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気付いてはいけない。



秋の服を選びに出かけてから、なんだか浮かれていた。


秋が買ってくれたスニーカーも気に入って、今日はそれに合わせてコーディネートしてしまった。

シンプルなスニーカーなので、あくまで脇役、だけど。


なんかちょっと、楽しい。


この感情が何かなんて、気付いてはいけない。




◇◆◇




オフィスに入ったところで、足が、止まってしまった。


パーテーションの奥で親しげな、秋と秘書の亜由美。

背を向けて作業している2人はまだあたしに気付かない。


何のことはない、仕事風景だ。


亜由美は綺麗に巻いた金髪の巻き髪を揺らして、時折パソコンのメモを見ながら、手元ではサンプルをテキパキと秋の指示の通りに動かしている。

あたしの右腕として、あたしが苦手な雑務や調整などをこまめにやってくれているだけある。


秋も仕事がしやすそうだ。

カメラに向かう真剣な横顔。

秋のスムーズな仕事ぶりに、気難しい亜由美も苛立った様子もなく、淡々と作業を進めている。撮った写真を亜由美に見せて時折笑顔が見える。



ーーーそんな嬉しそうな顔。


あたしと話してるときには、そんな顔しないのに。

だって、あたしにはいつも、勝ち誇った意地悪な笑みで。


いつもそうだ。


他の子には優しいのに、あたしにだけ意地悪言うし。

他の子には愛想いいのに、あたしにだけ偉そうな態度で。

誰にでも人当たりいいのに、あたしには。



仲良い?

確かにそう。

気安く話せる間柄だ。


だって、それって、「秋があたしを異性として見ていないから」でしょ?


いつもより優しくされて、ちょぴっとだけ嬉しくなって、その度に、他の子との扱いの差を見せつけられるのだ。

その、繰り返し。


蓋をしていた感情が、溢れてしまいそうになる。


視線を足下に落とすと、白と黒のスニーカーが目に入って、鼻の奥がツーンとした。



ーーーだめだ。



仕事をしているんだから、差し入れ買ってきたんだから、お疲れ様と声をかけて入って行けばいいのに。



ーーーこの感情は、いけない。



見ていられなくて、あたしは部屋に入らず、静かに踵を返していた。




◇◆◇




初夏のじっとりした暑さ。


せっかく買ってきた、チョコがけのドーナツ、ドロドロになっちゃうな。

秋も亜由美も甘いもの好きだからと思って選んだのにな。

ごめんねーとドーナツに心の中で謝りながら、膝に置いたドーナツの箱をポンポンと撫でた。


昼間のオフィス街、お昼時を裕に過ぎて誰もいない公園で、キコキコと独特の音を立てるブランコ座った。


日焼けしちゃうな。日焼け止め塗ってはいるけど。


ブランコを漕ぐと、自然とスニーカーが目に入ってくる。


「バカみたい」


なんであんな優しくするの。


シンデレラみたいに丁寧に靴を履かせてくれて、それを言っても笑わなかった。

それどころかノリノリで。



「次は麗さんを大事にしてくれる人と付き合ってくださいね」なんて、なんでそんな声で言えるの。


でもそれって、大事にしてくれる人は秋ではないということで。


わかってるのに。

あたしは恋愛対象外だから。


あの夜、ワンナイトなら、もうちょっと希望を持てたのかもしれない。

寂しさを埋めてあげようと思える程度には好きってことだから。


気まぐれで、やけ酒に付き合ってくれただけで、その辺に置いて帰れない程度には仲の良い先輩なだけ。


ああ、感情がごちゃ混ぜだ。


だめなのに。

答えに辿り着いてしまいそうで。



どれくらい時間が経っただろうか。

そろそろ戻らなきゃ。

そう思うのに動きたくなくて途方に暮れてると、通りかかった人が目の前で人が立ち止まった。


「麗さん?どうしたんですか、こんなところで。」


顔を上げると、今一番会いたくなかった人。


心配そうな表情で首を傾げる秋。


「困ったお顔も色っぽくて素敵よね、アキ王子」と、昔誰かが言っていたのをふと思い出した。思い出して、しまった。


キューっと心臓が掴まれたような感覚。


「…麗さん?」


その感覚に怖くなって、俯いた。


あたしは、この感覚を、知らないわけじゃない。


「あっ、あー…もう撮影終わった?の?早いね?」


声が上ずる。


「亜由美さんが下準備しててくれたので。写真ピックアップして明日の午前中には送りますね。」

「ああうんありがとう」


あ、それこの前一緒に選んだデニムとシャツ。やっぱり似合う。


無理に意識を逸らそうとしても、目の前に立つ秋の顔を、見れない。


「足の痛みはどうですか?」

「…大丈夫」


頭上から落とされる言葉に、心臓が痛い。


「あ、この前のスニーカー履いてくれてるんですね。気に入りました?」


カッと頬に朱が走る。


「べ、別にっ。たっ、たまたまだから!朝急いでて靴選ぶ暇なかったから置いてたの履いただけで!」


浮かれてるなんて秋に思われたくなくて、突っぱねるような言い方しかできない。


嘘だ。前日からコーディネート考えて履いて来たのに。


「…麗さん?何かありました?取引先で何か言われたとか」


なんで気付くの。なんでそんな心配してくれるの。なんで。


「何でもないってば!」


ボスっと鈍い音を立てて膝に置いていたドーナツの箱が地面に落ちた。


「……仕事戻る。」

「え、ちょ」


麗さんと呼ぶ声が聞こえたが、振り返らずに走り出した。

走りやすいスニーカーでよかった。


ああもう、こんなの。


考えている時点で負けなのに。


汗だくで勢いよくオフィスに入り、振り返ってびっくりしている亜由美。


「どうしたんですかぁ」

「亜由美、A社の見積もりとB社の提案書の資料ってまとまってる?」

「全部フォルダに入れてますぅ。トラブル?納期早まりました?やりますよぉ」

「いや、やっとく。今日1件案件増えたから、明日説明する。1人で十分だから、亜由美は上がっていいよ。」


きょとんと、くりくりの二重の目を更に大きくして、亜由美は首を傾げた。


「まぁったく。何があったんだか。帰りますけどぉ。明日アルバイトちゃんも来る日だし余裕あるので、ちゃあんとアタシの仕事残しといてくださいねぇー」


亜由美はコンビニであたしの夜食を買って置いて行ってくれた。

片手で食べれるパウチのゼリーとチョコ。そしてエナジードリンク。よくわかってる。


やることは無限にあるのだ。

こういうのでいい、こういう、何も考えずに没頭できる仕事。

これさえあれば。



だって、王子はあたしなんか選ぶはずない。


夢の見過ぎだ。

優のようなマメさも、愛のような愛くるしさも、亜由美のような要領のよさも、ない。


お姫様のガラスの靴じゃない。


あたしにお似合いなのは、走りやすいスニーカー。




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