第9話 血! 血! 血!-②
血濡れの髪飾りを拾ってポケットにしまい、ポキポキと指を鳴らした。
対異人の完全なる事件解決。それは、〝犯人を無力化するまで〟だ。例え犯人が分かったとて、人間では到底及ばぬ驚異的な力で抵抗してくる。完全な無力化が成功しなければ、一人、また一人と被害者が増えるからだ。コンちゃんが殺されたという事実から、おそらく犯人は大人しく捕まろうとしないだろう。
「……倒さなきゃ、コンちゃんを蘇らせられない……‼」
とは言っても、この災害級の土砂のようなこの感情に流されるわけにはいかない。怒りに支配され、無謀に私一人で挑もうものなら、返り討ちに会う可能性が大だ。
私はスマホを取り出し、救援を求めるために画面をタップし始める。
(ここはパパとかさっきの刑事に連絡をしてから――)
刹那、窓から何かが飛んできてスマホを奪い去る。
あまりにいきなりの出来事だったため、数秒あっけからんとしてしまった。顎を支える筋肉が機能停止に陥ったかのように、思わず「は?」と声を漏らしてく口を開ける。
「っ⁉ い、犬? いや、もしかして……この犬は――‼」
『ガルルル……!』
私のスマホを奪ったものの正体は、小麦色の毛並みを持つ犬だった。犬種は特定できないので、おそらく雑種犬だろう。ただ、一つだけ妙な点がある。目が赤く光っているのだ。どこからか迷い込んだのだろうかとも一瞬脳裏をよぎったが、この大きさは旧校舎倉庫の壁の穴を通り抜けるのにピッタリな大きさだ。
血だまりに気を取られて、窓が開いていることに気が付いていなかった。この空き教室は一階なので、あそこから犬を送り込んだだけでなく、脱出したのもそこなのだろう。ならば――いるんだろう、そこに。
「……なるほど。真実を探ろうとした者、辿り着いた者は確実に消そうってわけか。面白いね。死ぬほど笑えないってことに目を瞑れば、だけど」
私は口角を上げて、窓の外に隠れている者に語り掛ける。落ち着いた口調で、されどどこか怒気を孕んでいる声色で。
「どうせならここで推理をしてあげる。……まず、この旧校舎倉庫の密室殺人事件と空き教室殺人事件を説明するには、異人の異能力を明らかにしなければならない。……とはいっても、随分簡単だったけれど」
異人の多くは、この地球上に存在する生命体がモチーフになっていると言われている。
今まで得た情報を整理すれば、おのずと答えが導き出される。
「犯人は死体を操る異能力。最初はカマキリに寄生するハリガネムシとか、ゴキブリに寄生するエメラルドゴキブリバチかと思った。けど、違った。死体を操る一つ目の条件は血を飲むこと。さらに活動できるのは太陽光がでていない時。一昨日の土曜日は曇っていたし、今は雨が降っているからね。コンちゃんを殺そうと思えば休憩時間中にもできたはずだけどしなかったのは、日の光が出ていたから。……血を呑む、太陽が嫌いと、これから推測するに、異能力のモチーフはヴァンパイア? 否――ダニだ」
「…………!」
私の死亡推理で事件を再現した際、必ず血を呑んでいた。旧校舎の殺人事件の際も、犬が喉に噛みついてすぐ食いちぎるのではなく、ゴクゴクと飲んでから食いちぎった。コンちゃんも、首を締めあげられて殺されてから、わざわざ首筋に噛みついて血を呑んだ。
なぜ死体を操れるかはわからないが、ダニに噛まれたらなんらかの感染症にかかることが多い。その謎の細菌で操れるということなのだろう。
私が見ている窓の外で、物音がした。雨粒が地面に叩きつけられる以外の音だ。どうやら、犯人は「正解」と言ってくれたみたいだ。犬を操ることがままならないほど、動揺しているらしいし。
「次に、旧校舎倉庫の密室殺人事件。ま、厳密には密室ではなかったけどさ……。血を呑んで眷属にした犬を操り、壁の穴を使って中へ侵入、そして殺害。だけどここで疑問が出てくる。『なんで被害者が自ら鍵を閉めて、その犬に近づいたのか?』って。わかっちゃえば簡単。〝被害者がその犬を知っていたから〟だ」
普通、こんな目が真っ赤でいかにも凶暴そうで、今にも「噛みつきますよ」と言わんばかりの見た目の犬を捕まえようなんて思わないはず。私だったら関わらずにそのままその場を立ち去る。
だが、被害者はそれをしなかった。捕まえるべきだと思ったからだ。
「もう全部バレてんの。そこから手鏡でこっちを伺っても仕方ないでしょ。いい加減出てきたら? サッカー部の部長を殺した、部員であり、彼女でもある――輝夜」
「――……本当に探偵みたい……。全部、バレちゃってるんだ」
そこから姿を現したのは、今朝あったばかりの女子だった。あの気弱そうで、簡単に折れてしまいそうな枯れ枝のような腕をしている色白の女子マネージャーだった。