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来訪者  作者: 芹沢一唯
6/7

6.

今回少々長くなってしまいましたが、お付き合いいただけますと幸いです。


神楽が感じる疑問や疑念が、少しずつはっきりとしてくる……はず。

 その夜、病院を後にした神楽は、あのおぼろげなライトに照らされたバー、リトルムーンへと向かっていた。

ひとつ断っておくが、神楽は病院を出る前にはしっかりと冨士子の料理を腹に収めていた。何故だか妙に懐かしく感じた料理。神楽はその味をしっかりと噛み締めるようにして食事を終えると、辞して病院を出たのであった。

 前夜彼女が訪れた際、見知らぬ男たちが目についた。夕方に死んだという男のことについても、何か情報が得られるかもしれない。たとえその男について何の情報も得られなくとも、店主ならば何らかの情報をつかんでいる可能性は高い。いかにも優しそうな初老の男性だが、今でも情報には通じている。そして、彼女が高い信頼をおいている人物の一人である。

  キィ……ガチャン……

 古い木造の扉が、小さく軋む。相も変わらず、少々頼りないオレンジ色の灯りと煙草の煙、そして酒の臭いが狭い店内を支配している。

店内には、神楽の予想通りの光景がよどんでいた。昨晩と同様に、知らない顔の男たちがテーブルの大半に陣取り、虚ろな眼差しで酒をあおっていた。扉が軋む音に軽く目線を上げる程度の反応を示し、あとは黙々と飲み、煙草をふかしている。不自然ともいえる空気だ。これだけの人数がいるのに、ざわめきなどというものが聞こえてこない。時折、低く唸るような音が(恐らく話し声なのだろうが)聞こえてくる程度である。

「ここ、空いてる?」

 神楽は、カウンターではなく、テーブルの手近の空席を見つけると、やや低めの声で問う。

「…………」

 そのテーブルにいた男は、軽く顔を上げるだけで無言だったが、神楽はそれを肯定として受け止める。肩から提げていた黒い鞄を、自分の背中と椅子の背もたれとの間に置くと、ゆっくりと腰を下ろす。

「あんたらさあ」

 煙草に火をつけながら、神楽が低い声のまま、口を開く。そのテーブルに陣取っていた三人の男が、ほぼ同時に顔を上げたが、やはり興味がなさそうに再びうつむく。

神楽はかまわず続けた。

「見ない顔だよね。何かオイシイ話でもあんの?」

「…………あんたは?」

 三人の男のうち一人が、ぼそりと聞き返す。年は五十歳前後だろうか、やたらに伸びた無精髭が目立つ。神楽を見たその瞳は、酒がまわっているのか、かなり虚ろだ。

「この街では結構顔が広いと思ってたんだけど」

 周囲に油断なく気を配りながら、答えにならないような返答。男たちの反応はない。

「普段は便利屋って呼ばれてるよ」

 神楽が言葉を続ける。

「いらっしゃい、今夜は?」

「んん……ちょっと強いヤツがいいかな」

 彼らの空間を遮って現れたのはその店の店主、栗山だ。いつもと変わらない様子で、神楽を歓迎しているのが分かる。話を遮られたかたちになったが、神楽はまったく気にしていない。むしろ、店主が気軽に話しかけてきたことで、男たちの注意をわずかに引きつけることができたようだ。

「悪いな、中断させちゃって」

 軽さを装って、神楽が男たちに向き直る。男たちの視線は、すでにテーブルのグラスから、神楽に集まっていた。

「……俺たちは……“声”を聞いたんだ……」

「声?」

 先ほどの五十歳前後の男が、ぼそりと話し始めた。短く問い返そうとして、神楽は気づいた。顔はこちらを向いているが、視線がおかしい。よく見ると、周りの二人の男も同様だ。

(あーらら……いきなりビンゴかしら)

 内心舌打ちする。この男たちの意識は、彼らのものであって、彼らのものではない。熱病に浮かされたような彼らの表情には、生気がなかった。

「この街で……革命を起こすんだと……。俺たちは……呼ばれたんだ」

 神楽の反応はおかまいなしの様子で、淡々と、その男は口を開く。

(革命……、声? ……『陰界』が溢れたのか……?)

 男の話が神楽のなかで何度も繰り返される。不吉な言葉の羅列。知らず、深く考え込む。

「はい、お待たせ」

 不意に神楽の目の前にグラスとボトルが差し出された。店主だ。やや不自然に立てられた大きな音が、店主の声とともに思考の波間に救出用のロープを伸ばしたようだ。

 考え込むと周囲の状況が目に入らなくなるのは、神楽の悪い癖だ。今は店主に救われた。はっとして思考の波間から戻ってきた。軽く苦笑してマスターに応える。

神楽は、注意を男たちに戻した。だが、取り越し苦労のようだ。未だ虚ろな瞳のまま、ぼそぼそと何かをつぶやいている。注意して聞き取らないと分からないような言葉だが、さっきと同じ言葉を繰り返しているようだ。

「おっさん」

「ん?」

「最近、何か変わったことない?」

 視線を男たちから店主へと移し、何気なく問う。店主は、持っていたトレイを小脇に抱えるように持ち直し、少し考え込むようにしていたが、どうやら思い当たることはないらしい。

 テーブルの男たちの注意は、すでに神楽と店主から離れ、テーブルの上の酒と煙草に戻っていた。これ以上の情報は、彼らからは得られないだろう。神楽は椅子から立ち上がると、店主の後ろについてカウンター席へと移動した。置かれたボトルとグラスは、彼らへのプレゼントとなったようだ。

 カウンターのいつもの席につくと、いつものように鞄を隣の座席に放り出し、テーブルに肘をつくようにして、ポケットの煙草に手を伸ばす。

「……あの胡散臭い男も、この街に入ってるようだよ……」

 淡いブルーのカクテルを出しながら、ぼそりと独り言のように店主が告げる。『胡散臭い男』……スモーカーのことも似たような表現を使ったような気がしたが、どうやら別の男らしい。無論、神楽には思い当たる人物がいる。

「相変わらず好かれてないな、あの男は」

 苦笑交じりに神楽が応える。

「どうもな……。何が、というわけではないんだけどねえ……」

 店主も苦笑で応じる。

店主の話では、その男はこの街のホテルに数日前から滞在しているらしい。そのホテルというのも怪しいもので、営業しているのか倒産したのか分からない程度に、営業している。普通の観光客やサラリーマンはまず利用しないようなホテルだ。

「ここの客から情報がとれないんじゃ、その男の方がマシかもな」

 カクテルグラスを傾けながら、神楽。難しい顔で、店主も頷いている。

「行くっていうなら止めはしないが、あの辺りは物騒だ……気をつけなさい」

 グラスを拭きながら注意を促すが、神楽の行動を止めることまではする気はないらしい。言っても無駄だからだ。

 ここ数日、この店にも見知らぬ客が多く来店してくる。そして、神楽の周りでは何か良からぬ出来事が起ころうとしている。いや、すでに起こっているのだろう。店主にその話をしなくても、神楽の身に起こっていることは、何となく感じ取ることができる。そして、なかなか情報を得られず、神楽が混乱しかけていることも。

「サンキュ……ごちそうさま」

 言うと、鞄を肩に掛け、席を立つ。一瞬テーブルの上の煙草を忘れかけたが、苦笑しながら振り返ってポケットに収める。

 後姿を眺めながら、店主はまた、誰にも聞こえないような溜め息をついた。

  ガタガタンッ!

「!」

 ドアを開けようとしたその時、神楽の後ろで椅子が倒れる派手な音がした。振り返ると、店内の客が総立ちになり、こちらを見据えている。いきなり立ち上がったのだろう、いくつかの椅子が倒れ、テーブルの上のボトルやグラスが揺れている。

「……何だよ……」

 ざっと店内を見渡し、客という客の視線が自分に向かっていることを確認する。虚ろな視線で神楽を捕らえ、ゆっくりと体をこちらに向ける。

「……やるなら表出ようぜ……ここじゃ狭すぎるよ」

 言うと後ろ手にドアを開け、一歩、店の外に出る。瞬間、虚ろな瞳のまま、店中の客が一斉に動き出した。

「うわっ……」

 予想もしなかった動きの早さに、神楽は一瞬うろたえた。が、勢いでそのまま階段を駆け上がった。もつれた足が何度か階段につまずいた。その足を掴まれかけたが、何とか蹴飛ばして足を自由にすると、深夜の街に一気に駆け出した。

 追ってきているのは、中年の男が十数人。先ほど階段で蹴飛ばした男は一人だが、巻き添えを喰って合計二人はリトルムーンで沈んでいるだろう。

(どうしようかな……このままホテルまで突っ込むか)

 何やら物騒なことを考えつつ、深夜の街を疾走する。運のいいことに、相手は中年の、しかも酒気を帯びた男性である。体力でいうなら神楽の方が数段勝っているだろう。だが、おかしい。顔色ひとつ変えずに、神楽のスピードについてくる。はっきり言って気持ち悪い。

 進路は、廃ビルに囲まれたちょっとした広場に向かっている。やはりこのままホテルに突っ込むのは得策ではないと考えたのだろう。

「さあて、いらっしゃい」

 不敵に笑って振り返り、神楽が迎える。後ろから追いついてきた無表情のままの男たちが、ざっと神楽を取り囲むように陣取った。

 不敵な笑みを消さないまま、油断なく周囲の男たちを観察する。どこで手に入れたのか、それぞれの手にはナイフや酒瓶など、物騒なものを携えている。

 一瞬の緊張感。

 真っ先に動いたのは、神楽の左横にいた男だ。手には大振りのナイフを携え、ややオーバーアクション気味に仕掛けてきた。動きが大きいので、かわすのは容易い。勘だけで軽く体を反らしてナイフをかわす。かわしざま、男の腹に膝蹴りをかます。その衝撃で、男の手からナイフが落ちる。それを足で蹴り上げ、武器を奪う。続けざまに後ろから襲い掛かってきた男の鳩尾に、ナイフの柄で強烈な一撃を打ち込む。

一瞬のうちに二人の男が地面に沈んだ。

 正面から襲い掛かってきた二人組みに、姿勢を低くして一気に足払いをかけ、ややひるんだその後ろの相手の顔面に蹴りを打ち込む。

(なんだコイツら……)

 完全に地面に沈んだと思った相手が、むっくりと起き上がり、さらに神楽に向かって攻撃を仕掛けてくる。

(やっぱりコイツらの意思じゃねーな……)

 攻撃を仕掛けてくるときでさえ、男たちの瞳には光がない。完全に虚ろだ。

 何とか男たちをやり過ごし、囲んでいた男たちの中から出ると、神楽は内ポケットの銃を取り出した。すばやく銃弾を装填する。なおも追い続けてくる男たちに向けて、数発の銃声が鳴り響いた。

 神楽は再び走り出した。このまま奴らが倒れているわけではあるまい。神楽の銃に装填されているのは、スモーカーから買った麻酔弾だ。……そういえば、有効時間を聞いていなかった。だが短くても二、三時間はあってほしい。

(とりあえず、あの男に会ってみるか)

 神楽は、そのまま男が滞在しているというホテルに向かう。

走りながら、携帯電話を取り出す。相手はリトルムーンの店主だ。店に置いてきた二人の男が気になる。

「大丈夫だったか?」

 電話の向こうで溜め息をついたのが聞こえた。店主自身は大丈夫そうだが。

『一応気になったんで、縛り付けてあるよ。特性ドリンクで気持ちよく寝てもらってるけどな』

「さすがだね。とりあえず、そいつら普通じゃないから用心してて」

『注意しとくよ。お前さんも気をつけてな』

「サンキュ! じゃあな」

 通話が終わる頃には、目的地に大分近いところまで来ていた。

 足を止めないまま、神楽は辺りを警戒した。……いる。確かに、何かの気配がいくつか点在しているようだが、姿は見えない。神楽はそのまま、近くの古い建物に入った。

 建物の内部には人影は見えない。入り口も、もともとは自動ドアであったのだろうが、すでに反応はなく、神楽が無理やりこじ開けたのだ。何度も繰り返されているのだろう、容易に開けることができた。

かつてはそれなりに手入れされていたのだろうが、今は従業員の姿すら見えない。この時間を考えれば納得のいくものかもしれない。神楽は薄汚れたロビーを横切って、フロントに向かった。台帳が無造作に置いてある。神楽はその男の名前を探してページをめくった。

(いた、九階? ずいぶん上だな)

 この建物は十階建てだ。そして恐らく、エレベーターも壊れたままだろう。このホテルの支配人は変わり者で、他にもいくつかのビルを経営している。ここは例外的に、アンダーグラウンドに住まう連中の隠れ家的存在と化している。支配人もそれを承知でいるのか、時折姿を見せては、人を雇って客室の整備をさせているらしい。いつきても宿泊するには最低限の設備が整えられている。が、エレベーターの修理まではなかなか手が回らないとみえる。

実を言うと、そのエレベーターを破壊したのは神楽である。正確には、神楽がかかわった事件の巻き添えを喰って壊れてしまったのだ。本来ならば弁償すべき事柄ではあるのだが、請求されていないのでそのまま放置されている。

 神楽は、軽く溜め息をつくと、ガタついた扉を開け、階段を上り始めた。四階まで上った頃だろうか、背後に嫌なものを感じ、踊り場から廊下に出た。

(ついて来やがった……)

 内心で舌打ちする。

 辺りに、特に階段に意識を集中する。油断なく辺りを警戒しながら、携帯電話を取り出し、このホテル内にいるであろう男にかける。

『……ハイよ』

 やる気のなさそうな声が聞こえる。

「便利屋だけど、『蛇』?」

 緊張感が声に出る。

『蛇じゃないよ、ちゃんと“スネーク”って呼んでよ。どうした?』

 神楽の緊張感が伝わったのか、一応抗議したあとでやや口調が改まる。

「ちょっとここ、ヤバいことになりそうなんだけど、あんた参戦できる?」

 廊下の端に向かいながら、神楽。廊下の両側に張り付いている扉には、ご丁寧にもきっちりと鍵がかかっている。中に誰かがいる気配はないが、そこで暴れるにはかなり狭い。

『君の助けになれるかどうかは疑問だけどね。このホテルがヤバいの?』

「ああ、今下に来てるよ、階段にね」

 言うと、一気に廊下の端までダッシュし、窓を調べる。普通に窓ガラスが張ってあるだけかと思いきや、ご丁寧に鉄格子まではめてあった。

「ヤベ……」

 後ろの気配が膨れ上がってきた。先ほどの男たちのような生身の人間ではない。黒い、暗いわだかまりが徐々に大きくなり、無数の触手が蠢いている。大きさは、廊下の幅、高さともにぎりぎりだ。触手が壁や天井にこすれているのか、ズルズルと粘液めいた音が廊下中に響いている。しかも一体ではなさそうだ。恐ろしく長いのが階段から繋がっているのかもしれないが、同じような物体が数体いると考えるのが妥当だろう。

『どうした?』

 何やら背後でごそごそと音がする。部屋を出る準備でもしているのであろう通称『スネーク』が、やや焦った声で聞いてくる。

「階段から下には戻れなくなったよ。今から外出るから、あんたも上に行ってくれ」

『上?』

「屋上だっ」

 言うと、数歩下がって一気に窓に体当たりした。ガラスが砕け、四階から重力に従いバラバラと落ちていく。それを待たずに、今度は鉄格子に強烈な蹴りを打ち込む。

  ガコォン!

 金属同士が薄い布を被せられたままぶつかるような音が響く。神楽の靴は特注品で、実は底と踵、つま先の部分には鉄の板が組み込まれている。だから神楽の足にかかる負担も大きいが、破壊力もかなりのものだ。

無残に蹴り壊された鉄格子を窓から外に放り投げると、神楽は携帯電話をコートのポケットにしまい込み、ふわりと窓枠に飛び乗った。そのまま外壁のパイプと、上の窓の鉄格子をたよりに、飛ぶように上っていく。

 気配が実体化したバケモノは、ズルズルと引きずるようにその巨体を動かし、神楽の後を追う。意外にもその動きは早い。

「うわっ、来たっ!」

 ちらりと下を見た神楽が、思わず驚愕の声を上げるほど、その動きは早かった。屋上まではあと数メートル。バケモノが触手を伸ばす。軽く触れた瞬間、痺れるような感覚が足元から伝わってきた。

 捕まったらヤバい。神楽は、片手と足で体を支えると、とりあえず装填された麻酔弾のまま、バケモノを狙い撃った。

  バチュッ!

 やはり粘液めいた音が響き、命中したことが分かったが、バケモノの動きは止まらなかった。ただ少し、動きが鈍くなった程度だったが、その隙に、神楽は屋上にたどり着いた。最後の数歩は、ほとんど飛んでいるような感覚だった。実際、外の風にコートが煽られ、神楽の背中には黒い翼が生えているようだ。

  ガンガンッ!

 神楽が屋上に到着するのとほぼ同時に、屋内から屋上へ出るドアが乱暴に開け放たれた。スネークが間に合ったようだ。迷わずそちらにダッシュする。

 先ほど触手に触れられた足が、まだ少し痺れている。若干引きずるようにしながら、ドアから出てきたスネークと合流した。

「何だってんだよっ?」

 半分怒鳴りながら情報提供を求めるスネーク。両手には硬そうな四角いトランクのようなものを持っている。この状態から察するに、屋上へのドアは蹴り開けたのだろう。そして相当荷物が重いのか、かなり息を切らし、肩で呼吸している。階段は一階分しか上っていないはずなのだが。

 通称(この場合、自称ともいう)スネークと呼ばれるこの男、外見は……一言で表現するならば、悪徳サラ金の取り立てのチンピラ。

黒っぽいスーツに、派手なシャツと派手な、ゆるゆるに結ばれたネクタイ。そして、夜中だというのにサングラス、さらに若干不似合いな帽子までかぶっている。

髪が長いのか、帽子の後ろから尻尾のようにちょろりと髪が見えている。適当に結んでいるのだろう、横髪は暴れたい放題である。帽子からはみ出ている前髪も、ちょっと長すぎの感がある。

 年齢はスモーカーと近い気がする。ただこの外見のせいで、神楽もリトルムーンの店主も、スモーカーよりも胡散臭さを感じているらしい。まあ、話し出せば普通の友達のような感覚で話せる相手である。

この男もまた、スモーカーと同様、この街のアンダーグラウンドで暗躍している人物の一人である。彼の生業は、『情報屋』である。その名の通り、さまざまなジャンルの情報を集め、信憑性や需要度に応じて情報を売るのである。彼はほとんど人とかかわることはない。……いや、この表現は適切ではない。訂正すると、かなり浅く、幅広く、かかわっている。それが特定の人びととどういう関係を持っているかまでは不明であるが。全国中に情報のネットワークを張り巡らせ、さまざまな顔を持っているのだ。

神楽と知り合うことになったのも、ある事件の情報収集をしていたときだ。情報料はまちまちだが、ときにひどくふっかけられることもあるので、常に頼りにしたいが、そうはできないという厳しい懐具合の現状もある。

「おぅい……ありゃ何だ?」

 神楽の後を追ってきたバケモノが、ぞくぞくと屋上に到着する。予想通りの代物が、合計五体。

 バケモノたちは、神楽たちの姿を確認すると、おもむろに、頭と思しき場所に、ばっくりと、真っ赤な口を開けた。バケモノの暗い口の中からその身体の中が見えるのではないかというほどに口を開き、真っ赤な舌で辺りを探るようにしている。恐らく、それは彼らにとっては触覚の役目をしているのだろう。こちらの人数、性別、所持している武器やその臭いなどを観察しているのだろう。……気色悪い。

「気色の悪い黒いナマモノ」

 スネークのもっともな質問に、見たまんまの姿を説明する。

「そんくらい見りゃ分かるよ!」

 スネークの抗議に、神楽は一瞬スネークの顔をまじまじと見つめてしまった。

「あんた……、アレ、見えんのか?」

 通常の人間ならば見えるはずはない。……そういう類のモノのはずだ。いくら実体化して、彼らによって建物が破壊されようと、人間への直接攻撃があろうと、見えるということは、まずありえない。

「あのうねうねした気色悪いナマモノだろ? 見えてるよ、何となくだけどな」

 霊感の強い者は、気配を感じることくらいはできるだろうと思っていたが、姿まで見えるとなると……相当霊感が強いのだろう。

「で。どうしよっか」

 スネークと神楽は、徐々に壁際を背に、追い込まれるようなかたちになってきた。きれいに半円形を描いて並ぶバケモノたちと対峙する。

 神楽は、拳銃に残っていた弾丸をすべてとりだし、意識を集中させる。

「蛇」

「蛇って言うな! ……何だ」

 緊張感が神楽から伝わってきたのか、後半の台詞は真剣そのものだ。

「あんた……何か使える武器とかねーのか? こいつら、普通の武器だとダメージになんないんだ」

「そういうお前は? 銃じゃないか」

「俺のは特別仕様だから大丈夫なんだよ」

 確かに、そのために銃身から弾丸を抜いてあるのだ。神楽は、スネークがこれから奴らに対してどう対応するのか、非常に気になるところである。多少でも戦える武器があればいいのだが、何もできないとなれば、彼を庇いながら戦わなければならない。

 情報屋から何でも良いから情報を集めたい神楽は、彼を死なせるわけにはいかない。

「……お札でも試してみる? 最近作ったんだけどさ」

「札っ? ……っと、話してる場合じゃねーかな……。行くぞ、ついて来い!」

 言うと神楽はスネークの返事を待たずに、自分たちを囲んでいたバケモノの中に突っ込んで行った。突っ込んでいくと同時に、目の前にいた一体に青白い閃光を打ち込む。手ごたえは十分。あっというまに消滅し、もとの黒いわだかまりとなり、徐々に気配さえも消えていく。

  バシュウッ!

 神楽の背後で、何かが破裂するような音がした。神楽は思わず振り返った。

「うぉっ……!」

 その音の原因をつくった張本人さえも驚愕の声をあげている。

 スネークは、彼が宣言した通りに自作の『札』を使ったらしい。その『札』が本体に触れた瞬間、先ほどの破裂音。効果は絶大のようだ。一瞬にしてバケモノが消し飛んだ。

 立ち位置が逆転した。消滅した二匹のバケモノがいた場所をすり抜けるように、彼らは移動していた。

「すげえな……」

 神楽は素直に感心している。『札』といえばただの紙切れのようだが、スネークはどうやらちょっとした工夫を凝らしていたようだ。スネークは、『札』の裏側に何やら針金のようなものを固定し、遠くへ飛ばせるようにしていた。バケモノが消滅した場所に、その針金の棒が落ちていた。さすがに、ただの紙切れを遠くへ飛ばすような芸当は、スネークにはできないらしい。

「あと三体……楽勝だな」

 自分の銃とスネークの『札』。それぞれバケモノを消滅させるのに必要なのは一発ずつだ。動きは早いようだが、それさえかわすことができれば苦にはならない。

 派手な銃声と青白い閃光、そして破裂音が連続して三回。青白い閃光は普通の人間には確認できないが、さすがに銃声は響いているだろう。

バケモノを消滅させたあとも、彼らはゆっくりとしている場合ではなかった。銃声を聞きつけ、ご丁寧にも通報した人物がいたのか、それとも直接的に知ったのかは不明だが、サイレンの音が遠くから聞こえてきた。警察だ。

お読みいただきありがとうございます。

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