第2話 名探偵の遺し子-②
「さて、先はとんだ醜態を晒してごめんね? 異人専門探偵事務所、二代目名探偵。〇〇〇〇と書いてウジナシクウナだ。よろしく!」
「初代じゃないのか……。あ、俺は玲央羽です。よろしくお願いします」
「なに敬語使ってんのさぁ。君とボクの仲でしょ~! 敬語禁止ね?」
「まだ会って数分なんだが⁉ ま、まあ、そういうことなら……。よろしく、クウナ」
「うむ、よろしいっ‼」
心底嬉しそうにニカッと、眩しい笑顔で白い歯を見せてくる。美少女の一挙手一投足というのは心臓に悪いものであり、それだけで心臓が高鳴って不整脈へと変化してしまいそうだ。
俺と同い年くらいに見えるし、てっきりこの人は娘か助手的な立ち位置だと思っていたが、まさか探偵本人だったとは。
いつまでも感心していては前に進まないため、早速本題に入ろうと口を開こうとしたが、先にクウナの口が開く。
「ここに来たということは、何かしらの不可解な事件を目撃した、あるいは体験したということだろう。ふむ……見るに、両親が関係しているのかな?」
「なッ⁉ せ、正解だ。でもなんでわかったんだ?」
「確証があったわけではないよ。君はまぁ見るからに貧乏そうでね。適当に自分で切ったであろう髪に、汚れている制服、使い古された鞄などなど……。親がいればもう少し身なりが整うと思ったんだ。これが違かったら、子供への極度な無関心とかだと思ったが……どうやらたまたま一発で当ててしまったらしい」
無邪気そのものだった瞳は、今やヘビのような鋭いものとなって俺を穿っている。
人のことを良く見ているらしい。探偵にとっては大事なことだろうし、どうやら本物っぽいな。
「そうだ。俺の両親が変死したから、その謎を解いてほしいんだ」
「そうか、じゃあ引き受けよう。……と、二つ返事はできない。君、依頼金はそれほどないだろう?」
「ッ……。そう、だな。えーっと、そうだ! 美味くてレアな昆虫がいる裏山の情報もあるぞ‼」
「えっ、ものすごくいらない……。コホン、依頼金についてだけどね、今からボクは依頼されている事件を解き明かしに行くんだけど、君をボクの〝助手〟として連れていく。それで依頼金はチャラにしよう‼」
「ほ、本当か⁉ ありがとうクウナ‼」
嬉々として笑みが思わず零れ出るが、疑問が生じた。
助手って、具体的に何をすればいいのだろうか? 俺は謎解きが好きというわけではないし、異人専門の探偵がどんなことをするのかもわからない。足手まといとなってしまうのではなかろうか。
「何をすればいいんだろうって顔だね。答えて進ぜよう! ボクはつまずいてゴミ箱に入ってしまうほど運動神経がすこぶる悪いからねぇ。色々と身の回りのサポートをしてほしいんだよ。まあそれと、いざという時は〝戦って〟ほしい」
「は……? 戦う? 誰と?」
「異人が引き起こした事件。それを解いたはいいものの、人の域を超えた力を持つ彼らが大人しく捕まるわけないだろう? だから、主な戦闘は君に任せたい。ボクは運動神経が悪いからさ」
異人というのがどんな能力を持っているかなどは分からない。そんな奴が引き起こした事件現場に単独で行くのは確かに危険であり、男の俺に頼るのは合理的だと思われる。
だが俺は、異人との戦闘経験はゼロ。そんな俺が、俗にいう〝異能力〟を持つ相手に果たして太刀打ちできるだろうか。いや、できない。
だけれども、命を賭してでも俺は両親に何があったのかを知りたい。そのためならこの命、クウナに貸してやろう。
「……わかった。死ぬつもりはないが、覚悟はできた」
「ああ、それなら大丈夫さ。ボクがいる限り、死んでも死なないから」
「? それってどういう……」
「さ、そうと決まれば事件現場に直行するよ、助手くん! レッツゴー‼」
そう言うとクウナは椅子に掛けてあったブラウン色のコートを羽織り、黒いゴム手袋をギチギチと鳴らして装着し、俺の手を握って引き始める。直ではないが、女の子と手をつないでいるというこの状況は思春期の俺には来るものがあった。
しばらく経つと、クウナはギュっと繋がれている手と俺の顔を交互に見合わせ、徐々に顔色が変化してゆく。エビやカニの甲殻類が茹でられ、熱によって次第に変色するように赤くなり始めている。
「な、なんだよ~! ボクはドが付くほどのドジなんだから、転んだら大変だろ⁉ 『勢いで男の子と手ぇ繋いじゃって恥ずかしいな』とか考えてないし! 文句あんのか~~っ‼」
「何も言ってないんだが⁉ ってか大体、そんな貧弱な体で普段どうやって生きてるんだよ」
「いつもならエロ強いメイドが付いているんだけれど、今は実家に帰っちゃっていてさ。見れなくて残念だったね。戻ったら君に紹介してあげるよ!」
「エロ強いメイド、だと……⁉」
「わあ! 鼻の下がチーズみたいに伸びてる! へんた~~い♡」
「うるせぇやい‼ 健全な男子高校生を舐めるんじゃあないぞッ‼」
会話に花を咲かせながら二人並んで歩くこと数十分。
寂びた場所から住宅街へと移動し、人通りも多くなってきている。どこが事件現場かというのは、遠くからでもはっきりわかるほどの目印があった。赤く点滅するパトランプに黄色と黒の規制線テープ、野次馬という目立つものばかりだ。
「随分とでかい家だな。まるで屋敷だ。あそこが事件現場なのか?」
「その通り。今回の事件現場はシェアハウスで引き起こされ殺人事件らしくてね、すでに三人が殺害されており――死体全員が検死される前にひとりでに消えているという、不可思議な現象が起きているとのことだ」
「え、怖……。ネクロマンサーみたいな異能力か?」
異能力による事件。そのせいで一層真実が遠のき、辿り着くのが難しくなりそうだ。
そんな俺の表情を汲み取ってか、クウナは口を開いてこんなことを言い出した。
「さぁね。所詮、〝真の真実〟なんて名探偵にもわからないものだよ。客観的に事件を解読して、十人十色の真実をまとめ上げ、それらの齟齬がないように希釈して解説する者、それが探偵だ。〝探偵は神ではない〟。探偵なんてねぇ、真実の一部を語らっているだけの矮小な存在さ~」
「なんか、思ったより自分をよいしょしないんだな」
「にひひ、余裕あるボクに惚れちまってもいいんだぜぃ? さ、談笑は事件解決の後に取っておこう。行こうか」
クウナは慣れた様子で規制線の前に立っている警察に名刺を見せ、調査に来た名探偵のクウナだ、と言い放つ。警察は名刺とクウナを見比べた後、規制線を手で上に引っ張り、中に迎え入れた。
俺も金魚の糞のようについて行ったが何も言われずに入れたし、クウナが予め説明してくれていたみたいだ。
事件現場である屋敷のような家に入ると、まず目を奪われたのは天井にぶら下がる巨大なシャンデリアであった。中はレッドカーペットや高級そうな壺、絵画などが装飾品として飾られており、煌びやかで目が眩む。
「じゃあ事件があった一つ目の部屋へ行こっか」
「了解。……ん? 何だこの音……」
ギイギイと、何かの音が耳障りに聞こえてくる。クウナはすでに階段に向かって歩き始めており、俺も彼女の背中を追って足を動かす。
家が軋む音だろうか。それとも誰かの足音だろうか。いや、違う。これは――上だ‼
気が付いた時には、すでに遅かった。俺たちの真上に吊るされている荘厳なシャンデリア。それが大きな音を立て、落下してきていたのだ。
(やばい……あんなものが直撃したら即死だろ! でももう無理だ、間に合わない――‼)
俺の思考は、すでに放棄されていた。もう助からない。考えたとてそれロクな解決策でもないだろうし、実行できるほどの余裕がない。俺がかろうじてできることはただ一つ……たった一つのことだ。
「クウナ‼」
「え――」
ドンッとクウナを突き飛ばした後、ガシャーン! と耳が壊れるほどの物音がこの屋敷内に轟いた。俺は言わずもがな、即死は免れないであろう巨大なシャンデリアの下敷きとなるのであった。




