01.獣と男
とある小さな国の辺境に、一匹の獣がいました。
この獣はどうしようもない乱暴者でした。町の人々からひどく嫌われていて、いつの日か獣はひとり、町はずれの森の中で暮らすようになりました。
町から僅かに漏れ出した鐘の音が、獣の丸まった背中をすり抜けていきます。
しかし、獣はどんなに孤独でも挫けません。木漏れ日の中、金色のたてがみを風に靡かせながら、気高き心を失わぬよう強く生きました。
そんな獣のもとに、ひとりの男が訪れます。
「おい、ちっこいの、お前とトモダチになってやる」
いきなり笑顔で宣言してきた男を見て、獣は思いました。
『なんかヤベェ奴きた』
獣は動揺しつつ男を追い払おうとしますが、男はしつこく食い下がってきます。
怒りの限界に達してしまった獣は、ついに男の頭に飛びかかり、ガブリと噛みついてしまいました。
しかし、男も負けていません。ギャーッ! と悲鳴をあげた彼は、頭に噛みついた獣を引っぺがし、鬼の形相でそのまま獣をブンブンと振り回しはじめました。
そこからは一人と一匹の取っ組み合いの喧嘩です。
お互いに殴り合い、頬を引っ張り合い、たまに休憩を挟みつつ、顔を引っかき合いました。
喧嘩は三日三晩続きました。
疲れ果てた獣と男は、息を切らしながら草原に身を投げ出します。沈んでいく太陽と夜の境目を、お互い無言で眺めていました。
「……おい、ちっこいの」
太陽が沈み切った頃、男が獣に話しかけます。
「お前のトモダチになってやる」
男から飽きるほど聞かされたそんなふざけた言葉に、獣は『やっぱりこいつヤベェ奴だ』と呆れてしまいました。
しかし、なぜでしょう。傷だらけで腫れ上がった男のマヌケな笑顔が、強く握られていた獣の拳を解いてしまったのです。
男から顔をそむけた獣の頬には、ひと筋の涙が流れていました。
『オレは心の奥で、こんなバカとの出会いを待っていたのかもしれない』
男にバレないように涙をぬぐった獣は、諦めたように溜息をついて、一人と一匹の新しい物語を歩んでみようと思ったのでした。
「……ちっこいの、じゃねえ! オレの名前は────」
プロローグです。