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第12話 ブラッドスーブニール-①

「――……異人専門探偵事務所、三代目名探偵の()()()()。拳一つで終人に風穴を開けるとかいうふざけた芸当って何なんなんだい? 流石は〝世界最強の異人〟なんて異名が付いているバケモノだねぇ」


 雨上がり、雲の切れ目から夕陽が差し込み、風がどこからともなく吹いてくる寂びれた屋上にて。気絶している輝夜を抱えながら、玲央羽の異常さをしみじみと咀嚼して身震いする人影があった。


 頭にかぶっているゴミ箱からはみ出ている髪をサラリと靡かせ、キラキラとしたエフェクトが纏う。しかしそれは、髪に付着していた〝ハウスダスト〟である。

 円羽の拳で気絶し、終人と戦闘している最中に輝夜を連れ去った者。それは、円羽に事件解決の糸口となる情報を渡したダストクイーン……もとい情報屋であった。


「……こことは違う世界に、一人の高校生がいた。彼に大切な人ができた。しかし能力の代償で大切な人は消え、娘を捨てて取り戻しに行った。()()()()と謳われるようになったが、もう手遅れとわかった。理由の無くなった強さは、奪われた憎しみは、募った悲しみは、いったいどこへ収束するのだろう? レオパくん、しがない()()()のあたしには……ボクにはわからないが、()()()()の君にならわかるのかな」


 ポツリと呟いたその言葉は大気中に霧散した。

 雨上がりの冷えた床に顔をつけ、依然として意識のない輝夜のもとに、情報屋とは違う人影が新たに表れる。


「情報屋さん、大変助かりました。有難うございます。ワタシの大切な仲間が一人死んでしまいました、これで彼も許してくださるでしょう」

「へぇ、これから大変になりそうなのに戦力がいなくなったっての?」

「えぇ……スマホで飼っていたウーパールーパーが死んでしまったのです……ッ‼」

「……あっそ」


 高身長ですらっとした男。真っ黒な服に黒いマフラー、黒い手袋という容姿だが、影が実体化したかのように全身が真っ黒なのだ。黒のペンキを被ったように肌も真っ黒で、瞳と口元だけが闇に浮かんでいる怪異のような存在である

「ま、これで貸し借りは無しってことでよろしく。あたしはあくまで《《中立》》だからねぇ。どこかに肩入れなんかはしないから」


 輝夜を脇に抱え、これにて会話は終了。かと思われたが、その白い男はニヤりと不敵な笑みを浮かべ、情報屋に口を開く。


「はい、わかっております。なのでここからは商売。ワタシの持つ情報を引き換えに、世界最強と謳われいる異人である宇治梨玲央羽……その娘である――宇治梨円羽の情報を頂きましょう」



  #  #  #



 刑事の友人から「お前の娘、異能力使って探偵ごっこしてるぞ」と伝えられ、急いで中学校に向かったら円羽が終人に襲われているところ間一髪で救出。なんとか落ち着かせることに成功したが、事件を起こしたとされる生徒が忽然と消えていた。それに気が付いた終人も、怒りでどこかへ飛び立つ。


 中学校内で女の子たちに囲まれて大変だったが、クウナ一筋なのでそそくさと退散する。三十路のおっさんと知ったら幻滅するだろうに。しばらく円羽がふくれっ面だったが、そこもまた可愛いねと彼女に伝えたらあっさり機嫌が直った。

 ……と、ここまでが僕のあらすじである。


「それで? なんで僕に相談してくれなかったのか、なんで一人で突っ走ったのか……僕が納得するまで事細かく教えてもらうからね?」

「うぐっ、その、えぇっと……。ご、ごめんなさい……」


 レストランにて、机を隔てて座って食事をしていた円羽だったが、手をピタッと止めて汗をダラダラと流し始める。

 対して僕は、仏のような笑みを湛えている。ただまあ、仏の面では隠し切れない鬼の重圧が漏れ出ているのだろう。


「まあまあ、その辺にしとけって玲央羽。円羽ちゃんも反省してるみてぇだし。あと、この後先考えずに行動したり、基本他人をなめ腐った目で見るあの感じ、昔のお前にそっくりだ」

「はあ……君から連絡があった時は目が飛び出たかと思ったよ。というか、わざと円羽に推理させようとしたよね? ――()()

「さあ、どうだかな。これ以上話すと飛び火しそうだから黙っておく」


 隣に座っている刑事は、僕の友人である篠川だ。高校生の頃、虫を食べようとしたら拳骨を飛ばしてきたり、クウナに出会うきっかけを作ってくれたりした人物だ。

 昔よりは落ち着いたというか、少しやつれたように見える。彼曰く、社会の荒波に揉まれたとのことだ。


「パパ、この人と知り合いだったの⁉」

「まあ、昔からの仲だよ。円羽の写真とか見せたりしてたし、篠川は君のことを知っていた」

「じゃあ私最初から泳がされてたってこと? なんか悔しい……チョロそうでちょりちょりだと思ってたのに……!」

「オレがちょりちょり(?)じゃなくて悪かったな」


 そう言いながら、巨大なハンバーグを頬張る円羽。鉄板皿の上で肉汁が跳ねて芳ばしい音が響き、こちらの腹の虫が産声を上げ始めている。


「いやぁ、にしてもまた篠川に奢ってもらえるだなんて。中高時代を思い出すなぁ」

「あ? 奢るのは円羽ちゃんだけだぞ。危ねぇ目に合わせちまったからな。お前の分は自分で払え」

「えぇ⁉ デミグラスステーキ三百グラム頼んじゃった……。懐が少し寒くなっちゃうよ。……チラッチラッ」

「……ったく、仕方ねぇな。金は貯まる一方で使う暇がねぇし、奢ってやるよ」

「流石は僕の親友だ! また難解な異人絡みの事件があったら協力するから‼」

「ああ、任せたぞ。最近の異人絡みの事件は未解決が多くてうんざりする……」


 篠川は重い重い溜息を漏らし、お冷をチビッと飲んで机に置き、氷を鳴らす。

異人絡みの事件というのは、迷宮入りの事件が多いとのことだ。理由は単純、殺害方法がわからないから。刑事にも異人課というのがあり、捜査系の能力を持つ異人もいるらしいが、クウナに比べれば大きな差がある。


「でも今回の事件を解決したのは私。これからは協力できるかも」

「円羽、君に発現したその能力はなるべく、金輪際使わないようにするんだ」

「パパ、なんか怒ってる……?」

「怒ってはいないよ。不安なだけだから」


 事件の詳細を詳しく聞いた時、顔が真っ青になった。俺の妻であるクウナと同じ能力、〝死亡推理(メメント・モリ)〟が発現したと言っており、クウナと同じようにこの世界から消えてしまう可能性ができてしまったということだからである。

 クウナが消えて、心にぽっかり穴が開いた。彼女が遺してくれた円羽を育てなければならないという責任と、漣の助けがなかったら今頃どうなっていたか。この世界と自分に失望して、魔王にでもなっていたかもしれない。


 なんにせよ、クウナだけでなく円羽までも失うことはあってはならない。だから能力は使わせたくないし、事件現場にも行かせたくないから探偵業もやっていないというわけだ。


「ん……そう、だよね。わかってる」


 円羽はしゅんと落ち込んで、そう答える。

 今回は円羽の友人である狐ちゃんが殺されたということもあるし、能力を使う理由が十分にあった。今では無事に蘇ったが、熱が出たとのことだ。ただ、やはり、この異能力は不安要素しかない。


(傷つけてしまっただろうか……。いや、でも僕が以前いた場所はあまりにも危険すぎる。あそこにいたらいずれ円羽もクウナのように……)


 幼い頃は「私もパパとママみたいな名探偵になる!」と息巻いていたが、成長するにつれてそれを口に出さなくなっていた。そこからだったか、僕にあたりが強くなってきたのは。


 親は子のやりたいことを全力で応援し、協力なければならない。それを僕は面倒とは思わないし、夢を追う子を見るのは楽しいことだ。だが、死ぬ……それよりもはるかに次元が違う〝この世界に存在していた事実が消える〟という事態に遭わせては決してならない。

 できるなら僕に遠慮せずにしたいことをしてほしいが、このウイルスが蔓延って死が隣に立っているこの世界の限りでは、全力で背中を押すというのは親としてできない。


「……って、前までの私ならそう言ってた。でも、やっぱり私も異人専門の探偵になりたい」

「っ……! ……そっか……」


 あの時、目の前から消えたクウナが脳裏に過る。

 嫌な汗がこめかみから垂れて頬を伝い、気管に大きな腫瘍ができたように呼吸が難しくなった。深呼吸をした後、俯いたまま円羽に語りかける。


「命の保証がない、死が隣り合わせの危険なものだよ。軽はずみな行動で命を天秤にかけちゃだめなんだ。理由を説明してほしいかな」


 自分でもわかったさ。出来立ての料理が一瞬で冷めるほど、この場の空気が冷えたということに。

 円羽はたじろぎながらも、閉じかけた口を開く。


「っ……。昔はパパから聞いた話で、私も難事件を解決できるすごい人になりたいと思ってたから。けど、今は自分のためになりたいと思った」

「自分の? けど、危険すぎることに巻き込むことは巻き込みたくない。君を不幸にはしたくないんだ」

「そう、そうなんだよね。私、パパのそういうところ、大っ嫌い!」

「はぐあぁーーッッ⁉」


 いきなり愛しの娘からの大嫌い宣言で、心が巨大な掘削機で抉られる。不死身の肉体とはいえ心へのダメージは絶大。

 ひゅーひゅーとか細くなった虫の息になり、さらなる追い打ちに身構えるも、彼女の顔は真剣そのものだった。


「パパは昔っからそう。私のこと好きすぎでさ、過保護で、いつも自分より私のこと優先させてくれてて、私の幸せが第一……。でもその幸せは、自分に注がれてないの! パパのことは誰が幸せにするわけ⁉」

「円羽……でも、」

「私さ、パパが好きだよ? 世界で一番。いつも私のために動いてくれてるし、ママ一筋なところもかっこいいって思う。けどさ、事あるごとにママがいない寂しさで顔を歪めるのが耐えられないの! 毎日頑張ってるし、世界で一番優しいパパがあんな悲しい顔を一生続けていくのを見るのはい嫌なの‼ パパが本当に幸せな世界が欲しいの‼ だからこんな世界、間違ってる‼」


 娘からこんなに慕われて、好かれているということを改めて口に出されると、つい口元が綻ぶほど嬉しい。けど、それだけじゃあ認められるわけがない。存在しないクウナの代わりになろうとし、己の人生を僕に捧げようとしてしまっているからだ。

 親は子の背中を押すもの。足枷になるだなんてあってはならない。提案は嬉しいが、断らないと。


 しかし、円羽から衝撃的な単語が飛び出してきた。

「――《《レオパ君》》」

「なっ――は……⁉ なん、で、それ……え……?」


 一瞬、アイツの顔が重なって見えた。記憶からは消えているのにも関わらずに。思考が停止しかけて唖然としていたが、なんとかして脳の再起動をする。

 円羽にはクウナについてはよく喋っていた。だが、この呼び方については少し恥ずかしくて一切言っていなかった。メイドの漣も言っていないはずだ。

 じゃあなんで、それを知っている? その疑問を察したのか、円羽は詳細を説明し始めた。


「私の能力はママと()()()()()()と思ってる。限りなく同じだけど、パパの能力も何となく少し入ってると思う」

「ほぉん、成程。今回の事件で何か確信できることが起こったっつーことだな?」

「ん、ササガワラさんの言う通り」

「篠川だボケコラ」


 眉間にしわを寄せる篠川は一旦置いてき、さらに言及する。


「それで、今回の事件で一体何がわかったんだい?」

「今回の事件は、パパが話してくれた最初の事件に似てたの。死体が勝手に動くっていうダニの異人によるもの。それで、今回の犯人はその事件と何らかの関係があるって思ったけど、それは多分《《血縁》》だと思う」

「血縁?」

「うん。犯人は同級生、そこから過去の事件の犯人とは同一ではないってわかった。まだ生まれてないし」


 円羽はツーッとコップの縁をなぞりながら、自分の推理を述べる。

 クウナに連れられ、初めて解いた事件。まだ円羽が生まれる前だし、当然同級生ならばまだ生まれていないはずだ。


「それで、今回の事件は過去に起こった事件の犯人とは血がつながっているんじゃないかなって思ったの」

「そこまではわかった。でもなんで、クウナの……」

「ママの能力は事件の再現、及び蘇り。パパの能力は不死身、そして血の回帰性などなど。そこから、過去にママとパパの二人と関りがある人物や、その血縁者の血を見ると、〝過去の血の記憶が引き寄せられる〟のかなって。現に、私はママがパパの呼び方の記憶、そして顔も始めて見れたの」

「く、クウナの顔を見れたの⁉」

「うん。綺麗な銀髪に琥珀色の瞳だったよ。ふふっ、私に似てすっごい美人だったよ」


 う、羨ましい……! 記憶のほとんどは消えてしまっているからめっちゃ気になる!

 喉から手が千手観音と同じくらいの本数が出そうなほど気になるが、コホンと咳ばらいをしてその手を喉の奥に引っ込める。


「うん、能力の詳細はよくわかった。それじゃあ話を戻してみようか。なんで円羽はその血の記憶を見て、異人専門の探偵になりたいと思ったんだい?」

「過去に何があったか、それを探りたい」

「……再度聞くけれど、それはなぜ?」

「私のこの能力で過去を見て、ママが消えた真実を解き明かして――」


 そして彼女は、大きく息を吸って胸を張り、ダイヤモンドよりも硬い決意とメラメラと揺らめく闘志を宿した眼光で、こう宣言した。


「――ママに会いたい。それで、パパを幸せにしたい‼」

「……っ」


 クウナは、僕の両親の死因についての謎が解けず、タイムリミットである一年を過ぎて、能力の代償で消えた。

 間接的に僕の両親で死んだ(消えた)ということになっているのならば、円羽の能力がクウナのものよりも強力になったのならば……。クウナが戻る可能性はあるのかもしれない、のだろうか?


「だ、だとしても! 失敗すればクウナと同じ、最悪な結末を辿ることになるんだ。成功する保証もない。リスクが高すぎる。円羽までも消えてしまったら、僕はもう……」


 片手で目を覆い、クウナにもう一度会えるかもしれないという希望と、円羽まで失ってしまうかもしれないという絶望に葛藤する。

 両親が死んで、最愛の人までもこの手から零れ落ちた人生だ。三度目はもう、耐えられないと思う。過去の《《俺》》は彼女を救えなかったけれど、今の〝僕〟ならば、彼女を救えるだろうか? 俺の〝希望(ひかり)〟は、元に戻るのか……?


「オレも反対……と言いてぇところだが、昔っからコイツの境遇は知ってっから賛成してぇ」

「篠川までそっちの味方か……」

「はぁ……ったく。円羽ちゃんが勇気出して告白したってのにこに体たらく。お前、恥かかせんなよ」

「僕だって真剣だ。子供の将来……いや、命運がかかっているんだぞ。二つ返事で『いいよ』だなんて言えるわけないだろう」

「確かにそうかもしれねぇ。子供がいねぇから無責任になれるのかもな。だがよぉ、玲央羽。お前は幸せになっていい()()()()なんだよ。世界最強のバケモノではなく、一人の矮小な人としてな」


 円羽と篠川の言葉。それが胸に染みるが、そんなこと許されていいのだろうか。欲張って、守れるはずだったものが壊れていくかもしれないことが怖い。世界最強だのなんだの言われているが、強さという鎧で身を包んでいるだけで中身は脆いのだ。

 でも、後悔はしたくない。円羽の気持ちを尊重したい。だから、僕は……。


「はあ……」


 一等星のようにキラキラ輝く瞳を向ける円羽を一瞥し、ふぅと息を吐いて眼下のコーヒーを微かに波立たせる。


「円羽、約束してほしい。一度でも推理に失敗して代償が発動してしまったら、この件から身を引くこと。失敗は許されない」

「うん。わかってる」

「これが最後の警告だ。……本当に、やるかい?」

「――やる。必ず、ママを取り戻すから」


 その瞳に宿る決意は、決して揺らぐことのない不動そのもののようだ。ならばこちらも、それ相応の覚悟を決めよう。


「僕は円羽を全力でサポートする。二度と大切な人を失わないために、全力を尽くすことを誓うよ」

「パパ、ありがとう。えっとね……す、好き、だよ……?」

「うん、僕も円羽のことが大好きだよ~~‼ 円羽ぎゅっとさせて‼」

「ちょ、ちょっと! こんなところで抱き着こうとしないでよパパ! もう……」

「ケッケッケ。とか言いつつ満更でもねぇのうけるぜ」


 何はともあれ、これからは過酷な日常となるだろう。能力が目覚めたころと比べ物にならないほど強くはなったが、全盛期よりは衰えた。いざ非日常へと円羽に足を運ばせていて恐怖しているが、心の中で静かに炎が燃え上がっているのも確かだ。


「じゃあまずはそうだね……今日あった事件について明らかにしていこうか。過去の事件と何か関係があるみたいだし。篠川、そっちでできる調査をお願いしてもいいかな?」

「……本来、一般人に捜査の協力をしてもらうのはよくないがな。まあいい。早速だが、同僚に調査してもらってたんだが、保護観察中の異人が死んでいたと連絡が来た。その異人は――ダニの能力を持っていたとのことだ。……詳細は明日話す」

「――! わかった。助かるよ」


 周囲に聞かれぬようにか細い声でそう伝えられ、一瞬目を瞠目させる。コクリと頷いて円羽にも目を配る。

 ダニの異人、僕とクウナで解決した事件の犯人だったのだろうか。かつての事件も調べたいい気持ちはやまやまだったが、子育てが忙しくてそんな時間がなかったんだよね。これから、過去を紐解いてゆこう。


 何が何でも愛する者を守り抜いて、愛した者を取り戻す。僕が何度死のうが、氏も名も、何もかもが消えようが推理を遂行する。大切な人を救い、守れればいいんだ。自分はどうなったっていい。これが僕――〝宇治梨玲央羽の死亡推理〟だ。

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