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03.帰宅

 履き古したボロボロの靴で、未舗装の砂利道を踏みしめる。

 薄明の夕陽に晒されながら、サンタは帰路についていた。


 虫のかすかな鳴き声しか聴こえてこない、ひとりだけの道。


 サンタは来た道を振り返ってみる。

 まもなく訪れる夜の下で、町の家々はそれぞれ光を灯し、天の川のように輝いていた。


 (……あのひとつひとつに町の皆がいるのかな)


 サンタはそう思いながら、ちいさな自分の影を追い、町から遠ざかっていく。



 これはセンエツが商店街を去っていった後の話だ。

 ふらふらと立ち上がった鰻屋の店主は、サンタを縛り付けているツタを力尽くで解こうとしていた。


 しかし、手負いの大人ひとりの力ではどうすることもできない。

 それでも必死にツタをサンタから引き剥がそうとする鰻屋の店主の爪には、じんわりと血が滲み始めていた。



 「やめろ、ジジイ! 俺のことなんていいよ!」



 サンタは焦りながら鰻屋の店主に訴えるが、彼は耳を貸さない。

 二人の様子を見ていた町の人々はやっと恐怖から解放されて、鰻屋の店主と共にサンタの体からツタを引き剥がそうとする。

 結局、誰かが持ち出した刃物でツタを切り、ようやくサンタは解放されたのだった。



 「ジジイ! 大丈夫か!?」



 解放されたサンタは、ぜえぜえと肩で息をする鰻屋の店主に駆け寄る。

 どうやら彼は、サンタの救出に力を使い果たしてしまったようだった。


 サンタは慌てて鰻屋の店主に肩を貸そうとする。

 だが。



 「…………………………この馬鹿垂れがァ!!!」



 次の瞬間、鰻屋の店主の全力のビンタが、サンタの頬に炸裂した。

 サンタは一瞬、何が起こっているか分からなかった。

 よろめいて尻もちをつき、頬にジンという痛みが遅れてやってきて、ようやく自分は殴られたのだと理解した。



 「お前はもう…………この町から出ていけ…………ッ!」



 困惑するサンタに、鰻屋の店主が怒鳴りつける。

 脅しで言っているのでなく、それは彼の本心からでた言葉だった。



 「…………ッ! 出て行けって……!? そりゃ皆に迷惑かけたのは悪かったけど、俺だって俺なりに必死に生きて──」

 「…………うるせェ! 今までどうにか誤魔化してきたが、もうセンエツの野郎は欺けねえッ! これ以上…………町の人間を巻き込むなッ!」



 サンタは戸惑いながら反論するも、返ってきた鰻屋の店主の言葉に思わず絶句してしまう。

 今まで厳しく叱られたことは何度もあったが、町を出ていけなどと言われたことはなかったからだ。


 半年前のことだ。とある事件でセンエツに目をつけられたサンタは、町の人々から距離を置かれ孤立していた。

 そんな中で、変わらずサンタの相手をしてくれたのが鰻屋の店主だったのだ。

 サンタの心の奥には、この人だけはどんなことがあろうと自分のことを気にかけてくれるだろう、という自惚れがあった。



 「餞別だ…………これでどこにでも行っちまえ」



 呆然とするサンタの目の前に、鰻屋の店主が札束をひとつ放り投げる。

 サンタはうつむいて少し沈黙してから、行き場のないモヤモヤした感情を発散させるように全力で叫んだ。



 「…………あーあー!!! うっせえなぁ!!! 分かったよ!!! こんなロクでもない町、こっちから願い下げだってーの!!!」



 サンタは鰻屋の店主だけではなく、町の人々にも聞いて欲しいことが山ほどあった。

 謝りたいことも、怒りたいこともあった。

 しかし、サンタは全ての言葉を飲み込んで、踵を返し商店街を走り去ったのだった──。



 昼の出来事を思い出している間に、サンタは家の近くまでたどり着いていた。

 外灯ひとつない河川敷を歩いていたサンタは、側に朧げな月を映す川の水面を見つけ、ようやく夜になったことを知る。



 「……へっ、何が出ていけだよ。こんなクソみたいな国、どこ行ったって同じじゃねえか」



 サンタは愚痴りながら川沿いの荒廃した雑木林に侵入していく。

 腰の高さまで伸びた茂みを掻き分けて進むと、サンタの前方に崩壊した橋が現れる。

 橋中央の路面が川底に沈んでいて、すでに橋としての役割を担っていない。

 まるで終末を迎えた世界を切り取ったような場所だ。


 橋の残骸のすぐ側には、木々や茂みに埋もれたハリボテ小屋が建っている。

 ここが今のサンタの住み家だった。



 壊れかけの扉を開けたサンタは、誰かいるはずもない家の中に「ただいま」と呟いた。

 暗闇の中、サンタは慣れた手つきで天井にぶら下がった裸電球の灯りをつける。



 「…………ま、明日からのことは飯でも食ってから考えるしかないか」



 いつまでも悩んでいてもしょうがない、とサンタは気持ちを切り替える。

 サンタはゴミ捨て場から拾ってきたソファに腰掛け、帰り道で買ってきた弁当の蓋を開けた。



 「さーて! 今日は運よくミックス弁当に半額シールが……」

 「ぶにゃおーん」



 鼻歌まじりに弁当のおかずを吟味していると、サンタの隣から聞き慣れた鳴き声がする。

 そこには昼、配達途中の煮干しを盗もうとした三毛猫が我が物顔で座っていた。



 「……お前、なんでここに」



 驚きを通りこして呆れてしまったサンタに、三毛猫は目を線にして応える。



 「ぶにゃん、ぶにゃーーーん」

 「……いつの間にか消えたと思ったら、また俺んちに居たのかよ」

 「ぶふ、ぶにゃにゃ」



 こいつに何を言っても無駄だ、サンタはため息を吐いて諦めた。

 サンタもこの三毛猫がどこに住んでいるか知らないが、たまにこうしてサンタの家にエサをねだりにくる。

 穴だらけのこのハリボテ小屋に、食い意地の張った猫の侵入を防ぐようなセキュリティはなかった。



 「お前、魚がはいった弁当買うと絶対ねだりに来るのな……」



 サンタは神出鬼没で厚かましい三毛猫にうんざりし、肩を落とした。

 しかし、来てしまったものはしょうがない、とサンタは改めて弁当の中身を確認する。


 (……焼き鮭にエビフライ、卵焼きにナポリタン、ご飯と梅干し)


 サンタは熟考の末、エビフライの尻尾を三毛猫の前にポイっと投げる。

 三毛猫はカリッカリに揚がったエビの尻尾を無言で見つめていた。



 一人と一匹の間に、長い沈黙が訪れる。



 「…………いっただっきま~~~~~す!!!!!」



 隙をつき弁当を食らおうとしたサンタの腕に、ご立腹の三毛猫が飛びかかる。



 「ぶっっっにゃあああああああああああああああああ!!!!!」

 「あっ、テメェ、やめろこのデブ猫!」



 エビフライにかぶりつきながら騒ぐサンタだったが、このままでは三毛猫に弁当をひっくり返されてしまうと思い、結局メインの焼き鮭を半分くれてやることにした。



 「俺のメインディッシュが……」



 涙目のサンタに構うことなく、三毛猫はもらった鮭をペロリと完食してしまった。

 三毛猫は満足そうにゲップをすると、まだ落ち込んでいるサンタに「ぶにゃん」と短く鳴いてアピールした。



 「あ? さすがにもうやらねーぞ?」



 サンタのその言葉に、三毛猫は『違う』というように首を左右に振り、ソファから飛び降りる。

 それから三毛猫は、いつも自分が出入口として使っている壁の穴の近くに行くと『外を見ろ』というように首を動かした。


 サンタは訝しみながら壁の穴の向こうをのぞいてみると、外で小動物らしき影がもぞもぞと動いているのが見えた。

 こいつの連れの猫か、とサンタは考える。

 暗闇の中で縮こまっているようだが、一瞬、小さなふたつの黄金の猫目が揺れていた気がした。



 「……ぶにゃん」



 エビフライをくわえながら外の様子を窺っていたサンタに、三毛猫が催促するように鳴く。



 「……あーあー! もう! 分かったって!」



 再びため息を吐いたサンタは、少し投げやりに半分魚が残った弁当を壁の外に差し出した。



 「今日はもう腹いっぱいだったから誰か食べてくれて助かったぜ!」



 ぐうううぅぅ、とサンタの腹は悲鳴をあげていたが、彼は強がってそのままソファに寝転がってしまう。

 図々しい猫もいれば、人間が近づくと警戒してしまう臆病な猫もいるだろうと思い、サンタは弁当を差し出す以上のことはしなかった。



 「あーあ、明日からどうしよっかな……別の町に入るだけでも金掛かるっていうし」



 サンタは上半身を起こし、使い古したがま口の中身を確認した。

 大きな小銭二枚と、小さな小銭が四枚……どう切りつめても一週間分の食費にしかならない。

 鰻屋の店主から差し出された餞別は受け取らなかったので、これがサンタの全財産ということになる。



 「こんなんだったらジジイからちょっと貰っておけば……いやいや! それはさすがに……」



 腕を組んで悩むサンタの腹に、突然、重い衝撃が走る。

 どうやら天井の梁に登っていた三毛猫が、サンタの腹を目掛けて飛び降りてきたらしい。



 「ぐおふっ! て、テメェ! まだなんかあんのかよ!」



 いい加減しつこい三毛猫に、サンタは怒号を浴びせる。

 しかし、三毛猫は少しも悪びれない様子で、その口に一通の封筒をくわえながら「ぶにゃ」っと鳴いた。



 「ったく、こんなのどこから盗ってきたんだ?」



 サンタは三毛猫から封筒を受け取ると、封を開けて中の手紙を読んでしまった。

 そしてサンタはその内容を確認すると、目を見開き驚愕した。

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