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第19話 血鬼と赫血-①

 朝の陽光が目蓋を貫通し、瞳に直接起きろと訴えかけてきている。さらに、鼻腔をくすぐる謎の香りで俺の意識は引っ張られた。

 ゆっくりと目蓋を開け、縦に伸びる瞳孔の赤い眼を動かして、脳のエンジンを吹かす。


「うーん……? もう朝……か。ふわぁあ、流石に映画二本は寝落ち確定だったな」


 変な体制で寝たせいか、それともソファーで寝たせいか、体中が痛い。


「あっ、レオパくんグッモーニ~ン! 一緒に寝落ちしちゃったねー。食パン焼いたから一緒に食べよ?」

「んー、あんがとな。――って、あれ? クウナ……?」

「にひっ、おいおいどうかしたのかなぁ。またボクに惚れちゃったか~?」


 お前食パンぐらいは焼けたんだなという感心より先に、クウナに対して「んっ?」と、別の疑問と驚きというタウマゼインが生まれた。

 ネイビー色のブレザーに、双山の型を取る苦しそうなシャツ。そして、その頂上に青色のリボンが鎮座している。他にもむちっとした健康的な太ももやら黒タイツやら……。ごくごくありふれた制服に身を包んでいるのだが、それは――()()()()()()()()なのだ。


「……何を企んでる?」

「へいへい、まずは『制服姿のクウナたんマジ女神!』と崇拝したまえよ」

「そうも思ったが、一体何をしでかすつもりなんだという不安のほうが勝ってる。もう少し努力しましょう」

「なんでダメ出し食らってんのボク⁉ ……あれ? でもなんか素直に可愛いと思ってくれてる……?」

「よし、とっとと朝飯食おう。お前の分も食っちまうど~」


 まあ、名探偵様がそんな話のすり替えが通用するはずもなく。きつね色の食パンが置かれている机を隔てて座り、ニマニマとした面が嫌でも視界に入った。


「んで? 何をするつもりなんだ」

「単純な話さ。君の高校で五人目の被害者が出る。だから目立たぬように、制服姿のクウナたん爆誕というわけだよ!」

「俺の高校で被害者出るマジか。それならまぁ、制服姿で来たほうが目立たな――……いや、お前は充分目立つだろがい‼」


 誰もが目を引く美貌の持ち主であり、日本人離れした銀色の髪に琥珀色の瞳だ。目立たないわけがない。

 当の本人は「まぁなんとかなるでしょ」と、ケ・セラ・セラ的考えで思考放棄なうだ。かく言う俺の思考も、まぁ大丈夫かと出力しており、彼女に毒されていた。


 一応クウナは凄腕の名探偵で、警察化も一目置かれている存在。銃の携帯も許可されていたりと、政府への多少の融通は利くらしい。なので、今回の生徒としての侵入も学校側からの許可が取れたとのこと。


「ごちそうさんでした。二日連続でまともな朝食が取れるとは思ってなかった。ありがとな」

「レオパくんはこれから毎日、人並みの生活をしてもらいます。覚悟しておくがいいよ!」

「人並みの生活、ね。俺たち人じゃないけどな」

「そうなんだけどねぇ」


 昨夜のどんちゃん騒ぎと同じテンションであったらギャハハと品のない笑いをしていただろうが、今は朝。そんな気分ではない。

 朝食を食べ終えた俺たちは、そのままこの事務所をあとにし、早速高校へと向かった。ちなみに自転車を二人乗りしているところを先生に見られたら面倒なので、今日は歩きでの登校だ。


「おいクウナ、なんで腕に引っ付いてんだ!」

「照れるなよー。君に可愛い可愛い運命共同体が出来たという事実を同級生に見せつけようじゃあないか」


 この手のタイプは厄介だ。他者を陥れて愉悦を感じる俺と同じタイプは、多少の自分の恥は関係ないスタンスであるからだ。

 引っ剥がしたいのはやまやまだが、昨日のアイマスク事変もあることだし甘んじて受け入れよう。


「くっ……なんか腹痛くなってきた気がする……」

「大丈夫かい? 今日の晩御飯はお赤飯にする?」

「妊娠したわけじゃねぇよ。ふざけんなバカチン」


 春の陽気を浴び、桜の雨と新緑の葉を横目に見ながら談笑をすること数十分。高校に到着したのだが、さながら誘蛾灯のように視線が引き寄せられていて大いに目立っていた。回避不可能、完全必中の集中豪雨を浴びせられながら教室へ。

 教室に入ったからと言って安全圏と言うわけではない。逆に俺を知っているクラスメイトからの言及が来るだけなので、〝量〟から〝質〟になるだけだ。


「え、誰ぇ⁉」

「謎の美少女乱入してきた……」

「おい玲央羽ァ、どういうことか説明しろや」

「あれ、なんかお前の瞳変じゃね?」

「玲央羽くんってまあまあモテてるしね……」


 混乱と憤怒のスクラムを組んで逃がさんと言った具合のクラスメイト達だが、クウナに夢中になっている隙にそこから何とか逃げ出す。ぐったりしながら、俺は友人の篠川がいる後ろの席に腰を下ろした。


「よぉ玲央羽、朝っぱらから大変そうだな」

「ああ、大変だ。全身全霊で慰めてくれ」

「悪いが、美少女と腕組登校は有罪(ギルティ)だ。諦めて死に晒せクソが!」

「ひっでぇ! 俺の友人が辛辣だぁ!」


 慰めのよしよしどころか、拳骨でぶん殴られるような勢いの言葉を投げかけられる。

 篠川め、モテないからって俺にあたりやがって。そんなんだから、いつまで経っても彼女の一人もできないんだよ。


「なんか罵倒された気がすんだが」

「気のせい気のせい。篠川は今日もかっこいいなーってな!」

「おっ、キモ。……んで? あれは誰なんだよ」

「誰って。篠川、お前が紹介してくれた人だぞ」

「え、あれが名探偵なのか⁉ あの()()()、なんも聞かせてくれなかったしな……」


 篠川の口ぶりからしてクウナ本人に会っておらず、名刺だけをその情報屋とやらに貰ったのだろう。

 騒がしい教室を横目に、俺たち会話に花を咲かせる。


「んでさー、聞いてくれよ篠川。俺、人間やめてたわ」

「――は? えっ、ん? は?」

「ちな昨日死んでみた! ぴーすぴーす」


 嘘か? 本当か? 篠川はそう自問自答して、懐疑の中で揺蕩っているようだ。実に滑稽で爆笑案件である。

 俺は篠川を呼び、ジッと瞳を見つめた。この爬虫類のようにした変化、変色した瞳を見て、ようやく確信を持てたらしい。


「異人、だったのか……?」

「そうそう。いやーびっくり!」

「お前は……お前は、何をするにも何を話すにも突然すぎんだよ! ちったぁ聞く側の反応も考えろ玲央羽ァ‼」

「ギャーー⁉」


 鬼と化した篠川に恐れ慄く俺(異人)。一番怖いものはやはり人間と言う結論に帰結してしまうのだろうか。

 もはやこの教室に居場所はない。そう感じた俺は扉を開けて飛び出す。どうやらクウナも切り上げてきたようだが、その笑みは少し不気味だ。


「いや~、愉快なクラスメイト達だねぇ」

「お疲れ。クウナ、お前変な法螺吹いてないよな?」

「え? もちろん四割くらい盛って話したよ? これで君は今から変態仮面の称号を手にするだろう!」

「どうすんだよ……もうお前を殺すしかなくなっちまったよ……」


 ただでさえ校庭で虫を集めている変人扱いをされているのに、さらに変態の称号が手に入ってしまうのか。

 彼女の側頭部を両拳でぐりぐりしながら制裁しつつ、この後はどう動くんだと質問をした。


「こ、この後は犯人への嫌がらせをするために被害者予定の江ヶ崎効太(えがさきこうた)っていう先生を呼び出し――って痛たたた! ごめんってばレオパ君! 謝ってるじゃんかさぁ! ぎにゃ~~っ‼」


 クウナに制裁を加えつつ、俺たちは計画を進めるべくとある場所へと足を運んだ。

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