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02.金色の少年

 趣ある蔵造りの町並みが、眩いほどの快晴に照らされている。

 ひと際高くそびえ立つ鐘つき堂から正午の知らせが響き渡ると、白い鳥たちが大空へと羽ばたいていった。


 ここは彩ノ国のとある城下町。この古き良き小江戸にも、春がやってきた。



 ────────────────────



 「……こんの泥棒猫ォ! ッ止まりやがれえええええッ!」



 ズドドドドドッ!!!

 瞬間、激しい突風が平穏な商店街を駆け抜けていく。

 行き交う人々は逃げる間もなく、けたたましい爆音と土煙の嵐に飲み込まれてしまった。

 まるで巨人が商店街を指でなぞったような大騒ぎだ。

 人々は連想する……きっとあの金色の問題児がやってきたに違いない!



 「よおおおおおっしゃああああ! やっと捕まえたぞコンニャロー!」



 二つの小さい影が、勢いよく鰻屋の店先に突っ込んでいく。

 積まれた木桶をはじき飛ばし、掲げられた暖簾をへし折り、ようやく停止したその影の正体が明らかとなる。

 そこには風呂敷をかついだ金髪の少年と、肥満ぎみな三毛猫が揉みくちゃになっていた。



 「ったくよォ! これはエサじゃなくて商品なの! 勝手に盗るんじゃねえ!」



 土ぼこりに塗れた金髪の少年が、三毛猫から煮干しの袋を取り上げる。

 三毛猫は目を細め「ぶにゃお~ん!」と不満げに鳴きながら、少年の脚に飛びかかっていた。



 「痛っ! 引っ掻くなお前! やんならやってやんぞ! ほわちょー!!!」

 「ぶにゃん? にゃにゃにゃー!」



 騒ぎを見かけて集まってきた人々など微塵も気にせず、目の前の三毛猫と熱い格闘を繰り広げている金髪の少年。

 しかし、次の瞬間、彼の頭に何者かのゲンコツが振り下ろされた。



 「ごぉぉぉるぅぅあ!!! またお前のしわざかサンタぁ!!!」

 「ずぅああああ!!! 痛っっっっい!!!」



 少年のことをサンタと呼び、彼に制裁をくわえたのは鰻屋の店主だった。

 タンコブをさすりながら「コイツが配達中の商品を!」と涙目で訴えるサンタを見て、鰻屋の店主はやれやれ、といった様子で頭を抱えてしまう。



 このサンタという少年は、まだ十歳の少年だ。

 透き通るような天然の金髪に、年相応に可愛げのある顔立ちをしている。

 いつも腰には長い手ぬぐいを巻いていて、サンタが動く度にひらひらと猫の尾のように揺れるため、人が多い町中でもよく目立った。


 そう、悪い意味でよく目立ってしまったのだ。

 いつもはひとりで町はずれに住んでいるようだが、町に訪れる機会があると何かしら問題を起こすサンタのことを、町の人々が『問題児』として認識するのにそう時間はかからなかった。



 「ぶにゃふふふふん、ぶふ、にゃお♪」

 「あっ! こんのバカ猫しょんべん引っかけやがった! 絶対わざと! ジジー見てたろ!? はい! このバカ猫が全部悪いー!っ」



 鰻屋の店主は思う。バカはお前だ、サンタ。

 とっ散らかった店先で一向に騒ぐのをやめないサンタの頭に、鰻屋の店主は再びゲンコツをお見舞いした。



 「いってえ!!! なにすんだ頑固ジジイ!!!」

 「毎回毎回、問題ばかり起こしやがって! 少しは反省しろ!?」

 「その言葉、ジジイにそのまま返してやるよ!!!」



 ぎゃあぎゃあと口喧嘩をするサンタと鰻屋の店主。

 野次馬たちはそんな彼らを「あっ、いつもの」と呆れながら傍観していた。

 もはやこの二人の喧嘩は町の名物とも言える。


 喧嘩はさらに白熱していくかと思われたが、しかし、間もなく鰻屋の中から現れた人物を野次馬のひとりが認め、ハッとしたように口をつむぐと、人々は連鎖するようにシンと静まり返ってしまった。

 サンタと鰻屋の店主も、少し遅れてその人物に気づく。



 「……久しぶりに顔を出してみればこのザマか」



 ため息を吐きながら言ったのは、この蔵造りの町には馴染まない、白いスーツを着た男だった。

 鰻屋の店主は、この白いスーツの男がまだ店内にいたことを思い出し、苦虫を噛み潰したような顔をした。



 「そのガキには金輪際、城下町に近づくなと警告しておいたはずだが……?」



 白いスーツの男はネクタイをきゅっと締め直すと、サンタのことを冷ややかな目で一瞥した。

 町の人々はこの白いスーツの男に悟られぬよう、コソコソと内密に言葉を交わす。



 (おい、なんでセンエツの野郎がここにいるんだ……?)

 (仮にもこの城下町を治める城主だからな……視察かじゃないか?)



 人々はこの白いスーツの男をセンエツと呼んでいた。

 ほどなくしてセンエツの背後には彼の護衛と思われる、柄の悪い黒服がぞろぞろと集結し始める。

 なにやら物騒な空気が漂っているが、サンタはお構いなしといった態度で、センエツの顔を見るなり敵意をむき出しにした。



 「てめえ、白スーツ! 俺がどこに居ようと俺の勝手だ!」



 サンタはセンエツに向けて思い切り中指を立てる。

 センエツに喧嘩をふっかけるサンタを見て、鰻屋の店主は「俺がサンタに言い聞かせてなかったんだ!」と言い、慌ててこの場を誤魔化そうとするが、彼らはお互いに引き下がる様子はない。


 どうやらサンタとセンエツには、深い因縁があるらしい。

 サンタのその瞳に宿る、力に屈しない気高さを感じて、センエツは嫌な過去を思い出した。


 (このガキを見てると、忌々しい奴のことを思い出す)


 生意気な態度を辞さないサンタに、センエツは眉をひそめる。

 しかし、サンタの暴走を必死で制止しようとする鰻屋の店主をみて、センエツは何かを企むようにニヤリと笑った。


 「俺も今まで甘すぎた……城主としてこんなことはしたくないが、ガキの不始末は大人に責任を取ってもらうとしよう」



 そう言い放ったセンエツは、背後に控えていた一人の黒服に「やれ」とだけ命令する。

 指示を受けた黒服は不敵な笑みを浮かべながら、サンタに気を取られていた鰻屋の店主の肩をつかみ、そのまま彼の頬を思い切り殴った。

 鰻屋の店主は殴り飛ばされ、呻きながらその場に倒れ込んでしまった。



 「ぐ、ぐおうっ……!」

 「ジジイ! 大丈夫か!? 何しやがんだテメェら!」



 サンタは急いで鰻屋の店主のもとに駆け寄り、その身体を支える。

 町の人々は店主を助けたいという気持ちを殺し、その場で悔しそうに立ち尽くすことしかできなかった。

 知っているのだ。センエツという男の冷徹さを。



 センエツは人々が沈黙する様子を眺め、満足そうに宣言する。



 「俺は月篠組幹部のセンエツだぞ! 俺の命令に従えないゴミはいらん!」



 恐怖で固まってしまった町の人々とは対照的に、鰻屋の店主を抱きかかえるサンタの目には、沸々と怒りの色が蓄積されていく。



 「サンタ、やめておけ……俺ならピンピンしてらぁ」



 鰻屋の店主は上体を起こすと、サンタがセンエツに歯向かわないよう、強がってみせる。

 しかし、自分のせいで傷つけられた鰻屋の店主を見せられて、黙って我慢できるほどサンタは出来のいい子供ではなかった。

 サンタの忍耐の糸がぷつりと切れる音がした。



 「ジジイに……ッ! 何すんだテメェエエエエ!!!」



 サンタは叫びながらその小さな拳を握りしめ、センエツに飛びかかった。

 しかし、センエツは怒りで暴走するサンタを鼻で笑うと、自らの掌をサンタの前にかざした。



 「白スーツ! テメェだけは絶っ対許さねえッ!」

 「ふん……そういう知恵も工夫もなく突っ込んでくるところがゴミだと言っている」



 突然、センエツの掌が妖しく光りだす。闇を孕んだ紅の輝き。

 サンタは構うことなくその妖しい光に拳を叩きこもうとした。


 しかし、その瞬間だった。

 センエツの掌から爆発したかのようなエネルギーが発生する。

 無形だった妖しい光は、徐々にその姿を植物のツタのように変化させ、たちまちサンタの手足に絡みつき、彼を拘束していく。



 「……ッ! チクショーッ! また卑怯な魔法使いやがって! 正々堂々闘いやがれ!」



 ツタがサンタの身体を縛り上げ、地面へ組み伏せるのにそう時間はかからなかった。

 サンタも身をよじり全力で抵抗するが、意味がないようだ。

 むしろ動けば動くほどサンタはツタにきつく縛られた。


 ツタに捕縛され地面に転がるサンタを、センエツは壊れた玩具を見るような目で見下した。



 「何度も言うが、これは魔法じゃない……戦火と犠牲の血潮が生み出した先進的な能力だよ」

 「こんのォ……! 訳わかんねえこと言ってないで、この変な魔法解きやがれ!」



 もがき苦しむサンタを見て、センエツは「いいか、次はないぞ」と言い放つ。

 拘束されたサンタを放置し、センエツは背後に控えていた黒服たちに撤収の合図を出す。



 「いいか鰻屋の店主……先ほどの話、くだらない町のお友達にも伝えておけ。このセンエツ、どんな些細な情報でも隠ぺいすることは許さない」



 センエツは最後に鰻屋の店主にそう告げると、踵を返し商店街を去っていった。


 町の人々から手を借りてようやく立ち上がった鰻屋の店主。

 彼の右手には、一枚の紙が握りしめてあった。

 今日、センエツが鰻屋を訪れて店主に渡したものである。


 鰻屋の店主は、なにか良くないことが起こる気がして、救いを求めるように空を仰いだ。



 「金色の獣を探せ……か」

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