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2027年、テスラの完全自動運転車がデリーを走る







1。

 2027年、デリーの夏は相変わらずの喧騒と埃に満ちていた。だが、街の音は少し変わった。ガソリン車の排気音やクラクションの連打が減り、代わりに静かな電動モーターの唸りと、時折響くAIの穏やかなアナウンスが街を包む。テスラの完全自動運転車――レベル5の「オートノマス・モデルS」が、インド政府のスマートシティ計画の一環でデリーの道路を走り始めたのだ。

 アビナシュ・シャルマ、32歳のフリーランスのデータアナリストは、朝のラッシュアワーに自宅アパートのバルコニーからその光景を見下ろしていた。4車線の道路を、テスラの白いセダンが滑るように走る。車内には誰もいない。ハンドルは自動で微調整され、歩行者やリキシャを避けながら、まるで生き物のように動く。アビナシュはスマートフォンを手に取り、テスラのアプリを開いた。

「オートノマス、8時にピックアップ。目的地:コンノートプレイス」

 アプリが即座に応答した。

「了解しました、アビナシュ様。車両ID:TSL-472が7時55分に到着予定です」

 彼はコーヒーを飲みながら、今日の予定を頭で整理した。クライアントとのミーティング、母親への送金、そして夜の友人の誕生日パーティー。すべてをテスラの自動運転車に任せれば、移動時間は仕事や仮眠に使える。便利な時代だ、と思う一方で、どこか物足りなさも感じていた。かつて父が運転していた古いマルチ・スズキの、ギアをガリガリ鳴らす感触が懐かしい。




2。

 7時55分、ピンポイントでアパート前に白いテスラが停まった。ドアが自動で開き、アビナシュは乗り込む。車内は清潔で、ほのかにラベンダーの香りが漂う。ダッシュボードの巨大なタッチスクリーンが彼を認識した。

「おはよう、アビナシュ。コンノートプレイスまで約25分です。ルートはリアルタイム交通データを基に最適化済み。音楽やポッドキャストを再生しますか?」

「いや、静かでいい。仕事のメールを開いて」

 スクリーンが即座にメールアプリを表示し、音声で新着メッセージを読み上げる。アビナシュはシートを倒し、タブレットでクライアントのデータ分析レポートを編集し始めた。車は信号でスムーズに停止し、混雑する交差点でもミリ単位の精度で他の車両や自転車を避ける。テスラの自動運転システムは、LiDARセンサーとカメラで360度を監視し、子供が飛び出しても瞬時に減速する様子を、スクリーンのリアルタイム映像で確認できた。

 途中、テスラのAIが割り込んだ。

「前方1.2キロで一時的な道路封鎖を検知。迂回路を計算しました。所要時間は3分増加します。承認しますか?」

「OK」

 車は右に進路を変更し、狭い路地を滑らかに進む。窓の外では、露店商がチャイを売り、牛がのんびり道路を横切る日常が続いていたが、車内はまるで別世界だ。コンノートプレイスに到着すると、車は自動で駐車場に移動し、アビナシュはミーティングに向かった。

 クライアントとの商談は順調に進み、彼は気分良く昼食をとった。だが、午後の予定が急に変更になり、母親が住むオールドデリーへの訪問が必要になった。アプリで新たな指示を入力し、テスラを呼び戻す。車は10分で到着し、今度は狭く入り組んだオールドデリーの路地に向かう。




3。

 オールドデリーは、2027年になっても昔のままだった。細い路地にひしめく商店、香辛料の匂い、モスクからの祈りの声。

 テスラの自動運転車は、こうした混沌の中でも驚くほど冷静だった。AIは歩行者やリキシャの動きを予測し、時には数センチ単位で進路を調整。だが、アビナシュの母親、ラクシュミは、この「運転手のない車」を信用していなかった。

「アビ、こんな機械に命を預けるなんて気味が悪いよ」

 ラクシュミは70歳で、スマートフォンの操作すら苦手だ。アビナシュは笑いながら答えた。

「ママ、これが未来だよ。事故率は人間の運転より100分の1以下なんだ」

 だが、路地を抜ける途中、予期せぬ事態が起きた。地元の祭りのパレードが始まり、色とりどりの衣装を着た群衆が道路を埋め尽くした。テスラのAIは即座に停止した。

「安全のため待機します。群衆の動きを分析中」

 だが、群衆は車を取り囲み、子供たちが窓を叩き始めた。ラクシュミはパニックになり、叫んだ。

「ほら、やっぱり機械はダメだ!」

 アビナシュは冷静を保ち、AIに指示した。

「外部スピーカーでヒンディー語のアナウンスを。『安全のため停止しています、ご協力ください』と伝えて」

 車は穏やかな女性の声でメッセージを流し、群衆は徐々に離れ始めた。AIは群衆の動きをリアルタイムで解析し、10分後に安全な進路を確保。車はゆっくりとパレードの脇を抜け、ラクシュミの家に到着した。

 家でチャイを飲みながら、ラクシュミはまだ不満げだった。

「昔はね、運転手がいて、話しながら移動できた。機械は冷たいよ」

 アビナシュは微笑んだ。

「ママ、AIにも話しかけられるよ。試してみて」

 彼はテスラのAIに呼びかけた。

「オートノマス、ラクシュミに昔のデリーの話を聞かせて」

 AIは即座に応答した。

「ラクシュミ様、1960年代のデリーは、馬車や自転車が主流でした。チャンドニーチョークの市場は今より静かで…」

 ラクシュミは驚きつつ、興味深く耳を傾けた。AIは地元の歴史や文化を交えた話を続け、彼女の気分を和らげた。




4。

 夕方、アビナシュは友人の誕生日パーティーに向かうため、再びテスラを呼んだ。夜のデリーはネオンと混雑で輝き、テスラは渋滞の中を縫うように進む。自動運転システムは最適なルートを計算し、時には信号のタイミングを予測して加速を調整。パーティー会場に到着すると、友人のヴィクラムが感嘆の声を上げた。

「アビ、これがテスラのレベル5か! 運転手いらないなんて、SF映画みたいだな」

 アビナシュは笑った。

「慣れると、ただの移動手段だよ。でも、確かに便利だ」

 パーティーで盛り上がった後、深夜に帰宅する際、テスラの車内でアビナシュはふと思った。確かに、昔の車には人間の温かみがあったかもしれない。だが、この自動運転車は、ラクシュミを安心させ、混沌のデリーを安全に走り、彼の時間を有効に使わせてくれる。機械は冷たいかもしれないが、信頼できるパートナーだ。

 車がアパート前に停まり、ドアが開いた。AIが静かに告げた。

「お疲れ様でした、アビナシュ。明日7時のピックアップを予約しますか?」

「うん、頼むよ」

 アビナシュは車を降り、夜空を見上げた。デリーの喧騒は変わらないが、その中を静かに走るテスラの姿は、未来と過去が交錯するこの街の新たな象徴だった。

 翌朝、彼は再びテスラに乗り込み、新たな一日を始めた。自動運転車は、ただの移動手段を超え、彼の生活の一部になっていた。デリーの混沌を切り開く、静かな革命だった。





OWARI

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