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第10話 血! 血! 血!-③

 輝夜の肩には黒くて細長い筒状の物、プロジェクタースクリーンを入れるケースをかけており、手に丸めた絨毯を持っていた。

 それと同時に、横に大きな体躯の男子も立つ。見たことがないが、おそらく被害者であるサッカー部部長の時彦だ。犬と同様に目が赤くて人間味を感じないから、傀儡なのだろう。


 彼女は私を一瞥してすぐに視線を逸らし、俯く。そして、震える腕をもう片方の手で握って抑え、口を開いて私に質問を投げかけてきた。


「なんで、わかっちゃったんですか……? ワンちゃんだって、私が飼っているなんて言ってなかったですし……」

「少し情報屋と取引をしたの。まあ、そこでもお前が犬を飼ってるなんて言ってなかったけどさ。……代わりに、被害者とよく散歩をしているという話を聞いた。サッカー部ならランニングとかじゃないかって思ってさ。でもあくまで〝散歩〟だったから犬の散歩かなって。で、彼女の犬を捕まえるために鍵を閉めた、と」

「……正解、です」


 そう言い、彼女は手に持っていた絨毯を床に敷いてその上に乗った。ふざけているわけではないだろう。これこそ、異能力を発動させる〝二つ目の条件〟なのだから。


「異能力の発動条件。一つ目は〝血を呑む〟、二つ目は絨毯やらカーペットやらの〝敷物の上に乗る〟、そして三つ目は〝操りたい対象をも目視する〟でしょ。倉庫の扉の前には泥落としマットの代わりに小さな絨毯があった。さらに倉庫の扉のすりガラスにテープが貼ってあって中が見え、入ってすぐ目の前の棚に手鏡があって反射させて操作した」


 輝夜は映画部も兼部していると聞いた。故に、彼女が映画を見るためのスクリーンを入れるケースを持っていたとて怪しまれない。その中に異能力の発動条件である絨毯を入れておけば完璧ということだ。


「…………」

「ふん、その沈黙は肯定として捉えていいわけ? そこの廊下でも絨毯敷いて鏡越しに見てたみたいだけど、砂が落ちてたり日焼け止めの跡が壁についてたりで杜撰だったね。死体が消えたのは言わずもがな、人目がないうちに操って逃がしたんだろうね」


 これで情報は出尽くした。もう後は彼女を無力化するのみだ。ただし、それが一番大変だろう。異能力を今にも発動させようとして、大人しく投降する気なんてサラサラないと語っている面をしているし。

 さて、ここからが対異人推理の最終盤面だ。力づくで取り押さえる。


「っ……! 本当に、ごめんなさい……。あいつを殺して……――【血鬼の苗床(ラグ・ヴァンパイア)】……‼」

『ガルルアアァ‼』

『ウウウ……‼』


 スキージャンプの滑り台のように滑らかに涙が頬を滑り、落ちて、床に着地したと同時に輝夜は叫んだ。そして犬と時彦は赤い虚ろの目を向けながら、私に突進してくる。

 スマホは床で助けは呼べない。逃げたとて追ってきているのはサッカー部の部長と犬、逃げられる確証はない。噛まれたら感染して終わり……。


「だとしても――やるしかない‼」


 倒れていた椅子を投げつけて動きを数秒止め、その間に背を向けてこの教室を駆ける。そして、置かれている机に手を突っ込んでとある物を取り出し、教室の後ろにある黒板に貼りついているものを手に取った。

 この空間での私のリーサルウェポンである三十センチ定規と教師用の大きな三角定規を装備する。


「そんなもので戦うつもり、なんですか……!」

「『そんなもの』? なめたら痛い目見るよ」


 相手の異能力は色々な制限がある。一、移動できない。二、見続ける必要がある。三、血を吸わなければならない。とは言っても、それにさえ目を瞑れば無限に眷属を増やせられるというチート能力だ。

 上手く立ち回らなければ、すぐにあっちの仲間入りを果たしてしまうだろう。


「【ラグ・ヴァンパイア】……あいつを倒して、二人とも……!」


 彼女の呼びかけと共に再び私に襲い掛かってくる時彦と犬。噛まれれば終わりだが、所詮はそれだけが脅威。武器を手にすれば攻撃を往なすのは容易だ。

 喉元めがけてジャンプをする犬は三角定規を盾として扱い弾き返し、拳を叩きこもうとしている時彦を蝶のように軽やかに舞って避け、脇腹に三十センチ定規で一閃。


(定規で切り付けて血は少量出た……。けど痛がってる様子は皆無だし、やっぱ操っている本人を叩くのがよさそうかな!)


 ギロッと絨毯の上で立ちすくんでいる輝夜に目を向けると、肩を震わせ、まるでバケモノでも見るかのような畏怖を孕んだ瞳が潤んでいた。私自身、冷静にブチギレているので鬼の形相をしているのだろう。

 そんな彼女に足を向かわせたいのはやまやまだが、こいつらが面倒だ。


『ガウァアアア‼』

『ヴガアアアアア‼』

「っ! ああ、邪魔っ‼」


 この犬と時彦の連携が鬱陶しい。どちらかの攻撃がやめばもう一人がサポートし、確実に能力の発動者である輝夜に近づかせまいと動いている。


 犬の牙を定規にあえて噛ませ、放り投げることをしても時彦の猛攻がやってくる。その間に犬が復活すると……。同時に倒さなきゃ復活するという、ゲームで定番の敵キャラのようで本当に面倒くさい。

 一人と一匹の攻撃をなんとかリーサルウェポンで捌きつつ考え事をし、時彦の頭に蹴りを決め込もうとしたが、掴まれて噛みつかれそうになる。


「あ、やばっ」

『アアア……!』

「女子の足舐めようとすんな変態‼」


 身体をひねり、私の足を掴んでいる腕をズタズタにしてなんとか窮地を脱す。


(同時に倒すっていっても……。いや、数秒どちらも無力化をすれば、その間にアイツを叩けばいい)


 今の今までこの二つの武器を使った戦闘しかしていないから、手放すなんてことはしないと思っているだろう。だが、賭けに出る。

 私は、三十センチ定規を突っ立っている輝夜に投げつけた。


「へ⁉ あっ……ぶない……!」

「隙あり」


 予想通り、図体がでかい時彦がガードに回って私との間に距離ができた。チャンスは今だ。この犬を無力化するチャンスは……!

 私は机の横のフックにかかっているもの――《《縄跳び》》を手にし、持ち手の片方だけを握って鞭のように扱う。犬をそれでからめとり、窓の枠に縛り付けた。


「犬をボコスカ殴りまくったら動物愛護団体に何言われるかわかんないから。そこでお座りしといてよね……‼」


 そして、時彦の動きを観察しつつ、黒板を経由して相対する。だが、単純に殴り合う必要なんてない。

 黒板を経由した時に手に取っておいた、とある物を床に叩きつける。


「なっ……み、見えない……!」

「この教室には黒板消しクリーナーなんてないからよく粉が舞うよ」


 叩きつけたのは黒板消しだ。私が言った通り、ここは空き教室故にクリーナーなんてない。だから、人一人隠せるほどの粉を舞わせられた。

 私は煙に紛れて、時彦の膝裏を切り付けて動きを鈍くする。どうせ異能力で蘇ったら元通りなのだろうし、サッカー部の命である足を傷つけてもこれくらいは許してほしい。今私の命の危機でもあるし、仕方のないことだ。

 心の中で謝罪して、粉の中を突き進んでターゲットを捉える。


「とったッ‼」

「ひっ……! き、来て……!」


 致命傷を避けてこの三角定規で彼女を気絶させようと構えたのだが、目の前に新たな人影が現れた。ここまで近づけば関係ない、このまま突っ切る。

 ……そうはできない相手だった。


「え――コンちゃん……!」

『…………!』


 立ちはだかったのは今一番助けたい存在である、私の幼馴染であるコンちゃんだったのだ。ただ、目が赤くて正気ではないのは確かだ。


 躊躇って腕が動かない。幼馴染を盾代わりに使われている怒り、手に掛けるべきなのかという葛藤、変貌した彼女の姿への悲しみなどなど。完成しかけたジグソーパズルが床に落とされ、ぐちゃぐちゃにされたような……そんな感情だった。

 だからこそ、反応が遅れてしまった。


『ァアアア‼』

「しまっ――」


 後ろから腕を掴まれた。振り向いた直後、私の腕に痛みが走る。

腕からは赤いものが滴り落ちており、時彦に噛みつかれていたのだ。


(しくじった……! どうしよう、どうする⁉ このままじゃウイルスが全身に回る! かといって手も片方しか動かせない! 身体も痺れてきた気がする……どうすれば……っ‼)


 その時、一つの案とパパの言葉が頭の中で響き始めた。


《――え? 異能力に名前を付ける理由? うーん……まあかっこいいからってのもあるだろうけど、一番は《《答えてくれやすくなるから》》だね。異人ってのはニンゲンとウイルスが共存している存在なんだ。だから、犬の名前を呼んだら駆け寄ってくるみたいに、そのウイルスにも名前を付けてやると能力が発動しやすいって感じかな――……》


 次第に体の痺れが増幅し始め、触覚も失われつつあるこの状況。きっと、このままだと自我がなくなって、あちらの仲間入りルートが確定するだろう。幻聴まで聞こえてくる始末だ。自分が思っていたより、異能力を発動させるのは疲労が溜まるものだったのかもしれない。でも、こんなところで終わるわけにはいかない。

 私の異能力は未完成だ。だが、それは好都合。今からさらに完成に近づける。


「わ……私、は、ママみたいにはなりたくない……。パパ、を毎日悲しませてるから……」

「……? 何、言っているんですか……?」

「だから、その名前を継ぎたくない……。ママが過去を思う〝メメント・モリ〟なら、私は今を……いや、その先の未来を見るよ。――【死亡推理(カルペ・ディエム)】‼」


 そして、私は手に持っていた三角定規で自分の心臓を突き刺した。私のこの行動は、輝夜を瞠目させるに値らしい。


 私の異能力というのは、事件を再現して、解決をして被害者を蘇らせるもの。今の状況は〝私がウイルスに感染し、仕方なく自害〟という()()だ。自害なので解決もクソもないのだから、再現は必要ない。なので、発動するのは()()のみ。


「――あぁ~、最っ高に最悪の気分なんですけど……!」

「はぇっ⁉ な、な、なんで……‼」


 胸からの血は塞がっており、時彦に掴まれていた腕も離されている。私の突飛な作戦に唖然としており、今がチャンスだ。


「コンちゃんごめん。後で埋め合わせするから! ……多分」


 私は三角定規を投げて、掃除道具が入っているロッカーにぶつけ、扉を開けた。そして、コンちゃんの胸倉を掴んでそこに放り投げる。ガシャンと音を立ててロッカーにゴールし、自然と扉が閉まる。

 これで、コンちゃんは扉を開けて目視してからでないと操作できない。あとは、コイツだけだ。


「こ、来ないでください……っ‼」

『ゴアアアア!』


 涙目になりつつ、最後の頼みの綱である時彦をこちらに向かわせる。だが、もう多対一ではない。もう手古摺ることはないだろう。


「操り人形遊びはもう飽きたよ」


 私の頭めがけて風を切る音とともに蹴りをしてきており、流石はサッカー部の脚力だと感心する。冷静に見極め、腕でガードをする。そしてその足を掴み、下半身に力を込めて鉄球投げのようにぶん回し、窓の外に放り捨てた。

 どこに筋骨隆々な男子生徒をジャイアントスイングする筋肉が私にあるのだという疑問があるかもしれないが、まあ普通のニンゲンとは生まれつき違うからだと思う。


「さあ、もう年貢の納め時だ……‼」

「待っ、やだ……! やめ――」


 狼狽する輝夜に対して、私は拳に力を籠めた後、一切の情けなしと言わんばかりに顔面にそれを放った。

 相手は人殺しで、さらにはニンゲンじゃない。私は手加減する馬鹿ではないため、渾身の一撃を輝夜の右頬に叩き込む。彼女は鼻血を撒き散らしながら教室の壁に激突して、そのまま床に座り込んでいた。白目を剝いて気絶しているし、どうやら決着はついたみたいだ。


 しかし、その飛び散る赤い血が視界に入った途端、脳内に誰かの記憶が流れ込んでくる。


《――ボクと君、この二人がいれば敵なしさ! さあ、これからも死亡推理に付き合ってもらうからね。帰ろうか、レオパ君――》


 光沢のある銀髪に琥珀色の瞳をした、私に似ている謎の美少女だ。まつ毛まで真っ白で、触れたら塵になりそうなほど儚げに感じる。

 よく見れば、私が今着ているコートも着ているし、この人はもしかして……。


「今の、何だったんだろう。……いや、でもそれを考えられないくらいめっちゃ疲れたんですけど……! しかもお腹のすき具合がえぐい……。能力の反動みたいなものなのかな」


 緊張の糸が切れたのか、足に力が入らなくなってその場に座り込んでしまう。普段ならこの程度の運動で疲れることはないのだが、異能力の使用は思っていたより疲れるものだったらしい。この疲労度から見て、一日に使うのは四、五回くらいが上限っぽい。ピーキーだ。

 寺にある鐘に頭を突っ込んで、思い切り撞木を突かれて頭が響くようにグワングワンと眩暈がする。そんな中、ロッカーと窓の外から物音が聞こえてきた。


「うーん? なんでうちロッカーの中に入ってたのー?」

「うおッ⁉ なんで僕雨の中で倒れてんだ⁉」


 ロッカーから、目をこすりながらコンちゃんが出てきた。操られている様子もない、本物のコンちゃんだ。

 ついでに外に飛ばした第一被害者であるサッカー部の部長である時彦も蘇っていたらしい。


「~~っ! コンちゃん! 蘇って良かったよぉ……‼」

「んー、よくわかんないけどただいまー?」


 立ち上がろうとすると膝が笑っていたが、殴りつけて笑いを止めさせる。そして、彼女のもとに駆けて胸元にダイブした。


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