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完璧侯爵様、恋するとお腹が痛いんです —恋すると腹がキリキリする侯爵様の100連敗—  作者: ヨーヨー
第10章 魔法使い ティナ

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100/100

第100話 勇者一行、別れの時!?

朝の王都に風が吹き、旅立つ背中と見送る手が交差します。

ライは「誠実」を胸に、ティナは「風」を指に、レオンは転びがちに——それぞれの道へ。

痛みはもう“役目を終えた針”のように静まり、代わりに心臓がしっかり前を向く。そんな区切りの回です。

この先の“次の幕”もいっしょに見届けてもらえると嬉しいので、ブックマークで旅の同行者になってください。風の向きが変わっても、ページはいつでもここにあります。


王都の空が、ゆっくりと明るくなっていく。

 夜露の残る石畳を照らす朝の光は、どこか新しい季節の匂いを運んでいた。


 グランツ侯爵邸の前庭では、すでに出発の準備が始まっている。

 荷馬車が二台、並んで待機していた。幌の布はきれいに張られ、車輪には油が差してある。

 門の外には、見送りに来た町の人たちがちらほら。パン屋のおばちゃん、農夫、子どもたち。

 それぞれが手を振り、笑っていた。


 


 ライオネル・フォン・グランツ――通称ライは、今日も朝から完璧だ。

 兵士たちに地図を配る手は迷いがなく、声もよく通る。


「休憩地点は三箇所。途中で水の補給ができる井戸が一つ。

 雨が降っても、丘の影に小屋があるから、そこを使ってくれ」


 彼の描いた地図は、まるで工芸品のように細かい。道の凹凸や橋の幅まで記してある。

 兵士のひとりが感心してつぶやいた。

「まるで旅の神様が作った地図みてぇだ……」


「違う」

 ライは少し照れたように笑った。

「ただの努力だ」


 


 その横では、ミーナが何やら巨大な布を広げていた。


「さあっ! 旅立ちの空に、希望の横断幕をッ!」


 ドンッと広げたそれには、大きくこう書かれていた。


 ――『卒業おめでとう!』


「……」


「……誰が卒業だ」


 ライの目が細くなる。

 ミーナは「ち、違うんです!」と慌てて手を振った。

「だって、若様! “旅立つ=新しい門出”ですから! つまり“卒業”です!」


「どこの中学をだ」


「誤解の中学を……!」


 バルドがそっとメモを取りながら言う。


「若様、本日の予定……①見送り、②誤解防止、③胃薬でございます」


 モフドラが“ぷしゅー”と湯気を吐き、まるで同意するようにお腹の上で丸くなった。


 


 町人たちも集まってくる。

 パン屋のおばちゃんが、かごを抱えて駆け寄った。


「ライ様、これ持ってって! あんたたちのおかげで町が平和だもの。

 旅先でもちゃんと食べなきゃダメよ!」


 かごの中には、丸パンがぎっしり。ほんのり甘い香りが漂う。

 子どもたちは「こわい顔のライ様、また来てねー!」と手を振る。

 その声に、ライは少しだけ頬をゆるめた。


「顔は……直らないけど、また来るよ」


 笑う子どもたちの声に、門の空気が一気に明るくなった。


 


 一方そのころ、レオンはというと、馬車の前で派手に転んでいた。


「おいっ! ロープが! 足に引っかかっ──ぐえっ!」


 見事にすっ転び、荷車の下に頭だけ突っ込んでいる。

 その様子を見た子どもがぽつりとつぶやいた。


「勇者って……転ぶ人?」


「違う! 偶然だ!!」


 怒鳴るレオンの頭に、ミリアが“聖水”をぶっかける。

 だがそれは実はミント水だった。全員がスースーしてむせた。


「ミリア、これは清めじゃなくて冷却だ!」


「え? でも爽やかでしょう?」


 もう爽やかどころではない。レオンが鼻を押さえてくしゃみを連発。


「ハックション! ハックション! もうやめろぉ!」


 門前は、いつの間にか市場のような騒がしさになっていた。


 


 そんな喧騒の中、ひとりの農夫が帽子を胸に当て、静かに歩み出た。

 以前、ライが助けた村の者だった。


「ライ様、うちの村じゃ、もう誰も“怖い顔だ”なんて言いません。

 “顔は怖いけど、心は温けぇ人”って、そう言ってます」


 ライは少し驚き、それから穏やかに頷いた。

「それは……複雑だな」


「いえいえ、最高の褒め言葉ですよ!」と農夫。


 そのやり取りに、レオンが思わず横を向く。

「……やっぱり、こういうところで差がつくんだよな」


「何か言ったか?」


「な、なんでもないッ!」


 耳がほんのり赤い。だが、見栄っ張りな彼はそれを認めない。


 


 そして、いよいよ出発の準備が整う。

 風のない朝、静かに、少しだけ名残惜しい時間。


 ライはポケットから、小さな包みを取り出した。

 それをティナに差し出す。


「これを。……君に渡しておきたい」


 ティナがそっと受け取ると、中には淡い青のリボンが入っていた。


「これは……?」


「風紋のリボン。風の魔法の方向を安定させる簡易付与具だ。

 君の魔法は、風の流れが少し強すぎる。これを結べば、風の筋がまっすぐ見える」


 ティナはその場でリボンを指に巻いてみせた。

 風がふわりと彼女の髪を揺らす。


「……ありがとう。大事にする」


 その声に、ライは短く頷く。

 懐中時計の針がチリッと音を立てた。

 けれど――腹は痛まない。


 恋腹の針は静かに下を指したまま、光だけをやさしく放っている。


 


「おいっ! 俺にも何かあるのか!?」

 すぐさまレオンが割り込んできた。


 ライは無言で、懐から白い粉を取り出し、レオンの足元にふりかける。


「……な、なんだこれ?」


「滑り止めだ」


「やめろぉ! 優しさで刺してくるなっ!!」


 笑いとツッコミが入り混じる門前。

 その明るさが、別れの寂しさをほんの少しだけ薄めてくれる。


 


 空はもうすっかり朝になっていた。

 風が旗を揺らし、ミーナの「卒業おめでとう!」の文字がはためく。


 ライは小さく息をついて、その文字を見上げた。


「……まあ、確かに卒業かもしれないな」


 ミーナが首をかしげる。

「え?」


「誤解の、だ」


 言葉に、バルドがふっと笑う。

「若様、よろしい卒業式でございます」


 モフドラが“ぷしゅ〜”と湯気を吐き、空に小さな輪を描いた。


 


(――これが、旅立ちか)


風が吹いた。

 王都の外れに広がる丘の上で、青い空がどこまでも続いていた。

 遠くでは、勇者一行の馬車がゆっくりと進んでいる。

 ライは少し遅れて丘に立ち、旅立つ背中を見送っていた。


 


 隣にはティナ。

 風の魔法使いである彼女の髪が、陽を受けてきらきらと光っている。

 指には、ライが贈った青いリボン。風が吹くたび、まるで小さな光の糸のように揺れていた。


 


「……静かだね」

 ティナがぽつりと言う。


「うん。朝の風は、いつも正直だ」

 ライは答えた。

 風が正直というのは、彼の癖のような言い回しだ。

 ごまかしのないものを、彼はいつも“正直”と呼ぶ。


 


「この数日、ずっと忙しかったのに……今日は、時間がゆっくりですね」

「たぶん、止まってほしいと思ってるからだよ」

 ライは軽く笑ってから、静かに言葉を続けた。


「ティナ。君と出会って、僕はずっと思ってたんだ。

 “風を読む”って、魔法のことだけじゃないんだなって」


 ティナが顔を上げる。


「風は人の気持ちにも吹く。君はそれに敏感だ。

 だから、誰かが悲しい時、ちゃんとその風を感じ取る。

 ……僕は、そういう君が、好きだった」


 


 その言葉に、風が一度だけ止まったように感じた。

 ティナの瞳がわずかに揺れる。

 けれどライの声は、穏やかだった。焦りも、悲しみもない。


 


「僕の“恋腹”も、もう痛くない」

 ライは小さく息を吐く。

「ようやくわかったんだ。

 痛みは、“伝えられない想い”のかけらだったんだと。

 でも今はちゃんと、言葉にできた。

 だから……もう、苦しくない」


 ティナの手が、胸のリボンを押さえる。

 風がふわりと巻きつく。


「ライさん……ごめんなさい」


「謝らなくていい」

 ライはやさしく遮るように微笑んだ。


「君には、君の行く風がある。

 僕はただ、それを見送れる人でいたい」


 


 少し間があった。

 丘の下からは、勇者たちの声が遠く響く。

 ミーナが「若様〜っ!」と叫び、バルドの声が続く。


「若様ーッ! 勇者様に昼食を持たせましたが、胃薬を忘れてますーッ!」


 ティナが思わず笑ってしまった。

「ふふっ……本当に、あなたたちって騒がしいですね」


「……あれが、僕の日常だ」

 ライも笑う。

 それから、一歩前に出て空を見上げた。


 


「君の風が、どうか真っ直ぐ吹きますように」

 そう言って、手を伸ばす。

 ティナの髪が風に流れ、彼の指先をかすめた。

 その瞬間、懐中時計の針がピタリと止まる。


 心拍を刻むはずの針が、静止したまま――穏やかな光を放っていた。


 


「……止まった?」

 ティナが驚く。


「うん。多分、壊れたんじゃない。

 きっと、“痛みの役目”が終わったんだ」


 ライの表情は、不思議なくらい晴れやかだった。


 


 ティナは、胸元の青いリボンを指でなぞりながら、小さく笑った。


「あなたの“誠実”って、ほんとに不器用ですね」


「それは褒め言葉として受け取っておく」


 二人の笑い声が、風の音に溶けていった。


 


 馬車のほうからレオンの叫びが飛んでくる。

「おーいティナ! 置いてくぞー!」


「……今行く!」


 そう言って、ティナは走り出した。


 


 ライは静かに手を上げて応えた。

 風が吹く。

 青いリボンが静かに揺れる。


 まるで、それぞれの想いが別の空へ旅立つように。


 


 ティナの姿が遠くなる。

 その背中を見ながら、ライは呟いた。


「ありがとう。

 痛みを、優しさに変える方法を教えてくれた」


 


 懐中時計を胸に戻す。

 針は動かないままだが、

 その代わりに、ライの心臓が静かに刻んでいた。


 


 丘を下る途中で、バルドが待っていた。

「若様。恋の卒業、おめでとうございます」


「……誰がそんな授業を受けた」


「いえ、立派な単位でございました。失恋実習、優秀評価です」


 モフドラがぷしゅ〜と湯気を吐く。

 それがまるで「おつかれさま」と言っているようだった。


 


空が一面の青に染まっていた。ライはそっと呟く。


「きっと、今日も誰かの幸せの余白に、僕の名前は残らない。

 でも、それでいい。

 誰かが笑っていられるなら、それが僕の“完璧”だ」


 


 風が頬を撫で、青いリボンが遠くで光った。

 そして、ライの物語は、静かに次の幕へと歩き出した。


読了ありがとうございます。

「誠実は、攻めない覚悟」——その結論にたどり着くまで、たくさん転んで、たくさん笑って、すこし泣きました。

心に残った場面(青いリボン、止まった針、卒業の横断幕、レオンのくしゃみ…!)や、好きなセリフがあれば、評価(★)と感想で聞かせてください。

一言でも大歓迎です。「ここで泣いた」「ここで吹いた」「バルドの締めが好き」——その声が次の章の背中を押します。

また次回、風の続きで会いましょう。


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