第5話 ○○○○の死亡推理-②
とは言っても、まだ何の情報もなくて推理のしようがない。なので、まず手始めは情報収集だ。
一刻も早く情報が欲しかったため、通学路を全力疾走して登校する。私は息が上がっていなかったが、コンちゃんは膝に手をついてぜえぜえと苦しそうに息をしていた。異人同士の子として生まれた私は異能力を持ってはいないが、おそらく普通のニンゲンより体のつくりが違うのだろう。
コンちゃんの息が整うまで暫し待機した後、私たちはガラガラと扉をスライドさせて教室に入る。
「うーん。誰か情報を知ってそうなクラスメイトは……。まぁ適当でいいか。ちょっとそこの君、面貸してくんない?」
「え、カツアゲクラスルーム……?」
「いや、違うけど……。土曜日に旧校舎で殺人事件あったらしいじゃん。君何か知らない?」
「詳しくは僕も知らないな。雨が降りそうだったから部活もサボってて学校行かなかったし……。あ、だけど殺されたのはサッカー部の部長だったらしいよ。時彦っていう」
「なるほど。あんがと、助かるよ」
サッカー部の部長が今回の事件の被害者か。ならば、必然的に有力な情報を持っているのは〝サッカー部〟となるだろう。現在の時刻は七時五十分。この時間帯なら、まだサッカー部の部室で集まっているかもしれない。
私たちはバッグだけを席に置き、教室を出て生徒がぽつりぽつりと増え始めた廊下を歩く。再び靴とスリッパをはき替え、グラウンド近くの建物へと向かい、「サッカー部」と書かれている扉をノックした後にドアノブをひねって開けた。
「邪魔するよー」
「邪魔すんなら帰ってやー」
「はいよー。……って、私のこと舐めてんの? 殴るよ?」
「なんだこの子……怖ェ……」
サッカー部の部室内には女子マネージャーもいたが、具がたっぷりの春巻きのようにむさ苦しい男子生徒たちがぎっしり詰め込まれている。そして、彼らの視線が私たちに刺さるが、一部を除いてどこか部屋の空気はどんよりしているようにも感じた。
これは、ただ単純に朝練に疲れたというわけではなさそうだ。ま、部長が殺されたとなればお通夜の空気になるのは仕方ないか。
「私は宇治梨円羽、探偵。単刀直入に言うと、土曜日にあった殺人事件について詳しく教えてもらいたいんだけど」
「うちは綾賀狐ねー。今は円羽ちゃんの助手ー」
私が腕を組みながらそう要求すると、一人の部員が溜息を吐いてギロリと睨み、身長差で私たちを見下しながらこう言い放つ。
「……はぁ。何度も部長について聞かれるオレたちの身にもなってくれよ。いい加減迷惑なんだ」
「副部長、ちょっと待ってください! こいつアレですよ、不良として有名だった生徒に無理やり迫られそうになったけど、顔面の形が変わるまで《《正当防衛》》して病院送りにしたっていうあの伝説の宇治梨円羽っすよ……‼」
「えっ、あれって迷信じゃなかったのかよ……。……ア、アハハ、オレたちでよければなんでも協力するよ! な、お前ら‼」
「「「うッす、円羽の姉御ォ‼」」」
逆バンジー並みに一瞬のスピードで、この空間でのヒエラルキーのトップに上り詰めた気がする。
確かに不良みたいなやつがしつこかったからジャブを打って撃退したが、噂として広まっているとは思っていなかった。
何はともあれ、これで情報収集はしやすくなる。よくやったと、過去の自分に称賛を送っておいた。
「えーっと……それじゃあまずは、事件の詳細について教えてもらいたいかな」
サッカー部の副部長である桐生という人に詳細を聴くことにした。
彼はどこかやつれているように見えるが、おそらく私と同じように事件についての詳細を質問攻めされたのだろう。だが、部長が亡くなったにしてはどこか元気すぎるようにも見えるけれど。他にも、校則違反のアクセサリーやら香水の匂いが鼻につく。
後ろを気にしているように見えるが、その中に誰か想い人でもいるのだろうか。
「わかった。……土曜日、九時ちょっと前だったか。オレたちサッカー部はいつも通り部活を始めようとしていたんだ。人数はまだ四人……部長と副部長のオレ、マネージャーと他部員一人しかいなくて、オレらで部活の練習の準備をしようとしてたんだが、いつも使ってる倉庫に三角コーンがないことに気づいてな。オレ以外の三人が旧校舎の倉庫まで取りに行ったんだ」
「なるほどー。そこで部長さんキルされちゃったんだねー」
「コンちゃん、殺人事件のことを『キルされた』って言わないの」
不謹慎発言をするコンちゃんを肘で小突いたが、「角待ちショットガンの可能性もあるねー……」と、止まる様子が見られない。余計な口にチャックさせるように手で押さえ、咳払いをした後に私が思ったことを言う。
「普通に考えればその二人のどちらかが殺した、って考えられそうだけど……そうとはいかなかったの?」
私がそんな疑問を発言すると、奥からおずおずとした女の子が手を挙げてこちらに向かってくる。ジャージを着て素肌が見える範囲は限られているが、おしろいでもついているかのように白い肌が特徴の病弱そうな華奢な女の子だ。
左手首を右手でギュっと掴み、目は少し腫れているように見える。彼女にとって部長、もとい時彦とやらは相当大事な人だったように思える。
「あ……えっと、マネージャーの輝夜、です……。そ、その……今回の事件が密室殺人だったんです……」
「……へぇ。詳しく聞かせて」
副部長の横に立っていた部員の一人が「じゃあ次は僕が説明するっす」と言って、元気いっぱいな様子で私の前に来る。
運動部のサッカー部らしいキラキラしたオーラを纏う部員で、若干肌が荒れているように見える。しかし、部長が死んでこの空元気に全く見えない溌剌さはいかがなものかと思う。
「現場にいた部員の雄吾っす! えっとっすね、部長が中で三角コーンを探していたら突然倉庫の部屋の扉を閉めて、その後中からうめき声が聞こえてきたんすよ」
「自分から鍵を閉めた……? えぇと、その倉庫の鍵は部長が持っていたの?」
「そうっす‼」
「ふぅ~ん……」
鍵をマネージャーや他の部員が持っていたならば密室事件とは言えないし、当たり前か。そして、旧校舎ゆえにペアの鍵はないはずだろう。以前私が借りようとした際に、先生から「ペアの鍵はない」と確認は取れているから確実だ。
やはり百聞は一見に如かず。実際の事件現場を見なければ解けるものも解けないだろう。
「……うん、時間も時間だし、一旦これで終わりにしよう。協力ありがとね。あと、私のことを暴力女と陰口叩いたらぶん殴るからよろしく」
「「「ひえっ⁉」」」
キーンコーンカーンコーンとチャイムも鳴り、今回の事情聴取のターンは終了を告げる。
他にも聞きたいことが多々あったが、やはり実際の事件現場に行きたい。どのような状況で、どんな空間で殺されたかが知りたい。
だが、未解決の事件ならば、刑事が事件現場で捜査をしている可能性もある。私のような自称探偵の中学生が事件現場に介入することを認めてくれるとは到底思えない。
「さて、どうやって事件現場に潜入しようかな……」
サッカー部の部室から立ち去った私は、顎に手を添えて思考を巡らせていた。
活気が満ち始めた廊下を歩き、雑踏をするりするりと糸を縫うようによけながら自分の教室に向かう。
「円羽ちゃんー」
「ん? どしたのコンちゃん」
「ふふ……うちにいい考えがあるよー」
いつもは天使のようにニコニコとしているコンちゃん。しかし今は糸目をうっすら開け、口角を釣り上げ、悪いことを企む悪魔のような笑みを浮かべていた。