第22話 血鬼と赫血-④
階段を駆け上がり、ゲーム内で言うラストステージまで到達できた。暗い屋上に目を赤く輝かせる大勢の生徒という、摩訶不思議な光景だ。時間があれば、筆を走らせてこの光景を描いてみたいものだ。
「あ。も、もう来ちゃったんですね……。えっと、その持ち物は……?」
「ただの武器だ。これからお前を嬲るためのな」
月も太陽もない偽りの宵、俺は赤い満月の瞳を二つ、三日月を一つ口に浮かべる。そして、汗を垂らしている誘戸に筆を先を向け、宣戦布告をした。
「顔面ゲルニカにしてやんよ‼」
「げ、芸術作品をそんな例えで使うのはどうかと思うんですが……!」
「うっさいな、人の芸術に口出しすんなよ。というか、破壊は芸術の一部だろうが、よッ‼」
「っ⁉ ら、【血鬼の苗床】!」
脇で抱えていた石膏像を蹴り壊し、石礫の雨を誘戸に降らせる。誘戸は咄嗟に能力で感染者を操り、肉壁にして防いだようだ。
その一瞬の隙を突いて一気に距離を取る、としたかったところだが、ドローンが見てくれているで感染者の動きは鈍くはならないらしい。
「ごめんなさいごめんなさい……! こんなことしたくないのに!」
「したくないんならすんなよ! 花丸のシールより殺人鬼のレッテルが貼られたいのかお前!」
「返す言葉がありませんんん! で、でもっ、そうしないと妹が危ないんです‼ 自分はどうすればよかったんですかッ‼」
「妹も大切な人もいない俺が知るかってんだ! お前がもっと強くなればよかったんじゃねえの⁉」
「っ……! 返してほしいだけなのにィ――‼」
無尽蔵の感染者の攻撃を避けつつ、絵具でカチカチに固まった筆で膝裏を突き刺して動きを鈍くさせる。
誘戸の境遇は可哀そうと言えるものだろうが、共犯者として変わりないのも事実だ。こんなにも真犯人に貢献していることだし。
「ふんッ! ~~ッ‼」
リミッターを解除して屋上の柵を引っこ抜き、それをスイングさせて屋上から感染者を一掃した。
どうせ事件が解決したらクウナの能力で蘇るし、この高さで死ぬことはないだろう。
『ガア!』
「あ――」
リミッター解除の乱発や連戦続きで疲労が、バームクーヘンのように蓄積している。そのせいで、すぐ傍の取りこぼした感染者に気が付けなかった。
俺の左腕が噛まれてしまったのだ。
「し、しくじった~~‼ どうせなら女の子に噛まれたかったぜ畜生……!」
噛まれた。俺もアイツの戦力に? いや、ならない。なりたくない。方法は一つ。覚悟は――とうにできている。
俺は迷いなく、パレットナイフで左腕を切り落とした。赤い虹がかかり、激痛が走る。
「なッ⁉ な、何してるんですか! イカれてる……!」
「あぁああ痛い‼ 痛いけどォ……! 【赫血の鱗紋】! 〝再生しろ〟‼」
ボコボコと音を立てながら腕が生え、切り落とされた腕は塵となって消えた。
その部位を再生したら、切り落とした方はなくなるのか。なら分身は作れないようだ。
「はぁ、はぁ……。ちょっと、お腹すいてきたな……!」
俺の能力のモチーフとなっている生き物――ヒョウモントカゲモドキ。別名レオパードゲッコー。
そいつは栄養を尻尾に蓄えることができるらしいので、俺の能力の限界は〝体から栄養がなくなること〟なのだろう。昨日一昨日で栄養あるものを食べてはいたが、それ以前は「終わっている」の一言。
現に、俺は片膝をついて息切れしている。動悸も激しい。限界が近いことを表していた。
「食生活には気を付けないとだな……」
「もう、諦めてください……自分もあなたも、これ以上不幸にならないように……!」
「それは……無理なお願いだな! もう少しあざとくお願いしてみろや……‼」
筆とパレットナイフを持ち、増え続ける感染者を無力化させ続ける。落ちていた石膏像の顔面で殴ったりもした。
なんとか誘戸に近づければ、このスタンピードは収まる。なんとかして近づければ――。
「――『自分に近づけばなんとかなる』という考え、ですよね……?」
「ッ‼」
「それに支配され続けて、自分が接近するというイレギュラーへの対応に一手、遅れちゃってます」
ガリッ。
耳元で響くその音と、体から温もりが抜かれていく感覚がする。誘戸の接近を許し、首筋から血を吸われてしまっていた。
腕や足のように切り落とすのは無理だ。血も大量に吸われて、動くのもままならない。
「こ、これでおしまい、です……。あとは、細菌が繁殖するまで逃げ回ればいいだけですし……。い、一瞬、負けちゃうかと思いました。でも、勝利の確信は、返させてもらいました」
「終わり? 違うな。俺はこれを待ってたんだよ。〝お前が直接血を吸う〟ってことを……!」
俺から距離を取って勝利を確信しているようで、チェックメイトなのも間違いない。ただそれは、俺のセリフだ。
「お前、飲んだよな。真夏の体育後の休憩時間、麦茶をぐびぐび飲むみたい、美味そうに喉鳴らしてよ~~‼」
「?」
「俺の能力は再生能力、そして〝血を戻すことができるもの〟だ。磁石が引き寄せられるみたいに。……話は変わるが、漫画とかでパンチのラッシュとかあるだろ? でも『なんでパンチして後ろに吹っ飛ばないんだろう?』って、思わないか?」
誘戸は俺の頭がおかしくなったのかとでも勘違いしているようで、眉をひそめている。
俺は続けて口を開き、彼に現実を叩き込むことにした。
「でもそれ、磁石みたいに引き寄せ続ければ現実でも可能だよな」
「それは、まあ。……ま、まさか⁉」
詰みの自覚がようやく芽生えたようで、瞠目させて汗が滝のように吹き出し始める。
俺の血は異能力バトル物のように自由自在に操ることはできない、限られたことしかできない。その限られたことの一つは〝血の回帰〟。そしてその血は、誘戸の腹の中だ。
「や、ま、待っ――」
「【赫血の鱗紋】‼ 〝回帰しろ〟‼‼」
重力が横向きに変化したかのように、誘戸はこちらに向かって引き寄せられる。ポキポキと拳を鳴らし、ありったけの力を込めてリミッターを解除した。
拳が届く寸前、誘戸と目が合う。その瞳は恐怖一色で、映る俺の姿は人とは思えない形相である。そして、この拳を炸裂させるのみ。
「テメェが俺ん高校で奪った命も、俺の血も、クラスメイトの日常も……‼ 全部全部、返してもらうぞォオオオ――ッッ‼」
そして俺の拳を炸裂させた。
ダニはというのは、血をたらふく吸ったとしても破裂しない。故にコイツは、俺の気が済むまで殴り放題のサンドバッグである。
一撃で学校の壁を破壊できる俺の拳を何十発、何千発、何万発も打ち込み、最後に渾身の右ストレートを叩き込んだ。
「はあ、あぁ……もう、無理……」
誘戸は屋上から真っ逆さまに落下し、感染者も糸が切れたように動かなくなる。
俺ももう限界であり、感覚のない両腕の再生もままならない。床に倒れ込んで空を見ると、太陽が顔を覗き始めていた。
「はぁ~……。そっちは頼んだぞ、クウナ」
そして俺は、陽だまりに包まれながら意識を手放した。




