て、深呼吸をした。
混乱の渦中でも、彼の内側ではいつもの戦い――恋腹との戦いが始まっていた。
王立工房学院の広い実習場は、油の匂いと鉄の音でいっぱいだった。巨大な歯車の模型や蒸気管が並ぶ中、学生や職人たちが行き来している。
だがその空気は、今は張りつめていた。
「納品できません! 安全ネジが一本、足りないのです!」
検査官が青ざめて叫んだ。背の低い中年で、ハゲ頭に汗が光っている。
職人たちはざわめき、アメリアが工具を抱えたまま首をかしげた。
「へぇ? だって机の上には山ほどネジあったよ?」
「規格違いです! 長さも頭の形も“安全ネジ”の条件を満たしていなければ無効です!」
検査官は必死だ。これでは収穫祭の機械が止まってしまう。
ライは静かに前へ出た。机の上に伝票の束と在庫表を広げ、チョークを手に取る。
「記録と実物を比べると……ここがおかしいな」
ライは板の上に丸と矢印を描き、流れるように説明する。
「長いネジを使った、と記録しているのに、実際は短いネジを使っている。つまり――計上ミスだ」
アメリアが「おおー!」と身を乗り出す。
検査官は口をパクパクさせて、ようやく理解したらしい。
「でも、短いネジがないとダメなんですよ……」
「代わりに長いネジを使えばいい。ただし――」ライはさらさらと断面図を描いた。
「薄い輪っか、ワッシャを二枚はさみ、止めピンでゆるみを防げば、力も厚みも同じになる」
「ワッシャ?」職人の一人が首をかしげる。
アメリアが説明した。「ほら、板チョコを小さく丸くしたみたいなやつ! 力を広げるからネジが安定するの!」
「理屈より実験!」
彼女は勢いよく工具を取り、部材をかき集めた。モフドラがネジ箱にちょこんと座り、「ぷしゅ〜」と湯気を吐く。
「ひっ、火竜!?」職人が大声をあげる。
「ちがう、湯気だ!」ライの説明は、今日も信じてもらえなかった。
工房の隅には、製品の強度を確かめる揺らし台がある。箱を乗せ、揺らして耐久をみる装置だ。
アメリアが組んだ“代替ネジユニット”を設置すると、検査官はハンカチをギュッと握りしめた。
「はじめ!」
ライが魔法で揺らし台にリズムを与える。ガタガタガタ……。
振動でミーナの応援旗が扇風機のように回り、検査官のつるつる頭を直撃。
「さ、さむっ!」思わず身震いする姿に、職人たちは笑いをこらえた。
揺らし台は何度も揺れたが、ネジはビクともしない。検査官がルーペで確認し、叫んだ。
「規格、クリアです!」
工房に歓声が広がる。職人たちは「納品できるぞ!」と拍手。アメリアは親指を立て、「やっぱり実験最高!」と笑った。
そのとき――。見学していた子どもが「おじさん、これなあに?」と、磁石トレーの裏に貼りついていた短いネジを見つけた。
一瞬の沈黙。全員がずっこけた。
検査官は必死に弁解する。
「わ、私は悪くない! 磁石が悪いんだ!」
仕事を終えた夕方、工房の廊下はオレンジ色の光に染まっていた。
アメリアは油で黒く汚れた手を布で拭きながら歩く。
ライは隣に並び、静かに言った。
「君の作業の速度がなかったら、間に合わなかった。助かったよ」
その自ら言葉に、ポケットの懐中時計がカチリと音を立て、針がわずかに上がる。腹に“ムズッ”とくすぐったい痛み。
ライは息を整え、一歩アメリアに近づいた。
「君と並ぶと、世界は――」
アメリアは振り返り、ネジを一本掲げてニコッと笑った。
「並ぶのはネジとネジ穴でしょ! 今日はぴったりで気持ちいいね!」
ライは苦笑して立ち止まり、モフドラが腹の上で「ぷしゅ〜」。
彼は小さくつぶやいた。
「今日、君が前を向けたなら、それでいいか……」
廊下の柱に寄りかかっていたバルドが、ひげをなでながら言った。
「若、足りないのは“間”でございます。ネジにも恋にも、締める前のすき間が肝心。そこで逃げずに一呼吸――それが仕上げでございます」
ライは小さくうなずき、歩き出す。
遠くで工房の鐘が鳴り、合格の音が響いた。
ご読了ありがとうございます。
今回のテーマは「間」。検査官の“安全第一”とアメリアの“理屈より実験”のあいだ、散らかりと秩序のあいだ、そして告白と沈黙のあいだ――。
バルドの「締める前のすき間が肝心」は、工学にも恋にも効く万能の心得として今後も合言葉にします。
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