第23話 Replica-①
過去の記憶を見る鑑賞会は幕を閉じ、十五年後の現在へと意識は戻される。
記憶の濁流が流し込まれてまだ頭痛がするが、波が引くように次第に痛みは薄れていった。そして、私は心底嬉しそうに記憶をかみしめているパパを揶揄ってみる。
「昔のパパ……なんかとんでもない人だったんだね。ちょっと私に近づかないでほしいかも、です」
「ま、円羽⁉ 僕はもう変わったんだよ! お願いだから嫌いにならないで‼ 敬語も心に来るから⁉」
スススとパパから距離を取ってみると、泣き出してしまった。黒歴史を知られるよりも私が距離をとる方が悲しもは重く、天秤は傾くらしい。
ふふふ、可愛い。私は心の中でほくそ笑んだ。
「性格もなんか、今と昔で全然違うよね」
「あはは、十五年も経てば、時と責任が人の角を削るんだよ」
いまいち分からなかったが、そういうことなのだろうとその言葉を無理やり飲み込む。
「ふーん。……ママのこと、大好きだったんだね」私が語りかけると、優しい笑みで「うん、大好きだ。今までも、これからも。ずっと、ね」と、どこか寂しそうに、されど嬉しそうにはにかむ。
それを見て、私もどこか安心して胸を撫でおろした。やはり私のパパは、世界一かっこいい。
過去の事件の記憶を見たことで、今回のダニの異人が商店街で溺死したという事件は謎が解けた。おそらく同じ、イカの異人が透明な墨を流し込んで殺したのだろう。
ただ、同じダニの異人の輝夜はなぜ殺されていないのだろうか。なぜ、彼氏であるサッカー部の部長を殺したのだろうか。
「犯人は多分あのキモASMRイカ異人の十八、って人だよね」
「キモASMR……うん、多分そうだね。アイツの血縁者が能力に目覚めたという可能性もあるけれど、わざわざダニの異人である誘戸を狙う必要もないし」
「理由は何だろう。パパわかる?」
私は質問をした。
「うーん。強いて言うなら復讐、とかかな? それが目的なら、僕も狙われている可能性があるかもね」
鏡写しのように互いに顎に手を添えて考え込んでいると、横から篠川さんが横入りして意識がそちらに釣られた。
そういえば、ここには私とパパだけではなく篠川さんや緋月さんもいるんだった。まあ関係ないが。
「考えてると悪ぃが、お前らがぼーっとしてる間に輝夜についてわかったことがあんぞ」
「ぼーっとしているとは失礼な。普段の君ほどではなかっただろうに」
「おいやめろよ。職務怠慢で叱られるだろうが。事実だがよぉ」
他愛のない掛け合いをし、篠川さんはコホンと咳払いをして陽気な雰囲気を吹き飛ばした。そして、手にしたという情報の共有を開始する。
「中学校で起きた密室殺人事件の犯人、千絵輝夜の家族について説明すんぞ。家宅捜索をしたんだが、家はもぬけの殻……というか、ひどく荒らされていた。輝夜本人、両親、弟全員が行方不明だ」
「ふむ……。その家の中で、何かおかしな点はなかったかい?」
「一つは真っ黒な墨が地面や壁に付着していた点。もう一つは、人を異人や終人に変化させるウイルス――〝エクセリクス〟が高濃度だったってとこだな」
「えっ。パパ、あの中学校で起きた事件とイカの異人って……」
「そうだね。何かしらで関りがある可能性が高い。それにしてもウイルスがね……」
それならば、輝夜の母親(?)である終人が私を襲撃したのち、気絶しているはずの輝夜がどこかへ消えたという現象も説明がつく。透明になったイカの異人が彼女を連れ去った、と。
でも、なぜ彼女は彼氏を殺したのだろうか? 自分の意志ではなさそうだった。まるで、十五年前の共犯者である誘戸のように、何かに怯えながら……。
「うん、よし。パパ、輝夜の家行こ」
「今からかい? 時間的には行けないことはないだろうから構わないけれど」
この研究所での用は済み、早速目的地まで行こうとここを後にしようとしたのだが、研究所の職員である緋月さんが待ったと叫ぶ。
「実はアタシ、対異人用の薬を製作していまして……。その過程で〝異人に大ダメージを与えられる薬〟が少数ですが開発できました! そしてその薬を弾丸に込めたものがこちらなので、ぜひレオパ様と円羽ちゃん様にぃいい‼」
「いいのかい? 何かしらの規約に反したりは……」
「大丈夫です! ささっ、まだ三発しかありませんがどぞっ‼」
「そこまで言うならありがたく貰うね。ありがとう、緋月ちゃん」
「おっほぉ……♡ やっぱ推し活って最ッ高……♡♡」
推しからの感謝とスマイルのサービスを食らう緋月さん。風前の灯火の前でブレイクダンスでもされているのと同じだろう。
全身の穴と言う穴から液体を出す勢いで涙や鼻水を放出する彼女に、苦笑いを浮かべた。
「うーん、でもそうだね。円羽にはこの拳銃を渡しておくよ」
「え、これ唯一残ってたママの形見でしょ?」
「もう一つ同じ銃を持っているし、円羽が使うべきだと思ったんだ。婚約指輪さえ肌身離れていなかったら大丈夫だしね」
「そこまで言うなら……」
ママが愛用していた、塗装が剥がれて銀色になりかけている銃を受け取る。
銃なんてもちろん触ったことはないが、過去の記憶の中でママが使っているところを見たから何とかなるだろう。
「レオパ様! 円羽ちゃん様! がんばってくださぁあ~~い‼」
千切れんばかりに手を大きく振る彼女にお礼を告げて、私たちはこの研究室を後にした。
「オレはまだ調べることあっから、なんかあったら呼べよな」
「うん。篠川も色々協力してくれてありがとね」
「捜査の延長線上にお前らがいただけだ。ま、そっちも頑張りやがれ」
「色々ありがと、呪詛川さん」
「誰が呪詛川だ。呪うぞゴラ」
篠川さんと無機質な建物とはここでお別れをし、車が発進する。窓ガラス越しの傾き始めた斜陽に目を細めながら、タイやの摩耗音が添えられたラジオを聴き流した。
どこからともなく眠気が手を振りながらこちらに近づいてきていたが、追い払う気も起きない。それを受け入れ、車に揺られながら私は眠りに落ちた。




