人生の台本
幼いときからろくな人生しか歩んでおらず、珍しく成功しそうな気がすれば、他の者に先を越され良いとこ全て持っていかれる。将来は大物俳優になる……などと 啖呵を切り、オーディションをバンバン受けたは良いが、才能が無いため落ちまくりの人生を送っていた。哀れな生き方しか出来ずにいる野木雅史には成功とは、程遠い日常が似合っている。「お疲れっした……」ホントに疲れている。時刻は午前二時、コンビニで深夜勤務のシフトに入り、週5月勤で働く日々。(深夜だから時給良いと思ってたけど、そうでもねえ……割に合わねえな)収入は少ないは、クレーマー客の対応に追われるは、変化なしの日々が嫌になるばかり。職場のコンビニから徒歩三十分。雅史は早く帰宅して寝床に着きたいと思うも、疲れのせいで脚が思うように動かない。「ん……?」鼻先に何かが当たった。ー……サアアアアア……ー雨だ。しかも結構な降り。(ついてねえ!)傘は持っておらず、このまま帰るとなれば相当参ってしまう。ふと、視界に24時間営業のファーストフード店が、雅史の視界にはいる。(金ねえけど……)ずぶ濡れで帰るか、金欠で飲食店に入るか……考えた末、ドリンクのみオーダーする事にした。急ぎ足で店内に入る。「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか?」「店内でコーヒー」カウンターでオーダーしていると、ふと元同級生の女性の姿が目に入った。(あれは、強運の持ち主……草加部梨夏【くさかべりなつ】!)雅史は目が釘付けになる。と言っても別に好きな相手ではなく、梨夏にはラッキーな出来事が連続で起きているから凝縮してしまうだけ。梨夏は宝くじや福引きで高額当選しており、他にはコンビニのATMで振込みをしようとしている高齢男性を詐欺被害から救い、警察署から表彰され、そして更に彼女は夢だった和菓子屋を立ち上げ、成功者として毎日を生きているからだ。(くそ!なんであんな奴が……!)雅史には気づいておらず、梨夏は涼しい顔でベーコンエッグサンドを頬張っている。(あんな高いメニュー頼みやがって!昔は地味な位置でいた癖に!)学生時代は梨夏のポジションはスクールカーストで最下位だった。雅史はそんな梨夏を見下し、毎日嫌がらせを繰り返していた。自分は梨夏より格上だと思っていたのだ。(こんな姿、見せてたまるか!)梨夏と会わずにすむ席を探したが、よりによって彼女の真後ろの席しか空いていない。「ちっ!」(仕方ねえ……後ろなら、声を出さなきゃバレねえか)コーヒーを受け取り、梨夏が座る席の後ろに雅史は座る。背中合わせの因縁ポジション。(早く止んでくれ!帰りてえ!)見つかる前に帰宅してふて寝したい。「ブーッ、ブーッ、ブーッ……」ビクリ、と雅史は体を反応させた。梨夏のスマホが鳴ったのだ。「はい、もしもし。あ、神様……御世話になっています。こんばんは」(は?)コーヒーを飲んでいた動きが止まった。何かを察知し、雅史の耳は梨夏の通話へと傾く。「神様が下さった『人生の台本』のおかげで、わたくし幸せです。はい、新しい台本も間もなく?まあ……ありがとうございます」(は?は?台本?は?)「え?規格外、アドリブですね?やってみます。ありがとうございます!失礼します」通話を切り、梨夏はオーダー窓口へ向かう。やはり雅史には気づかない。「すみません、チャレンジスクラッチ、一枚下さい」「はい、どうぞ」チャレンジスクラッチとは、銀を剥がし当たりが出ればそれだけの金銭が貰える催し物だ。小さなカードの銀をコインで削る梨夏、次の瞬間彼女は笑みをみせた。「店員さん、これお願いします」「はい、ああ……おめでとうございます!千円当たりました」(は?)「ありがとうございます。では、これ……寄付します」これには店員、他の僅かな客、そして雅史も驚いた。千円をレジ横にある募金箱に入れ、梨夏はそのまま店を出た。荷物は小さめのエコバッグのみで、楽なスタイルで立ち去った。出る寸前、あちこちから拍手が聞こえた。「格好いい!」「最高だよ!」「ヒーロー!」梨夏が外に出ると雨は止み、穏やかな空が広がった。鳴り止まぬ拍手の中、雅史だけは気に入らない。(くっそ!ん?これは……)梨夏が座っていたテーブル席に本が一冊置かれてあるではないか。(『人生の台本』?あいつ、ばっかじゃねえか!忘れていやがる)梨夏が忘れたらしい台本を素早く取ると、雅史はニヤリと笑った。(この台本の通りに動けば、俺は金持ちになれる!)「馬鹿はてめえだ、野木雅史」一部始終を見ていた神様が彼の滑稽さを嗤う。「それは小道具の台本……本物の台本なら、彼女のスマホに打ち込んである。小道具の台本通りにすれば不幸になるものを」本物の台本には、梨夏が小道具の台本を置いていくよう書かれてある。「あの女……」「この男……」神様と人間の声が重なりあう。「「馬鹿じゃねえの」」