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舐めんな



美湖と別れたあと、一度会社に戻って資材を起き、帰路に着いた。

その間もずっとふわふわしていた。


それが現実に引き戻されたのは、人通りの少ないところで声をかけられたから。


「麗!」


よく知った声が名前を呼んだ。

面倒くさいなあ、以外の感情がなかった。


「……何」


数日しか経っていないはずなのに、ずいぶん前のことのような気がする。

もうあたしの中では完全に過去のことだった。


あれ、あたし、この人のどこが好きだったんだっけ。


「話をしに来た」


ぐいっと、二の腕を掴まれる。


「やり直すつもりはないって返信したでしょ?」

「それで納得できるかよ。」

「納得しなくても関係ないわ。終わった話よ。痛い。放して。」


腕を引き離そうとするが、力が強くて離せない。


車こそたまに通るが、人気の少ない歩道だ。

なるべくなら怒らせたくなくて、あたしは努めて冷静なトーンで伝えた。


「やり直そう。アイツには、しつこく言い寄られて遊んだだけだったんだ」

「一方的に言い寄られてた感じには見えなかったけどね」

「麗だって体の関係だけの奴いるだろ?あの男だって俺は気にしないから」


耳元で囁かれて、全身鳥肌が立った。

浮気なんてしたことないし、したいとも思わない。あたしなりに一途に好きになっているのに。


「なぁ麗、戻って来いよ。俺お前のこと気に入ってるんだ」


キンと胸のあたりが凍りつく感覚。


気に入ってるのは、あたしの外見?体?


それもあたしの一部だ。

でも、それはあたしのたった一部なのに。


「麗、拗ねるなよ。ごめんって。謝ってるだろ?なぁ?やっぱり麗が好きなんだ。」


黙ったあたしに何を思ったのか、元彼は後ろからあたしを抱きしめた。


ーーー気持ち悪い


思う前に体が動いた。

右肘に体重を乗せて、元彼の鳩尾を勢いよく突く。


「ぅぐ…ッ」


お腹を押さえてうずくまる元彼を、あたしは無表情で腕を組んで見下ろした。


「アンタが未練あろうが後悔しようが関係ない」


こちとら怖い思いも不快な思いも数え切れないほどして、場数踏んでいるのだ。舐めんな。


「あたしはもう完全に冷めてるから、何言われてもよりを戻すつもりはないわ」


あたしを大事にしてくれない人のために、あたしの時間は使わなくていい。


「二度とあたしに関わらないで。メッセージも着歴も全部残してあるから、これ以上付き纏うならストーカーの被害届出すよ。」


お腹を抱えたまま、恨めしそうにあたしを見上げて、口を開く。


「お前なんかーーー」


続くだろう罵倒の言葉に、手を握りしめて身構えた瞬間、


「あっはっは!麗さんかっこいいな。僕出る幕なし。」


のんきな声が元彼の言葉を遮る。


懐かしい、恋しかった、秋の声。


「振られたからって麗さんの侮辱はやめてくださいねー。同じ男として情けないので。」


ツカツカと秋はうずくまる元彼の元まで歩くと胸ぐらを掴み、耳元で何かを呟いて、乱暴に腕を離した。

元彼は尻餅を着いたまま青ざめている。


あたしはわけがわからず2人を交互に見やる。

秋は穏やかな表情。


握りしめた手をそっと大きな手が包み込む。大丈夫だとでも言うように。


「行きましょうか」


秋に見下ろされて、その体温にホッとして、息を止めていたことに気付いた。

力が抜けた。


ゆるんで、縋るように手を握ると、強く握り返してくれた。


「ということなので、僕の麗さんのことは諦めてくださいね」


聞いたこともない低い声。


心臓が跳ねた。


“僕の麗さん”


深い意味はないんだろう。

元彼の前では、秋と付き合ってることになってるから。


深い意味なんて、ないんだよね?


行きましょう、と、秋はそっとあたしの肩に触れて促した。

あの日みたいに。



ねぇ、秋。なんで来てくれたの。見つけてくれたの。助けてくれたの。


避けてたのに。

避けてるのだって、秋も気付いてたんでしょう?


なんで?




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