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田崎 みどりが、SNSのグループチャットで呼び出されたのは、駅前にあるカラオケ店であった。夜も既に遅い、夏休みであったが、精神を患っている母の代わりに家事をひとおりこなせねばならず、その合間に昼と夜にバイトを二つ入れているので、とても疲れていた。しかし、断れば何をしてくるか予想が付かないやつらなので、彼女はしぶしぶ了解と返事を返した。
母は薬を飲んで、朝までぐっすりと寝ているが、それでも時折起きてしまい、ふらふらになりながらも、何度か自殺を試みたことがあり、正直目を離せないので誘いにはのりたくなかった。
生活の糧は、生活保護だ。父が亡くなり、しばらくは母も必死で働き、母子家庭ゆえに児童扶養手当を自治体から給付されていたので、当時は人並みに生活は出来ていた。しかし母が倒れ収入が無くなり、困窮状態に陥った時に、地域の民生委員の方がやってきて、ようやく申請する事になった。
それゆえに、彼女を助けようとする同級生もいたが、反面、いじめにも遭っていた。残念ながら学校は、それを見て見ぬ振りを続けていた。それはいじめっ子達の親達がモンスターペアレントという事もあるからだ。その親達から見れば、田崎の母親は、働けるのに働かないでいる、税金泥棒という事になっているらしい。その親達の田崎家に対する不満はそのまま子供にも感染するものだ。
教師も教育委員会も事なかれ主義をひたすら貫き通す体質から脱していないので、助けになるどころか、彼女を厄介もののように思っていた。
カラオケで待っていたのは、まさにそのいじめっこ3人衆だ。金が無い家庭に育っている彼女からバイト代をカツアゲして持ってゆき、コンビニで万引きをさせられ、学校でも無理矢理服を脱がされ、写真を撮られたり、SNS上で誹謗中傷を連発しまくる。
反抗すれば、暴力の嵐、そして無理矢理撮られた裸の写真を拡散するぞ脅される。精神を病んでいる母を更に追い込むような相談を持ちかけることも想像できやしない。
今は、ただ卒業してこの連中から縁が切れるまで辛抱するしかない、田崎は諦めながらもひたすら耐えるしかないと心底思っていた。
「みどりさぁ、お前の携帯出してみな」鈴木 あいこが椅子に座った田崎に言った。とりまきの二人がくすくすと笑った。
田崎は、おとなしくスマホを取り出した、画面にヒビが入っているのは、この連中のせいだ。まだ動くのが不思議なぐらいだ。
「あいかわらずきたねぇな」鈴木がそれを見て顔をしかめた。「新しいの買えよ」
買えるものならそうしている。そう言いたい気持ちを殺してだまりこくる。
「ちょっとこれを同じAIアプリは入っているかい」鈴木は、最新のスマホを取り出して画面を見せて、ひとつのアイコンを指した。
「ううん」田崎は、首を振るだけだ。一体ここでなにをやらされるのだろうかと、不安で声が小さくなる、余計な事を言えばそれにいちゃもんをつけて、酷い目に遭いかねないのが怖い。
「じゃあ、検索してインストールしな」鈴木は、そういうとジュースを飲んだ。
田崎は指を震わせながらgoogle playでアプリを探し出した。フリーソフトであることに少し安堵の気持ちが湧いてきた。最近流行のAI関連のアプリだ。それをインストールすると、脳をデフォルメしたかのようなアイコンが追加された。
「できました」と田崎は画面を鈴木に見せた。
「じゃあ、それを起動させな」鈴木はえみを満面にする。とりまきの二人も興味しんしんと興味を田崎に向けた。
アイコンをクリックすると。何でも質問してくださいと入力域が表示される。
「じゃあ、こういう風に入力して、ゆうきさん、ここに来てください」にんまりと鈴木の顔が笑う。「ゆうきのゆうは有力者の有、きは21世紀の紀だよ」
あれか・・・最近噂になっているやつ、でもあれは花子じゃあなかったのかなと首を傾げながら。田崎は言われた通りに入力して、実行ボタンをタップした。
なにかおかしな文章でも出て来るのかとおもいきや
「やあ、初めまして、来たよ」と普通ならいくつも例文の候補が出てくる欄に、その一行だけ表示された。
「本当にでた」鈴木は、おどいた声をあげた。
「じゃあ、次は有紀さんお帰りくださいと入力してみろ」
田崎は、その通りにした。
「いやだ」スマホに表示されたのはそれだけだった。
「やべ、マジかよ」鈴木と取り巻き二人は、互いに顔を見合わせた。
「もういい帰ってもいいぞ」鈴木は、それで満足したかのように、田崎に命令した。「なんかあったら教えろよな」




