第8話 血! 血! 血!-①
「む~~っ‼ 離してよ‼ 女子中学生という乙女への扱いがなってないと思うんですけど⁉」
「うるせぇぞ、騒ぐな。子供だからなんでも許されると思うな」
「これから私色んな事されるんだ‼ エロ同人誌みたいに‼」
「オイこの野郎、オレの悪評が広まったらどうする。お願いします黙りやがれください」
現在、魚屋で魚を盗んだどら猫のように、刑事に服の襟元を掴まれて強制退去させられている。異能力の発動で驚いた拍子に、変装セットが崩れてバレてしまったのだ。異能力が発現して動揺するなと言われるほうが無理があると思うし仕方がなかったが、不覚である。
このままこの刑事に職員室への直行便で連れていかれて、お説教タイムが始まってしまう……かと思いきや。
「ったく……とっとと失せろ。他のやつらに見つかんねぇ内にな」
「えっ?」
ゴミ収集車に袋を投げ入れるようにポイッと私を投げ捨て、踵を返して歩き始める。てっきり、こってりと叱られると思っていたため、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまった。
暫し呆然としていたが、ポケットにあの刑事のものらしき電話番号のメモが詰め込まれているのに気が付く。おそらく、見逃してやるから何かわかったら連絡しろ、ということだろう。
「た、助かった……! というか、まさか私にも異能力が発現するとは。蛙の子は蛙、異人の子は異人ってわけかな」
発現した異能力はママのものとほぼ同じで確定だろう。私が被害者自身となり、事件を再現するというものだ。パパの異能力は驚異的な再生能力らしく、血をほんのり操ることのできるもの。私にはその能力はないが、多分〝体質〟として遺伝していると考察をした。昔から、切り傷とかができてもすぐに再生できてしまうし。
閑話休題。
異能力のおかげで、思わぬ収穫もあった。充分情報も集まったのだし、そろそろ本格的に脳味噌をフル回転させる時だろう。私が顎に手を添え、虚ろな瞳をしながらブツブツと言葉を唱え始める。
「私の異能力が真実なら、死因は入り込んだあの犬に喉を嚙みちぎられたことによる出血死だよね。犬とは思えない人間臭い動きをしていたし、多分犬は異能力で操られたもの……。やっぱり、あの三人にいる可能性が高い。異能力、何らかの動物がモチーフだけど、今回はおそらくアレ。けど……いや、まさか。だとしたらまずいかも……」
思考がクリアになっていくにつれ、とある嫌な予感が浮き彫りになってゆく。私は急いでスマホを取り出し、コンちゃんに連絡をする。しかし、既読はつかない。電話にもコール音が響くのみ。雨音が耳にこびりつく。
汗がこめかみから垂れ、焦燥感が募る。私は駆け出し、コンちゃんのもとへと向かう。私とコンちゃんはよく、放課後には使われていない空き教室で駄弁ったりしている。使われていないということから、人があまり寄り付かない。
「嫌な予感が当たっていなければいいんだけど……‼」
下駄箱からスリッパを取り出して履き替えて、靴は乱雑に脱ぎ捨てた。先生が「廊下は走ってはいけません」なんて言うが、緊急時などは先生たちも廊下を走っていることがよく観測できる。だから、今全力疾走している私を裁こうものなら自身も鑑みなくてはならないだろう。
すっかり人の熱気を失い冷たくなった廊下の空気を走って切り、とうとう件の空き教室へと到着した。
「コンちゃん! 大丈――」
そこには、誰もいなかった。が、私の思考は黒く染め上げるのに容易な光景が、そこには広がっていた。
床に、水たまりがあった。無色透明ではなく、真っ赤な水たまりが。だが、それだけならよかったのだ。しかし、非常な現実を突きつけるような痕跡が一つ、そこに落ちている。そこに、いつもコンちゃんがつけている葉の髪飾りも一緒に鮮血で紅葉と化していたのだ。
私は血の気が引いていたが、足は自然とその血の水たまりへと向かっていた。そして、そこから髪飾りを拾い上げる。最後の頼みの綱だった。何かの間違いであれと願っていた。しかし、地獄へ垂らされた蜘蛛の糸がプツンと切れたように、理解してしまう。
これは紛れもなく彼女の物だ、と。
「コン、ちゃん……。あ、ああ……あぁあああ‼」
顔も頭も、何もかもぐちゃぐちゃにされておかしくなりそうだった。頭痛も激しくなっていって発狂する。あの時、一緒に行動をしていれば。あの時、コンちゃんを一人にしてしまったから。あの時にあの時にあの時に。後悔の波が押し寄せ、私を飲み込んでゆく。行き場のない感情が溜まって濃縮された。
手からギチギチと怒りを表す音が生じ、掌に自分の爪が食い込む。そして掌は爪に耐えられず、傷跡が生じて赤い血が溢れ出す。私の怒りに呼応するかのようにぐつぐつと煮えたぎっていた。
「事件を解決すれば、コンちゃんが蘇るかもしれない……私のママがそういう異能力だったらしいから。また死ぬのは嫌だけど、コンちゃんが死ぬのはもっと嫌だ! なら、進むべき道は決まっている……! それには再現、それが必要……だから、この力を利用するまで‼」
血が溢れる掌を地面に叩きつけ、異能力を発動させた。
先ほどと同じように、血が口や手に纏わりついて私の行動を制限する。勝手に体が動いて近くに転がっていた椅子に座る。コンちゃんはおそらく、ここで私を待っていたのだろう。
(絶対に犯人を特定して、ぶん殴る……!)
心に殺意を宿し、しばらく椅子に座っていると、扉から誰かが入ってくる。その人物は血で作られていたのだが、大柄で、筋骨隆々な人の形をした人物だった。色合いも相まって、ファンタジー作品に出てくるオーガのようだ。
ガタッ音を立てて椅子から立ち上がって後退して、この犯人に驚いている行動を示す。犯人はジリジリと距離を詰め、手首をつかまれて引き寄せられ、私の首が締め上げられる。
「ぁ……ぐぁ……ッ‼」
必死に振りほどこうと爪を立てて犯人の腕を引っ掻くが、痛覚が遮断されているかのように無反応だ。しかし、なぜかその抵抗を中止させて、ポケットに入っていた手帳らしきものを廊下に投げつけた。断定できないのは、それも血で作られていて詳細がわからないからだ。
それを最後に、身体は脱力して人形のように動かなくなり、熱が失せて冷えていく感覚がする。
「――はっ⁉ 蘇った。あんの脳みそが筋肉に吸われたみたいなムキムキ野郎が……! コンちゃんに手ぇ出しやがって。……はぁ、考えをまとめよう」
血の世界から戻ってきて、私は自分の体を確認した。傷一つないことを確認して、はぁと溜息を吐く。そして、深く深呼吸をして怒りを一旦心の内にしまって、異能力から得た情報から思考を加速させる。
今回、この空き教室内では謎の大柄の人物がコンちゃんを襲った。この血の水たまりは、首筋を噛まれたことでできたものだろう。
そして、サッカー部の皆は基本的に身長が高い。今朝、私たちの事情聴取から解決されることを恐れて、コンちゃんから狙ったという可能性も大だ。私には〝不良を思いっきりぶん殴って撃退した〟という話を直近で話しているし。
「うーん……けど、まだ足りない。何かないかな……。あっ、そういえば最後になんか廊下に投げてたっけ」
何かを投げた方に足を進め、血眼になりながら証拠を探す。ただ、その何かが落ちているというわけではなく、細かい砂がスリッパの裏の溝に入り込むのみだ。
誰かに助けを求めて廊下に投げたのだろうか? けれど、コンちゃんのポケットには確かペンも入っていたはず。そっちのほうが音が出るのに、なぜ投げなかったのか。ただ単に手に取ったものがそれだったからか、それともあえて面積が大きいものを投げたのか……。
なぜ? もしや……そこに他の誰かがいたから?
「誰かがいたって痕跡という痕跡は特に……――あ」
あった。扉のすぐ横の壁、そこに淡い白い何かの痕があったのだ。楕円形で、色斑がある痕跡。
瞬間、今まで得た情報のシナプスが次々と繋がる。
「あ……わかった。旧校舎密室殺人事件、そして空き教室の殺人事件が……! にひ、事件解決と洒落込もうか」




